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妹はわたくしのモノを欲しがるのです【転機】

 目覚めたら、わたくしは三歳になっておりました。

 何を言っているかわからないと思いますが、わたくしもわけがわからないのでございます。

 わたくしの名前はゾーエ=ルーナ、ちゃんと覚えておりますわ、月の女神の加護を持ち、この国で代々聖女もしくは聖人の地位に就く家の長女として生まれ、初代聖女の生まれ変わりではないかと言われるほど高い魔力を持った私は、五歳時にその魔力を開花させ、聖女となるべく修行の日々を送り、わたくしの力を欲しがった王国の策略によって、第一王子であるアロイージ=ジャーラの婚約者に据えられることになった。

 婚約者とはいえ、聖女の力は処女を失えば無くなってしまいますので、白い結婚なのでございますけれどもね。

 けれども、国王陛下の計算違いは、アロイージがわたくしの同い年の異母妹、ケーラに恋をしたことなのでございます。

 そうして、妹はわたくしのモノを何でも欲しがる性分だったのでございます。

 わたくしの妹、ケーラも庶子とは言え、もちろん魔力はそれなりにあり、聖女見習いとして神殿に仕える身でございました。

 平たく言ってしまえば、わたくしに何かあった場合の予備として、神殿に確保されている状態と言ったところでございます。

 けれども何を勘違いしたのか、成長するにつれ、ケーラは自分こそが聖女に相応しいと思うようになり、わたくしは偽物の聖女だと主張するようになり、わたくしに嫌がらせを受けた、命を奪われかけた等と流言を吹聴し始めたのでございます。

 最初は誰も取り合う事はございませんでした。けれども、わたくしに傷を付けられたのだと、淑女にあるまじき行為、典医でもない異性の前で袖をまくってナイフで出来たであろう傷を見せたり、階段から突き落とされたと言って、捻挫した足をスカートをめくって見せたりしていくうちに、少しずつ、子息を中心にケーラの言葉を信じる者たちが現れ始めたのでございます。

 その中には、わたくしの婚約者となったアロイージも居りました。

 そうしてわたくしが十八歳となり、正式にアロイージと結婚をするその日、アロイージはわたくしの手ではなく、ケーラの手を取ってこう言ったのでございます。


「偽聖女であるゾーエの悪行は聞くに堪えない。真の聖女であるケーラに対しての数々の身体的暴力、精神的暴力に加え、自らが本物の聖女だなどと周囲を偽り、この国を悪の道へと染めようとしたのだ! そのような者と結婚することなど到底出来ぬ! 今この場を以て、ゾーエとの婚約を破棄し、私はケーラと新たに婚約を結ぶ! ゾーエ! 王妃の地位が欲しいがために私と婚約を結んでいたお前は国を謀った罪として、即刻死刑とする!」


 はっきり言いまして、衝撃の一言でございました。

 結婚式には、神殿に勤める神殿長も神官長も、他の聖人・巫女見習いも、国王陛下も王妃様もわたくしの両親や親戚も同席しておりましたが、あまりにも突然のこと過ぎて、誰も頭が回らず、何も言えなくなってしまっていたのでございます。

 そもそも、この婚約はわたくしの魔力を欲しがった王家からの打診でございました。

 それを、アロイージもわかっていたはずでございますのに、いったいどうしてこのような事になってしまったのでございましょうか。


「アロイージ、このような結婚式の場でいきなり何を言い出すのだ。そもそも、聖女であるゾーエを処刑などと、何を考えている」


 正気に戻った国王陛下がそう仰いますが、アロイージは逆に我が意を得たと言わんばかりに胸を張って声を張り上げました。


「ゾーエは、聖女の地位に居ながら、魔王と通じ合っていたのです。その証拠がこれです!」


 そういって、アロイージが取り出したのは、昨日までわたくしとの婚約の証だと言ってプレゼントしてくださっていた魔石の付いたペンダントでございます、昨日までと違い、そのペンダントについている魔石は、以前のような金色から、どす黒い赤色へと変化しておりました。


「これは、ゾーエに私が贈った魔石です。ええ、ケーラの言葉を証明するために、肌身離さず着けておくように伝え、昨日までその身に着けさせていたものです。ご覧ください、この魔石は本来であれば、月の女神ルーナの加護を得て金色に輝いているはずなのに、今はどす黒い赤色に変化しております。これは、ゾーエが魔王と通じ合った証拠です!」


