14.神秘術:神鉄の処女(ダイヤモンド・ヴァージン)
急に小雨が降り出した。
嫌な予感がした。
不吉な……雨。
「人間ノ女カ。ドウヤッテ、ココニ?」
身長が自分の三倍はある巨体。
腕が四つあり、四つの大きな武器を器用に持つ身体。
牛と山羊が合わさったような顔。
顔の半分が骸骨。
黒いオーラをまとう、人間ではない存在。
悪魔。
「いやぁぁー!!! あくまだぁー!! ママぁーー!!」
確か、言語を話せる悪魔は上位種で、ギルドの手練でも苦戦する、手強い部類の悪魔。
「__っ!? 階位悪魔!?」
……と、夫から聞いたことがある。
「ホォ。我ヲ知ッテイル、トイウ事ハ油断デキンナ。一般市民デハ、ナサソウダ」
大きな巨体の割に、慎重に物事を見ているけど……私達は一般市民です。
「オイ、下級共。ソノ女、子供ヲ喰ラエ。好キニシテ良イゾ」
「AAAAKUUU---!!!」
__っ好きにして良いのか!?
と聞こえそうな、下品な雄叫びと、笑みを浮かべ、数十の下級悪魔がこちらを見た。
「AAAA---!!!」
下級悪魔が数匹、こちらの方に向かってくる。
「させるかよっ!! ミケゾウ!!」
「ニャゥ!!」
オトキミ君の肩に乗っていた、忍者の格好をした猫が下級悪魔の方に飛びかかった。
「フニャニャ!!」
「オトキミ様! ミケゾウ!! ナイスです!!」
「あ、と、は(まかせろ)」
猫が一瞬で下級悪魔達に引っかき傷をつけた後。
その傷痕をアユラ君、ガケマル君が攻撃すると下級悪魔達は灰になり全滅した。
「すごい! おにいちゃんたち!!」
マリアがそう叫んだ後。
「消エ失セロ。ゴミ共」
いつの間にか階位悪魔が三人の背後に移動していた。
悪魔が四つの武器を振り回し、三人を攻撃した。
「「「ぐっふぁあ、!!」」」
三人が、血を流しながらこちらの近くに吹き飛ばされた。
「!! 皆、大丈夫!?」
オトキミ君達に近づき、傷を診察した。
「__酷い傷。 早く回復薬を!!」
このまま放置すれば三人の命が危ない。
着物の袖の中、腰に付けているポーチの中。
回復薬を万が一の為に備えていたが、パニックになっている状態で慌てふためいてる。
どこ?
どこだったっけ!?
はやく!!
「フン。ソノ様子ヲ見ルト、女ハ問題無サソウダナ。慎重ニナリ過ギタ」
慌てている私の姿を見て、階位悪魔は安心したのか、大きな武器をこちらの方に向けて、ゆっくりと近づいてきた。
四つの手には、大きな剣、槍、斧、槌。
その四つが、真っ赤に染まっている。
あれが、人の血であるとすれば。
今からあの血の一部になるかもしれない。
……と恐怖を感じる。
「……ディアさ……ん……俺達の事は良いから……早く……逃げ……」
「__オトキミ君! 喋っちゃダメ。今、治療するから」
「ダメ……です。貴女に……何かあったら……ユーサのアニキに……あの世で……顔向け……できない」
肺が損傷しているかもしれない。
吐血しながら苦しそうに答えるオトキミ君。
重症な中、涙を流しながら彼が訴える姿。
生死を彷徨う中でも。
夫の事をそんなに大事に思っている事。
夫が、こんなにも仲間に慕われている事を知れて嬉しくなる。
「顔向けできないなんて、考えないでオトキミ君。生きましょう、絶対に死なせない」
オトキミ君達を死なせては、私の方が夫に顔向けできない。
必ず、救ってみせる。
「ママァ……おにいちゃんたち……だいじょうぶ? なおせる?」
悪魔に襲われている絶望的な状況でも、自分よりも目の前の相手を心配する娘。
「大丈夫。ママが治してみせるよ。ママはナザ病院で一番の薬師なんだから」
心を落ち着かせ、冷静に患者の容態を診るナザさんのように診察する。
どんな困難でも『大丈夫』と答える夫のように、気持ちだけでも口にしてこの場を乗り越えようと思った。
「液状のポーションだと誤嚥する可能性があるから……呼吸ができるなら」
ポーチから、アンプル。
小さなタバコのような吸入器を取り出して、オトキミ君の口に咥えさせた。
「はい、どうぞ、オトキミ君。……ゆっくり息を吐いて……コレを吸って……!!」
スゥー……キュー!!
