第二話 助けてくれたエリュシカたんは恐らくクーデレ
いやー……はっはっは、どうもどうも。
今日はね、きっと世界に十億人はいるであろう俺と同じ童貞諸君。
朗報を伝えたいと思います。
彼女いない歴十五年。
学校へも行かずに引きこもり生活一か月とモテる要素ゼロの俺でしたけど、
何の因果か目が覚めたら異世界にいましてね。
角の生えた大型犬に襲われたのを可愛い女の子に助けられたんですよ。
そしたらね、気づけば身体が痺れていまして、もう絶対絶命だったんですよ。
そうこうしている間に可愛い女の子にね、
その……俺のファーストキッスを奪われちゃったわけですね。
いやー……別にそれじたい悪いわけじゃないよ。
むしろ可愛い女の子とキスとか望むところだって感じだったんですよ。
しかも舌まで入ってくるディープな奴。
こんなの思春期真っ盛りな俺としてはもう興奮しすぎて、
それが原因で死んじゃうんじゃないかってくらいのシチュエーションだったんですけどね。
もし身体が動けていたら俺のジュニアはビックジュニアになっていること間違いなかっただろうし。
気持ち的にはね。
それほどまでの甘美な感覚かと思ったんですけどね。
同時に口に入ってきたそれがね。
めちゃくちゃくっさいんですわ!
臭いし不味いし苦いしの三重苦で吐き出したかったんですけどね。
吐き出そうと舌で押し返すとそれを女の子が舌で押し返してくるから。
もう、本当だったら最高な気分なんですけども、ただただ拷問なんですね。
ファッキン!
どうせなら味覚も麻痺してくれたらよかったのに。
ともかくそれを何度かやるうちに根負けして、俺はそれを飲み干しちゃったんですよ。
なんていうかもう、涙が止まらなかったですよ。
いや、うれし涙じゃなくて、吐き気混じりの方の涙ですけど。
腹の底から嘔吐感がこみ上げてきましたよ、はい。
少女は俺がそれを飲み干したのを確認するとようやく口を離してくれた。
口と口を繋ぐ透明な粘膜が生々しくてエロイんだけど……。
だけども!
俺の口に残るのはそんなピンクな感じじゃなくて。
ファーストキッスはレモンの味なんて言うのは真っ赤な嘘だった。
純粋な俺をだましやがって。
純然たるゲロの味じゃねえか!!
口をさんざんなぶられて、よだれまみれの口元を拭う事も出来ずただ放心状態で横になる事十分。
「ん?」
なんということでしょう!
全然動かなかった手足に感覚が戻ってきたじゃありませんか!
というか声も出せる。
「おお、おおおお!」
ゆっくりと起き上がり手足を伸ばす。
動く。俺、動くぞ。
久しぶりの手足の感覚に喜びはひとしお。
ずっと気になっていた口元を拭った。
ズキン……と左腕の傷に痛みが走る。
それは脈打つような痛みで熱を持っているように熱い。
思わず抑えると少女は更に手に持っていた布でそれを覆い、
細い木の蔦で思いっきりぐるぐるに縛ってくれた。
そこで不意に思い立った。
もしかしたらあの大型犬もどきの角に痺れる毒みたいのがあったんじゃないだろうか。
この腕の傷から入ったその毒のせいで俺は全身痺れてて、
それを直すためにこの子はあの糞不味い草団子を食べさせてくれたとか。
いや、それありそう。
他に麻痺するような要素なかったし。
もしそうだとしたら嫌がって食べなかった俺のため、
無理やり口移しで草団子を飲み込ませてくれた この子はただただ聖人なのでは?
ごめんね、拷問好きな変態なんじゃないかとちょっと思ってた。
誤解していたのかもしれない。
そう結論付けた瞬間。
俺は少女の手を取って握りしめた。
「あの……そのありがとう! あれだよね?
あの大型犬もどきから受けた痺れ毒を治すためにキスまでして俺を助けてくれたんだよね?
本当にありが……いたぁっ!」
お礼を言っている途中で思いっきり殴られた。
「なぜ?」
片手で俺の手を握りしめながら顔真っ赤にして、
更に大型犬もどきに向けていた殺気バリバリの強い視線を俺に向けながらだ。
思いっきり俺の胸から肩からを殴りつけてくる。
そこからかすかに感じられる感情は恥ずかしさだ。
はっはっは、可愛いじゃないか。
はっはっはっは。
……うん、可愛いけどめちゃくちゃ痛いからやめて。
ごめん掴まれて逃げられないんだ。痛いんだ。本当にやめて。
「痛い痛い、痛いから!」
少女はあらかた俺を殴ってからようやく手を離してくれた。
痺れがなくなったはずなのに俺の肩と胸はまた痺れているように感覚が鈍い。
一瞬これが初恋かと思ったが、こんなバイオレンスな初恋はしたくない。
もしこれが一か月も続いたら近い将来自分が付けるであろうギブスの注文を検討し始めるまであるわ。
ともかく、少女に向き直る。
「今更だけど……はじめまして。
俺は高い山で光る紀夫とかいて高山光紀、光紀って呼んでくれ」
「…………?」
首を傾げる。
まさか言葉が通じない!?
