第十三話 西条とかいう極悪商人
現在、俺と西条は宿屋にいる。
繁華街の一角に位置するここは西条がひいきにしている宿らしい。
一階は吹き抜けで食堂になっており、二階、三階が客室になっている。
宿に泊まるのは初だったが広く立派なこの宿は恐らく上等の部類だというのは分かる。
「さあ、食べましょう」
俺と西条の前に料理が運ばれてきた。
焼いた肉と野菜スープとパンだ。
見た事のない肉だが食べてみると牛肉に似ていて美味しい。
「随分美味しいけどこれ何の肉だ?」
「双角獣の肉ですよ、一般的で美味しいんですよね」
「ふーん、向こうの世界で言うなんだ? 牛か何か?」
「いえ、向こうの世界でも魔獣の肉です」
「…………」
ずっと思っていたがこの世界には向こうで言う普通の動物はいないのか。
食肉っていえば大体魔獣の肉じゃね?
いやま、美味いけども。
なんだかんだ言いつつ腹いっぱい食べ終えて、果実ジュースを飲む。
満足だ。
「そうだ、そういえばあれって実際どうなんだ?」
「はて、あれとは何の話でしょう?」
「水晶玉の話だよ。俺気づいてんだぞ」
いや、本当の所全く気付いてないです。
笑ってたのが気になったから、もしかしたらこいつ何かしたんじゃないかと思って、カマを賭けてみたのだが。
「おや、気づいてしまいましたか」
本当にこいつ何かをやっていたらしい。
「……ま、壊したって聞いた時お前笑ってたしな」
それっぽく言っておくが、こいつが何をやったのかなんて俺は分からない。
ただここまでいれば勝手に説明してくれないかなと思ってたら西条はクスクスと笑い出した。
「あの水晶玉あるじゃないですか」
「うん」
「あれね、一定期間使うと壊れるんですよ」
「ほう……ってそれ不良品じゃねえか!」
こいつ粗悪品を当たり前のように100万ルークで売ったって事か?
最悪だな!
「そういうの良くないと思うぞ!」
「そうですか? 簡単にお金を稼げるようにと善意のつもりだったんですけど……」
「善意ではなくない? 本当に善意なら金を取るんじゃねえよ」
西条は心外だという顔をしている。
だがこいつやっぱり極悪商人だ。
ユグナレスはエリュシカよりこいつを捕まえろよ。
「こういうのはお嫌いでしたか?」
「そりゃな、俺は悪いことは好きじゃないからな。
正直と誠実さを大事にしているつもりだ」
あと大事にしてると言えば性欲位で。
「そうですか……ではとりあえず」
言いながら西条が手を出してくる。
「なんだその手」
「いえ、この宿の代金とここの食事代金をと思いまして」
「え? 金取るの?」
「そりゃただじゃないですからね」
確かに俺の分の個室部屋まで取ってもらったからただとは悪いなあとは思ってたけど。
「ちなみにいくらだ?」
「42000ルークって所ですね。この宿高いんですよ?」
「…………」
財布を開けるが中にはエリュシカからもらってお金のあまり、2500ルークのみが入っている。
「ちなみにですけど、さっきの水晶玉の話を黙っててくれるなら明日以降の宿代と食事代も含めただで良いですけど」
脅しとは卑怯な……。
しかし、俺は正直さと誠実さを大事にしてるってさっき言ったばかりだし。
……いや、正直さ?
