105[2-39].特別天使の仕事② 信用と信頼 シ・エルの弱点
長いので分割しました。
気づけば、人波が引き、騒がしさが薄れ、二人だけになれる場所ができた。
復興途中の広場の端。仮設照明の明かりが揺れた。
シ・エルが、いつもの軽い調子で言った。
「ありがとう、ユーサ」
その声が、妙に近い。
「ク・エルが捕まってしまったので、その穴埋めに君を連れてきたのは悪かったが……なんとなく、余の活動と行動を知っていただけたかな?」
嬉しそうに聞いてくる。
ため息を噛み潰した。
不本意だ。
不本意だけど――見せられたものは消せない。
「……今日の仕事ぶりは、凄いと思ったよ」
言葉が勝手に出るのが嫌だった。
シ・エルがにやりとする。喜んでいるのが分かるのが、もっと嫌だ。
「ユーサ。天使が全員、悪魔とだけ戦う集団というわけではない。余の仕事は、君の前世でいう政治家がやっているようなことと似ている」
軽い口調で言うが、内容は重い。
「同じ政治家だから思想が一緒とは限らない。同じ政党だから理想が一緒とは限らない。
信用を得るには言葉だけではなく、行動して目に見える実績を作るしかない。
信頼を得るには、余の心を、本心と誠意を示すしかない」
その言葉に、苛立ちが一気に戻ってきた。
「じゃあ」
声が低くなる。
「僕の信用と信頼は、どうやって得るつもりだ?」
シ・エルは、笑っている。
その笑顔が腹立つ。
「僕を殺したのはお前だ。何故殺した?」
止まらない。
「それに、僕を殺した時に作った《黒曜石の鍵》、あれは何だ?
破壊神復活に僕が必要だったのは何故だ?
結局、破壊神は復活したのか?
何故……僕の前世を知っているんだ?」
言葉が、怒りの塊で喉から落ちる。
シ・エルは肩をすくめた。
「さぁ、なんでだろうね?」
その返答が、油だった。火に注ぐ油。
一瞬、怒鳴りそうになる。
――でも、ここで怒鳴ったら負けだ。
怒りを見せれば喜ぶ。コイツはそういうやつだ。
怒れば怒るほど、コイツの目が笑う。
息を整え、歯を食いしばって言葉を止めた。
するとシ・エルが、今度は逆に質問を投げてきた。
「ふふふ。でもね、ユーサ。それは、君が一番理解しているんじゃないのかな?」
そして畳みかける。
「現に君は生き返った。それはどうやって?
サキュ・B・アークを倒した神秘術はどうやって手に入れた?
ザドキ・エルを救った神秘術はどこで手に入れた?
君は神秘術を、なぜいくつも唱えられるんだい?
君は……“何”の神様に会ったのかい?」
立場が逆転する。
困った。
怒りの顔のまま、答えられない。
シ・エルは楽しそうに続ける。
「ね? 君も答えたくないだろう?」
沈黙を、勝手に肯定して笑う。
「ふふふ。因みに、先ほどのユーサの質問には、一気に全部を教えてはやれない」
そして、教えられると言った。
「一応教えられるのは、君を殺した理由だが。
一度死ぬ必要があったから、かな?」
「どういうことだ?」
怒りと呆れが混ざる。
シ・エルは、少しだけ目を細めた。
「君が一番理解しているはずだよ。
……だからこそ、余は君を《特別天使》にした」
その言い方が嫌だったが、事実、神様に会い、運命は変わった。
黙っていると、シ・エルは急に真面目な声を落とした。
「ユーサ。君にアドバイスがある」
警戒して、体の芯を固くする。
「君は優しい。そして、家族と仲間に裏切られるのを、恐れているみたいに見える。だから注意すべきだ。今、余に抱いている警戒心のようにね」
その言葉は、刺さった。
優しいわけじゃない。
ただ――家族や仲間を失うのが怖いだけだ。
シ・エルは、内側を見ているみたいに言葉を続ける。
「余が言っているのは、悪魔に対してではない。君の場合、身近な付き合いのある者にも注意をすべきだ」