嘘つけ、さっきまで余裕で言葉が通じていたじゃないか。
なら考えられるのは……。
俺は石で地面に文字を書く。
『みつき、ミツキ、光紀』
三種類の文字を書いた。
賢い俺はもしかしたらこの世界には漢字がない。
……ていうか文字がないんじゃないかと思ったのだ。
なぜなら彼女は全くと言っていいほど言葉を発しないから。
言葉という概念がないのかと思った。
しかし、文字はあった様だ。
少女は石を持ち、地面に文字を書く。
『ミツキ』
そして、
「ミツキ」
小さくつぶやいた。
やっと話してくれた。
それが嬉しくてもう一度握手しようと手を伸ばしたら。
その手は簡単に弾かれ、胸をどつかれた。
簡単に触るなという事だろうか。
俺らはディープキスをし仲だっていうのに、全く恥ずかしがり屋さんだぜ。やれやれ。
そして次に少女は地面に文字を書く。
『エリュシカ』
「これが君の名前?」
こくんと頷いた。
エリュシカ、可愛い名前である。
明らかに日本名ではないがそんなことは今は良い。
「可愛い名前だね」
褒めた直後、エリュシカに殴られた。
やはり彼女は恥ずかしがり屋さんの様だ。
ともかく、話が出来るなら聞きたい事は山ほどある。早速聞いてみよう。
「ねえ、質問なんだけど。ここはどこ?
あの角の生えた犬みたいなのは何?
皆剣とか持ってるの?魔法はあるの?
君はどうして一人でこんな森に?」
質問するとエリュシカは困ったような表情で目を白黒させる。
一気に質問しすぎたみたいだ。
こほん……と咳をする。まず最初に聞きたいことから聞いていくことにする。
「ごめん、少しずつ聞くことにする。とりあえず君の事エリュシカって呼んでいい?」
「いい……」
「喋りは苦手?」
こくんと頷く。
じゃあ……と少しずつ質問していくことにした。
とりあえず片言ながらも説明してくれたから分かった事をまとめる。
先ほどの犬はプレデタードックなんて言う名前らしい。
赤い光線でも飛ばしてきそうだがそんな事は無く。
集団で獲物を囲い込み、頭についた麻痺毒付きの角で相手を痺れさせた後に食べるらしい。
やっぱり麻痺毒持ちだったか。
それにエリュシカに助けられなかったら
俺は生きたままあいつらの餌になっていたという事になる。
今思うと身震いするね。
次に、これは予想通りだがここはやはり日本ではないらしい。
人もいるが亜人もいて、魔獣もいる危険な世界である。
魔王なんつーのもいるらしいが、ゲームのように世界征服をもくろんでいたりはしないらしい。
とはいえ、人とは仲が悪く……というか人に一方的に嫌われているようだ。
まぁ、普通に考えて魔王とか言われたら怖いものだろうしね。
怖い存在と好き好んで仲良くしようなんて言う物好きは少ないだろうし。
次に剣と魔法の話だが、剣を持っている人が多いっていうか魔法を使える人の方が少ないらしい。
そして彼女が一人でここにいたのは旅をしているからで。
理由はなんでも願いを叶えてくれる伝説のアイテムを探しているのだそうだ。
そういうのを探すのって普通勇者の役目じゃね?
なにこの子、勇者なの?
勇者様ですかと聞いたら首を傾げられた。
違うらしい。
「でもどうしてそんなものを探しているの?」
質問したがそれには答えてくれなかった。
もし不老不死とか世界征服とかだったらどうしよう。
考えたが、俺を助けてくれた位だし。
そんな魔王が考えそうな願いを求めはしないだろうと結論付ける。
そもそも俺がそれを止める理由も力もないんだけど。
と、そこで思いつく。
「あのさ、俺もそのたびについて行ってもいいわけ?」
「…………?」
「俺このせか……いや、結構遠くから来たからこの辺の事ってよくわからなくてさ。
武器もないし戦い方とかも分からないからこのまま一人でいても死ぬだろうし……ダメかな?」
まあ、戦い方どころか多分俺が出来ることは何もないけど。
見ず知らずの今日出会ったばかりの他人からそんな事言われても、断るよなあ……
とか思いながら恐る恐るエリュシカを見ると。
意外にもエリュシカは目を見開き信じられない……といった表情を浮かべる。
そして俺の手を掴んでくれた。
おーけーって事かな? それならありがたい。
「えっと、じゃあこれからよろしく」
一人じゃ死ぬのはまちがいないし。
どうせ旅をするなら可愛い女の子と旅をしたいものだ。
それは男として当然だろう。
恐らくエリュシカたんクーデレだし。
ちなみに別の世界から来た……という事も言おうとしたがやめておいた。
そもそも信じてもらえないような気がするし、
下手に言うとこいつ大丈夫かと不信に思われるかもしれない。
疑惑の根をわざわざ露出させる必要はないのだ。