アンプルの中入っている薬が空になった音が聞こえた。
喘息の患者さん用に作っていた回復薬のアンプルが役に立った。
「良かった! 吸えた! アユラ君とガケマル君も……同じぐらい重症なら……」
急いで残りの二人にも、同じように薬を吸入させ、無事吸入できた。
三人共少しずつ顔色が良くなっているのがわかった。
「ハッハッハッハ!! ナンダソノ音ハ? 死ヌ前ニ、演奏デモ聞カセテクレルノカ? 自分達ノ鎮魂歌ヲ奏デルノカ?」
相手は、私が何かをしようと問題ないと思っているのだろう。
襲いかかる事なく、悪魔は大声で笑い、蔑む。
時間を稼ぐ為に、その油断を味方にするしかない。
あとは……。
「ママ、すごい。てぎわがいいなの」
包帯を巻いている時間はないので、三人の傷で出血が酷い部分に回復テープを貼った。
「終ワッタカ? ドウセ回復シテモ、無駄ナ事。コノ状況デドウスルノダ?」
巨体の影が私達を包んだ。
手を振り回せば、相手の武器が私達に届く距離だ。
まるで、賽の河原の石積みをしている状況だ。
「きゃああぁぁーーー!!! ママァーーーー!!!!!」
マリアが腕の中で泣き叫ぶ。
その姿を見てニヤニヤといやらしく、じっくりと見下ろす階位悪魔と目が合った。
「大丈夫だよマリア。ママが必ずなんとかするから」
「……ほんとう?」
「うん。だから……ママが合図したら……」
マリアに小声で呟いた。
「ン? 女。ナンダソノ目ハ?」
怯えるであろう相手が、平然とした顔で自分を見ている事が癪に触ったのか。
私の顔を見て、不満を漏らした。
__まだ。この距離じゃない。
「ごめんなさい。生まれつきなの、この赤目は。昔はよく言われていたわ。『不吉な赤目』ってね」
「『不吉』? ハッハッハッハ! 正ニ今、ソノ通リダナ!」
「いいえ。『不吉』な目に遭うのは、私ではないわ」
こんな状況。なんて事はない。
……そう見えるように、気丈に振る舞いながら相手をただ真っ直ぐ見た。
マリアを抱く手が震えているのを隠しながら。
「……デハ。誰ガ、『不吉』ナ目ニ、合ウノダ??」
即座に私達を殺さない。
取るに足らない私の挑発に乗り、慢心しながらゆっくりとニヤニヤしながらこちらに近づいてくる。
着物の袖に隠していた、一本の医薬品が入った瓶を握りしめた。
「さぁ……誰なんでしょう……ねっ!!!」
握りしめた瓶をできるだけ早く、思いっきり巨体の両足に向けて投げた。
__パリーーーンッ!!!
「ッ!? コレハ……水……??」
瓶の割れた破片すら悪魔の巨体には刺さらず、ただ瓶の中に入っていた液体が悪魔の両足にかかった。
「フッ! ハッハッハッハッハ!! ナンダコレハ!? コレデドウ『不吉ナ事』ガ起キルンダ!? 女!!」
痛みすらない為なのか。
階位悪魔は私のした行為が、蚊に刺された程度レベルの反抗と思っているのか、笑っている。
今だっ!!
《 ー 〇 呪文 ●秘術 ー 》
悪魔に聞こえないように、小声で呪文を唱えた。
《 ー ◎私だけの氷世界 ー 》
呪文を唱え終わったと同時に、水のかかった箇所を指さした。
カチカチカチカチッ!!!!
「__ッ!!? 氷ノ……秘術!! 貴様ッ! 氷ノ秘術士ダッタノカ!!!」
階位悪魔が叫びながら、私達を殺そうと武器を振り回そうとするが。
もう遅い。
マリアが私の腕から離れ、背中にしがみついた。
私の両手が空いた事により、オトキミ君達三人の服を掴む事ができた。
急いで、その場を離れた。
ブンッ!!