 その魔石は、とても繊細に出来ており、魔の者、そう、低位の魔物に触れただけでもその色を変化させるものでございますので、昨日わたくしの手を離れてから、魔物に触れさせれば今のように色を変えることぐらい容易いものでございます。

 そうして、わたくしの元から魔石の付いたペンダントを持って行ったのはケーラでございました。

 その時わたくしは悟ったのでございます、全てはケーラの計略であるという事に。

 仮にも巫女見習いとして、神に奉仕する事、祈りを捧げ潔白な心であることを求められるべき巫女見習いが、まさかそのような事をするとは思っても見なかったのでございます。

 ええ、けれども今思えば、ケーラは事あるごとにわたくしを悪者に仕立て上げておりました、それのどこが潔白であったと言えるのでしょうか。


「発言を、お許しいただけますでしょうか?」

「なにを!「許可しよう、ゾーエ」国王陛下!?」


 アロイージが拒否しようと致しましたが、国王陛下が許可をくださいました。


「わたくしには全く身に覚えがございません。その魔石の付いたペンダントも、昨日ケーラがアロイージに返すと言って、わたくしの元から持って行ったものでございます。その間に何があったのかは存じませんが、何かしたがゆえにそのように変色してしまったのでございましょう。昨日わたくしの手を離れるまで、その魔石は確かに金色を湛えておりました」

「何を言う! ケーラが何かしたとでもいうのか!」

「それ以外に考えることが出来ません」

「酷いですわ! お姉様はそうやっていつも私の事を責め立てるのですわ! わたくしは何もしておりませんのに、いつもわたくしを虐めてくるのでございます。皆様見てください、この傷を! この傷はお姉様がわたくしを傷つけた証でございます!」


 そう言ってケーラはドレスの肩口をコルセットが見えるほど思いっきり開き、肩にできたナイフの切り傷を皆様に見せつけております。

 はしたない、わたくしは思わずそう思って、手にしていた扇子で口元を覆い隠しました。


「ほら! その目です! その目で私の事を蔑んでいるのです!」


 どんな目ですか、周囲をごらんなさい、貴婦人や令嬢もですが、年を重ねた貴族の男性も眉をひそめているではございませんか。


「ゾーエの言っている事の方が、真実味がある。事実、ゾーエはこの王都に強大な結界を張り、魔物から王都を守ってくれている。ケーラには不可能な事であろう。その魔石の件も、調査が必要だと判断する」

「国王陛下! このような女に騙されてはいけません! 即刻処刑をすべきです! この女を生かしておいては、いずれこの国は魔に侵されてしまうでしょう!」

「アロイージ、お前の言っている事は荒唐無稽だ。我が息子ながら結婚式当日に何を言っているのだ、世迷言を言わず、さっさと結婚式を「国王陛下! 私はこのような魔女と結婚するなど出来ません!」なにをっ!」


 アロイージの言葉に、国王陛下は絶句し、王妃様がその横で蒼白になり手にした扇子を握り締め、叫び出しそうなのを必死に耐えているご様子です。

 当然そのような騒動の中で結婚式が続けられるわけもなく、結婚式は延期になりました。

 その晩、わたくしは王宮にあてがわれた私室のバルコニーに出ると、誰にも気が付かれないようにため息を吐き出しました。

 第一王子の婚約者となったわたくしには常に監視が付いており、一人になる時間など、排泄の時間ぐらいしかないのでございます。

 この瞬間も、王家の影の者達が見張っているのでございます。


『悔しいとは思わぬのか?』

「え?」


 バルコニーで一人風に当たっていると、頭の中にそんな言葉が響きました。

 あたりを見渡しますが、どなたもいらっしゃいません、気のせい、だったのでしょうか?


