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D/L Arc 魔転生 ―召命を越える月虹― D_ / Luna Another world Reincarnation Calling …en Ciel  作者: 桜月 椛(サラ もみじ)
第2章 カーテン・フォール編

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103/108

103[2-37].張り紙の人物 その名は……




 ヘディさんに言われた通り、受付で会計しようとしただけなのに。

 なぜか胸の奥に、罪悪感みたいなものが残っていた。


「……あんた。本当にこの金額って言われたんですかい?」


 受付の男が、会計表を見たまま固まっていた。

 疑ってるというより、信じられない顔だ。


「え? あ、はい」

「……ちょっと確認してくるんで、待っといてください」


 男は言い終える前に身を翻し、奥へ消えた。


「……やっぱり、疑われてもおかしくない金額だったんだ」


 態度は横暴っぽいけど、金額の偽装だとか僕を疑ってる感じじゃない。

 事故を潰す確認の速さ。

 この店が、ただの飲食店じゃないってわかる。


 男が戻るまでの間、ワンドリンクで頼んだジュースをすすりながら、店内を眺めた。


「……ここ、前世で言うライブハウスみたいな場所なのに……裏情報屋もやってるんだ」


 ステージがある。

 音がある。

 酒とジュースと、笑い声と、拍手がある。


 前世の知識が勝手に浮かぶ。


「ライブハウスって確か……飲食店扱いにして、ドリンク代を払わせるんだっけ。音楽はあえて、()()()みたいにして」


 コンサートホールと違う。

 ここは、音楽が主役みたいで、酒も主役みたいで……たぶん、目に見えない情報も主役だ。


 客はぎゅうぎゅう詰めじゃない。

 でも空気は熱い。

 変に有名すぎないぶん、変な人間も紛れやすい。


「……こっちの世界に来て、音楽に触れてこなかったから分かんないけど。何が流行ってるんだろ」


 壁に貼られたチラシを眺めた。



 《ジョーカー・ダミアン 慈善活動&()()野外ライブ 近々決行!!》


 《王子エッグ ギターリサイタル 水竜(ウォータードラゴン)カーニバルにて開催!!》


 《太鼓踊 孤児院の二代目院長 主催 歴史ある新世代の慰霊祭!!》


 《巨神の蹴裂(けさき)伝説フェスティバル アンドロイドと共存を望む者達の旋律!!》



「……()()か、それに各都市で色々イベントがあるんだな」


 こういう形で街が息をつないでるのが、妙に現実的で、妙に眩しい。

 チラシを二、三枚、視線で追う。


 その隣に、明らかに異物が貼ってあった。


 指名手配。

 賞金首。

 物騒な紙が、音楽のチラシと同列に並んでいる。


「……そりゃ、裏情報屋もやるわけだ」


 冗談みたいに思った瞬間。

 ()()()()に吸い寄せられた。


 空気が違う。

 紙面が冷たい。


 次の瞬間、僕の視界に文字が浮かんだ。



 ー 「()()()() ()()()()()()?」 ー



「……え?」


 思わず目をこする。

 酔ってない。ジュースだ。

 なのに、もう一度。



 ー 「()()()()() ()()() ()()()()()()?」 ー



 間違いじゃなかった。


「……どこかで、その言葉……」


 呟いた瞬間、耳鳴りがした。

 頭の奥を針で突かれたみたいに痛む。

 反射で目を閉じ、額を押さえた。


 数秒。

 呼吸を整えて、目を開ける。


 浮かんでいた文字は……消えていた。


「……今の、なんだ」


 紙を見直す。


 他の手配書はだいたい同じ文言だ。

 《デッド オア アライブ》

 生死問わず。


 でも、この一枚だけ違う。


 《アライブ オンリー》


 生け捕り限定。

 その下の報奨金額は――冗談みたいな()だった。


()()()()()()()()()って……こういう数字か……」


 肖像の人物は、男なのか女なのか分からない。

 幼くも見えるのに、大人の影がある。


 ――なのに、なぜか、妙に“()()()()”気がする。


「……どこで見たんだっけ?」


 紙に顔を近づける勢いで見つめた。


 その時。


「奥さんがいるのに、気になる人がいるんですね」

「わぁっ!」


 反射で身体を跳ねさせ、ジュースをこぼしそうになった。

 振り返る。


 ディアだった。


「ディア!? なんでここに!?」


 心臓が一段跳ねた。

 ヘディさんに「()()()()()」と言われたことが、真っ先に脳裏をよぎる。


「あなたがギアドさんの店に行ってから、全然帰ってこないから。心配して見に行ったのよ。そしたら、かなり前に出たって聞いて……道端で、あなたを見かけた人がいるって聞いて」


