40.黒魔法:明けない魔夜中《ブラック・アウト》
ウリ・エル→ガブリ・エル。
女性最天使長の名前を間違えていたことに今気づいた為、修正。
「……ザドキ・エル、余は化粧をしないから質問なんだけど」
シ・エルは、器用に仮面をくるくると指で回しながら、心底興味深げに問いかける。
「化粧というのは、そんなに沢山ヒビが入るものなのかい?」
シ・エルの言葉に、ザドキ・エルの表情が強張った。
「そ、そ、その通りだ! 我は……素顔が好みではない。だから、化粧が濃いんだ!!」
必死の弁明。だが、その声には微かな動揺が滲んでいた。
「そうなのかい? 君が言っていた事だけど、数が正義……だったっけ?」
アン・エルやディアを含め、多くの女性市民が首を横に振っていた。多数決を取ると可決する裁判や評議会の議題のように、一対百の状態で空気が一致団結をしていた。
「て、、天使の頂点に立つ我は特別なんだ!!」
「では今度、同じ最天使長で女性のガブリ・エルに聞いてみるよ」
「ぐぬぬっ!?」
ザドキ・エルは、焦りを隠せない様子で、言葉を並べ立てる。言葉を発する事すら辛いのか、喋る度に全力疾走をした後のように息を切らす。
「……女の素顔を無理矢理見ようとするのはデリカシーがないぞ、シ・エル。それに、仮面を返せ!!!」
もはや焦燥に駆られた叫びに近い。
しかし、その苦し紛れの言葉に共感する者は、誰もいなかった。市民たちは冷めた目で見つめ、信徒たちでさえ顔を背ける。
シ・エルは、ひとつ肩をすくめると、にこりと微笑み淡々と告げる。
「それは失礼した。でもね……」
そして、ユーサに向き直る。
「悪魔がする【灰化粧】かどうか、確認してから仮面を返すよ」
指先で仮面を弄びながら、ザドキ・エルをからかうような声音で続ける。
そして。
「ユーサ、ではお願いするよ」
その言葉と同時に、
——ポキポキ、ポキポキ。
不吉な音が響いた。
ユーサはシ・エルの言葉を待つまでもなく、ザドキ・エルの前に立っていた。
沈黙のまま、ゆっくりと指の骨を鳴らす。
まるで、これから叩き潰す相手に対して、見せつけるかのように。
「まっ……待て……」
「__。」
ザドキ・エルの言葉にユーサは眉一つ動かさずに冷たい視線を送る。
「お……女の顔を思いきり殴るのか?」
ザドキ・エルは命乞いをするかのように、フェミニズムを盾にして訴える。
「……それが通じるなら、戦争の兵士は、全員女性にすれば無敵だね」
「あ……。」
場当たり的な発言を、ユーサは冷淡に遮る。
ーー パチ! パチ! パチ! パチン!!
ユーサの指を鳴らす音とともに、左手に黒い空間が収束する。
次の瞬間、ユーサの左手に現れたのは、分厚い金属でできた黒曜石のメリケンサックが召喚された。
鉄塊のように重々しく、禍々しい輝きを放つそれを、ザドキ・エルの目の前で握りしめる。
ギチッ……。
指がめり込むように拳を固める音が、異様な圧力となって場を支配する。
「す、素手じゃなくて……!? ま、待っ——」
ザドキエルの声が裏返る。
逃げようと体を動かす——が
- カラーン
カラーン -
シ・エルが、鐘を二回鳴らした。
ザドキ・エルの動きが止まる。
「ナルホド、それも確認していたのカ」
アン・エルが、呆れながらもシ・エルの狡猾さに感心する。
イフ・エルは競馬で大穴が的中したかのように嬉しそうにニヤけていた。
ザドキ・エルは完全に静止しているが、ユーサは動ける。
ユーサは、ザドキ・エルを見下ろしながら、拳を後ろへゆっくり下げた。
メリケンサックの鉄塊が、今にも彼女の顔面への滑走路のように、顔面を砕かんと力を溜めていた。
「……そういえば」
低く呟くと、右拳の黒いオーラが、さらに濃く燃え上がる。
「まだ、謝ってもらってなかったね」
ユーサの声は、人ではないかのように冷たい。
「僕の住んでいる人達を、友達を、仲間を傷つけたこと」
口にした瞬間、拳のオーラがさらに膨れ上がる。
「ディアに【デミ】と言ったこと」
怒りの波動が、周囲にまで伝わる。
ザドキ・エルは涙目になり、怯えきっていた。
「マリアに【悪魔の子】と言ったこと」
ビキィッ……!
