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D/L Arc 魔転生 ―召命を越える月虹― D_ / Luna Another world Reincarnation Calling …en Ciel  作者: 桜月 椛(サラ もみじ)
第2章 カーテン・フォール編

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104[2-38].特別天使の仕事 シ・エルの護衛

長いので分割しました。




「なんで僕が、こんなことを……」


 そう呟いた声は、自分の耳にさえ不機嫌に響いた。


 今、シ・エルの《特別天使》として、彼の仕事中の護衛をしている。前世で言うなら、大統領を守るSPみたいな立場だ。


 ……ただ、実態は《護衛》というより《付き添い》に近い。


 そもそも、シ・エル自身が時を止める【神の奇跡】を扱える。危険があるとは思わない。

 むしろ、危険の無い時間が長い。


 やっているのは秘書的な仕事だった。

 スケジュール確認。貴族や政治家たちとの会談の段取り。必要な手続き。書類の確認。急な面会の調整。

 人が動く前に、言葉と紙が動く仕事。


 一日やってみて、気づかされていた。

 天使の仕事で街を守るのは、悪魔と戦うことだけじゃない。


 けれど、その「わかってしまう」が腹立たしかった。


 シ・エルを信用していない。信頼もしていない。

 ……なのに、目の前で、()()()()()()()()()()()姿()を見せられると、嫌でも理解が追いついてしまう。


 その日、シ・エルはザキヤミの復興途中の地域に現れた。


 瓦礫は片づききっていない。建物の骨組みがむき出しのままの区画がある。焦げた匂いが、風に混じってまだ残っている場所もある。


 それでも人は生きていて、歩いていて、声を出していた。


 仮設の演説台の周りには人が集まっていた。誰かが配っている温かい飲み物の湯気が、冷えた空気にゆっくり溶ける。子どもが両手を振って、親がそれを止めるでもなく見ている。


