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アネクドート 導く者達

すみません!

ヒロインの名前に悩んで遅くなってしまいました。


名前くらいはしっかり考えてから書き始めるべきだった。




 205号室の4人が初めて会った日の深夜。

 学生寮タンタリアは深い眠りについている。

 当然それは、205号室の面々も同様。

 当然疲労困憊だったエメリーはぐっすり。

 こんな狭いベッドなんかで寝られないと駄々こねていたシャーラも床に入って10秒も立たないうちに爆睡。入寮式で大はしゃぎしたトルテも寝る子は育つと言わんばかりにイビキをかいて寝入っている。


「………。」


 そんな中一人だけ、漆黒の少女がベッドから抜け出した。


「……寝ているようね。」


 全員が間違いなく寝入っていることを確認すると素早くそして静かに部屋を出る。

 そのまま廊下を渡り階段を降り玄関ホールを抜ける。

 寮の庭に満月に照らされた夜の下。

その真ん中に生えたクロニアの樹の根元に向かうと門に視線を向けたまま静かにたたずむ。


「どうしたん?こんな夜中に外に出て?」

「………。」


 緑のエプロンドレスに額から生えた角。

 学生寮タンタリアの寮母、金居原志津が話しかけてきた。


「町の中では治安のええほうやけどこんな夜中に外を出歩くんは危ないからな。」

「お疲れ様です。【十六面(じゅうろくせん)】。何か報告ですか?」

「………。」

「………。」

「ええ。お疲れ様だね。【月牙】。」


 志津(?)の声が変わった。


「ほんの様子見だよ。でもよくわかったねチミ?今回も結構自信があったんだけど?」

「ここの寮母は規則にうるさい。門限を破った生徒にあの程度で終わらせるわけがありません。」

「なるほど。確かにそうだ。次はそのあたりを気を付けないと。」


 そう、この女性は寮母の金居原志津ではない(・・・・)

 【十六面】中山朱雀。その名の通り16の(かお)をもつとされる変装の名人。

 男にも女にも、子供にも老人にも聖人にも悪人にも化ける怪物。


 さらにその能力は外面だけでなく能力・技能といった内面の部分(・・・・・)にも表れるのだ。


 その素顔を見た者はなく、本人すら元の顔を忘れているのではないかともいわれている。

 この少女と同じ【導く者達】に所属するものである。


「ここの寮母は?もし鉢合わせでもしたら……。」

「安心しいや。そんなことこのうちが見逃すと思う?ぐっすり眠ってもらっとるよ。朝まで目は覚まさへん。」


 志津の声で大丈夫だと伝える。

 事実現在彼女はとある事情でこの寮の誰よりも深い眠りについている。この様子だと少なくとも朝まで絶対に目を覚まさないだろう。


「しかし。どうしてその姿をしているのですか?」

「ん?決まっているだろう?この姿なら見つかっても怪しまれないからだよ。」

「あとは見抜けなかった私をからかうためだったのでは?」

「ギクッ!!……いやいや何言うとるの?ウチがそんなことするわけないやん。」

「ギクッって何ですか?あと、声が寮母になってますよ。」


 ……この様子を見るに図星で間違いはあるまい。


「コホン!!……で?早速だけど、何か報告はある?まあ初日だからないとは思うが。」

「あります。」

「あるの!!」


 驚きの声が上がった。彼らの目的は詳しくは分からないが生徒として潜入する以上長期間にわたる可能性が高い。今回朱雀が赴いたのも少女をからかう事が目的が9割だったぐらいなのだから。


「怪しい奴が3人いた。」

「3人も?幸先がいいなあ。生徒?」

「ええ。3人共私と同室です。」

「マジ?どういう偶然?すごいなあ。」 


 確かにその通り。此処まで曰く付きの人間(1柱は竜)が集まったことにエメリーも驚いていた。


「はい。まず1人目は大公国のヴェルヌ男爵の養子シャーラ・ヴェルヌなんですが。」

「へえ。郡立の学校に貴族が……珍しいね。」

「ええ。おそらく養子になったばかりだから私立の学校に入れなかったのかもしれませんね」


 さすがに国家ぐるみの情報ロンダリング。シャーラの正体については流石の秘密結社も見事に騙されているようだ。


「私以上の魔法を使えるようです。」

「チミと同学年で?じゃあチミと同じ【異端者】ってことか?」

「その可能性が高いです。とはいってもあの程度だったらいざというとき殺せます。」

「殺しちゃだめよ。そんなことしたら非常に厄介なことになるから。」


 その忠告は正しい。特にシャーラは皇位継承権を剥奪されているとはいえ表向きは未だに皇太女。その身に何かあれば、国際問題に発展してしまうがそんな事情は今の彼らに知る由もなかった。


