31.間違った正義【cord Name:ジャスティス】
「__あ」
ジルと名乗る男が放つ【神秘術】。
オレンジ色の大きな光線に、飲み込まれた。
「僕は……死ぬのか?」
数秒の間。
何も見えない真っ白な視界に包まれて、あの時。
もう一人の自分と会話ができた部屋の事を思い出した。
ー やってくれたな ユーサ ー
そして、その本人。
白い視界の中で、歪な黒い文字が話しかけてきた。
「……何を?」
傍から見れば、独り言を呟いているかのように聞こえるのだろうか。
黒い文字に話かけてみた。
ー 後で 後悔 するなよ ー
「後悔? 何を言って……っ!?」
そう呟いていると、体が消滅していくような感覚に襲われた。
「パパッ!!」
「大丈夫よ、マリア。パパは、大丈夫だから。信じましょう」
見えない所で、怯えたマリアと震えたディアの声が聞こえた気がする。
イヤだ。消えたくない。
こんな形で……終わりたくない!!
ー 嫌味かい? 何を言っているんだ 君は? ー
黒い文字が、再び僕に話しかけた。
ー 消えるのは ボクだよ ー
「__え?」
その文字を最後に、体中に違和感が発生した。
まるで、効能のある温泉に浸かった時のような、体中の毒素が消えていくような感覚。
そして、光線の光が消えていく瞬間に、体中の見えない重りが消えていくような気がした。
「パパ……? パパだっ!! わぁーい!!!」
「良かった……あなた」
マリアとディアの声が聞こえた瞬間、視界が鮮明になった。
「……あれ? 体が、、消えていない?」
体は消滅していなかった。
両手を見て、体を触り実体がある事を確認する。
「助かったのは……良いけど……、もしかして……」
もう一人の……ボク? って奴が消えたのか?
「消えた……のなら」
自分で口にして、急に寒気がした。
神様の言葉を思い出した。
ー 君じゃなくて、君のその身体の元の主は。
【神秘術:❘永遠の星座】を唱える事が可能だった。
一人目なんだ ー
そして、もう一人のボクが伝えていた……。
ー 後で 後悔 するなよ ー
自分がとんでもないミスをしたかのような不安。
どうも釈然としない謎の違和感が、僕を押しつぶそうとしていた。
「……と。このような結果でした。皆さんこれでおわかりいただけたでしょう? ユーサ・フォレストは、悪魔ではないという証明がされた事を」
ジルという男の声で我に返った。
彼は両手を広げて、市民に向けて大袈裟にアピールしていた。
パチ! パチ!
そして、少しずつ拍手の音が大きくなっていった。
「良かったーーー!!!」
「フォレストさん!! 私は信じてましたよ!!」
「私じゃないだろ!! 俺達だろ!!!」
市民から大きな歓声と拍手が聞こえた。
まるで、奇跡の一大ショーが終わった時の観客の拍手喝采を味わっているような。
拍手の雨が、自分に向けられた気がした。
悪い気がしない、と思えるほどに気持ち良い拍手の圧が僕を包んだ。
「ユーサっさん! やりましたね!! ボスに任せて正解だったでしょう?」
「ギアド。こうなる事を知っていたのか?」
「こんなの、俺達にとっては……Y・I・Mですよ」
「なにそれ?」
「安 い 問 題 。ですよ」
「フッ! なんだよそれ……僕がよく言ってる言葉だね。ありがとう」
「いやぁ~。言ってみたかったんすよ~。我らの主!!」
ギアドが肩に腕を回して、囁いて笑わせにきた。
先ほどまで不安になっていた僕に気付いて、励ましてくれたのか。
何で悩んでいたのか忘れてしまう程、彼の優しさに心が軽くなり、救われた気分だった。
ドンッ!!!!!!!!!! ガタンッ!!!!!!!!!!