「…………」
俺は無言で西条と握手した。
無い袖は振れないし背に腹は代えられない。
自分に正直に、俺は何も聞かなかった。うん。
「さて、それでどうするつもりなんですか?」
「ん? 何が?」
「エリュシカさんの事ですよ、あと何日かは分かりませんがきっと猶予があっても助けるのは難しいと思いますよ。ユグナレスさんがいる限り力づくは不可能ですからね」
「それだよ、何であいつあんなに強いわけ? エリュシカってめちゃくちゃ強いはずなんだけど」
「彼はもともとこの街の教会騎士じゃないですからね、経験が違うんです」
「というと?」
「もっと大きな街で邪神の使徒と戦い続けていた歴戦の戦士なんです。
数年前に上司に逆らったとかで飛ばされてきましたけど。
ユーグォの街では何故あんな人がここにいるのか分からないって言ってる人もいますよ」
「なるほどな、そんな強いのか。そいつに俺が何を……いや、何も出来なくない?」
「出来ないでしょうねえ……」
「しみじみ言うなよ。とりあえず千夏の持ってくる情報を聞いてから考えよう」
夕方まで待っていると約束通り千夏がやってきた。
表情を見る限りかなり疲れているようだ。
「はぅぅ……疲れましたぁ……」
俺と西条の席に来るなりすぐに椅子に座り机に突っ伏してしまう。
「お疲れ様です」
「お腹すきましたぁ……」
「何か食べるか? なんでも頼んで良いぞ」
金払うの俺じゃねえけど。
「お肉食べたいです」
「だって」
西条は店員を呼び注文した。
すぐに双角獣のステーキが運ばれてきた。
「おおお! 久しぶりのお肉です!」
それを見た途端、疲れが吹き飛んだのか目をキラキラとさせながら、千夏は凄い勢いで肉を食べ始めた。その勢いはちょっと引くレベルだ。
「よく食うね」
「んぐっ……そりゃそうですよ。私ずっとパンと水しか食べてなかったんですから」
「どうしてまた」
「お金の返済がありますので……」
切実な理由だった。
「それでどうだったんだ?」
「はい、どうやらマグナスの使徒を捕まえると500万ルークの報奨金がでるらしいです」
「報奨金?」
「はい、異教徒を捕まえると一定の報奨金が支払われるんですよ。
とはいってもマグナスの使徒は特別教会上層部に嫌われてるわけじゃないので安いんですけど。
それでもリンクス様は司教になる為に沢山お金が必要なので……」
「ん? 司教になる為ってお金がかかるのか?」
「献金すれば早くなれるらしいです」
「賄賂か、この世界の教会はなんていうか凄いな」
「あと、これが教会内部の見取り図です」
千夏が一枚の紙を渡してくる。
見ればなかなか詳細な図面が書かれている。
「凄いなこれ、どうやってこんなに調べたんだ?」
「兵士さんが部屋の場所とか教えてくれましたよ。
あとは巡礼って事で中に入って礼拝堂と廊下の確認と、外観を図面から割り出しました。
流石にどの部屋にユグナレスさんがいるかとかまでは分かりませんでしたけど。
あ、お肉お代わりお願いします」
追加で肉を頬張っている姿はリスのようだった。
とはいえ、この情報量を短時間で持ってきたのだから間違いなくこいつは沢山肉を食べて良い。
思った以上にこいつの情報収集能力は高い、確かに有能だ。
というかこいつはこの仕事に就いた方が良いんじゃないか?
西条はこのくらい情報を集めてきて当然という顔をしている。
「さて、図面を見る限りだと強行突破も忍び込むのも無理そうですが……どうするおつもりですか?」
「そうだな、ちょっと一晩考えさせてくれ」
「分かりました。では方法はミツキさん次第として、処刑の日はいつになりそうなんですか?」
「えっと、あと二日で異端審問、その次の日に処刑日告知、更に二日後に処刑だそうです」
「お前何でそんなに詳しいんだよ。
ていうか異端審問が終わってないにも関わらず処刑日は決まっているってのがまた……。
異端審問は本当に形だけなんだな」
しみじみ納得していると西条が手を叩く。
「とりあえず、情報も共有出来ましたし続きは明日、ミツキさんが名案を思い付いてからにしましょう。千夏さんの部屋も取ってあるので使って良いですよ」
「え、本当ですか? ありがとうございます!
私ずっと怪しい安宿に泊まってましたのでこんな素敵な宿に泊まりたいと思ってたんです!」
「それは良かったです。ではこれが宿泊の契約書ですからサインをお願いします」
「分かりました!」
千夏はろくに契約書も読まずにさらさらとサインして部屋に向かっていった。
西条はにやにや笑っている。
契約書なんて俺は書いてなかった気がするんだが……。
覗いてみると、長々と宿屋の使用規則とか書いてあるが、ある一文に目が止まる。
『西城様に泊まった宿代を支払います』
そんな文言が小さく書かれていた。
「…………」
俺の無言の視線を受けて西条は更に笑みを深める。
悪人は取れる所があればとことん搾り取るというが、西条がもっと悪い奴だったらあいつとっくにいかがわしい店に売られてるんじゃないだろうか。
この世界にいかがわしい店があるのかも知らないけどね。
関わらないようにして俺は一人予約してもらった部屋に向かった。
中は部屋の中央にベッドがあり、引き出しとその上に水差し、木のコップが置かれている。
水差しを触ってみたがぬるかった。
更にベッドの隣に机と椅子、それとスイッチの付いたカンテラのような明かりがある。
中に入っているのはろうそくではなく光る石だ。
原理は分からないが何をエネルギーに使ってるんだろう?
分解してみようかと思ったが、下手に壊して弁償になったら払える気がしないのでやめた。
疲れた俺はそのままベッドに飛び込む。
天井を見ながら大の字になったが、頭に浮かぶのはどうやってユグナレスのいる教会からエリュシカを助けるかだ。
力ではまず勝てない。
どうにかして出し抜かなければならないのだ。
どうにかして……。
考えている間に気づけば俺は眠っていた。