 シ・エルが一歩前へ出るだけで、空気が変わった。


「市民の皆さん。こんにちは。ガーサの最天使長、シ・エルです」


 声は明るく、軽い。

 軽いのに、遠くまで通る。


 歓声が起こる。名前が飛ぶ。呼ぶ声が絶えない。遠くまで続く。


「余から、そしてガーサの国民からも、寄付と支援を皆さんにお届けしにまいりました」


 歓声が大きくなる。

 寄付。支援。

 言葉だけじゃない。実際に手が動き、物が来る。だから声が「信じる声」になる。


 護衛の位置で、群衆の視線の流れを見ていた。


 危険な動きがないか、武器の気配がないか。

 そういう視点で見ているつもりだったのに、気づけば別のものを見ていた。


 人の顔が、少しずつ上を向いていく。

 皆、笑顔を取り戻したような顔だった。


「皆さん、辛い中、よく耐えてきました。俯くことも多かったかと思います。でも、もう大丈夫です」


 その言い切りに、救われる顔が増える。


 シ・エルは続けた。


「『時』を司る天使として、皆さんに大事なことをお伝えします。よく聞く言葉であり、皆さんも聞いたことがある言葉から」


 ざわめきが消えた。


 誰もが、次を待つ顔になる。

 まるで神の言葉を待つようだった。


「辛いことがあっても、“()()()()()()()”という言葉があります」


 その一言で、何人かが俯いた。胸の奥が揺れた人が、視線を落とした。

 シ・エルは止めずに続ける。


「それはただ、時の流れに身を委ねて、何もせず、運に任せるようなことではありません」


 誰かの喉が鳴った。

 隣で、この領域を担当する天使たちが静かに息を吐いた。

 見惚れている。そういう種類の空気だ。


「余が見ている限り、皆さんはそうではないことがわかります」


 シ・エルが、ゆっくり視線を流す。


「悪魔に壊された街並みも、皆さんが奮い立ち、建物や交通の場だけではなく、手を取り合い協力しながら、治療をしながら、今日まで心と体で支え合っているのを感じました」


 泣く者が出た。


 最初から最後まで、影で見てくれていたみたいな言葉だった。

 言葉は、痛みを否定しない。苦しみを認める。頑張ってきた日々を、正しいと肯定する。


 ……たった一言で、その場にいる全員の心を掴んだシ・エルを、不覚にも凄いと思った。


「その日々と時間が、皆さんの痛みを優しく包んで、かけ合った言葉が心の傷を癒し、

 協力しあった日々の積み重ねが、皆さんの温もりが、目の前の絶望の霧を晴らすのです」


 人の顔が変わる。

 泣きながら笑う顔が増える。


「その時、前に進んで良かったと感じ、悲しかった日々を、“()()()()()()()”でしょう。きっと、幸せな日常は戻ります」


 ここで一拍置いた。


「これは余の勘ではありません。皆さんが勝ち取る未来です」


 歓声が、また上がった。


 拍手が波になる。

 その勢いに乗せるように、シ・エルは続けた。


「もし、皆さんの日常を脅かす悪魔が現れても、余たち、破壊神側近部隊のセブンス・ヘブンが必ず皆さんを守ります」


 ……破壊神側近部隊。


 その言葉だけで恐ろしい意味を持つはずなのに、ここでは「安心の肩書き」として受け取られている。


 そして。


 さらっと言った。


「そして、余には――皆さんを救ったユーサ・フォレストも、余の特別天使として仲間になっております」

「え?」


 勝手に声が出た。


 名前を呼ばれた瞬間、群衆の視線が波みたいにこっちへ押し寄せる。

 歓声が名前を呼ぶ。

 護衛の位置で固まった。動けなくなる。


 シ・エルを睨んだ。


 ……勝手に持ち上げるな。勝手に使うな。


 でも、その場で否定できる空気じゃない。怒鳴ったら、今の希望が割れる。

 口から出る怒りは、今の場で一番いらない。


「フォレストさん! 悪魔を退治してくれて、ありがとう!!」


 声が飛ぶ。


 その顔を見てしまった。

 シ・エルにズルい。と思った自分の心が嫌になった。


 良いように使われたことに腹が立ちながらも、黙って受け入れた。

 受け入れざるを得ない。


「皆さんの未来は、天に登る星のように、誰にも触れさせません。それは……永遠に」


 ー カラーン ー


 最後に、まるで祈りのように言葉を与え、土星型の鐘を一度だけ鳴らした。


 【神の奇跡】は使っていない。

 それなのに、鐘の音は人の心を熱くさせた。


「シ・エル最天使長様ぁー!!」

「【最高】の天使様ぁー!!」


 演説は市民を鼓舞した。

 誰もが名を叫び――【最高】の天使様、と二つ名が響き渡った。


。。。。。


 演説が終わっても、シ・エルの一日は終わらなかった。


 作業員の怒号。瓦礫を運ぶ音。仮設の照明。