『聖女ゾーエ、我はお前の心に隙が空くのを待って居った』

「わたくしの、心の隙?」

『そうだ、お前を我が物にするために、ずっと見てきたのだ』

「ずっと……」


 何故でしょう、アロイージに何を言われても心がこんなに温かくなることなどございませんでしたのに、今は、なぜか心の奥がじんわりと温かくなってきました。


『ああ、生まれたその時から見守って来た。しかし、ゾーエが生まれたその時から、様々な言霊に縛られ、我が無理に手にしようとすれば、其方自身が壊れてしまうため、手を出すことが出来なかった。だから、この時を待っていたのだ』

「そう、なのですか……」

『だが、お前はまだ聖女であり、未だ様々な言霊に縛られている』

「……」


 わたくしはその言葉に何も言う事は出来ませんでした。

 確かに、わたくしはアロイージにこそ拒否をされましたが、聖女であり、婚約者であることに変わりはないのでございます。


『全てを捨てて、我の元に来るか? ゾーエ』

「わたくしは、貴方様がどこの誰かも存じ上げません」

『我は魔王。歴代最強であり、最恐で最悪の存在』

「魔王!」


 わたくしは思わず声を上げ、咄嗟に自分の手で口を塞ぎ、周囲を見渡します。

 独り言も、もちろん余さず報告されているはずですから、わたくしの今の言葉も、国王陛下に報告されるのでございましょう。


『全てを捨てる覚悟があるのなら、我が腕に飛び込むがよい』


 そう頭の中に声が響き、そこで声は途絶えてしまいました。

 わたくしは今あったことを信じることが半ばできず、ふらふらと一人寝室に入り、ベッドに横たわり目を閉じたのです。

 そして、目が覚めたその時、わたくしの目に見えたのは、見慣れた寝室ではなく、固く閉ざされた牢獄の柵で、何が何やらわからないと周囲を見渡しますと、アロイージやケーラ、そして国王陛下がわたくしを柵越しに見て来ていたのでございます。


「ゾーエよ、昨晩の報告を受けた。信じたくはないが、其方は魔王と通じているのか?」

「そのようなことはございません、国王陛下」

「では、昨晩の報告が虚偽であったと申すのか?」

「それは……」


 ここでわたくしが虚偽の報告であったと言えば、報告をした方の首が物理的に飛んでしまうでしょう。

 それに、魔王と会話をしていたこと自体は事実なのでございます。


「確かに、昨晩、魔王と会話を致しました」

「ほら、聞きましたか国王陛下! お姉様は以前から魔王と交流があったのです!」

「そうです国王陛下! この者はもはや聖女などではありません、魔女でございます!」

「ケーラ、アロイージ……」

「忌まわしい魔女が、私の名前を呼ぶな、忌々しい」

「お姉様、その首についている首輪、何だと思いますか? お姉様の魔力を根こそぎ吸い取って、お姉様を無力化する魔法具なんですよ。お姉様の膨大な魔力はちゃんと私が有効活用してあげますから、安心してくださいね」

「何を、言って?」

「ゾーエ。魔王と接触を持った聖女を王族が庇護することは出来ない、もちろん神殿もだ」

「……」


 わたくしは何も言葉にすることが出来ませんでした。

 今までわたくしの事を温かく見守っていてくれたはずの人々が、一晩でこうも冷たく変わってしまうなど、認めたくなかったのでございます。


「国王陛下! 大変です、王都に魔物の軍勢が押し寄せてきています! 民にも既に被害が!」

「なんだと!?」


 そうでしょう、今まではわたくしの魔力でこの王都に結界を張っていたのですもの、その魔力を強制的に首輪が吸い取っているのであれば、結界は綻んでしまう事でしょう。


「これも、お姉様が魔王を手引きした証です、国王陛下!」

「そうです国王陛下! いますぐゾーエの処刑を行うべきです!」

「しかし……」

「国王陛下、この首輪を外してください。今すぐにでも結界を張り直さなければ、もっと多くの被害が出てしまいます」

「そんな事言って、首輪を外したら逃げる気なのだろう! 結界ならケーラでも張ることが出来る!」


 それはそうですが、わたくしの張る結界とは段違いの弱さでございますのよ? 王都全体に張ったのでは、もはや張っている意味があるのかわからないほど脆弱なものとなりましょうに、何故それが分からないのでしょうか。


