1-2 A Fateful Encounter The Maverick from Leaders
郡立エレシア中等学校
エメリア大公国北部に位置するグランファリ郡にある国内最古の公立中学。
名の由来は創立者である初代行政官の名からとっている。
平民向けの学校であるため学費が安く、奨学金をはじめとした制度も充実しているため優秀な人材を輩出している名門校として知られている。
「はい。入学手続きと入寮手続き。確かに受け取りました。では手続きに時間がかかるのでしばらくお待ちください。」
ここの事務員である年配の老婦人が朗らかな笑顔でこう答えた
そのあと2人は入学関連の手続きのため事務室を訪れていた。
ちなみにその間2人の間には一言の会話もない。前話を読んでいただければ納得してもらえるでしょうが。
「ああ、シャーラ・ヴェルヌさん。あなたは校長からおよびかかっているのでこの後すぐに向かうように。」
「了解しましたわ。」
にこりと微笑み優雅にカーテンシーを行うシャーラさん。
こうしてみると本当に高貴なご令嬢と言われてもおかしくはない。
しかし事務員さんに背を向けこちらに近づくと、表情が変わる。
「いいこと?さっきのことは絶対に黙っておきなさいよ?」
「は、はい……。」
そう低い声で呟きながらこちらを睨みつけるその姿は、たまに村に来る彷徨者顔負けのおっかなさを彷彿とさせました。
「それでは失礼します。」
そして一瞬で令嬢に戻り優雅に立ち去るシャーラさん。
その変わり身の早さに敬意を呆然がないまぜになりながら見送った。
「さて……どうしよう……。」
「すいません。手続きが終わるまでずっとこの部屋にいなきゃダメなんですか?」
手続きには時間がかかるらしく、その間ずっとこの部屋にいるよりはこれから過ごすことになる学校の中を色々と見て回っておきたかった。
それにトイレも済ませておきたいですし。
「大丈夫ですよ。教室にはまだ入れませんが、廊下でしたら見て回ってもらっても大丈夫です。」
さらに事務員さんはこんな提案をしてきた。
「エメリーさん。待っている間中庭に行ってみませんか?」
「中庭ですか?」
先程の案内図の中に本校舎の中心に中庭が広がっていたのを思い出す。
「今クロニアの樹の白銀華が満開なんですよ。白銀華は今が一番の見頃ですね。中庭も開放されていますからご覧になってくださいね。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
せっかくなのでクロニアを見るために中庭を行ってみることにした。
しかし。
私はこの選択を後悔することとなる。
事務員さんの言う通りクロニアの樹は白銀の華が咲き乱れていた。
「うわあ……すごい。」
この樹は特徴として月の移り代わりごとに姿が変わる。
春には華が咲き、夏には葉が茂り、秋には実が成り、冬には枝が残る。
このサイクルをきっちり90日で行うため、時導の樹やシーズンツリーとも呼ばれている。
そして、一年の始まりである今ではの白銀に輝くの六華が咲き誇っている。来月にはこれが黄金色に変わるのですから本当に不思議です。
「すごい。村のクロニアよりも大きい……。」
中庭に生えていたクロニアは幹の太さは3人の私が手をつないでできる輪っかと同じくらい。
高さに至っては中庭を囲う旧校舎と同じ高さ。
クロニア自体は特に珍しいわけではないが、ここまでの大きさとなるとかなり珍しいだろう。
「あれ……?」
ふと樹の真下を見ると一人の少女が立ち止まっていた。
制服を着ていないことから私と同じ新入生だろう。
「………。」
私は思わず動きを止めてしまった。
その少女もまた息をつくほど美しかった。
腰までの長さのつやのあるまっすぐな漆黒の髪に漆黒の瞳。
そしてまとった外套も漆黒。と黒一色で統一された風貌。
そんな彼女と真っ白に染まった中庭のコントラストは彼女の美しさが増して見えた。
先ほどのシャーラさんの美しさを【優雅】とするならば目の前の美少女は【端麗】と表現するべきだろうか。
「………。」
しかし、私が動きを止めているのは決してその美しさだけではない。
理由は……先程のシャーラさんと同じだ。
私の【剔抉の眼】が捉えた彼女の秘密の内容だった。
「嘘でしょ……また……。」
先程のシャーラ以上の秘密はないだろうと思っていたのだが、目の前の少女の秘密もそれ以上にやばかった。