拳のオーラが、さらに一段階上昇する。
もはや、ただの怒りではない。
それは、悪魔すら恐れるユーサの憤怒の裁き。
「でも、もういいよ」
——その言葉に、ザドキ・エルは、わずかに希望を抱いた。
しかし、次の言葉で全ての期待が打ち砕かれる。
「これで許してあげる」
ドカーーーーーーーーーーン!!!!
裁判長席が、激震した。
まるで、隕石が落ちたのではないかと思うほどの衝撃音が響き渡る。
空間が震え、粉塵が舞う。
そして——そこに倒れ伏すザドキ・エル。
いや、それはもう、彼女だったもの。と言うべきか。
彼女の顔が……剥がれ落ちていた。
そこに露わになったのは——悪魔の顔。
「……な、な、なんだ……?」
市民の一人が、震えながら呟いた。
しかし、誰も答えられない。
なぜなら、そこに転がっているのは——
ザドキ・エルの『なれの果て』だったからだ。
「ふぃふぃ。やるねぇ、ユーサ・フォレスト」
イフ・エルが、不敵な笑みを浮かべながら映像越しに言った。
「まさか、こんな形でお披露目になるとはねぇ」
シ・エルは、仮面のない素顔で呟く。
いつもの笑みを浮かべながらも、その蒼色の瞳には僅かな哀れみが滲んでいた。
「……分かってはいたけど」
シ・エルが、珍しく表情を曇らせた。
彼の中に、“怒り”はない。
それは、最天使長として生きる上で、とうに捨てた感情だった。
だが、それでも——「……辛いな」
そう呟く彼の声は、いつもの軽薄な調子ではなかった。
まるで、本当はこんな結末を望んでいなかったかのような、苦しげな響きがあった。
悪魔に唆され、堕ちてしまった同胞。
否定も、拒絶も、彼女の選択だったかもしれない。だが、そこに手を差し伸べることはできなかった。
それは、エル教会が悪魔に浸食されている証。
そして、ザドキ・エル自身が、ずっと何者かに唆され続けていた証拠だった。
その時——
瞬く間に裁判場全体が闇に包まれ、空間が歪む。
「な、なんだ!?」「視界が……!!」
混乱する市民たちの悲鳴が響く中、闇の中心から”何か”が生まれようとしていた。
裁判場全体が漆黒に包まれ、悪魔の瘴気があたりを満たした。
ー 「フフ……フフフ……ようやく、この時が来たのね」 ー
異様な声が響く。
それは、ザドキ・エルの声ではなかった。
ユーサは、この声の主を知っていた。
ザドキ・エルはゆっくりと立ち上がり、その身体を漆黒のオーラが包み込んでいった。
闇の中から現れたのは、異様な声の主。
「ありがとう。ユーサ・フォレスト。そして、シ・エル。久しぶりね」
「__っ!? サキュ・B・アーク!?」
長年、ザドキ・エルの心の隙間に寄り添い、堕天の瞬間を待ち続けた悪魔。
「ザドキ・エル。貴女の心の弱さを、どれだけ待ち続けたことか……」
「……私は……間違っていたのか……?」
ザドキ・エルは呆然としながら、己の両手を見る。
「許すことが正義なのか……? それとも、裁くことこそが正義なのか……?」
「迷っているの? なら、答えは簡単よ」
悪魔の囁きが、ザドキ・エルを支配する。
「私を受け入れなさい。そうすれば、お前は迷わずに済む。」