「2人目は……トルテ・メリュジーヌという生徒です。」

「あら。美味しそう。」

「はい?」

「何でもないわ。続けて。」

「はい、それで不審な点なんですが……特にありません。」

「ん?どういう事?」

「経歴を一通り洗ったのですが孤児院の出身ということ以外は詳細は不明です。」


 やはりあの無邪気であどけない少女の正体が伝説の竜種だとは想像もつかないらしい。


「ふーん。じゃその子が怪しいの?」


 怪しくないけど怪しい。そんなちぐはぐな報告を受け朱雀は思わず聞き返した。


「何故か分かりません。けど、私の直感が囁きました。アレを敵に回すのは危険だと。」

「勘って奴か……。理屈で語る君らしくないけど……いいわ。続けて。」


 その直感は正解である。見た目はともかく、その正体は大国の軍隊にとっても重大な脅威である竜種だ。

 真っ向にぶつかればいかにいかに【導く者達】でもただではすまないだろう。


「で?3人目は?」

「3人目はエメリー・エマーソン。辺境の小さな村の出身の平民の娘で……私を警戒していました。」

「え?それだけ?」

「はい。ですが私を何もしていない私を一目見ただけで驚愕の感情を浮かべていました。」

「一目で?それはいい眼をしているな。」

「ええ。そうですね。」


 彼女達は知らない。そのエメリーが【神の眼】という人外の領域の能力の持ち主ということを。

 まあ、【神の眼】の本質(・・)はそんなものではないのだが。


「もしかして早速あたりか?」

「いえ。古き族ではないようです。」

「その根拠は?」

「ナイフで脅しましたが古き族については特別な反応は示しませんでした。彼女はそれについておそらく何も知らないでしょう」

「おい。何やってんだチミは。」

「大丈夫、刃は軽く当てただけで出血させていません。」

「そういう問題じゃない。」


 その通り。実際彼女は精神面(メンタル)に甚大な被害をうけてしまっている。

 ちなみに現在本人は【月牙】に襲われる悪夢を見てうなされていたりする。


「で?その子はどうなの?魔法とか戦力とか。」

「魔法は使えない。戦闘能力は皆無。その面で警戒の必要は一切ありません。」

「ん?さっきと同じカンってやつ?」

「いえ。勘ではありません。彼女の目を見たときなんですが。」

「目を?」

「はい。」


 変わらず淡々としかしこの声に若干の硬さを混ぜつつ話を続けていく。


「あのとき。私は彼女からまともでない何かを感じました。クナシリアの【元帥】よりも、まれびと【アララギ】よりもはるかに恐ろしいものを。」

「それよりも恐ろしいもの?」


 中山はそれを聞いて驚いてしまっていた。この強がりの少女が【導く者達】に入ってきて何年か経つが今の今まで『恐ろしい』という単語を素直使ったことがなかったからだ。

 それを聞いて中山は1分ばかり腕を組んで考え始める。そしてひとしきり唸り終えるとにっこりと顔を上げる。


「【十六面】?実際本当に脅威かどうかは分かりません。取り越し苦労という可能性も……。」

「ふーん。まあそれがカンとどう違うのかわからないけど……【古き族】を抜きにしても気を付けないとねえ。それで?他に報告は?」

「いえ。ありません。」

「まあ、この3人への干渉はあまり行わないようにね。あまり嗅ぎまわるとバレる可能性もあるから。」

「はい。」

「私はこれから別の任務に向かうから一人でやってもらよ。」

「?何かあったんですか?」

「【賢者】サマの予言だ。ベイリールの方で大きな事件(ヤマ)があるらしい。明日の朝から早速現地で調査を始めるわ。」

「ベイリール……。」


 ベイリール。南に位置するサーフィス大陸西部の歴史ある公国。

 ちなみにここから大陸横断鉄道を使っても2週間以上かかってしまうほどの距離だが、彼らにとって距離の問題は一切ない。


「それじゃあこっちは任せたわ。えっと……今の名前は?」

「ノヴェナ・ノクスです。【十六面】、どうかご無事で。」

「ほな頼むでノヴェナさん。何かあったら呼びや。すぐに駆け付けたるからな。」

「はい。そちらも気を付けてください。」


 こうして。黒髪の少女、ノヴェナ・ノクス。

 今はそう名乗っている秘密結社の少女はお辞儀を終えて寮に戻った。


「……ふふふ。」


 ノヴェナの姿が見えなくなって手を振るのをやめた朱雀は笑みを浮かべたまま。


「やれやれ。相変わらず固いなあ、あの子は。まあああいうところが可愛いんだけど……。」


 この場に残った朱雀はだれもいなくなった庭の真ん中で呟くような小声で独り言を話し始める。


「……それでも【月牙】……、いや。ノヴェナはああ見えて本当に繊細なんだ。自分の役割を全うしようとするためにどこまでも鋭く、硬く、その分脆い。自分を削り落としてまで進み続けるんだあの子は。アナタなら分かってくれると思うが。」


 いや。これは独り言ではない。彼女は明らかに誰かに語り掛けるように話している。


「だから頼む。」


 なぜなら、ずっと絶やさなかった笑みを消し、朱雀の視線は明らかに、205号室の窓で固まってしまっている。


「どうか、こちらに干渉しないでほしい。」


 その方向をじっと見据えたまま不断の意思を持って睨みつける。

 その状態を15秒ほど保持したあと。


「……お願いしますよ。」


 そう言って、見えない誰かが了解したと信じたのか朱雀は指をパチリと鳴らすと、その残響が消えないうちにその姿をかき消していた。


『善処するわ。』


 その呟きを聞いたものは誰一人としていなかった。



さて、これで第一章は完了。

第二章は彼女達の学校生活をお送りします!

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