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第十五話 大司祭リンクス

 ユーグォの町の奥、教会へ向かった。

 白亜の尖塔が天高く聳え立ち、汚れは無く異彩放つ荘厳な作りのそれは見る者を圧倒する。

 まあ、建築の良し悪しに詳しくない俺からすると金使ってんなあ……としか思わないけど。

 ともかく、教会前には教会騎士であろう奴らが二人立っていて俺を睨んでくる。



「ここはユーグォの教会だ。礼拝者か?」

「いえ、大司祭リンクス様に謁見したいんですけど」

「リンクス様に? 許可はあるのか?」

「いえ、それは……」

「では諦めろ」



 あっさり門前払いされてしまう。

 まあ、予想は出来ていたけどね。

 しかし、買収するにも本人と会って話をしなければどうにもならない。

 だからまずは本人に会うために必要なものがあったんだ。

 俺は佇まいを正し、宿で練習した通りに畏まる。



「先に身分を明かさず失礼しました、私は行商人をしておりまして。

 実はリンクス様がお求めになっている商品を持ってまいりました。

 それがこちらです。」



 俺は後ろでフードを被っている千夏を指し示す。

 そう、好色だと噂の大司祭リンクスに千夏を売りつけるつもりなのだ。



「…………」



 騎士は渋い顔をする。

 あれ、教会騎士の末端は知らないのか?

 不安になり始めた頃、騎士の一人は相棒の騎士に二、三言耳打ちした後。



「着いてこい」



 どうやら案内してくれるようだ。

 俺は内心安堵しつつ千夏とニヤニヤしてる西条と共に騎士の後ろを追いかけた。



 教会内は静かだった。

 華美な内装で何かと金をかけているようだ。

 左右を見渡していると数人の騎士が正面から歩いてきた。

 俺はその騎士の顔を見て息を飲む。

 部下二人を引き連れ歩いてくる騎士は非常に見覚えのある男だ。



「止まれ」



 ユグナレスは鋭い眼差しで俺らを一瞥してから案内している騎士に目を向ける。



「こいつらは?」

「はっ! この者らは商人であり、大司祭リンクス様に売り込みに来たとの事です」

「売り込み? 何をだ」

「はっ、その……」



 後ろを一瞥し口をつぐんでしまった騎士をユグナレスはじっと睨みつける。

 そして俺やフードを被った千夏を一瞥。

 暫くしてふう……と息を吐いた。



「連れて行け」

「はっ!」



 騎士は安堵の表情を浮かべ歩き始める。

 すれ違う際、ユグナレスは俯く俺らをじっと見ていた。

 姿が見えなくなるまで生きた心地がしなかった。



 大きな扉の前で騎士がノックする。



「何者だ」

「はっ! 騎士エグマです。商人を連れてきました」

「入れ」



 通された部屋は教会内でも特に煌びやかだった。

 部屋には沢山の装飾品が置かれており、壁、天井、引き出しの上に置かれた壺まで光っている。

 そんな部屋の中、大司祭リンクスは奥に立っていた。

 一言で言えば肉厚な男だ。

 顔は横に膨らみ、髪は薄い。

 でっぷりとした腹は服越しに明らかに出ている事が見て取れる。

 指には数多くの指輪が嵌められており、高そうな宝石が付いている。



「商人か、若いな。貴様は何を持ってきた? 宝石か、それとも――」



 突然顔がひくひくと痙攣しているように揺れる。

 一瞬何があったのかと思ったがすぐにそれが笑っているだけなのだと気づく。

 なんて気持ち悪い笑い方だ。



「はっ、彼の者が持ってきたのは宝石ではありません。しかし、リンクス様御所望の物をお持ちとの事です」

「ほう……では商品は後ろの?」



 来た。

 俺はここに来る前に西条から教授された商人のあるある質問一問一答を思い出す。

 おかげで借金は総額1200万ルークになっている。

 これ本当に返せんのかな……。

 雑念を振り払い、こほん……と咳き込む。



「はい、近づいてごらんになってください」

「ふむ……」



 リンクスは大きな体を揺らしながら歩いてくる。

 俺は千夏のフードを剥いだ。



「ほう……これはこれは」



 じろじろともう触れるんじゃないかって位の距離で千夏を観察する。



「歳は?」

「…………」



 そういえば俺千夏の歳は知らないな。



「18です」



 西条が代わりに答えてくれた。

 18か、俺より三つも年上なんだな。それにしてはアホ過ぎる気がするが……。



「18か、悪くない」



 何が?



「顔は少々幼いが整っている、少々細いようだな。胸の発育は悪くないが衣服でよく……」



 リンクスが千夏の服に手をかける。

 千夏が小さく悲鳴をあげた所で俺は焦って間に入る。

 リンクスは途端に不快そうな顔で俺を睨んで来た。



「恐れながら……直に触れてはその……そう! 商品の価値が下がります。それに彼女はまだ経験が……ですからここで脱がすよりは購入してから存分に愛でてはいかがでしょうか? この顔を見てください。非常に恥じらっております。そんな恥じらう彼女を脱がすというのはそそるのではないでしょうか?」

「…………」



 リンクスは何も言わず手を戻し、真剣な顔をする。



「もっともである!」



 何が偉そうにもっともであるだよエロ親父。

 さて、窮地を救った俺に千夏は……泣きそうな顔で俺を睨んでますね。

 余計なことをしやがってってか?

