No.3 辻斬りは度し難い
気が付くと、そこは街だった。
後ろを見れば、巨大な噴水がものものしく配置され、そこからローマ式道路が全方位に向かって伸びていた。
大通りは多くのプレイヤーで埋め尽くされ、その活気が充分すぎるほど伝わってくる。
ここにいる人達全員斬りたいという衝動に飲まれかけるが、即座に頭をぶんぶんと振って留める。
……危ない危ない、ここは気狂いじゃないんだ。せめてステータス確認して、このゲームに慣れてからにしようと決めていたじゃないか。
「抑えろ、抑えろー……」
未だ震える指を走らせ、メニューウィンドウを呼び出す。気狂いでも散々行った動作だが、どこか新鮮な感じもする。
【Playable character・status】
■《リズ》 ■《念術士Lv.1》
■《下位堕天使Lv.1》
■《キャラLv.1》
■武器:《右手》木刀 《左手》木刀
■《頭》なし
■《体上》異界人の服<DEF+1>
■《体下》異界人のズボン<DEF+1>
■《腕》なし
■《脚》異界人のブーツ<DEF+1>
■《アクセサリー1》なし
■《HP:100/100》 《MP:10/10》
■《ATK:10~24》《DEF:3》
■《STR:20<+20>》
■《VIT:10<+10>》
■《AGI:25<+25>》
■《DEX:15<+15>》
■《INT:20<+20>》
■《LUC:10<+10>》
■スキル:《刀術Lv.1》
《超能力Lv.1<サイコキネシスLv1>》
■種族特性
・《光属性被ダメージ+100%》
・《闇属性被ダメージ+100%》
・《物理攻撃被ダメージ+200%》
・《HP99%以上でステータス2倍》
・《HP80%以下でステータス半減》
・《キャラLvアップ効率+100%》
・《スキルLvアップ効率-100%》
■職業特性
・《職業Lvアップ時にスキル《超能力》レベルアップ》
■称号
・《異界の旅人》<特殊効果なし>
大方予想していた通りだ。しかし冷静になって考えれば、実質の被ダメージ3倍で体力が八割を切れば最弱に変わるって極端すぎやしないだろうか。
光、闇属性の被ダメージが上がるのは理解できる。堕天使という種族の元ネタ、つまり神話に則ったものだろうからだ。
しかしそれで物理被ダメージまで増えるのは純粋に理解できない。ヤケクソ感極まってんなオイ。
あまりのキツさにドン引きである。そして、こんな鬼畜仕様をキャラクリエイトの際に「幾つかのデメリットの代わりに」という説明しかしてくれなかったのもちょっと正気を疑う。ゲーム開発チームには相当の馬鹿野郎がいるらしい。
「そもそも選ぶ奴がそんなにいないってことかな……」
考えてみれば、今の時代に存在するMMOゲーマーはデメリットを忌避する傾向にある。周りを見ても、キワモノ種族を選んでいるプレイヤーはなかなか少ない。
というか、僕の装備だ。異界人の「ズボン」とか言っといて短パンじゃねえか。年齢と身長に応じてってことなんだろうけどありがた迷惑でしかない。
あと初期装備が木刀なのも地味に腹立つ。木で何を斬れるんでしょうかね。
武器に斬撃属性がないのであれば、急所部位欠損による即死ができないではないか。
いや、一応即死は可能だが斬撃より難しい。
首の骨をピンポイントで狙いつつ武器への衝撃を逃がしつつ一撃で粉砕すればできる。
常人には無理に決まっているだろう。
僕がため息を付きながら歩き出そうとすると、ガツン! という音と同時に僕の体に衝撃が走った。誰かにぶつかってしまったようだ。
「あ……すみませ──」
「おうボウズ、大丈夫か?」
その人は僕に気さくに話しかけてくる。ネズミ色の鎧を着込んでいる兵士のようだった。彼のHPバーは黄色い。NPCである証だ。
「ボウズ、お前も異界人だろう?」
「あ、はい……」
この人を僕は知っている。彼はいわゆる『チュートリアルおじさん』だ。ゲーム内の様々な基本を教えてくれるNPCで、彼に話し掛けることが最初のクエストと言っても過言ではない。
「それで、お前も何か知りたいのかな?」
「あ、えと……それは……」
「なんだ? おじさんが何でも教えてやるぞ?」
まずい、非常にマズい。この人がここに存在している以上、僕の殺害対象になることは避けられない。
それだけではない。「チュートリアルおじさん」はプレイヤー達の人気者だ。彼の言葉はゲームの大事に要素の一つになっている。そんな人を殺す事は流石にシャレにならないではないか。
今すぐにこの場を離れなければ。……でも、既に彼の首から視線を離せない。どの箇所を狙えばたとえ木刀でも即死──切り飛ばせるかがハッキリと判る。
「どうした? ボウズ、オレの顔をまじまじと見て……」
「僕……から、離れて下さい……でないと……」
