23.悪魔の理性解除《マーダー・ライセンス》
「アラアラ、ク・エル。お久しぶりね。ご機嫌はいかがかしら? シ・エルは一緒ではないのかしら?」
「……サキュ・B・アーク。……貴女が事件の元凶だったのですね」
視線を僕から小悪魔の方に移して、ク・エルが小悪魔と話し始めた。
「アラアラ、ワタクシが挨拶しているのに、返事ぐらいしてくださいな」
「……悪魔と話をする事など、ありません」
ク・エルが、首元の宝石ペンダントを取り出した。
エメラルドがついている宝石を冠位悪魔の灰に向けたまま、上空に浮かぶ小悪魔と話しをしている。
シュー……。
エメラルドの宝石に、冠位悪魔の灰が吸収されていった。
アレが、【秘宝石】か。
やはり、天使長を仲間にするしかないのか。
「アラアラ。怖いわ。ねぇ? ユーサ・フォレスト?」
「え?」
ギリギリ僕の攻撃が届かない範囲を見抜いているのか。
上空に浮かんでいた小悪魔が、近寄ってきた。
こちらが抵抗しても無駄な距離で近づいてきた。
「ねぇ、ユーサ・フォレスト。あの無愛想な天使ちゃん。殺してくれない?」
「は?」
「アラアラ。ワタクシと貴方の仲じゃない」
「な。何を言ってるんだ?」
まるで仲間のように、馴れ馴れしく話しかけてくる小悪魔。
「……やはり、そうでしたか。残念です」
「え?」
ク・エルが、僕と小悪魔に向けて大鎌を構えた。
戦闘態勢。
今にも、あの大きな刃が襲いかかってきそうだ。
ドクン。 ドクン。
刃の光を見た、一瞬。自分の心臓が早くなるのを感じた。
大鎌で殺されたあの日がフラッシュバックし、動けなくなった。
「!? ク・エルさん! やめてください! 夫は敵ではありません!!」
ディアが寝ているマリアを抱えたまま、ク・エルに駆け寄ろうとする。
あれ?
僕の知らない間に知り合っていたのか?
「……ディア様。危険です。お下がりください」
ク・エルが、ディアの前に片手を伸ばした。
「えっ? ク・エルさん。それは、どういう……」
「……ディア様。落ち着いてお聞きください」
僕にディアを近寄らせないように警戒しながら、声をかけ続ける。
ディア達に背を向けて、こちらと小悪魔を見比べて睨む視線を感じた。
「……貴女の夫。ユーサ・フォレストは、悪魔と契約した可能性があります」
「「 え ? 」」
ディアと僕の声が重なる。
「……理由としては、先ず。死んだ筈のユーサ・フォレストが生き返った事です」
こちらの方を警戒しながら、ディアに説明をするク・エル。
「……死者を蘇らせる方法は二つ。
一つ目は、天使になり神様の加護により、使命を果たすために生き返る。
二つ目は、悪魔人【デビルマン】になり悪魔と契約をして、転生して生き返る。
のどちらか。……と言われております」
ク・エルが、この世界の死者蘇生の方法を口にする。
神の加護により死者が蘇るという奇跡が存在する。
そんな便利な奇跡ならば、誰もが教会にお願いし、亡くなった家族を蘇らせるだろう。
__しかし、その奇跡を叶える為には条件があった。
「……ディア様。フォレスト家は、何処の宗教にも属していませんでしたよね? ……それに、死者蘇生の為に、多額の寄付をしたり、教会に貢献したという報告も聞いておりません」
ク・エルが言う、神の加護により死から復活する最低条件。
其の一、教会の死者蘇生ができる宗派に属している事。
其のニ、本人、若しくは縁者が教会に多額の寄付を行っている事。
其の三、神への信仰力が高く、神のお目にかかるほど教会へ貢献をしている事。
僕らは、エル教会に入団しているわけではない。
だから、ク・エルが言いたいのは……。
「……ですので、彼は悪魔と契約を結び、魔人となった可能性が高いのです」
「そ、そんな事ありません! 彼は私の夫です! そんな事はしません! 私達と同じ人間です!」
ディアの言葉に、胸が苦しくなる。
「悪魔と契約なんて……」
「……ディア様。悪魔と契約した者は、親しい者の供物を悪魔に捧げる悪しき存在となります。……教会の人間として見逃せません」
この世界では、悪魔と契約をして悪魔人になった者は、強大な魔力を得る。
その対価として、人間の振りをしたまま人間社会に紛れて、悪魔に人間を捕食させる為の中間地点となり、大きな災いを呼ぶとされている。
「で、、でも、、、」
「……ディア様。悪魔と契約を結んでいるかどうかを、見分ける方法がございます」
「え?」
ク・エルの仮面越しに、真剣な眼差しが向けられている事に気づいた。
「……ユーサ・フォレスト。私の問に答えなさい。貴方は、悪魔に支配されていますか?」
……。この問い。
どう答えるべきなのだろうか?