背中が冷えるのを感じた。
「理由は、君の【神秘術】にある。悪魔を退治する強烈な攻撃術もあれば、ザドキ・エルを救ったような術もある。これを奪おうとする者が出てきてもおかしくない可能性がある」
脳裏に、一瞬だけ浮かぶ。
フォールス・エルと一緒に来た、研究員たちの視線。
「神秘術や神の奇跡は、殺して奪うことはできない」
聞きながら、神様から聞いた内容を思い出す。
「だから、もしユーサの神秘術が欲しい場合は、ユーサに継承させてもらえるほどに《親密な関係になる》ことが必須条件になる」
背中が、嫌な寒さで撫でられた。
「奪えないから、近づく。
奪えないから、懐に入る。
奪えないから、家族や仲間みたいな顔をする。
そういう奴が、一番怖いよ」
シ・エルは、わざと怖がらせるように言った。
「だからこそ注意しておいた方が良い。余が、悪くも良い例だ」
そして、胸を突き刺す。
「余は、君に信用も信頼もしてもらえるように関係を築いた。
だから、君は余の仕事を引き受けた。
そして……君は殺された」
息が止まる。
今日という日の中で、一瞬だけでも緩んでいた警戒が、凍る。
「奪えた可能性は、……あったよね?」
珍しく茶化さずに真面目な顔をして聞く、シ・エル。
息を吐きながら言った。
「……確かにそうだな」
声が硬いのが自分でもわかる。
「最初は、お前を信用も信頼もしていたから、仕事でついていった。そしたら、その場所が破壊神復活の儀式の間で、……殺された。忠告として受け取っておくよ」
目を逸らさず言い切った。
「だから今後は、お前らセブンス・ヘブン全員を、信頼しない」
激しい怒りが、言葉の底に沈んでいる。
シ・エルは、楽しそうに笑った。
「ふーん。そうかぁ……。因みに、今日、余の仕事を見てどう思った?」
……ここで、言わされるのが腹立つ。
でも、嘘は言えない。
「あぁ。口先だけの政治家と違って、独りよがりでも偽善でも無い、相手が納得する寄付や支援もする。市民の声にも耳を傾ける。貴族や政治家たちにも一目置かれてる。凄いと思った」
続けた。
「前世の政治家たちが霞んで見える。……信用に値すると思う」
シ・エルの笑顔が、少しだけ柔らかくなる。
その顔が、余計にムカつく。
「だけど信頼はしない。お前の誠意には、何かいつも裏を感じる。まるで人を小馬鹿にするような何かをね」
真っ直ぐ言った。
「ザドキ・エルも言ってた。信じるにしても、お前を使うだけ。
つまり道具として、“信”じて“用”いるだけだ。
お前を信じて頼ったりはしない」
シ・エルが吹き出した。
「ふふ。アッハッハ! 良いね。最高だ。最高だよユーサ。それで良い」
辛辣な言葉なのに、コイツは嬉しそうに笑う。
怒りを、燃料みたいに扱う。
その瞬間、理解した。
コイツとは、絶対分かり合えない。
むしろ、嫌悪感しか生まれない。
そんな顔をわかった上で、シ・エルは意味深に言った。
「気分が良いので、良い事を教えよう。余の弱点だ」
「……え?」
唐突な言葉に目が開く。
「ユーサから見て、余の【神の奇跡】例えば、時を止める術についてどう思う?」
「……凄いと思うよ。時間を操る能力は、前世の創作物でもチートだと思っていたし。時を止めてる時に攻撃できれば避けられないから無敵の術だろ」
「あはは、そうか。やはりそう見えるよね。余も自分でもできすぎた能力を授かったと思っている」
嬉しそうに話す。
「でもね、ユーサ。その分、余はペナルティがある」
「ペナルティ?」
「うん。余は時間を止めることができる分、誰かをもし物理的に攻撃したら……」
シ・エルは、真面目な顔で僕を見る。
「余が死ぬ」
持っていた書類を全部落とした。
「な、何、嘘ついてるんだよ」