僕は後ろに浮かせていた木刀を右手で握る。
「──斬らなきゃだから」
そして見えていた切断線に従い、刃のない木刀でおじさんの首を叩き折った。
「は……」
おじさんは最後にそう言っていた気がする。意思と関係なく殺ってしまった罪悪感など、もはや関係ない。どうでもいい。
僕は言葉では言い表せない感情に満たされた。
「ふふっ……ハハハハハハッ!!」
そこからはもう、自分でもよくわからなかった。近くにいた人は持っている木刀で、遠くにいた人は持っていない方の木刀を操作して。プレイヤーもNPCも関係なく首を折る。喉元に突き刺す。
木刀と自分の頬が返り血に染まっているのが判った。レベルアップのファンファーレが煩い。
自分のインベントリに入ってくる武器を入手するたびに「例の動作」で投擲し、確実に急所を貫くことで《投擲》スキル未取得を補っている。
「なんだ!? なんなんだよ!?」
「チュートリアル兄貴ぃ!!」
「何で、みんな急に死んで……」
「大規模PKギルドか!?」
始まりの街は阿鼻叫喚に包まれている。プレイヤー達はまだ僕を認識できてはいないようだ。気狂いでもこんな光景見たなと思いつつ、プレイヤー達の集まりに突っ込んでいく。姿を隠すのが目的ではない。
ちなみに、気狂いでも(僕のせいで)NPCのほとんどが死滅している。僕はよく覚えていないが、賞賛を受けたので良い行いだったのだろうか。たぶん、七面倒臭いクエストふっかける癖に、クソみたいなアイテムしかくれないヤツらへの恨みが貯まっていたのだろう……。この事件は、後に「ハッピースマイル制裁事件」と呼ばれたらしい。私が犯人だ。
未だ混乱の渦に飲まれている好機を逃さず、通り魔の如く出合い頭に急所を攻撃、レベル差など関係なく即死させる。
「て、てめえッ!!」
「アイツだ、殺れっ!!」
ちらほらと対応し始めているプレイヤー達の攻撃を受け止めた瞬間、木刀が光り、爆散した。今までで相当消耗していたのだろう。ポリゴンの欠片を見ながらそんな事を考える。
「アイツ、武具損失したぞ!」
「今がチャンスだっ!!」
しかし、「例の動作」で奪った武器を即座に装備する。蒼い装飾が施された刀のようだ。相当なレア武器なのだろう。同じく操った方の刀も切り替え、即座に首を刎ねる。
「な、早──」
言い終わるより早くにアバターが爆散、ポリゴンの欠片となった。
やはり、切断線を意識する必要のあった木刀より遥かに楽だ。さらなる速度でプレイヤー達をキルしていく。
ステータスポイントを振る余裕がないので、気狂いでしていたような超人じみた動きはできない。しかし、既に冷静さを欠いている自分を止める事はできないのだ。既にPK人数も百を超えているだろう。
「みんな落ち着くんだ! 壁役、攻撃役は前へ、後衛は下がって攻撃準備!」
声を挙げたリーダーっぽい人の指示を聞きつけたその人のパーティメンバーっぽい人達が僕を取り囲もうとするが、それより早いペースでPKし続けているので焼け石に水だ。
ステータスポイントを振る余裕がない以上、この猛攻に対処するには急所を百発百中で破壊するか、様々な工夫を凝らさなければいけない。
表情には出していないが、僕も少し焦っていたのだろうか、気付けば何組かのパーティに囲まれていた。
「いい加減にしとけよこの野郎!」
「これ以上の悪事は見過ごせません!」
この状況と人数からして、急所だけを狙っていては処理が間に合わずに封殺されてしまうだろう。
そこで、思い出した。
先人の知恵を活用するのだ。
僕は刀を遠隔操作し、回転ノコギリの要領で刀を高速回転させた。すかさず攻撃に転じる。
「なっ……このガキ!」
先ほどの戦士さんがとっさに剣を構える。直後、ズガガガガ! という連続した金属音が鳴り、火花が散る。
多段ヒットでガードを押し切り、戦士さんを削り殺し、横にいた神官さんの心臓を突き刺す。
刀を回転させることで多段ヒットが発生する、というのはかなり有益な情報だ。既に出回っている知識ではあるだろうが、知識と経験は別物だ。
時に急所を破壊し、時に回転攻撃を挟みつつ敵を殺していく。もう何人殺したのか覚えていない。
論理的思考はほぼ失われていた。今の自分はどんな表情をしているのだろう。
たぶん、笑っているのだろうな。
「な、なんなんだお前!?」
「何かのイベントなのかよ!?」
「なんだよコイツ……本当に初心者か!?」
──余計なことを考えるのはやめよう。
目の前にはプレイヤーがいて、自分は刀を握っている。
ならばそれで十分ではないか。
僕は新たな敵を斬りに行くべく、煩い人混みに向かって歩き出した。
序盤からやらかしていくぅ!
※ちなみに、主人公はNPCプレイヤー構わず平等に全員虐殺しています。辻斬りェ……