未必の故意
こうなる可能性はあった。
でも止めることは不可能だった。この先がどうなるかなんて思いも考えたくもなかった。
だけど、彼女を突き放すことなんてできるわけなかった。
雨の降る京都駅は人も多いし、足元は滑るし最悪な仕事帰りだった。
道行く人なんか気にも止まらないし何なら邪魔でさえあった。帰宅ラッシュ時にぶつかり少々苛立ってしまう。
改札に向かう時に妙に気になる女がいた。
濡れた髪もその辺にいる女も同じだし
少し崩れた化粧もその辺にいる女も同じ
何をとっても時別なものはなかったが、僕はどうしても気になって仕方なかった。
30手前の仕事人間、大した恋愛もなく今を生きてます感漂う残念な男の僕はその女が忘れられなかったが、話しかける勇気なんてのも持ち合わせていないので、気づかないであろう視線だけ送って改札を通った。
しばらく忘れられなかったが、不器用な仕事人間の僕は彼女のことは多少美化しながらも脳内の片隅程度に置いておいた。
1週間後、また雨の京都駅 帰宅ラッシュにまた苛立つ僕
今日は時間があるから、ゆっくりしてから帰ろう、そう思ってフラッと目的もなく歩いていた時に脳内美化はしていたがすぐにわかった妙に気になるあの女がいた。
ドキッとしたし、ゴクリと唾を飲み込んだ。
こんな偶然あるんだと思った。
気になる、話してみたい。しかし当然ながら僕は不器用だし、勇気の“ゆ”の文字も持ち合わせていない。
ペコッと会釈をされた。
僕に!?
そう思いながらも社会人の癖、会釈を返す僕。
少し笑っている彼女が見えた気がした。
恥ずかしくなり、勘違いか分からなくなりその場を離れた。
“雨の日の京都駅” 2回しか会えなかったのにそのワードに恋している自分がいる、恋なんて大それたものでもないだろうが。
しかし1か月以内にまた雨の日の京都駅に僕はいた、もちろん仕事だ。
心のどこかで期待をしていた。それは単純な男には呆気なく行動に出る。キョロキョロとしていたらしい。
「あの…」
不意に声を掛けられた。
「あ、雨女!」
自分の中で雨の日の京都駅にいる女の人が要約されて出た言葉は失礼極まりないものだったが彼女はクスクスと声を押し殺して笑っているのだった。
「そんな風に見えていたんですね。確かに何度もお見掛けするときは雨の日でしたね。」
怒られて当然の僕だったが彼女の人の好さが出たのが分かった返しを食らった気分だった。
「よくお見掛けしますね、キョロキョロされていたので何かお困りかと思いまして…突然話しかけてすみません。よく見る方だったので声くらい‥少しくらい‥と思って。何かお困りですか?」
「い、いえ…癖みたいなもので!」
危うく会えるかと思ってと言いかけた。正直雨女さんと話せるなんて思っていなかったから驚きだった。
「そうですか、困ってないならいいんです」
という彼女の顔が困っているように見えた。放っておけないと脳内が騒いだ。
「よく見掛けますね3回目かな…」
「そうですね、雨の京都駅でしょ?あと、私の記憶では5回です」
照れたように笑う彼女と、僕の記憶より2回多い彼女の記憶に驚いた。
「お時間ありますか?」
悪意の無い誘い方に僕は流れに身をまかせるだけの返事をした。
改札近く(改札が見える)の京都らしいカフェに入った。
「抹茶とかは大丈夫ですか?」
「大丈夫です。好き嫌いないんで」
「良かった。このほうじ茶のメニューおすすめですよ」
「抹茶ちゃうんかい!」
思わずお国柄が出てしまう発言にしまった!と思ったが時すでに遅し…
「す、すみません」
引かれてしまわないだろうかと思ったが当の本人はさっきよりも抑えきれないように声を殺して笑っていた。
「思った通り面白い方ですね」
京都人の腹黒さだろうか、本音だろうか探ろうと思ったが、笑いのツボに入ったようで答えは後者だと勝手に判断した。
他愛の無い会話をしたけど、どれも新鮮で楽しかった。
年齢は僕より少し上の32歳で既婚者、娘がいて雨の日はお迎えで帰宅ラッシュの中帰ってくる娘を改札近くで待っているのだそうだ。今日もお迎えだが、学校からの下校メールがまだ届かないので時間つぶしに、というわけだ。年齢よりもずっと若く感じるし、この人が母親という感じも無かった。
雨の日の京都駅というワードはなるほど納得だ。
元々は京都の人間では無いので、友人も少ないなか、退屈なお迎え待ちに僕の動きが気になっていたらしい。雨の日が楽しみになっていたと聞いた時 僕の中でいけない感情が生まれた。
そのあと下校メールが届き30分以内に改札に着いた娘と合流するとのことで僕らは解散した。
雨の日…次はいつだろう、と楽しみになった。
神様、お天道様は僕の味方だったらしく、1か月以内に再び雨に恵まれた。
真面目な僕がこんな浮足立って、相手は既婚者、そんなこともわかっているのにこの足は止まらない。
仕事が早く終わったから、会えるかもわからない状況なのに有給を使って早めに退社した。
帰宅ラッシュではないので、観光客が多めの京都駅は人を探すにはいいくらいの混雑具合だ。
「あ…」
会えてしまった。もしかしたら会えない方が良かったかもしれない…そう天使が囁くなか、悪魔はいくらでも都合の良いことを言ってくれる。
ペコッとあの時みたいな会釈をしてくれた。
もう僕の方からも駆け寄れた。
「今日は早く行っても会える気がしたんです。」
屈託の無い笑顔で僕の目を捉えた彼女の目に吸い込まれそう
僕もバカでは無い この言葉の意味も含ませたものも7割は理解したつもりだ
保険をかけつつ言葉を選んだ
「僕もそんな気がして」
さぁ、どう捉えますか雨女さん…?
「気が合いますね、今日は私の方も時間があるの…」
不意に放たれたタメ口にドキッとした
ダメだと思ってもこの先に期待しかなかったし、断る理由はわかっていながらも本能が優先されてしまった。
こうなるともう止められない、わかっていた
未必の故意という策略