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第7話 社会のルール


 具体的に動き出すことは決めたが、要は責任からの解放の為の行動ということになる。


 詳細は仕事が絡むのでまだ書けないが、まずは自分の感じる責任を軽減する為に動いてみようと思う。

 即日は難しいが、近日中には何かしらの行動をしてみようと思うので、何をするか、何をしたかは、また動き出して書けることが出来たら書こうと思う。



 さて、では一旦このエッセイも、私の行動待ちになり書くことが無くなってしまう。

 それもちょっと悲しいので、今回の責任を軽くする行動をしたことで生まれる問題について考えてみる事にする。


 当然ながら責任を減らすと、収入が減るだろう可能性が高い。

 お金が減るな。

 まぁ、当然と言えば当然だろう。


 仕方ない。


 私は『責任』は受け取る報酬と関係していると考えているし、納得もしている。

 アルバイトやパートさんと比べて社員の収入が高いのは、そこに責任が生じているからこそ高いのだ。


 当然、アルバイトやパートさんの立場である人にも責任は発生するが、そこに社員と同等の責任を負う必要などありはしない。責任を負うのは高報酬の人間の役割だからだ。

 アルバイトやパートさんが必要以上の責任を負うのは社員になるなどの目標が無い限りするべきではない。


 役務に対して高報酬の人間は、高めの報酬をもらっている以上、何か問題が起きた時に解決する義務がある。その義務を担うからこそ高報酬が当たっているのだから当然だ。


 アルバイトやパートさんなどの立場の場合、単純に労働力を提供しているだけであり、当然ながらその労働に対しての責任しか存在しないし、対価に見合わない労働はすべきではない。

 『会社の為に頑張れ』などの文句も社員などの立場の人間にのみにしかあってはならないし、アルバイトやパートさんの場合『約束の役務は果たせ』だけしか言ってはいけないだろう。

 もしアルバイトやパートさんに会社への奉仕を求めるのならば、しっかりと代価を与え、さっさと社員にしてから言うべきなのだ。


 だからアルバイトやパートさんは、もっと自由に働く方が良い。最低限以上の要求には我儘にふるまえば良い。

 例えば、アルバイトやパートさんであっても半年勤めれば有給休暇を取得できるのだからガンガン休めばいいのだ。取得できる日数は週に何回、何時間働いているかで変化するが、これは法律で定められた守らなくてはいけないルールだ。


 社会ルールが『休め』と言っているのだ。むしろきちんとした社会人であれば社会ルールを守ってしっかり休もう。

 有休をとるのは悪いし……と言葉を聞くが、何が悪いのか?


 休む=悪


 ではない。

 そう考えさせる思考こそ、社会悪だ。

 社会の提示するルールを守るのは善であるはずだ。つまり社会ルールが休めと命じているのだから


 休む=善


 となる。


 有給取得をしている人は法令を尊敬して守り、社会に寄り添ってルールを守っているのだから。善人以外の解釈はできないのだから。


 この例えに出てきた『有給』は日本で働く労働者に無条件で与えられる権利。労働者であれば必ず手にしている権利だ。

 有給を取りたいと申請した時「忙しいからダメ」などと却下することはできない。「代わりの人がいない」と却下することもできない。休む理由も必要ない。なにせ法律で決まっている休みだ。

 有給を取ったから賞与無し。退職勧告などと対応することは完全に違法になり罰せられる。社会ルールを守らない法人。社会的に悪と判断できる存在を罰するチャンスの到来だ。


 そんな強い権利をアルバイトやパートさんでも持っているが2年で権利が消滅するから、消滅する前にはきちんと消化しておくべきである。


 「社員が一人なんで……」


 なんて状況であっても、まったくもって関係ない。ルールはルール。休んでも大丈夫なように会社には他の人員が居るのだ。社員がいなくても取締役が居る。絶対に変わりの人間は居るのだ。だから休暇を取った社員の代わりを取締役がすればいいだけのことでしかない。