危ない。
大きな風圧が全身にかかるが、無傷。
なんとか武器の間合いから離れる事ができた。
「オノレ……女ッ!! モウ許サン!!! __ッ!? 足ガ、動カン! ナンナンダコノ氷ハッ!!!」
悪魔が怒りを露わにして叫ぶ。
氷は地面から足、膝、腰、下から上へゆっくりと悪魔の身体を侵食した。
たまたま小雨が降っていたこともあり、地面が水の池を作っていたのも運が良かった。
今回ばかりは、雨が役に立った。
凍る速度が普段よりも速い。
成人男性を三人、引きずりながら走れるのかは不安だったけど、火事場の力というのか階位悪魔の武器が届かない距離まで離れる事ができた。
「……ディアさん。ありがとうございます。もう、動けますから手を離してもらって」
「オトキミ君!?」
掴んでいた衣服が手元から離れた。
階位悪魔から私達が見えないよう、三人が壁になるように立ち上がった。
「オトキミ様、ディアさんの回復薬は凄いですね……もう動ける。助かりました。ここからは俺達がお守りします」
「ま、か、せ、て」
「ディアさん。情けないですが相手が階位悪魔なら部が悪いです。ココは急いで離れましょう! 殿は俺達がします!」
三人共、まだ本調子ではなさそうな様子だが。
こちらの不安を取り除こうと笑顔で話しかけてくれた。
ここは、戦闘のプロの人達の指示に従おう。
「ありがとうオトキミ君、アユラ君、ガケマル君! マリア、今のうちに逃げるよ!!」
「うん! ママ! はやくはしってー!!」
私達が悪魔に背を向けて、走ろうとしたその瞬間。
「逃ガスカッ!!! 《 ー 〇 呪文 ●魔法 ー 》 」
巨体な悪魔が武器を地面に突き刺し、四つの腕を前に突き出しながら呪文を唱え出した。
「 《 ー ◎真紅の悪魔火! ー 》」
悪魔の四つの腕。
その手の平から巨大な火の玉が四つ現れ、大きな一つの塊となった。
火の玉の温度により、悪魔の周辺の氷が溶けた。
そして、次の瞬間。
「悪魔ノ炎ヲ、喰ラエッ!!!」
氷が溶けて、足が自由になった悪魔が足腰を使い、こちらの方に豪速球を投げてきた。
大きな火の玉が熱風と共にこちらにやってくる。
「危ない!! ディアさん! マリアちゃん!!」
私達が避けられない事を察してなのか。
オトキミ君達が火の玉を食い止めるように、私達の盾になり燃え始めた。
「オトキミ君っ!? きゃあぁ!!!」
オトキミ君達を燃やす火が、私達にも燃え移り、そして私達は吹き飛んだ。
「ママっ!!!」
空中でマリアを抱きしめながら守るようにうずくまった。
受け身が取れないまま地面に衝突して、転がった。
「ぐぅ!!?」
小雨のおかげか。
濡れた地面に転がったせいか、燃え移った火が少しずつ消えていった。
……痛い。
身体中のあちこちが痛い。
頭からは出血、関節部位はどこも痛い。
頭が、視界が、ふらふら……する。
「ママっ……」
腕の中のマリアは傷つかなかったようだ。
良かった。
ただ、衝撃にやられたのか、意識が少しない。
軽い脳震盪を起こしているかもしれない。
「フッハッハッハッハ!! 魔法ヲ使エバオマエラ人間ハ、カス同然。ドケ! 雑魚共!!」
遠くの方で、悪魔の声と鈍い音がした。
声がする方を見た。
オトキミ君達が倒れて無防備なところを階位悪魔が蹴飛ばしていた。
「サテ……女。貴様ハ許サン。武器デ殺サン」
ドスン。ドスン。
と、巨大な足音と共にゆっくり近づいてくる。
まるで死のカウントダウン。
足音の音が大きくなり、止まった。
「コノ手デ引キチギリ、ナブリ殺シテクレルワ」
目の前には悪魔の大きな腕が二つ。
その二つが、私を取り囲み影を作った。
私の顔を握り潰そうとしていた。
「いやああああああーーーー!! ママからはなれてええぇぇーー!!!!!」
腕の中のマリアが叫んだその瞬間。
マリアの黒曜石のペンダントが。
光始めた。
「ナ、ナンダ!!!」
シ・エル最天使長からもらった黒曜石の宝石が光り始めた。
白と黒のオーラのようなモノが私達を包んだ。
「マダ力ヲ隠シテイタノカ、コノ親子ハ……モウ良イ、一瞬デ、握リ潰シテヤル!!!」
大きな悪魔が四つの腕を使い、オーラを壊そうとするが……。
「グアァァァァァアーーーーーーー!!!!!!!」
階位悪魔は、耳が痛くなるような悲鳴をあげた。
ギリギリギリギリ!! ビリビリビリ!!
オーラに触れた悪魔の手が灼熱で焼かれるように焦げ、皮膚が剥がれていく音をたてる。
「ナ、ナンダ!? コレハ!?? 何ヲシタ!!」
先ほどまでの威勢はなく、階位悪魔が慌てふためき距離をとった。
「ママァ……なにぃ……これ……?」
マリアが恐る恐る自分の周りを囲うオーラを指差して尋ねてきた。
私達は無傷なまま、何事もないようにただ立ちすくんだ。
すると……。
「それは……神秘術。神鉄の処女。ダイヤモンド・ヴァージン」
墓場の奥の方。
小雨が降る夜の暗闇に紛れて、声が聞こえた。
「いたずらな神が人間に授けた、神秘を超えた秘術。神秘術」
少し声の主が、ゆっくりと近づいてくるのがわかる。
「そして……それは、新しい神の依代に授けられるとされている。ここにいたのか?」
どこかで見た事がある、女性のような見た目の……男性。
「パパ!? パパなの!!?」
「えっ?」
マリアがパパの名前を出した瞬間、心臓が跳ねた気がした。
「探したよ……」
そんな筈はない。
「我々が欲している、目標」
見に覚えのある顔立ちの人が、暗闇から現れた。
「パ……パ……?」
そこには、顔が半分骸骨の……夫に似た姿をした人型の悪魔がいた。