しかし、裁判長席の机が破壊された大きな音により、空気が変わった。
「……茶番だ!! 何だこの茶番は!!」
天使とは思えない形相で僕とジルさんを睨みつけるザドキ・エル。
「見ていただいた通りですよ。ザドキ・エル最天使長? 彼は悪魔ではありません」
「認めんぞ!! 異教徒共!!!」
耳が痛くなるような金切り声で叫ぶザドキ・エル。
「彼は、悪魔ではなく、別の魔族なのです。人間の姿をした特殊な悪魔……いえ、秘魔という種族です」
「な!? 秘魔……!?」
ジル……さん。という人が、怒るザドキ・エルに説明をしていた。
え?
秘……魔……?
なにそれ?
知らないのは僕だけなのか? と思い周囲を見渡した。
しかし、誰もが「なんだそれは?」という顔でジルさんを見ていた。
「はい。悪の魔力に支配された悪魔ではありません。人間が持つ秘力を強く持つ魔族、秘魔。またの名を……秘魔」
周囲が騒めいていた。
そこにいる誰しもから「聞いた事が無い」という声が、あちこちで聞こえた。
「そして、【秘術】を使う為には秘力が必要。【魔法】を使う為には魔力が必要。つまり彼は両方を兼ね備えた、人間の姿をした特殊な魔族。秘魔なのです」
ジルさんの言葉に市民が全員、虜にされたかのように興味深く聞いていた。
「奥さんであるディアさんが、悪魔に間違われる亜人。と回答されていたのを聞いて、秘魔の存在を知らずに、そこまでたどり着くとは……流石は博識が揃う、リー病院の薬師さんだと思いました」
「え……?」
「お見事です。旦那さんを助けるために必死に答えていた貴女は素晴らしいパートナーだと私は思いました」
「すごーい! ママーー! さすがー!!」
ディアは急に話を振られて、キョトンとしながら照れくさそうにしていた。
ダンッ!!!
「ふ、、ふざけるなぁあああああーーーー!!!! 勝手に神の名前だけではなく! 種族まで捏造する異教徒ペテン師がああああああーーー!!!!!!!!!!」
裁判長席。
最天使長が座る席で、再び大きな怒鳴り声が聞こえた。
「捏造とは、とんでもない。長年研究を得て確認された知識でございますよ。最天使長様?」
「やかましいぃぃ!!!!! 神聖なる異端審問を汚す愚か者がぁぁああああーーー!!!!!」
バチンッ!!!! ドグシャッ!!!!!
ザドキ・エルがどこからか、巨大な鞭を取り出し、鞭を高速で振った。
目に見えない速度の鞭の先が、コンクリートの地面を叩き割り、ジルさんを襲った。
肉が弾けるような生々しい音を立てて、ジルさんの体が潰れた。
「ジルさんッ!!?」
「ボスッ!!!?」
ギアドと一緒にジルさんを守ろうとしたが、間に合わなかった。
市民達の悲鳴が大量に聞こえた。
ジルさんの怪我の状態を確認した。
「これは……酷い……けど……生きてる!」
口、鼻、目。
あらゆる血が噴き出るであろう箇所から大量の血が流れていた。
体の骨は、生きているのが奇跡に近いほど複雑骨折していたが、微かに息が聞こえた。
ただ、早く治療しなくてはマズイ。
「ユーサ・フォレスト!! 貴様は悪魔だ!! この事件はお前がやったんだろう!!! そう言って楽になれ!!! 例え悪魔でなくても! 貴様は悪人だ!!! それで、【証明終了】だ!!」
バチンッ!!
鞭が空気を叩く音が聞こえた。
肌に触れる風圧を感じ、ギリギリのところで避けようとしたが……。
「__っ!? なんだ!? 間に合わないっ!?」
体に違和感を感じた。
まるで、自分の体が、自分のものではない、かのような感覚。
先ほど、体中にあった重りが無くなった事とは違い。
体が思い通りに動かせないでいた。
「ユーサっさん!! 危ない!!! ___ぐふあっ!!!!」
ギアドが僕を横から弾き飛ばした。
そのまま、巨大な鞭の餌食になり、ギアドは吹き飛んだ。
「ギアドッ!!!」
身代わりになったギアドは、吹き飛んだまま動かなかった。
「異教徒共が。手間取らせやがって。罪人を庇った罰だ!!」
「コイツッ!! __っぐ!!」
「ほう。どうしたユーサ・フォレスト? そんなところで、何をしている? 罪を認め裁かれる事に納得がいったか?」
ブンッ!!!