 街はまだ傷だらけで、復興は途中だ。


 そのまま、休まなかった。

 まずは、復興現場のすぐ脇に設営された仮設テントへ、迷わず入った。


 市長。商会の代表。復興作業の責任者。現場監督。医療班の指揮官。エル教会の天使たち。

 現場で顔が利く者たちが揃っている。


 テントの中は土と紙の匂いがした。

 机の上に広げられる地図、数字、記号。

 物資の量。配分。輸送路。警備計画。復旧工期。備蓄。


 そこでさえ、声の温度を変えない。


「まず、今日運び込んだ物以外で必要な物資を確定しましょう。

 明日考えてでは遅いものから先にね。命の順番を考えて行動すれば……」


 口調が軽いのに、判断が速い。

 現場が求めるのは“熱い()()()”じゃない。“間に合う()()()”だ。


 だから皆、黙って従う。ついていく。


 横で書類を開き、記録し、印の順番を確認し、運搬ルートを線で引いた。

 護衛というより、秘書。……いや、雑用だった。


 仮設テントで決まった内容は、そのまま封筒に分けられ、封印され、走者が持っていく。

 決まったことを、決まった形で、決まった相手に渡す。復興が前に進んでいるのを感じる。


「支援は、気持ちだけじゃ足りない。届かなきゃ意味がないからね」


 ちらりとこちらを見る。

 仮設テントでの会談が終わる頃には、腕の中に紙束が増えていた。


。。。。。。


 そして次に、場が変わった。


 日が傾く頃。復興現場の泥と埃を抜け、用意された馬車へ移動する。

 案内されるのは、瓦礫とは無縁の区画。


 上流階級の館だった。


 照明は柔らかい。床は磨かれている。香草の匂いがする。

 同じザキヤミの夜なのに、空気の密度が違った。

 言葉の裏に、金と権力が混じる場所。


 貴族。王族の使者。政治家。大商会の上席。

 “()()()()側”の人間たちが、互いの顔色を探り合っている。


 この街の最天使長はザドキ・エル。

 だからこそ、一歩目から顔を立てる姿勢で入る。


 最初に、わざと口にした。


「今日は、ザドキ・エル最天使長の協力要請で動いています

 ザキヤミは彼女の領域であり、彼女は復興と裁判で身動きが取れません。

 余はあくまで、彼女の背中を支える役目としてここにいます」


 空気が一段、静かになる。

 「ザドキ・エル」の名は、この席の人間にとって恐怖だと空気が教えてくれた。


 正しい裁き。逃げ道のない審判。過度な正義があるから息苦しい。

 だから反発が生まれる。距離を取る。結果、溝が残り深まる。


 誰もが不安を持っている。

 だが、それを口にすれば、ザドキ・エルに逆らう者として裁かれかねない。

 だから黙る。従う。


 その溝を埋めるのが、シ・エルの仕事だと――そこで理解した。


 笑いながら、卓の会話をほどいていく。

 エル教会への不信を信用に変え。復興費。物流。悪魔の再襲来と、教会内部に潜む悪魔への対策。


 そこを、言葉だけで繋いだ。


 抱える恐れを否定せず、そのまま前へ動かす。

 誰かを吊し上げず、全員が《立て直しに参加できる形》にする。


「ガーサからの支援だけでは足りない現状です。

 ザキヤミの再建は、ザキヤミに住む皆さんが行う事に意味があると思っています。

 それはきっと、未来に語り継がれ、皆さんの誇りになるのではないでしょうか?」


 綺麗な言い方。

 でもそれは、要求ではなく、()()()()()として響いた。

 結果、金が出る。物が出る。人が動く。


 寄付の額が、想定よりも増えていく。

 そして当然、仕事が増える。


 会食で美味しそうに並ぶ食事を口に運ぶ暇もなく、渡される書類を整理し続けた。


 その途中、視線が何度も刺さった。

 顔を見て、貴族の誰かが小声で囁く。


「……あの方が、死から戻ったという」

「神に選ばれた……救世主?」

「無宗教で、最天使長の特別天使……?」


 背中がむず痒い。居心地が悪い。

 ただの庶民だから、空気に馴染めない。

 ここでは勝手に神秘の札を貼られ、見せ物にされている。


 戸惑って言葉が詰まるところを、さらっと救う。


「ユーサは余の部下で、余の責任の範囲だよ。

 質問があるなら余にしてくださいね。彼はまだ、この空気に慣れていない。

 あと、彼に質問するなら、まず礼を言ってからにしましょう。

 君たちの街が、今、生活できる状態で残っているのは、彼が最前線で止めてくれたからですよ」


 優しい言い方。

 でも「逃がさない言い方」でもあった。守られた形をして、囲われた。


 会食が終わる頃には、紙束がさらに分厚くなっていた。

 寄付の確約。支援物資の優先便。復興協力の署名。

 そして、エル教会との和解交渉に関する、いくつもの()()