シ・エルが率いる天使の軍団。
彼女はその一人だ。
僕が魔人とは違う、人間の姿をした特殊な悪魔。
という事は知っている筈。
なのに何故、こんな質問をするのか?
「あなた……」
ディアが、こちらを見つめてくる。
不安。信じる。の境界にある顔だ。
何をやっているんだ僕は。
トムさんの言葉を思い出す。
大事な人にしてはいけない事。
それは、心配させない事。
「僕は……人間です。ディアの夫であり。マリアの父親です」
少なくとも、僕はそう思っている。
「……わかりました。では質問を変えます」
何か意味があったのか?
少し、安心した顔になったディアが見えたが。
すかさず、ク・エルが質問を投げてきた。
「……貴方を生き返らせたのは、誰ですか?」
ドクン。
気のせいか。心臓に謎の違和感を感じた。
ー 君を生き返らせたのは、神、ジャンヌ・D・アークと、誰にも教えてはならない ー
時間が止まったような錯覚。
まるで釘を刺すかのように。
一瞬だけ神様の言葉。
召命が脳内で再生される。
__神様が言っていた機会って、ココか?
答えなければ、無防備のまま防御が間に合わず、あの大鎌で今にも首を切られ、死ぬ。
神様の名前を答えると、死ぬ。
言葉を間違えると、自分の命が無くなる。
少しの沈黙が凄く長く感じた、なんとも居心地の悪い瞬間だ。
「神様……です」
名前は、言っていない。
間違ったことは言っていない。
自分の胸を触り、鼓動から生きているのを確認した。
「……無宗教の貴方がですか?」
「そうなんだよ。自分でもびっくりしている」
これも事実。未だに理由が分からない。
あちらは武器を構えているが、こちらは武器を構えず無防備のまま。
敵対する意志は無いという態度で答えた。
無実の罪を着せられた罪人が清廉潔白を訴えるように。
ただ信じて欲しいという一心で喋った。
「……では、ユーサ・フォレスト。……貴方を生き返らせた神の名前を教えなさい」
ドクン。
また一瞬。
心臓に違和感を感じた。
まるで、見えない大きな手に、心臓を鷲掴みされているような感覚。
「教える事はできない」
「……何故です?」
「神様が、そう言っていたから」
「……。」
これも、事実を言っている。
嘘はついていない。
ジャンヌの名前を言ってない。
天使は、嘘を見抜く能力に長けている。と聞いたことがある。
僕の仕草、態度に嘘、偽りがないせいか。
ク・エルは考え込み、どこか判断しかねている様子。
「そもそも、神様の名前を答える必要があるのかな?」
「……あります。答えられないとすると、やはり貴方は悪魔の魔に魅了されて魔人になった。と判断します。ご覚悟を」
大鎌の刃を自分の後方に振りかざし、いつでも薙ぎ払える体制に入りク・エルは質問を止めた。
どうする?
どうする。。。。
「アラアラ。なんだか面白そう! ワタクシも気になっていましたの。もしかしてユーサ・フォレスト。貴方を生き返らせた神様って、ワタクシの主人、魔王様に生き返らせてもらったのではなくて?」
「は? 魔王?」
打開策を考えていたら、急に小悪魔が間に入り始めた。
魔王?
神様が言っていた、最悪魔邪神王。
インク・B・アークの事か?