 いや、そもそも窮地に叩き込んだのは俺か。うっかりうっかり。



「してこの娘、いくらだ?」

「500万ルークです」

「何?」



 リンクスはせっかく治った機嫌を再び悪くする。



「貴様、私を馬鹿にしているのか?」

「いえいえ、実は彼女には他に買い手がいまして……その者が四百万と言ってきているのです」



 嘘だけどな。



「えぇ……っ!」



 千夏が驚きに声を上げた。

 お前は驚くなよ、嘘ってばれるだろ。

 騙したいのはお前じゃなくて……。



「何だと! 貴様、私に一番に持ってきたわけじゃないのか!!」



 目的であるリンクスは激高し始めた。

 そんなキレなくても……。

 そう思って、ふと思い出す。

 そういえばこいつ司祭が司教より下なの嫌がってるんだっけ。

 そう考えると自分より先がいるって聞いたらキレもするか。

 ――が、これはこれで好都合だ。

 西条先生曰く、相手を会えて一度怒らせるのは自分に意識を手中させる点で有効との事。

 それにここからが肝だから冷静さを失ってくれたら非常に助かる。



「お怒りは承知しております。しかし、実はこれはリンクス様に会うための口実に過ぎません。

 そもそも私はリンクス様に売りに来たのではなく、リンクス様から買いに来たのです」

「何? どういう事だ?」

「ここにマグナスの使徒がいると聞いております」

「貴様どこでそれを聞いた?」

「はい、ここへ来る途中で商人仲間が話しておりました。しかもそのマグナスの使徒は少女だとも」



 俺の発言の意図に気づいたのだろう、リンクスは少し考えてから途端に引いた目で見てきた。



「まさかあれを? 貴様……正気か」

「はい、見ての通り私は若いので恐れを知らないのです」

「しかしあれは……」

「600万出しましょう」

「600か……だがあれをか……」

「恐れながら大司祭リンクス様!」



 ――と、そこで隣で静かに聞いていた教会騎士エグマが口を挟んでくる。



「あの者はユグナレス様が捕まえた危険な邪教徒です。あの者をよく知らない者に渡すなど、それこそ正気の沙汰とは思えません。この者がユーグォの街にあれを解き放ったらどうします?

 ユグナレス様であれば再び捕まえられるでしょうが、最小限の被害で済めばよいですが」

「そうだな、あれは今でさえ教会からすれば異分子として意味を持つ。600万では」

「では700万出しましょう」

「……………………金の問題ではない」



 あれ? こいつちょっと乗り気になってないか?



「では1000万出しましょう、どうでしょう?」

「む…………」

「更に危険だというのでしたら契約書をあの者と交わしましょう。ユーグォの町の住人には絶対に手を出さない、勿論ユーグォ教会所属の者も彼女に関与しない。という事で如何でしょう? そうすればマグナスの使徒が敵意を抱いたとしてもユーグォの住人には被害は出ません、マジックアイテムでもある契約書があれば絶対順守です」

「…………」

「リンクス様、ご再考を。この者の言う事が本当かも分かりません。何より最初はともかく私たちが手を出せないのは……」

「それはこちらに引き渡した瞬間に斬られては困るからです。これでも駄目でしょうか?」

「1000万……しかしそうまでしてどうして貴様が?」



 流石にそこまでして一人の少女……しかもマグナスの使徒を欲しがる俺を不信感が湧いたようだ。

 確かにこのままだと俺の損だもんな。

 俺は舌で唇を舐め、深呼吸する。



「分かりました、ではお話ししましょう。私がどうしてここまでして買いたがっているのか。

私が若くして商人をやれている理由でもありますが、私はさる大司祭様と懇意にさせて頂いております。その大司祭様ですが、近ごろここへ来たいと言い出しました」

「大司祭がここへ?」

「はい、その方は過去に一度ユーグォに来たことがあったらしくユーグォの街を非常に気に入っておりました。ぜひユーグォの教会に来たいと言っていましたが、しかし来るにも大司祭リンクス様がいます」

「うむ」

「では彼に司教になってからこの町に来たらどうですかと進言しました」

「何だと! それは……」



 リンクスの表情が一変する。



「しかし、彼は言うのです。彼は大司祭より出世するつもりがないのです。責任が付きまといますからね。ではどうするか。そうです、リンクス様に司教になってもらったら大司祭のまま来れるのです」

「ん……うむ。それは、そうか。そうだな」



「ただその方と違い私はリンクス様と取引をした事がありません。突然来た見知らぬ商人とあらぬ噂が立っては事です。ですから援助ではなく形として少女と引き換えで資金援助をと考えておりました。司教就任に役立てて欲しかったのですが……」



 これらの話、勿論でたらめである。

 大まかな話は西条と相談して突貫で作った話だ。

 勿論話に出て来る大司祭も架空の存在である。

 西条は言った。

 商談において短時間で相手を落とすには相手に考える時間を与えず畳みかける事である。

 利益、不利益をちらつかせる話で揺らしまくり動揺させると成功率が上がる……との事。

 流石西条、汚い。

 リンクスは少しの間悩んでから……。



「1000万は真だな?」

「はい」

「……エグマ、マグナスの使徒をここへ連れてこい、封じの枷はそのままでよい」

「リンクス様!? しかし……」

「これは命令だ、早くしろ」

「…………はっ」



 エグマは俺を一睨みして部屋を出て行った。



 待っている間、部屋を見ていた。

 改めて調度品は高そうな物が多い。

 これらを売れば普通に1000万位集められそうだけど。



「して若き商人よ」

「はい?」



 リンクスがおもむろに近づいてきた。

 顔が近いです。



「お前がさっき話していた大司祭とはどこの誰なのだ?」

「え、あー……それは……」



 どうしようか。

 俺は西条を見るが、西条は朗らかな笑みを浮かべているだけで何も言わない。

 助ける気はゼロのようだ。



「そうですね、ではいくら払います?」

「何?」

「口止めされているんです、その口止め料より上なら考えますけど」

「金を取るのか、ならばよい。どうせそのうち分かる事だ」



 リンクスは不満げに離れて行った。

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