「__ガハッ!!!?」
「あなた!!!」
巨大な鞭が、僕の頭を叩きつけた。
ブンッ!! ブンッ!!!
何度も重い鞭の高速で空気を切る音がした。
音と共に、自分の顔と体が地面に衝突して、骨と地面が割れる音がした。
「__グハッ!! __ガハアッ!!!」
なんだ?
なんなんだ?
体が、思い通りに動けない!?
「ほう。しぶとい奴め……やはりそうか! 貴様は悪魔で、先程の光線の【神秘術】で、魔力がかき消されたのではないか!!?」
ー ボクが悪魔だったから 君の強さの大半が ボクのお陰なのさ ー
ザドキ・エルの言葉で、もう一人のボクが言っていた言葉を思い出した。
ー 後で 後悔 するなよ ー
後悔……というのは、こういう事か!?
思い通りに動けないのは……僕の力は秘力ではなく、魔力が主だったのか!?
「あなた!!!!」
「やだーー!! やめてーーーー!!! パパをいじめないでぇぇーーー!!!」
「酷い!! いくらなんでもやりすぎだろ!!」
「そうだそうだ!! 教会は横暴だ!!」
ディアとマリア、そして、市民達の抗議の声が聞こえた。
「ほう。弱者だらけの民どもが!! 貴様らが平和に生きているのも、我の力のお陰だぞ!! 我の意見に逆らう者は!! 鞭打ちの刑に処す!! 全員ひっ捕らえろ!!!」
「いえ……ザドキ・エル最天使長様……それは……」
「なんだ貴様!!! 貴様も異教徒に加担する悪魔だったのか!!!!」
ザドキ・エルが、意見した信徒に向けて鞭を振った。
グシャッ!!
「「「ヒィイーーーーー!!!!」」」
一瞬で、意見した信徒は肉塊と化して、残る信徒達の恐怖を煽った。
「何をしている貴様ら!!! 我の言う事が聞けないのか!!!」
「「「「……!!? ___ハッ!!! ザドキ・エル最天使長様!!」」」」
天使の中でも最高位にあるという絶対的な権力と暴力。
真実など、どうでも良い。
相手を一方的に、強制的に叩き潰そうとする悪魔以上の威圧感。
「止めろ……止めろよ!! 何が正義だ!!!!」
「何? 貴様が正義を語るか!! 悪魔めが!!!!」
「……こんなのは、間違った正義だ!!!」
武装した信徒達が市民を襲う音。
市民の悲鳴。
逃げだす大量の足音。
「正義さ!! 我の名はザドキ・エル!! 正義の名の基に我の任務を達成する最天使長!!!」
ザドキ・エルの叫び声。
耳に入ってくる沢山の音をただ、聞く事しかできず。
「ユーサ・フォレスト!! 貴様が死ねば、我の正義は完遂する!! 死ねい!!!」
ザドキ・エルが振った巨大な鞭が、僕の脳天を砕こうとする風圧を感じた。
「 ≪ 争いよ 止まれ ≫ 」
そこへ。
「 ≪ 【神の奇跡】 ≫」
ー カラーン ー
「 ≪ 【争いの日を壊す鐘の音】 ≫ 」
聞いたことがある鐘の音が聞こえた。
市民達の動く音が消えた。
視線を外にやると。
その場にいる人、全員が停止ボタンを押された映画の登場人物のように、動きを止められていた。
ー カラーン ー
二回目の鈴の音で、鞭が空中で止まり、ザドキ・エルの動きも止まった。
そして、自分の体に異変が起きた事に気付いた。
これは……。
「ザドキ・エル。聞き捨てならない言葉聞こえたな。貴様らが平和に生きているのも、我の力のお陰? 違う違う」
聞き覚えのある声。
僕を殺した天使達の統領。張本人。
「天使である余達のお陰だろう?」
青と黒のコーンロウをした長髪。
土星型の鐘。
青と黒が混じった片翼の翼。
「き、、さ、、ま、、シ・エル……!!!?」
ザドキ・エルが、口だけをゆっくり動かして時を止めたヤツの名前を呼んだ。