「アラアラ。やはりそうではないかと思っていたのよ。流石は、ワタクシの旦那様ですわ」
「……サキュ。どういう事ですか? 貴女が、魔王の? 正妻?」
「アラヤダ。ワタクシ、魔王様の正妻です事よ? 貴女はシ・エルの……愛人? あ、いえいえ、金魚のフンでしたわね!! オホホホホホホホホ!!!! 独り身は可哀そうですわね!! ク・エル!!」
「……そういう貴女の主人は、いつになったら表舞台に出てくるのでしょうか? 本当に実在するのですか? 貴女の妄想ではなくて?」
シ・エルの名前が出たあたりから。
何故か、ク・エルが無愛想な態度のまま、やや怒り気味になったのは気のせいか?
「アラアラ、ク・エル。今回の件については、わざわざ魔王様が自ら出なくても良い程度の事よ? あと、天使達の多くが亡くなった聖戦をお忘れ? 無様に泣きべそかきながら逃げていった可哀想な天使ちゃんは、認めたくないのかしら? オホホホホ!!」
小悪魔の言葉に、ク・エルから少し怒りのオーラを感じる。
何の話をしているのか、わからないが……。
僕を生き返らせたのは誰か問題が流され、神様の名前を言わずに済んだのは良かった。
しかし、そのせいで、今度は、僕が魔王の部下みたいな感じになっている。
コレはコレで修羅場だ。
そして、ク・エルと小悪魔の間に何か確執がある事はわかった。
「……では、その魔王も未だ傷が癒えていない不完全なまま、という事ですね? 自分の部屋に引き篭もったままの魔王なんて笑い話ですね」
「あ? なんですって?」
「……天使達は、あの聖戦から進歩を続けました。私は子供達が平和に暮らせるように、多くの人々を守る為に強くなりました」
小悪魔の態度が変わり、ク・エルが強気な姿勢で話しかける。
「……今度は負けない。私達は、絶対に悪魔に勝つ。悪魔は全て、喰らい尽くします」
ク・エルが大鎌の刃を小悪魔に向けて、そう言い放った。
「アラアラ。フ。。アッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!」
ク・エルの言葉に小悪魔が高笑いを始めた。
「今度は? 負けない? 勝つ? アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」
今まで上品に話をしていた小悪魔が下品な喋り方と笑い方をする。
「では聞くわよ、ク・エル。今回の件で、何人の人間が死んだのかしら? 何人の信徒が死んだのかしら?」
「……っ!!?」
「聖戦の時は、天使に毛が生えたようなメスガキが? 天使長って言われるようになって? 自分が有能だと勘違いしちゃったのかな? アッハッハッハッハッハーーー!!!!!!」
「……黙りなさい!!!」
激情するク・エルを始めて見た。
ク・エルは自分の身長以上の大鎌を一瞬で振り回した。
ザシュ! ザシュ!!
大鎌の刃により生み出された風の斬撃が、こちらに飛んできた。
「__っ!? 危なっ!!」
ク・エルの挙動から考えるよりも先に、体がギリギリの所で避けてくれた。
そして、近くにいた小悪魔の方に目をやる。
小悪魔は、風の刃により八つ裂きにされた……かのように見えた。
「アラアラ、無駄よ。その程度の信仰力が込められた攻撃では、ワタクシの【魔法:冬の幻】は壊せなくてよ? アッハッハッハッハッハ!!」
春が訪れ始めているが、まだ冬の寒さを感じている。
幻?
「……無傷!?」
「アラアラ。コレが、天使長になった? ク・エルちゃんの攻撃かしら?? まだユーサ・フォレストの秘力の方が通りそうな気がしますわよ? アッハッハッハッハッハ!!」
こちらを一瞬だけ見て、ク・エルに嫌味を言う小悪魔。
ク・エルの攻撃は、まるで幽霊を相手にしているかのように通り抜けた。
ザシュ! ザシュ!!