「国王陛下、お願いでございます」

「……わかった、ゾーエの言葉を信じ、今は首輪を外すこととしよう」

「ありがたく存じます」

「国王陛下! 騙されてはいけません! この女は魔女なのですよ!」

「そうです国王陛下、お姉様の言葉に惑わされないでください!」


 アロイージとケーラが必死に国王陛下に言い募りますが、牢獄の柵は開けられ、わたくしは国王陛下の手によって首輪を外されます。

 けれども、大部分の魔力を既に首輪に吸い取られていて、今のわたくしでは、一度強大な結界を張れば魔力は底をついてしまうでしょう。

 けれども、関係のない民まで巻き込むわけにはいかないと、わたくしはこの場で急ぎ祈りの文言を呟き、それこそ命を削って王都中に強い結界を張りました。

 魔力を使い果たしたわたくしの意識は、冷たい床に体が倒れ伏したところで途絶えてしまいました。

 次に目を覚ました時、わたくしは手を拘束され、足には重い錘を付けられた状態で、周囲を見渡せば、わたくしに向かって石を投げつけようとして来たり、罵詈雑言を言い放つ貴族や民の者が居りました。

 もう、訳が分かりません。


「ゾーエ、其方は魔王を王都に引き込んだ罪として、この時を以て処刑とする」

「なにを……」


 一体、わたくしが意識を失っている間に何が起きたというのでしょうか?

 国王陛下の周囲を見てみれば、ニヤニヤと笑うアロイージと、その腕に抱かれ満足そうな笑みを浮かべているケーラが居ました。

 そう、わたくしは悟ったのでございます。

 此度の魔物の襲撃の責任をすべてわたくしに押し付け、わたくしを処刑することによって事情を知らない貴族や民衆の気を鎮めようとしているのだという事を。

 何と愚かしい選択なのでしょう。

 わたくしを失えば、わたくしの魔力を吸った首輪の力で幾分かの結界の維持は出来ましょうが、それもきっとすぐに尽きてしまいます。


「国王陛下、どうかお考え直しを。わたくしが居なくなってしまっては、誰がこの王都の結界を維持すると言うのですか」

「ケーラが行える」

「そうですよ、お姉様。偽聖女のお姉様と違って、私には本物の聖女としての力があるんです。お姉様は安心して死んでください」


 そんな馬鹿な! と思わず叫んでしまいました。

 その瞬間、わたくし達を見物していた貴族や民から再び石を投げつけられ、罵詈雑言を浴びせられてしまいます。


『全てを捨てて、我が腕に抱かれよ』


 再び、頭の中で魔王の声が響きました。

 全てを捨てるなど、どうして出来ましょうか? わたくしは、今まで他の方々の為、この国の為に多くを犠牲にしてきたのでございます、それを今さら捨てるなど……。

 そう思い、わたくしはふと両親を見ました。

 両親の目には、わたくしに対する失望と憎悪が宿っておりました。

 そう、他の貴族や民と同じ目をしていたのでございます。

 いままで、わたくしの事を、家の誇りだと、かけがえのない存在だと言って愛してくれていた両親の目はそこにはもう存在しておりませんでした。


『全てを捨てて、我が腕に抱かれよ』


 再びその声が頭の中に響きました。

 今までわたくしを敬い尊敬してくれていたはずの貴族も民も、わたくしが魔王を手引きしたせいで王都に被害が出たという話を信じ、わたくしを責め立ててきます。

 愛されていたと思っていた婚約者は、いつのまにかケーラに恋をし、わたくしの事など全く歯牙にもかけなくなっておりました。

 頼みの綱の国王陛下も、一時の平穏を取り戻すために、わたくしを生贄に差し出しました。


「ああ、何もかも、まやかしだったのでございますね」


 信じていたもの、その全てに裏切られたような絶望を味わった気分でございます。

 この国の聖女や聖人、そしてその見習いの処刑方法は、聖なる谷への投身自殺でございまして、最後の最期まで、その魔力をこの国を守護する結界に注ぎ込むための処刑方法でございます。

