第十二話 ユーグォの占い師
久しぶりに来たユーグォの街は相変わらずにぎやかだった。
マグナスの使徒が現れたというのに混乱も見られない。
よっぽど教会騎士に信頼を置いているからだろうか。
「いやー、いつ来ても活気がありますね」
西条は朗らかな笑みを浮かべている。
背中には小型のリュック、マジックアイテムで何でも入るらしい。
売りましょうかと言われたがお値段はなんと50万ルークである。
こいつのテントやら雑貨やらが全部入ったほどだから正直欲しいところだが高すぎる。
ともかく、西条に言われるがまま俺は裏路地へと入っていった。
そういえばこの辺で変な占い師の女の子と会ったよなあ……と懐かしんでいると。
「……いらっしゃい」
元気ないそいつの姿が見えた。
間違いなくあの時の占い師の女の子だ。
だが占いではなくなんでもご相談承りますと書いてある。
占いは辞めたのだろうか。
「やあ、お久しぶりです」
「え? あ、あなたは……っ!」
占い師の女の子は西条を見た瞬間。
「ごめんなさい、ごめんなさい、勘弁してください。まだお金稼げてないんです。
三日、せめてあと三日待ってくれたら利息は返せますからだから……」
俺は突然西条に向けて土下座を始めた少女を見て、次に西条を見る。
「どういう事?」
西条はにこやかな笑みを見せながら俺に一枚の紙を見せてくる。
なんでも見通す水晶玉を100マンルークで譲り受けます。
返済は二十日以内。
舞田千夏
契約書だろうか、西条はニコニコと笑っている。
「さて、もう二か月になりますけど、いつになったらお金を払ってくれるんですか?」
「すいません。本当にごめんなさい。でもこれには深いわけがありまして……」
「あなたがやる気になら買ってくれる富豪を紹介しますけど?」
「あわわわ……ごめんなさい、それだけは許してください。頑張りますから、私頑張りますから!」
土下座の姿勢を崩さないまま、平身低頭必死にお願いをしている。
見ていてちょっとかわいそうになってくるくらいだ。
「マジでこれどういう状況?」
「はい、彼女は私の商談相手です」
「商談相手ってこれ土下座じゃん。完全にお前悪者じゃん。
ていうか二十日で100万ルークって無茶じゃね?」
「うーん、でも私が手助けしないとこの人ずっと乞食やってましたよ」
「そうなのか? ていうか舞田千夏って名前もしかして……」
「はい、彼女も異世界から来た人です。
生きる能力がなさそうでしたのでマジックアイテムを上げたんですよ。
特別に適正価格でね」
「…………」
これを上げるから二十日で百万ルーク稼げ。じゃないと死ぬよ。みたいな?
完全に足元を見た悪徳商人みたいだな。
いや、その状況を見てないから本当の所は分からないけど。
しかし、それを聞いて納得できる部分はある。
こいつがどうして俺の未来なんて見通せていたのか。
マジックアイテムなんていうチートを使っていただけなのか。
「ん、あれ?」
それにしては水晶玉が見えないのだが……隠しているのか?
「そういえば私が譲った水晶玉が見当たらないのですが、どうしました?」
「え! いやー……その」
「千夏さん?」
「ご、ごごごごめんなさい! それが二日前に急に壊れちゃって、私何もしてないんですよ?
本当です。でも朝見たら粉々に砕けてて……」
「ええ! あれ100万ルークもするんですよ!? それを壊しちゃったんですか!?」
「ご、ごめんなさい!」
「困りましたねえ、それならなおさらお金を払って頂かないと」
「そんなぁ……」
西条は困ったというように口元に手を当てている。
しかし、俺の位置からはしっかり見えた。
こいつ笑ってるんだが。
「ちなみにその水晶に何かをしたとかはじゃないんだよな」
「と、当然です。だって100万ルークの宝物ですから大事にしますよ!」
そうだよなあ、それが普通だよなあ……。
「って、あれ? あなたは確か少し前に来た……」
「ああ、俺はミツキ、よろしく」
「え、あ、はぁ……」
手を差し伸べると困惑の表情で握手してくれた。
「でもどうしてあなたが西条さんと?」
「ちょっと俺らに協力してもらいたいんだ」
「ほえー……」
説明すると舞田千夏は口が半開き状態で聞いている。
その見た目はすこぶる頭が悪そうだったが、こいつを仲間にして何か意味はあるんだろうか。
ていうかこいつ本当に有能なの?
