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第十六話 フラグを立ててはいけない (戒め)

 扉がノックされた。

 エグマが連れてきたのは俯いているエリュシカだ。

 手枷が付いている事、少々頬が痩せたように見えるのはあまり食事を与えられなかったからだろうか。



「リンクス様、連れてきました」

「うむ、下がってよい」

「…………」



 エグマは不満げに部屋から出ていく。



「ふむ、見るだけで鳥肌が立つ。さっさと契約をして引き取ってくれ」

「分かりました、では契約に入りましょう」



 声を聞いてエリュシカが顔を上げる。

 エリュシカは信じられないものを見るように俺を見ている。

 まさか自分を助けに教会にまで来る奴がいるとは思わないようなあ……。

 いやま、俺は来たんだけどね。

 それにしてもマグナスの使徒はやはり怖がられているようで、手を出されるとかそういった事は無いようだ。

 好色なはずのリンクスなんて目すら合わせない、エリュシカは可愛いのに。

 ちなみに千夏は興味津々でエリュシカを見ている。

 やっぱり別の世界の人間には恐怖の対象にならないのだろう。

 ――ともかく。



「西条、紙を」



 西条から契約書を受けており先にサインする。



「ではリンクス様、サインをお願いします」

「うむ」



 リンクスは真剣な眼差しで契約書を見る。

 ま、騙されていないかしっかり見るのは当然だよな。

 それに比べて……。

 千夏を見ると千夏はエリュシカへの興味を失ったのか部屋の装飾品を眺めている。

 契約に興味がないようだ。

 だから騙されるんじゃないですかね……。



「よし」



 返事と共にリンクスがサインする。

 西条に目配せすると西条は鞄を手渡してくる。



「では約束の1000万ルークです」



 リンクスは受け取った鞄の中身を見てにんまりと笑みを浮かべる。

 ひくひくと顔を揺らす笑い方はどうも好きになれないが、ともかくこれで成立だ。



「では手枷を外そう、鍵はここにある」



 リンクスは部屋の奥から箱を持ってきて中から鍵を取り出す。

 驚くほど順調に物事が進んでいる。

 これで解決か。

 そんなフラグじみたことを言ったせいだろうか。



「リンクス様!」



 扉が開かれる。

 そこにはエグマや数人の教会騎士を率いたユグナレスが憤怒の表情で立っていた。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