 わたくしは、重い錘の付いた足を動かし、一歩、また一歩と崖に近づいて行きます。

 その度に、見物人たちの声は大きくなっていき、思わず耳を塞ぎたくなるほどでございましたが、手にはめられた手枷がそれを許してはくれません。

 崖の端に辿り着き、わたくしは後ろを振り返り、改めてわたくしを殺そうとしている人々の顔を見ます。

 失望、憎悪、怨嗟、様々な感情がその目に宿っておりました。


「もう、いいですわ」

「聖女ゾーエ! 最期まで聖女としての誇りを持ち、崖から飛び降りるがよい!」


 国王陛下の声に、なんだか笑いがこみ上げて来て、わたくしはクスクスと笑ってしまいました。

 これまで無表情が基本だったわたくしの笑みに、騒がしかった見物人の声が止まります。


「クスクス。もう、この国は終わりですわ。さようなら、皆様。せいぜいあがいて死んでくださいませね」


 わたくしはそう言いますと、天を仰いだまま、崖に身を投じました。


『全てを捨てて、我が腕に抱かれよ』


 三度、その声が頭の中に響き渡り、わたくしはその声に導かれるように目を閉じ、下へ、下へと落ちていきました。

 上に流れていく涙が、わたくしの中に残っていた、この国への思いを洗い流すかのようでございました。

 そこでわたくしの意識は途切れたのでございます。



 そうして、気が付いた時、わたくしは三歳の姿に巻き戻っていたわけでございます。

 三歳という時期は、お父様が腹違いの妹、ケーラを屋敷に連れてくる年です。

 お父様は、代々聖女・聖人を排出する家に生まれたにもかかわらず、魔力量が低く、聖人見習い止まりでございまして、同じような境遇の聖女見習いであったお母様と結婚しただけでは飽き足らず、別の聖女見習いにも手を出していたようなのでございます。

 聖人となれなかったことが余程プライドを刺激したのでございましょう。


 三歳、まだ魔力が開花したわけでもなく、わたくしが規格外の魔力を持っている事はまだ誰も知りません。

 幸い、現在の聖女は、わたくしが現れなければそのまま聖女としての任を続けるはずでございますので、わたくしは聖女の修行で身に付けた魔力操作で、魔力の量を少なく見えるようにすれば、聖女に選ばれることは無いでしょう。

 なぜ三歳に時間が戻ってしまったのかはわかりませんが、同じ人生を歩みたいと思うほどわたくしはマゾではございません。

 魔力をひた隠しにし、例え落ちこぼれと蔑まれようとも、もう、わたくしは同じ人生を歩みたいとは思いません。

 そう思った瞬間、わたくしの事を冷たい何かが抱きしめてきました。


「誰です?」


 今ここは、誰も居ない寝室のはずで、侍従もメイドも下がらせた今、王室の見張りもついていなので、わたくしは本当に一人きりのはずなのでございます。


『時戻しは上手く発動したようだな』

「魔王……」

『しかし、其方は既に多くの言霊に縛り付けられておる。その全てを無くした時、その時こそ其方は我のモノになる』


 以前のわたくしであれば、何を勝手なことを! と、激怒していたことでしょう。

 けれども今のわたくしには、その言葉がとても甘い言葉に聞こえてならないのでございます。


「わたくしが全て失えば、魔王のモノになれるのですか?」

『うむ。だが今はその時ではない』

「いつ?」

『近い未来、お前の異母妹を利用すればいい』

「ケーラを……」


 確かに、あの子はわたくしのモノを全て欲しがるのですから、全て奪っていただくにはちょうどいいかもしれませんわね。


「魔王のモノになるというのは、どういう気分なのでしょうか?」

『それは其方次第だ』


 そう言って、魔王の気配は遠のいて行きました。

 そうですか、わたくしは魔王のモノになるには全てを失う必要があるのですね、そしてそれにはケーラを使うのが最適……。

 わたくしの顔に暗い笑みが湧き上がってまいります。

 ねえ、ケーラ、早くわたくしから全てを奪ってくださいませ、そうしてわたくしを早く魔王のもとに行かせてくださいませ。



 けれども、月の女神様は残酷ですわね。

 わたくしが必死に魔力を隠しておりましたのに、わたくしが次の聖女になると神託を与えたのです。

 おかげでわたくしは、以前と同じように聖女の座についてしまいました。

 そして、またアロイージと婚約をする羽目になってしまったのです。

 聖女になったことを、両親は以前以上に喜び、愛しいゾーエ、かわいいゾーエと言ってくるのでございます。


「お前は、勇者の血筋を持つ由緒正しい私の婚約者になれたのだから、ひれ伏して喜ぶがいい」


 アロイージは会うたびにそう言ってきます。

 けれどもわたくしは知っているのです、そう言った口で、今度はケーラに甘い愛の言葉を囁いている事を。

 ああ、ケーラ。

 早くわたくしから全てを奪ってくださいましね。

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