「……攻撃が通らない」
「アラアラ。残念だったわね、ク・エル。ワタクシ、仮にも魔王様の正妻ですもの。これしきの攻撃は無意味よ」
何度か、ク・エルが攻撃をするも、大鎌の刃がただ空を切るだけであった。
「アラアラ。どうしたのク・エル? 教えてくださるぅ~? 人間を守る? 悪魔に勝つ? あの時とどう進歩したのかしらぁ~? どう強くなったのかしらぁ?」
「……!? っく!!」
ク・エルの顔が苦痛に歪む。
「アラアラ。早くしないと……そうねぇ……貴女の後ろで守られている人間と子供を、殺しちゃおうかしら?」
……ピキ。
は?
「……!? 何を!?」
「アラアラ。決まっているじゃない! アンタが大事に守っている人間共を目の前で殺して、再現して上げるのよ!! 聖戦と同じようにね!!!」
小悪魔が指先から強烈な魔力の圧縮を始めた。
「……!? 天使能力解放……。【神の奇跡】……」
「アラアラ! 遅くってよおおおぉおおーー!!! ク・エル!! 先ずはその女子供を目の前で殺して差し上げますわーーーーーー!!!」
__プッツン!
頭の思考が停止した。
パチ! パチ! パチ! パチン!
「GYYYYAAAAAAAギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーー!!!!!?????」
聞くに堪えない声が、聞こえる。
ボトンッ!!!
地面に何かが落ちた音がした。
小悪魔の片腕だ。
「ユ、、、ユーサ・フォレストぉおおーーー!!! 貴様まああああああーーー!!」
小悪魔の汚い雄叫びで、呼ばれて気づいた。
気が付けば、右手の召喚武器を握って、振るっていた。
敵の腕を、無意識に切り落としていた。
「な、何故! 何故!? 貴様が、ワタクシを攻撃することができますのっ!!???」
ごちゃごちゃと五月蠅い。
「僕の家族に、手を出そうとしたんだ……お前も」
言いながら、怒りが抑えきれなくなる。
「安らかに、楽に、死ねると思っているのか?」
声をかけると、小悪魔がおびえ始めた。
「アラアラ……。な、なんて恐ろしい顔。人間の顔をは思えないわ。……まるで憤怒の悪魔が取り付いてるかのような……ん?」
冷や汗を流しながら、片腕を再生させようとしている小悪魔。
「フフフ……ンフフフ。アッハッハッハッハッハ!! なるほどね!! そういう事でしたのね!!!」
痛みで頭がおかしくなったのか? 小悪魔が急に笑い始めた。
__再生を待たずに、もう一本いっとくか?
「ユーサ・フォレスト。今のあなたを見て、色々と確信しましたわ」
……?
小悪魔が何か聞こえないように呟く。
何を言っているんだ?
「《 ー 〇 呪文 ●黒魔法 ◎ 悪魔の理性解除 ー 》」
この呪文は、確か……さっき倒した悪魔の能力向上魔法?
誰に向けようとしてるんだ?
「……まさか! ユーサ・フォレスト!! 下がりなさい!!!」
普段の大人しい声とは違う、ク・エルの叫び声が聞こえた。
咄嗟に、その場から離れようとした瞬間。
足が動かなかった。
ー 避 け る な 。 そ の 呪 文 を 受 け ろ 。 ー
「__!!? なんだ!?」
突然。
視界に黒い文字が現れ、訴えかけてくる。
「こんなところにいたのね……六百六十六番。 」
サキュの指先から現れた闇が超高速でこっちに向かってきた。
避けられない。
「_______あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
体中に強烈な痛みが発生した。
まるで、大量の電気を体に浴びているような感覚。
目を開けているのに、何も見えない。
「!!? あなた!!!!」
だれか。が。よんでいる。こえがした。
「……ディア様。いけません。お下がりください」
「ク・エルさん!? 夫が!!」
「ディアさん、離れてください! ユーサのアニキから、強力な魔力が感じられます!!!」
「アユラ君!? 魔力ってどういう事っ!?」
「……もう、隠しても無駄ですね。ディア様。落ち着いて聞いてください。あなたの夫。ユーサ・フォレストは……」
なんだ?
みんなが。はなしている。
「……悪魔と契約をする前から、人間の姿をした特殊な悪魔だったのです」
……きこえない。
ただ。いっしゅんだけ。
だれか。だいじなひとが。
かなしそうな、かおを、していたのが。
さいごに、みえた。