「ユグナレスか」

「リンクス様、これは一体どういう事でしょうか?」

「何がだ?」

「マグナスの使徒を引き渡すですと? 正気ですか? この者は邪教徒です、民の不安となる存在です。こんな得体のしれない者たちを渡すとは」

「案ずるな、これを見ろ。この契約書にユーグォの住人に危害を加えない旨は書いてある。この契約書はマジックアイテムだ、反故することは出来ないだろう」

「なっ!」



 ユグナレスはひったくるように契約書をリンクスから奪い、書いてあるものを見る。

 その目が下へ進むにつれて紙を持つ手が震えていく。



「こ、こんな事をご勝手に……」

「勝手にだと? 私は大司祭だ。貴様はただの教会騎士であろう? 何故貴様の許可を得ねばならぬ? ユグナレス!」

「はっ……失言を致しました。しかし……ならばかくなる上は」



 ユグナレスはすぐさま剣を抜き放ちエリュシカに斬りかかろうとして……。



「ぬっ!」



 剣を止めた。

 否、ユグナレス自身が驚いている。

 剣が不自然に止まっているのだ。

 エリュシカの柔肌に傷一つ付けることなく、寸止めのようにギリギリの場所で止まっている。



「こんなはずは……いや、まさかこれが……」



 契約。そう、これが契約なのだ。

 ユグナレスはもう一度契約書を睨むように見て、続けて俺を見る。



「貴様何故このマグナスの使徒を……」



 そこまで言ってピクリと眉を動かす。



「いや待て、貴様見た覚えがあるぞ。そうか、あの時私に斬りかかってきた……そうか、そういう事か……まさか力で対抗できぬからとこんな手で来るとは」

「……これでお前はエリュシカを殺せない、俺の勝ちだ」



 勝ち、勝ったのだ。

 さっきの行動を見る限り、ユグナレスがエリュシカに危害を与えることは絶対に出来ない。

 これで……。



「勝ち……か、それは早いだろう」



 直後、ユグナレスは姿を消した。

 否。



「え……」



 ユグナレスが俺の眼前に現れたと思った瞬間。

 血しぶきが視界を舞った。



「ミツキ」

「ミツキさん!」



 俺は床に倒れていた。

 天井が見える。

 頭の中で何故という疑問への答えが出て来る。

 俺はエリュシカを救う事しか考えていなかった。

 あの契約書にはマグナスの使徒の事は書かれていても俺の事は書かれていない。

 想定するべきだった。



「邪教徒の仲間かは知らんが終わりだ、騎士の名誉にかけてこの一撃で仕舞いとしよう」



 ユグナレスの呟きが聞こえた。

 身体に重みが来る。

 視界にエリュシカの泣きそうな顔が入ってくる。



「はは、何を泣きそうになってるんだよ、エリュシカは助かったのに泣く奴があるかよ」



 言いながらさっきの血しぶきを思い出す。

 あれだけ血が出れば流石に死ぬだろうな。

 ……そうか、俺は死ぬのか。



 頭は不思議と冷静だ。

 それは目的を果たせたから、満足感に満たされているからだろう。

 自分を何度も助けてくれたエリュシカにようやく恩を返せた。

 少なくともユーグォの教会騎士にエリュシカが処刑されるという事実はなくなったのだ。

 これで良い。

 これで……。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



 俺は目を瞑り、深呼吸した。

 それにしても死ぬっていうのはこんなに感覚がない物なのか。

 痛覚が麻痺しているのか剣で斬られたったいうのに痛みがない。

 斬られたのは腹か、胸か、酷いことになってんだろうな。

 俺は最後に斬られた部分を触り……。



「…………ん?」



 触っているのだが、一向にその感触がない。

 というか斬られた断面がない。



「…………んん?」



 いや待て、おかしくね?

 綺麗に斬られたから良かったねってレベルじゃない。

 血でヌルヌルする割に、服は斬られているのに、肌には傷一つないように感じる。



「……あれ?」



 俺は難なく起き上がった。

 エリュシカは驚愕の目で見てくる。

 エリュシカだけじゃない。

 俺を斬ったユグナレスすら平気で起き上がった俺を見て唖然とした顔をしている。



「馬鹿な……信じられん」



 いやいや、信じられないのは俺の方だけどね。



「き、きゃああああああ! ゾンビ! ホラーです! 誰か火炎放射器を!!」



 え、火葬? お前さっきエリュシカと一緒に俺の名前叫んでたよね?

 せっかく起き上がったら燃やす気?

 千夏は悲鳴と同時に西条の袖をぐいぐい引っ張っている。

 隣に立つ西条は心穏やかな笑みを浮かべていた。

 絶対こいつは心配してなかったな。

 視界の端ではリンクスが声も出さずに目を見開いた状態で固まっている。

 そんな中、いち早く正気を取り戻したユグナレスは再び剣を抜いた。



「確かに手ごたえはあった、しかしどんな呪術かは知らないがもう一度……」



 やばい、また斬られる!

 そう思った瞬間、西条が一歩前に出た。



「騎士の名誉にかけて」

「…………っ!?」

「ユグナレスさん、さっき騎士の名誉にかけてこの一撃で仕舞いにとか言ってませんでした?」

「……それは、だが」

「恐れながら大司祭リンクス様、取引が済んだ途端殺しにかかるとは随分なやり方ですね」

「な……違う、違うぞ。私の一存ではない」

「ほう……ではユグナレスさんを止めないのはどうしてですか? まさか容認するおつもりですか? 司教となるお方が商人をたばかり大金を強奪するとは……」

「わ、分かった! ユグナレス! 止めろ、これは命令だ!」

「リンクス様! しかし、ここでこの者らを逃がしては必ず災いが」

「私の命令が聞けぬというか!」

「む……くっ……!」



 ユグナレスはギリギリと歯を食いしばりながら剣を鞘にしまう。

 俺はほっとして西条を見る。

 場を収めた西条は貸しですよ……とでも言いたげなむかつく笑みを浮かべていた。

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