「本当だよ。なんなら看破の奇跡道具を持ってきても良い。因みに部下たちも含め、誰も知らない。今、知るのはユーサだけだ」
口調から嘘の空気が感じ取れなかった。
「ユーサを殺したのも、正しく言えばク・エルの天使武器だ。余は時を止めただけ。つまり、余に護衛が必要だったのはそういうことでもあるんだ」
殺される瞬間を思い出し、胸に触れた。
「間接的に余は君を殺したから、一発殴られるぐらいの罰を許した。ザドキ・エルの灰化粧を落とすために、余も殴れ、と言ったのはそういう意味でもあったんだよ。でも、命が一つ無くなるのと、一発殴られてチャラは、対等ではないしね。だから教えた」
ずっと誰かに打ち明けたかった秘密を解放するみたいに、嬉しそうに話す。
「誰かに聞かれていたらどうするつもりだ?」
「それはない、と判断したから、余は教えている」
周りに誰かいないか確認するも、否定した。
「君を殺した罪に対する、余の罰だよ。これで余は、いつ殺されてもおかしくない。まぁ、余の方から手が上がることは無いと思うけどね。だから余に『憤怒』の感情が無いことは寧ろ好都合なんだよ」
喜びながら話すシ・エルに、悪寒が走る。
正気の沙汰ではないと思った。
「どうかな? 誰も知らない余の秘密を打ち明けた。少しは、信頼してくれるかな?」
「……こんな事で誰が信頼するかよ。寧ろ、大事な爆弾を抱えた感じで気味が悪い」
「あはは。そうだね。やはり、ユーサ、君は良い。君の怒りの感情は。とても素晴らしい」
笑えなかった。
褒め言葉みたいな形をしているのに、どこか“人を弄ぶ音”が混じる。
だから、警戒心は緩まない。
むしろ、もっと強くなる。
……なのに。
シ・エルは、急に少しだけ真面目な声色になった。
「だからユーサ。君が強力だと思う余の術や力にも、弱点がある」
その言い方が、妙に引っかかった。
自慢じゃない。誇示でもない。
まるで、誰かを生かすための知恵を渡すみたいな口調だった。
「今後、強すぎる術を使う者ほど、制約や条件があると思ったほうが良い」
嫌悪感は消えない。
でも、この言葉だけは、腹の底に落ちた。
「余なりの罪滅ぼしとしての助言だよ」
罪滅ぼし。
その単語が、胸の奥をざらつかせる。
コイツの口から出ると、綺麗に聞こえない。
綺麗に聞こえないのに――聞かないと死ぬ気がする。
視線を逸らさずに返した。
「……覚えておく。だけど、信頼はしない」
シ・エルは笑った。
「それで良い。弱点を打ち明けたからって、その人をすぐ信頼しない方が良いよ」
いつもの軽い笑い。
まるで最初から、こうなると予感していたみたいに。
「ちなみに、その分、残りの質問に関しては、今は教えてやれない」
そして、土星型の鐘に指を置く仕草だけをした。
「余の土星型の鐘に七回耐えられるようになったら教えてあげるよ。それまで頑張って鍛えてくれ。《怒り》のエナジーを忘れずに」
言葉が出ない。
もう一度とならず何度でも殴りたいのに、殴れない。
それほど重大なことを聞いてしまった。
正面から否定したいのに、否定すると何かが壊れる気がする。
シ・エルは、最後だけ業務の声に戻した。
「ユーサ。とりあえず、今日はお疲れ。明日は最終荷造りの時間をあげるよ」
さらっと、決定事項を決めやがる。
「本来は明日の朝出発だったけど、部下の都合が悪くなってね。
明後日の朝、タイオーに出発する。余の部下が迎えに行くから。忘れないようにね」
言い切って、シ・エルは歩き出し部屋を出て行く。
背中が、やけに軽い。
「じゃあね。今日はありがとう。良い、夜を」
その背中を見ながら、胸の奥のざわつきを押さえ込んだ。
シ・エルを信頼したわけじゃない。
家族を守るために。
召命を果たすために。
そして。
近づいてくる誰か”に今の幸せを奪われないように。