 まるで政治家みたいな活動だった。


。。。。。


 館を出て、外へ移った瞬間、ようやく肺が動いた。

 香草の匂いは残っているのに、冷えた空気がやけに美味い。


 紙束を抱え直して、ため息を噛み殺した。


「……凄いのはわかったけど、今日だけで、仕事が何倍になったと思ってるんだ」


 楽しそうに笑う。


「何を言っているんだ、ユーサ。増えたのは()()じゃなくて()()だよ?」


 綺麗事に腹が立つが、否定できない。


「それに、まだまだやる事はあるよ。他の地域も終わっていない」


 少し歩いた先、ようやく誰もいない場所ができた。

 二人きりだ。


 歩幅を落として、いつもの軽い声で言った。


「ユーサ。さっきの席、顔が固かったね」

「固くもなるだろ。……貴族の見せ物にされて喜ぶかよ」


 肩をすくめ、少しだけ声の温度を落とす。


「君には、今の話をちゃんと説明しておくべきだったね」


 足の速度も遅くなり、声が通りやすくなる。


「ユーサ。ザドキ・エルは、正義感、というよりも正義への信念が強い。

 強いからこそ、正面からぶつかれば折れる者が出る。

 だから、折れた者たちを、余が救い、繋げる役目がある。

 彼女を恐れて黙る人、仕方なく従う人とザドキ・エルの間に《橋》を作る。それが余の役目なんだ」


 想定していた考えの答え合わせが始まる。

 “ザドキ・エルを否定しない”姿勢を示した上で、“恐れる側”の感情も肯定する。

 あの会食にいたほとんどの人が心を動かされていた。


 続けた。


「この街の政治家は、汚職をすれば処刑対象になる。だから信念がある者だけが残る。

 でも、怯えも残る」


 口調は軽いのに、わかりやすく刺さる。


「失点を恐れて黙り従う者。失敗を素直に報告できず嘘を続ける者。冤罪を怖がって心を閉ざす者。

 過去が消えないまま、今もそのまま進めない者もいる」


 さっきの会食で揺れた目が、脳裏に浮かぶ。


「……だから、その人達を救いだす。ってことか。……凄い話術だな」

「ユーサ。話術というのは文字通り、秘力や信仰力、魔力を込めなくても、誰にでも唱えられる術だよ。

 言の葉には、心や魂を燃やす力がある」


 口元を指差しながら答える。


「余は奇跡で場を動かしたわけじゃない。言葉でキッカケを与えただけだよ。

 余の言葉で負の感情を否定せず、各自を肯定させ、それによって各自が恐怖を克服し、前へ動かした。

 ただ、()()()()だよ」


 胸の奥がざわついた。

 それは、簡単なようで簡単ではない。

 それを、コイツは「それだけ」と、あたかも息をするように「容易い」と言う。

 コイツの裏側を知らなければ、コイツに飲み込まれていただろう。


 そして、紙束の重みを感じながら思った。


 ……コイツは、ザドキ・エルのため、ザキヤミのために動いている顔をして、

 同時に“()()()()”も確実に売っている。


 その二つが両立しているのが、いちばん厄介だった。

 シ・エルは笑った。


「因みに、天使教皇様が余の本質を見抜いてくれて、こうやって()()()()()()()()()()として動くことを認められている。

 そして、それに付随して――余だけが例外を持つ。

 各都市に、少数精鋭の部下を置くこと。セブンス・ヘブンを、正式な許可で作ったんだ」


 この一言で、見方が変わった。


 口が上手い天使ではなく、“天使教皇の許可”を持つ繋ぎ手という肩書きをも上手に使っている。

 しかも、各都市に部下を置ける唯一の最天使長。


 だから、貴族たちとの交渉は《取引》じゃなく、シ・エルの《()()()》だけで、誰もが頷くことになる。


 ザドキ・エルの顔も立つ。

 支援する側の顔も立つ。

 そして現場が助かる。


 言葉を選んでいるのに、回り道をしていない。

 これが話術というより《設計》だと、ここまで見せられれば嫌でもわかる。


 今日だけで、何度も聞いた言葉があった。


 ーー「エル教会全体は信じられなくても、シ・エル最天使長がいる《セブンス・ヘブン》は信じます」


 紙束の山を抱え直した。


 会食が終わる頃には、寄付の桁が一つ増えていた。

 支援物資の追加。復興の追加枠。医療班の増員。

 そして――それに伴う書類が、腕の中で山になる。


 シ・エルは満足そうに息を吐いた。


「急な連絡で申し訳なかったね。助かったよ、ユーサ。……一旦、その書類をまとめよう」


 褒められても嬉しくない。

 でも、目の前に積まれた《現実》は否定できなかった。


 この天使は、戦わずに街を動かす。

 そして、その背中の後ろで、凄さと、恐ろしさを思い知った。


 不本意な結論を飲み込んだまま、復興途中の街灯の明かりが揺れている。

 疲れた影が、地面に長く伸びていた。


 胸の中のざわつきだけが、まだ片づかないままだった。


 ーー「何故、コイツは、僕を殺す必要があったのか」



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