 労働者は休んで良いのだ。

 休んで良いのだ。

 もちろん声高に主張すれば鼻つまみ者になるので、こっそりと隠して行動すればよい。


 だがこれらの権利は『ルールがあった上で利用できる』ということを忘れてはいけない。

 なのできちんと『雇用契約書』『労働契約書』『社内規定』を確認しよう。あと『タイムカード』などの勤怠管理も。これらが無い場合、活用できない可能性がある。


 「見たことない……」という人もいるかもしれないが、これらが無い状態は法人としてはあってはならない状態であり、無い場合、請求するか通報してもいい。


 さらに逆手にとって『労働契約書』が無いということは、社員でもアルバイトでも、パートでもない状況。つまりなんの約束も無く働かされている状態なので、律儀に会社の言う規定を守る必要もないということになるから、気が向いたら帰り、気が向いた時だけ仕事をする。サボりまくって良い。なんせ、なんの約束してないただの一般人だ。

 一方的に決めたルールを守って働いてほしい会社は、そういう契約をしなければならないのだから。


 こういった自身の持っている権利を認識せず、旧体制や社畜精神、同調圧力で受け入れている人が多いから日本は他の国にない発展を遂げたのだろうとも思う。

 会社に都合がいいから誰も是正しようとせず社会は発展してきた。


 だが下が必要以上に頑張ったから、上に立つ人間はカバーする必要もない日々に無能化が進み、下の人間は労働ですりつぶされて犠牲になっていく。そして犠牲になれば使い捨てれば良いと判断される社会ができた。


 我々は会社の為に生きているのではなく自分の為に生きているのであって、会社はただの手段でしかないはずなのに、会社や社会の為に我々があるように思えてしまう。


 だが時流は変化し『自分の為に好きに生きる』と主張をしても頭がおかしいと思われない時代になった。


 労働者が権利をしっかりと主張して休むようになり社会で働く人たちの働き方が変われば、国力は衰えるかもしれない。

 だが、若者が食い物にされ少子高齢化の進む社会では、どちらにしろ国力は衰える。

 なにより若者が希望に胸を熱くできない国は先が見えている。


 逆に考えれば、老人ではなく若者に金が回り、もっと夢をもって野心的に活動できて生きやすい国であれば国力は増すかもしれない。


 現に日本では上に居る富のある者は増え続けているが、若年層の貧困も増え続けていて、未来に漠然とした不安が付きまとい、非常に危うく感じられる。



 もう若年層は、適当にサボって上を働かせれば良いのだ。

 上は仕事が回ってきた時に何もしないなら責任とともにお金を若年層に回せば良いのだ。

 そうすれば、若くてやる気のある若者は、お金を稼ぐために一層頑張り、国力の増加につながるかもしれない。


 なにも上層部にまで行った人間に、辞めて死ねと言っているわけじゃあない。

 ほどほどに稼いだ人間は後進の為に、さっさと道を譲って引退して個人としての人生を謳歌すればよい。


 『若い人には勝てん』『若い人にはついていけない』『最近の若いもんは』


 とかの言葉がプライベートではなく仕事で頭を過ったら、すでに感性が現代に合っていない可能性があり引退を考えるべき。いや引退するべきなのだ。なにせもう頭が付いて行っていないのだから。


 国というあり方で考えても『老人を長く働かせよう』と考えるよりも『若い人が働きやすくしよう』という風に考えた方が結果として国力の増加につながるのではないだろうか?


 いかんせん、日本の年寄り連中は引き際を弁えず居座り続け、権力を保持しようとする人間が多い。

 「わしゃ生涯現役じゃ」と生涯障害になり続ける。


 私はきちんと引き際を弁えるようにしたいものだ。




 ……で、私は何を書いていたんだっけ?


 あぁ。そうだ。金がなくなるんだった。うん。

 金欲しいなぁ。

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[良い点] お金が欲しい!(ストレート) [気になる点] 卑屈に、そして、卑下しすぎないように気をつけます。(マイナスな感想で、少しであれとも、迷惑を掛けるのは、よろしくないですものね。アドバイスをあ…
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