俺は西条にこっそり聞く。
「なあ、本当にこいつ大丈夫なんだよな?」
「もちろんです、彼女はこう見えて顔が広い情報屋なんですよ」
「そうなのか」
「はい、物乞いとして色んな人に話しかけては情報を聞いていたらしいです」
情報の集め方が酷い。
「じゃあ早速聞きたいんだけどえっと……」
「千夏ですのでそうですね。特別にあなたには千夏ちゃんと呼ばせてあげます」
「わかった、じゃあ千夏。この街の教会に付いて知ってることを聞かせてくれ」
「千夏ちゃんと……」
「こほん……」
「はい、わかりました。ではお話させていただきますミツキ様」
「ミツキ様!?」
西条の咳払い一つで凄い変わりようだ。
「まずこの街は教会の力が強いです。自警団の運営費も出しているので自警団も教会派です」
「金は強いな、それで」
「教会には教会騎士がいて、人数は200人、トップが大司祭リンクス様です。
筆頭騎士ユグナレス様がいますが、彼は基本的にリンクス様の命令に従います。」
「そのリンクスって奴はどういう奴なんだ?」
「彼は四十台後半の腹の出たおっさんです。女性が大好きみたいで、
これは秘密ですが未成年の少女をお金次第で引き取ったりしてるらしいです」
「おおう……聖職者としてそれはどうかと思うぞ」
「あとは大司祭という役職に不満があるらしいです」
「大司祭で? 偉いんだろ?」
「大司祭はこの街では偉いですが教会全部で考えるとそうでもないですからね」
西条が横から説明してくれた。
「教会はトップに教皇、彼の下に枢機卿、大司教、司教といて、大司祭はその下になります」
「へえ、じゃあそいつらがこの街に来たら下になるわけか」
「はい、だから彼はどうしても司教になりたいらしいです。
教皇、枢機卿、大司教は数多くないですが、司教は割と数がいますからね。
逆を言えばさっさと司教になってしまえば安心というわけです」
「なるほどな」
どこに行っても権力者は自分の権力を奪われるのを嫌うらしい。
「じゃあマグナスの使徒を捕まえたのはそいつがそれを手土産に出世する為って事か?」
「これは秘密なんですけど、実はマグナスの使徒を捕まえるメリットって
教会上部の方々にとってはあまり意味ないらしいんですよね」
千夏がとんでもないことを言い出した。
「何でだよ、異教徒何だろ? 平和のためにってユグナレスの奴言ってたぞ」
「下はそうなんですけど、教皇的にはどうでも良いらしいです。
というのもマグナスの使徒って、他の邪神の使徒より数少ないから影響力無いんですよ。
あの人達って民衆に怖がられてるので信仰が取って代わられる恐れが低いので」
「邪教徒ってマグナス以外にも沢山いるって事か?」
「もちろんです、マグナスは……危険と恐れられていますがマイナーですからね」
「なるほどな」
とはいっても俺はエリュシカ大好きなエリュシカ信者だけどな。
なるほど……ん?
「でもあいつリンクスの命令で捕まえに来たって言ってたぞ
正義の教会騎士ならともかく大司祭が捕まえに来る理由ってなんだ?
聞く限りだとその大司祭別に正義感にあふれてないだろ」
「そういえばそうですね。どうしてでしょう?」
「はっ! 女好きって話だしまさかエリュシカが……」
「そのエリュシカさん? はマグナスの使徒なんですよね?
マグナスの使徒は恐怖の対象ですから無いですよ」
「あ、そうなの?」
「そこまでです」
西条が手を叩いた。
「敵の目的を知るためにも情報が大事って事です。というわけで、千夏さん。
彼らの目的を探ってきてもらえますか? 力づくで救出かこっそり入り込んで救出か、
どちらにせよ教会内部の地図や兵士の配置情報が必要ですし。夕方までにお願いします。
私たちは宿をとって待ってますから」
「え、いやいや……私ただでさえ教会に怪しげな呪術をやめろって注意されてるんですよ?
もし顔を覚えられてたら嫌ですし……出来るだけ近づきたくないっていうか……」
「そこをなんとか」
「いくら西条さんの頼みとはいえこれは無理ですよ。
私はそんな軽く使える女じゃありませんからね」
「…………」
西条は無言で契約書をちらつかせる。
「しょうがないですね、やらせていただきましょう」
自称軽くない女は紙切れ一枚でころっと意見を変えた。