秘密の数で言えば10以上とシャーラさん以上なのはほんの序の口。
その内容もマシなものを一部をあげるだけでも
・ナイフを外套の中を5本隠している。
・銃を2丁服に隠している。
・異端者
……あんまり書くと色々と規制に引っ掛かりそうなので省かせてもらいます。
しかし、特に目を引いたのは一番下に書かれていた項目。
・【導く者達】のメンバー。
「みっ……。」
浮かび上がった言葉をすんでのところで飲み込む。
【導く者達】。
それはおそらく世界で最も有名な、そして最も存在を信じられていない秘密結社の名前だ。
トップが【賢者】と呼ばれていること以外は目的も含めた謎の存在。歴史的大事件の背後には必ず何らかの関わりがあり、そのたびにかかわった人間の記憶を消去している。
……みたいなことが巷でまことしやかに囁かれている。無論そんな馬鹿馬鹿しい噂を信じるものなどほとんどいない。
かくいう私も「そんなものは都市伝説だ。実在しない」といって鼻で笑っていたのだが……。
「ま、まさか本当に存在するだなんて……。。」
少女の秘密を知った私はどうなるのだろうか?やっぱり噂通り記憶を消されたりするのだろうか?ということをかんがえてしまっていた。
もう私は先程の失敗を犯さない。
なので私は見つからないように迅速かつ目立たずに踵を返す。
そして廊下に続く扉に手をかける。
これでもう大丈夫。彼女と関わることはもうない。
……と。安心していたのだが。
「動くな。」
「ひゃい!!」
すぐ後ろで聞こえた声に反応し後ろに振り向くとそこには先程クロニアの樹の下にいたはずの少女が目の前に立っていた。
その事実は私は動揺を隠せなかった。
なぜなら、確か私とこの少女は20歩分の距離があったはずだ。
「(……まさか目を離したあの一瞬で音もたてずに移動したの?)」
人形のように表情のない声と話しながら、表情のない瞳で睨みつける。
その顔には一切の表情がないため、私が相手しているの声が出る人形ではないか?という錯覚にとらわれてしまう。
「お前は何者?」
思わず私は肩をビクリと震わせた。
この眼のことがバレたのかと肝を冷やしてしまう。
「は、はい?言っている意味が……。」
「お前は、私に対して脅威を感じている。一目見てだ。そんなこと今までなかった。」
その直後何か光るものが私の首筋にあたった。
よく見えなかったがナイフだと確信に至るのはそれほど時間がかからなかった。
「ひいいいいいいっ!!!」
今の動きも全く見えなかった。おそらくそのナイフは外套に仕込んでいた5本のうちの1本なんだろう。
そして彼女からは何やら剣呑な気配を感じられた。
今にして思えば殺気なのだろう。村に来る彷徨者の皆さんから聞いているがまさか自分が向けられるとは思わなかった。
「お前は、【旧き族】か?」
「ふ、ふるき……え?」
聞き覚えのない単語に困惑していると
「違う……か。」
彼女から発する殺気が消える。
少しほっとしたが甘かった。
ナイフは首についたままなので予断は許さなかったのだから。
「よく聞きなさい。」
首にあてるナイフの力が強くなった。
「これから平穏無事な学生生活を送りたいのなら。」
あくまで無表情で淡々と。一切の動き、瞬きすらもせずに告げた。
「今後一切、私に関わらないことね」
そういって私の首からナイフを離すやすやいなや、そのまま背後から離れていく。
反射的に振り返るもすでに彼女の姿は中庭から消えていた。中庭の扉も開いた形跡もない。
後になって彼女はどうやって脱出したんだろうか?と疑問に思った私だったが、残念ながらその時はそんなことを考える余裕などなかった。
彼女の姿が消えたことで緊張の糸が消えた私は、そのままへなへなと腰を下ろしてしまった。
恐怖でうまく頭が回らなかったのか私はその時関係ないことをポツリと呟いた。
「あ、そういえば……あの人……名前聞いてない。」
こうして。
散々な目にあった2つ目の出会いであったが、不幸中の幸いだったのは2つ。
1つは幸い首に傷がついていなかったこと。
もう1つは。
「ここに来る前にトイレ済ませておいてよかった……。」
この歳にもなってみっともない話だが、そうしなければ間違いなく漏らしていただろうから。
というわけで、散々な目にあってしまったエメリーさん。
これからの学生生活はどうなるのか!!
………え?何?まだ受難が終わらないって?