妹はわたくしのモノを欲しがるのです
「お姉様、それ下さいな」
それがわたくしの妹の口癖。
わたくしの妹ケーラは、わたくしの持っているモノを何でも欲しがります。
おもちゃも宝石も、メイドも侍従も、両親の愛も婚約者も、そして聖女の地位さえも欲しがるのです。
そんなに欲しいのでしたら差し上げますが、貴女はそれに相応しいのかしら? 分不相応の要求は身を滅ぼしますわよ?
ケーラはピンクブロンドをクリンクリンに巻いて、今流行りのポンパドゥールヘアにして、ドレスも流行りのローブ・ア・ラ・フランセーズを着て、今日もわたくしの婚約者とダンスを踊っているのです。
曲が終わり、わたくしの婚約者とケーラがわたくしの方にやってまいります。
わたくしの婚約者、アロイージはこの国の第一王子様。
ハニーブロンドのふんわりした後ろに垂れた髪の毛を首の後ろでリボンで一纏めにして、今流行りのタイトなブリーチズを履いてコートとウエストコートを羽織っている。
「ゾーエ! お前の行った事は聞いた! 妹のケーラを虐め、精神的に追い詰め、その命さえ奪おうとしたそうじゃないか! そんなもの私の婚約者に相応しくない! 今、この場で婚約破棄とさせてもらう! そして私は、このケーラと新たに婚約をする!」
「わかりましたわ、アロイージはケーラに差し上げます」
「聖女としても相応しくない! ケーラにその座を譲るんだ!」
「わかりましたわ。聖女の地位もケーラに差し上げます」
妹のケーラはわたくしの持っているモノを全て欲しがります。
わたくしはそれに抵抗致しません。
ケーラがわたくしの持っているモノを扱いきれることなのでしたら、喜んで差し上げましょう。
ええ、聖女の座すら、喜んで差し上げましょう。
「ねえ、ケーラ。これでわたくしが今まで持っていたモノの全ては貴女が奪ったことになりますわ。もう、わたくしから奪えるモノはございませんわね」
「ええ、お姉様の持っているモノは全部、ぜーんぶ私のモノになっちゃいました。ねえ、お姉様、どんな気持ちですか?」
「そうですわね、とっても清々しい気分ですわ。わたくしには退屈なおもちゃも、ゴテゴテした宝石も、小うるさい侍従やメイドも、重苦しい両親の愛も、顔だけの婚約者も、過度の労働を強いられる聖女の地位も、全て要りませんもの。ケーラに貰っていただけて嬉しいですわ」
わたくしはにっこりと微笑みを浮かべてケーラとアロイージを見つめます。
「これで、やっとわたくしは自由の身ですわ。もう何にも縛られることはございませんの。もうケーラに何も差し上げませんわ」
「ええ、だってもうお姉様は何も持っていないでしょう?」
「そうですわね、何も持っていませんわ。だから……」
そこでわたくしは笑みから無表情に変え、冷たい目でケーラとアロイージを見ます。
「やっと自由の身になりましたの。だからやっと迎えに来ていただけますのよ」
「は? 何を言っている、ゾーエ」
「そうです、お姉様を迎えに来てくれる人なんていませんよ」
「ええ、もちろん人ではございませんわ」
わたくしがそう言った瞬間、夜会が開かれていた王宮の大広間の屋根が吹き飛び、風が吹き込んできます。
「魔王、ですわ」
わたくしは冷たい腕に抱かれます。
『やっと我のモノだな』
「ええ、やっとアナタだけのモノですわ」
冷たい口づけを落とされた時、会場にいた全員が時を止めたように動かなくなり、わたくしと魔王を凝視しております。
わたくしは口づけを続けながら、ケーラとアロイージを見て目を細めます。
唇を離して、わたくしは魔王に抱き着きます。
「ねえ、早くお家に帰りましょう?」
『ああ、だがその前に虫けらを始末しなくては我の気が済まない。長い間言霊で我のモノを奪い続けた虫けらどもを、血の洗礼を以て浄化するとしよう』
「そうですの? もうわたくしのモノじゃないからどうでもいいですわ」
そう言った瞬間、ケーラとアロイージを除いた会場にいた全員の頭が吹き飛び、血の塊となって床に倒れこんでいきます。
驚愕の顔を浮かべるケーラとアロイージですが、ふと、ケーラがこう言います。
「ねえ、お姉様。ソレ、下さいな」
魔王を指さして、そう言うケーラにわたくしは笑いがこみ上げて来て、クスクスと笑ってしまいました。
「勘違いなさらないで、ケーラ。魔王はわたくしのモノではございませんの。わたくしが魔王のモノですのよ」
『虫けらが何を言う。ゾーエを自由にした褒美に生かしてやったと言うのに』
「ほらケーラ。貴女は聖女になったのでしょう? なら、魔王を倒さなくてはいけないのではなくて?」
倒せるものなら、ですけれどもね。
この世界で最強で最恐で最悪だから彼は魔王となったのですもの、ただわたくしのモノを欲しがって、わたくしを悪者にしてまでわたくしから全てを奪うだけだったケーラに出来ますでしょうか?
「ほら、アロイージ。貴方は勇者の血を引く勇敢な王子なのでございましょう? 魔王を前に何を怯えていらっしゃいますの?」
聖女と共に歴代最弱と言われた魔王を倒した勇者の子孫なのでございましょう? ほら、いつものように自分の血に誇りを持って魔王に対峙なさればよろしいのに。
出来るものなら、ですけれどもね。
わたくしの言葉に硬直するケーラとアロイージを見て、わたくしはまたクスクスと笑いがこみ上げてきます。
「ねえ、もういいでしょう? お家に帰りましょう?」
『ああ、そうだな。だが、ついでに虫けらをもう少々浄化してやらねばな』
魔王はそう言ってわたくしを胸元から離したかと思いますと、目にもとまらぬ速さで、ケーラとアロイージの頭部を吹き飛ばし血の塊にいたしました。
「流石は魔王ですわね」
『さあ、ゴミ掃除も終わった。家に帰ろう』
「ええ、帰りましょう」
わたくしは再び冷たい胸に抱かれて、うっとりと致します。
ありがとう、ケーラ。
このわたくしから全てを奪ってくれて。
ええ、本当に感謝しておりますわよ、もう聞こえないでしょうけれどもね。