 淡々としてる。

 でも目は淡々としてない。


「それで、ここに入ってみたの」


 ディアの言葉で時計を見た。

 ヘディさんとの会話が思った以上に長かったことに、ようやく気づいた。


「……ご、ごめん」

「うん」


 ディアは短く頷いて、僕がさっき見ていた紙へ視線を移す。


「ずっと無視して集中してたから。ここ、音がうるさくて聞こえてないのかと思って、近くまで来たのよ」

「あ、ごめん。実は……この張り紙の人、見たことある気がして。でも、思い出せなくて……。顔を覚えるのは『()()』な筈なんだけど……」


 言い訳みたいに言うと、ディアは小さく笑った。


「……何? そんなにおかしい?」

「だって、あなた。人の顔を覚えるの、()()でしょ」

「……え?」


 数秒、息が止まった。


「興味がないことは、見えてても見てない。だから“得意”だと思ったのが、ちょっと面白くて」


 自分では得意に思っていたのに、こう言われると自信が無くなる。

 反論しようとして、できなかった。

 僕の記憶って、そんなに信用できるものじゃなかった気がしてきたから。


 その直後、ディアの目が報奨金に吸い寄せられた。


「……え!? 嘘!? これ、本当にこの金額がもらえるの!?」


 声が一段大きい。

 教育ママのスイッチが入った音がした。


「このお金があれば……マリアを噂のガーサの秘術学園に……いや、そもそも私達がガーサに住めないし、知らない土地に引っ越すよりも、ザキヤミの学園で……、いや……マリアのしたい事を考えれば……」


 ディアの呟きに、別の意味で背筋が冷えた。


 前世。

 典安の妻・愛は頭が良かった。

 理系で、医療系の学校に行っていたから、娘・真理の将来の学費で揉めて。

 あの喧嘩、言葉、空気……を思い出した。


「そこも……一緒なら、本当に、生まれ変わっても出会ったんだな。間違ってなかった……」


 そう思った瞬間、僕の脳の奥に小さな穴が見えた。


 ――(……あれ? そもそも、なんでディアが、“()”だと、()()()()んだっけ?)


 口には出さない。

 でも違和感だけが確かに残る。

 張り紙の人物の顔も、同じ場所で引っかかり続ける。

 いつも、何かを思い出そうとすると、()()()()()


 その時だった。


「あんたら珍しいな。伝説の夢人に食いつくなんて」


 さっき奥へ消えた受付の男が戻ってきていた。


「俺が生まれる前からあるんだよ。見つけたら遊んで暮らせる、()()()()。夢みたいな存在で、張り紙が貼られてから一度も見つかってない。だから『伝説の夢人』」


 男は張り紙を顎で指す。


「ちなみに、『()()()()』って情報だけでも、報奨金の十分の一が出るらしいぞ」


 ディアの顔がぱっと輝いた。


「あなた! さっき見覚えがあるって言ってたわよね!? 思い出せそう? どう!?」


 食い気味だった。

 でも男は一拍も置かず言った。


「言っとくけど奥さん。もし()()だったら、()()で家族も含めて処刑されるらしいから気をつけな」


 空気が凍った。


 ディアの表情が百八十度変わった。


「……あなた。無理して思い出さなくていいわ。地道に教育資金は働いて稼ぎましょう。目の前の欲に飛びつくなんてよくないわ」


 僕は力なく頷いた。


「あぁ……そうだね」


 男は肩をすくめる。


「とりあえず、ユーサ・フォレストさん。会計いいかい?」

「あ、そうでした。すみません」


 受付に戻る。

 財布を出して、金額を見て、顔が固まった。


 特別料金と聞いてたのに、それでも現実に刺さる数字がそこにあった。


 会計をしながら、男が呆れたように笑う。


「いやぁ、まさかヘディ(アイツ)があんたと繋がってたなんてな。すげえよ。()()()()知り合ったんだ?」


 僕は苦笑いで誤魔化す。


()()()()も何も……知ってるのは……」


 ディアの方を見て、口の中で「ディアの兄さんだから」と言わずに止める。


 「……ん?」


 また、何かの()()()()()が、喉の奥に残っている。


「あの、主人をご存知なんですか?」


 ディアが受付に聞く。

 ディアの言葉に、引っ掛かっていた言葉が消えた。


「この街で、ユーサ・フォレストを知らない情報屋はモグリ以下だよ。街を救ってくれた“救世主”を知らん人はいないしね」


 受付の軽い言い方が、逆に重い。救世主と言われるのは何か痒い。

 でも、頑張った結果に繋がったんだと思えば、嬉しくも恥ずかしくもある。


 時間も時間なので、帰ろうとした瞬間。


「……まぁ、また来てくれよ」


 受付に言われながら、僕とディアはツェッペリンを出た。


 出入り口で、僕はもう一度だけ振り返った。

 さっきから引っかかり続ける、その張り紙。


 名前欄だけを確認する。


 そこには短く。






 『シド』





 その二文字だけが書かれていて、もう()()()()()()()は現れなかった。





『作者コメント』

ずっと、書きたかった話。何故でしょうね。書いてて思うけど、偶然がシンクロする。

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