サキュ・B・アークが、ゆっくりと手を差し伸べる。
「なぜ? どうして? 私が生まれた意味は?」
「お前は裁き続ければいいのよ。お前が裁いたすべての罪人たちのように……自分自身も含めてね」
サキュ・B・アークの指先から漆黒のオーラが溢れ出す。
「 ≪ ……答えのない 闇の中へ 手を伸ばして……… ≫ 」
ユーサは、この呪文を知っている気がした。
正しくは、ユーサの体にいる悪魔が、この黒魔法を望んでいる、という直感がユーサの動きを止めていた。
「ッ……!!」
シ・エルは思わず鐘を構えるが、遅かった。
その瞬間——黒い瘴気が、ザドキエルの身体を飲み込んだ。
《 ー 〇 呪文 ●黒魔法 ー 》
《 ー ◎ 明けない魔夜中 ー 》
ザキヤミの空が、一瞬にして漆黒の闇に覆われた。
「動物が悪魔と契約すれば魔物
人間が悪魔と契約すれば悪魔人」
サキュ・B・アークが、待ち望んだ我が子の出産を楽しみにしていた母親のように笑いながら告げる。
「天使が……最天使長が悪魔と契約すれば
どんな悪夢を見せてくれるのかしら?」
黒い羽が背中から生え、目が赤く染まり、かつての天使は【断罪者:悪魔ザドキエル】へと変貌を遂げた。
「罪人は全て排除する。崇高なるこの悪魔の魔力で。異端者よ……この私が裁いてやる」
漆黒のオーラを纏いながら、ザドキ・エルが右手を掲げた。
「 ≪ ……罪人よ、風に、泣き叫べ…… ≫ 」
ザドキ・エルが呪文を唱え始めた。
シ・エル達を含める教会関係者は、その呪文を知っていた。
「これは、ザドキ・エルの神の奇跡!? ユーサ! 離れるんだ!!」
「え?」
ユーサは、シ・エルから退避するように言われたが、体が思い通りに動かなかった。
漆黒の風がユーサの周りに蛇のようにまとわりついていた。
「 ≪ 【神の奇跡】 ≫ 」
悪魔が、神の奇跡を使う瞬間。
サキュ・B・アークは、下品な笑みを浮かべた。
「 ≪ 【罪の方から訪れる】 ≫ 」
ザドキ・エルが右手をユーサに向けた瞬間、烈風がユーサを襲った。
烈風はまるで生きているかのように、渦を巻いてユーサを掴み、ザドキ・エルの下へ運んだ。
「 ー 《……捕らえた以上は 裁きを下す それが私の使命……》 ー 》」
ザドキ・エルは続けて左手を空へ掲げて、呪文を連続で唱えた。
「《 ー 〇 呪文 ●黒魔法 ー 》 」
呪文を唱え終わったザドキ・エルの左手には、禍々しい頭蓋骨が絡み合った悪魔の大鞭が握られていた。
「《 ー ◎ 強制黒鞭打ちの刑 ー 》」
BANッ__!!!
「ぐっふあ!!」
神の奇跡で引き寄せられたユーサは、黒魔法の大鞭で超高速で叩かれ吹っ飛んだ。
「あなたっ!!?」
ディアがユーサの方に駆け寄る。
ユーサは、一撃で意識を失っていた。
「AAAAAAAHHHHHHHHHAAAAHAHAHAHAHAHAHAHhhaaaaaーーーーー!!!!!!!!!」
サキュ・B・アークが嘲笑う。
「今ここに、神の奇跡と黒魔法を扱う、最恐の悪魔が誕生したわ!!!!」
悪魔の笑い声と共に、ザキヤミの街が漆黒に包まれた。




