No.1 新時代VRMMOゲーム
俺はテスト期間中に何やってんだろう……
<ログアウト完了。お疲れ様でした>
見慣れたVRマシンを顔から外し、僕はベッドから起き上がった。
未だぼんやりした頭を無理やり働かせ、小さく呟く。
「……158勝0敗0分」
先ほどまでプレイしていたゲーム『ソードアフェクション・アーツ』もとい『気狂・アーツ』の戦績は、ひとつの間違いもなく記憶している。
もう一度寝るかと考えたところで、カーテンから漏れた光が僕の目を覚ました。そういえば夕飯を食べてからずっとダイブしっぱなしだった事を思い出す。
「朝ごはん……作らなきゃ」
僕の両親はほとんど家を開けていて、実質妹と二人暮らしだ。妹は料理を作れないので、代わりに僕が作っている。
眠い目をこすりながらキッチンに向かう。冷蔵庫から適当な食材を取り出し、調理を始めた。
二人分の料理を作り終え、妹を起こしに行く。
「おーい、もう朝だよー」
寝息を立てている妹の肩を軽く揺すってやる。どれくらい経っただろうか、細い身体がぴくっと震え、ゆっくり目を開け始めた。
「う……ん……お兄ちゃん、もう朝?」
「残念ながら。ご飯できてるから降りてくるんだよ」
「はーい……」
僕の妹──雛那は目をこすりながら名残惜しそうにベッドから起き上がった。透明感のある銀髪が小さく揺れた。
僕達兄妹は、日本人でありながら髪が雪のように白い。知らない人が見たらロシア系の血が入っているのかと疑いたくなるが、そんなことはない。
──遺伝子操作をされて生まれた子供は、肌や髪が白くなる傾向にあるらしいのだ。
情報化社会が常識レベルまで普及した事で向上した技術力によって、ゲーム界隈も大きく変革した。
それが完全没入システム。
従来のゲームとフルダイブの大きな違いは、『イメージ力』が求められる点だ。
フルダイブ型は脳神経に直接干渉する関係上、自身で思い描いた動きがアバターを動かす。
つまり、極論己の動きを細部まで常に想像し続けることができれば、たとえステータスが低くても超人じみた芸当が可能となる。
今の現代社会において遺伝子操作等という非倫理的な事をしていたのは、人間の『想像力』を意図的に高め、フルダイブ型に完全適応する個体を造り出そうとした人体実験。
事はそう上手くいかなかったのだが、それは今考える事ではない。
とにかく、僕達は人体実験で生み出された「人間もどき」だと言うことだ。
「……ちゃーん、お兄ちゃーん?」
「は……ど、どうした?」
「どうしたじゃないよ、ごはんでしょ!」
どうやら、物思いにふけってしまったようだ。即座に頭をぶんぶんと振り、食事の支度を始める。
「そういえば、お兄ちゃん新しく何かゲーム始めるの?」
「どうした急に」
「だって今まであのそ、そーどあふぇくしょん、あーつ? っていうのしかやってなかったでしょ」
「まあ確かに。でもそろそろ他ゲームに触れて見るのもいいかなって」
……とは言ったものの、正直建前だ。僕──奏鈴珠という存在は、普通の人とは少しだけ違う衝動を潜めている。
斬りたいと思ってしまうのだ。何もかも。
僕は道端の木、校舎、家、更には人でさえも常日頃から斬りたいと身体が叫んでいる。
妹以外の全ては、どうすれば簡単に斬れるのか瞬時に判るのだ。
こんなもの、他人に受け入れられる訳がない。だから僕は逃げ込んだのだ。斬ることが合法化された世界に。
自らを認めてくれる場所に。
「それで……お兄ちゃんが興味引かれたゲームってなんなの?」
「名前は知ってるんじゃないか?『Fragment of |Realization Online』」
「あー! それめちゃめちゃ話題のやつ!」
「実はもう届いてる。今日中にでもやってみるかってね」
『Fragment of Realization Online』。略して『FoR』。
新時代のVRMMOと呼ばれたこのゲームの特徴は、とにかく「快適」な点だ。
従来の完全没入型とは一線を画すほどの自由度を誇るプレイスタイルや、広大なフィールドと美麗なグラフィック。
人ならざる何かでプレイしたり、マニア向け的な要素は少ないものの、万人受けしやすい要素が多い事でシンプルながら奥深いゲーム性となっているらしい。
そして、僕が一番興味を引かれた要素。それは「何をしてもいい」と公式で明言されていた点だ。
もちろん、チート行為やハッキングはBAN対象になるので論外だが、このゲームなら『気狂い』でできなかった「超大人数vs自分一人」が実現するのではないか、と思ったのだ。
気狂いは超高難易度ゲーム故にあまり人口がおらず、せいぜい三、四百人程度だ。それに比べてFoRは現在約四千万人と聞く。比較にならないじゃないか。
だが、FoRはライトなゲーム故に一人一人のプレイヤースキルは低いと言わざるを得ないだろう。しかし、僕がFoRに求めているのは一人一人の絶対的な戦闘力ではない。
もちろん、強いプレイヤーは大歓迎だ。強い相手を斬った方が楽しいだろうから。
世界観やストーリーも全く興味がない訳ではないが、ログインした瞬間に自分を抑えてNPCと会話していられる気がしない。むしろ叩き斬ってそうだ。
深く練りこまれているらしいストーリーを半ば諦めているのは非常に不本意というか勿体ないが、誰にも文句が言えないのがツライ所だ。
「いいなぁ、わたしもやってみたいなー」
「雛那はログインすらできないもんなあ…… 僕だけみたいで悪いけど」
「……じゃあ、せめてお兄ちゃんのプレイを配信実況させて貰おうかな」
「今度は兄ちゃんをダシにするのか」
「いーでしょ別に! わたしVRできないんだから」
雛那は中学生にして人気配信者となっており、もうすぐ登録者100万人を突破すると言っていた。僕に配信の事はよく判らないが、滅多にお金を渡す事もしてくれない親の代わりの収入源となっていた。
幸いにも今日から夏休みだ。この時期の内に、たくさん遊ぶとしよう。
僕は朝食を食べ終え、少し浮き足立ちながらベッドに向かうのだった。
※補足:リズのプレイヤースキルの秘密は、非人道的な遺伝子操作の適合者だからです。
ぶっちゃけちゃんと決めてない。