第十話 教会騎士ユグナレス
「一体どうしました?」
「大変だ、やばい奴らが来た」
「やつらとは?」
「教会騎士だ! ユーグォの筆頭騎士ユグナレスまでいやがる」
「俺らと取り締まりに来たのかも、くそ」
教会騎士。
その名の通り教会に仕える騎士だ。
司教、司祭が交渉や調和を担当するならば、騎士は荒事と秩序を担当する。
基本的には陳情を聞き近隣の者が倒せない魔獣を倒すのが仕事だが、
時には異教徒を捕らえ、異端審問の末処刑したりする。
もっとも異端審問された段階でほぼ処刑が決まっているので皆抵抗するそうだ。
「なるほどな、説明ありがとう。ちなみにそのユグナレスって奴は強いのか?」
「元はもっと大きな街から飛ばされてきた人らしいとしか」
「え、左遷されてきたって事? じゃあ弱い?」
「さあ? 理由は知りませんけどね」
とはいってもこっちにはマグナスの呪いなんつーもの持った最強美少女がいるけどな。
どれだけ強かろうが関係ないね。
それにしてもそんな教会騎士様が何しにここへ来たのかね。
隣の商人でも捕まえに来たか? 悪い事してそうだからなあ……。
見ていると胸に十字架を付けた鎧の兵士達が歩いてくる。
ほぼ全員が甲冑に鉄仮面を付けているが先頭を歩いている奴だけ兜を付けていない。
若い男だ。
赤く長い髪は首元でウェーブしている。
ちゃらそうな若い兄ちゃんのようにも見える。
しかしその目は冷たくさっき混じりのその目はどう見ても何人も人を殺してそうだ。
きっとあれがユグナレスとかいう奴だろう。
彼らはユグナレスの合図でピシッと止まった。
「我が名は教会騎士ユグナレス! マグナスの使徒はいるか!」
ユグナレスが叫んだ。
マグナスの使徒なら関係ないな。
こっちはマグナスの呪い持ちってだけだ……と言いたいところだが、
きっとエリュシカの事だろう。あいつらの目的はエリュシカだったか。
「我々は城塞都市ユーグォの教会に所属する騎士である。
大司祭リンクス様の命によりここへ参った。我々は民の平和を守るのが仕事である。
先日我々騎士団が遠征中にユーグォをドラゴンが襲った。
自警団が倒したが、その際マグナスの使徒を見たという者が多数いる!
マグナスの使徒は悪である!
平和を乱し、秩序を根底から覆す、民の平和を脅かす悪である!
我々はそれを排除するためにいる! 匿っても無駄だ、大人しく出てこい!」
言っていることを聞く限りあっちが正義に聞こえるな。
だが訂正させてもらうならドラゴンを倒したのはエリュシカだと思うんだが……。
西条が一歩前に出た。
「騎士様、ここは街の商人に劣る行商人がなけなしの商品を売っているちんけな場です。
そんな危険人物、戦えない我々が知っていたら震えあがってしまいますよ。
それともここにいるって確証でもあるので?」
「ある、微かではあるが瘴気を感じる」
瘴気? 何それ?
俺は隣に立つエリュシカに鼻を近づけた。良い匂いがする。
そんな俺を見てエリュシカはちょっと嫌そうな顔をした、恥ずかしがり屋さんだぜ。
「ふむ、隠し立てするなら仕方ない。
出てこないならば強硬手段に出るしかないな」
ユグナレスが手を上げると後ろの兵士達が武器に手をかける。
商人達が皆慌てたように左右を見る。
まずい。これはまずい気がする。
こいつらマジで斬りかかってきそうだ。
どうすれば……。
と考えて、いや待て、エリュシカなら勝てるじゃん。
エリュシカはクラスAの能力値を持つチートキャラ。
ドラゴンですら勝てるならこいつらなんて……とエリュシカを見た。
「…………」
エリュシカは無言で俯いていた。
あれ? こいつびびってないか? 嘘だろ?
「愚かな……では仕方ない。こいつらを……」
「…………」
突撃の合図を下す前にエリュシカが飛び出した。
フードを俺に投げ、剣を持つ。
「ほう、戦う気か。良いだろう、このユグナレスが相手になる」
一騎打ちのつもりだろうか、兵士達は下がっていく。
エリュシカが負けるはずがない。
そう思っていた。
‐‐‐
「ふん、捕まえろ。まだ死なぬよう血止めだけはしておけ」
「はっ!」
あっという間だった。
エリュシカはユグナレスに向かって高速で突っ込んだ。
幾重にも響く剣劇の音、俺には見えなかったが音だけ聞くと相当数打ち合ったはずだ。
ユグナレスが気合の入った声を上げた直後、エリュシカは倒れた。
地面には血が流れている。
兵士達はエリュシカの手足を縛り連行用の檻に入れてしまう。
このままだとエリュシカが連れていかれてしまう。
恐らく殺されてしまう。
このままで良いのか。
彼女の為に伝説のアイテムを探すって決めたじゃないか。
俺が動けばもしかしたら……いや、動いてもダメか。
けど、ここで黙って見ているわけには……。
「……くそ!」
俺は駆け出した。
エリュシカに買ってもらった剣を抜いた。
ユグナレスは後ろを向いている。
今なら行ける、俺がこいつを殺せば。
不思議と躊躇いは無かった。
エリュシカに何度も助けてもらったってのもある。
それに憧れていたのだ。
連れていかれる姫を救う勇者って奴に。
自分もいつかそんなものになりたいって。
きっとなれるって、だから……。
しかし、そんな思い描いた理想の現実は訪れなかった。
一閃。
ユグナレスの後ろ向きに放った白刃は見事に俺の剣を叩き折ってしまった。
「貴様……」
ユグナレスは俺に剣を向ける。
折られた剣が力なく地面に落ちる。
殺される。
そう思った時、一人の兵士が俺とユグナレスの間に飛び込んできた。
「お待ちください、ユグナレス様!
この者は先日我々が自警団と共にドラゴンと戦った際に共に戦った旅人です。
恐らく何か勘違いをしているのかもしれません。
しかし、彼はドラゴンにやられそうだった我々を庇った命の恩人です。
どうか一度だけ許してやってください!」
兵士は必死に頭を下げた。
ユグナレスは俺と兵士を交互に見た後、舌打ちと共に剣を鞘に戻す。
「……目的は果たした、行くぞ」
ユグナレスは一瞥もせず檻と共に去っていく。
何で……と見ていると兵士は顔を上げ笑う。
その笑みにあっと気づく。
その兵士はドラゴンと戦ってた時に俺が助けた盾を持って前線を支えてたおっさんだった。
「いやー、本当に焦った。兄ちゃんユグナレス様に斬りかかるとか正気かよ。
機嫌が悪かったら絶対お前殺されてたぞ」
「助かったよ、ありがとう」
「良いって事よ、俺も兄ちゃんに命を助けられたからな」
おっさんは他の兵士に呼ばれて返事をする。
「呼ばれちまったから俺も行かないと。俺はラムドラ、
一応教会騎士だけど弱いから遠征には連れて行って貰えねえんだ。かはは! お前は?」
「俺はミツキ、旅人だ」
「ミツキか……じゃあミツキ。また会うことがあったら飯でも食べようぜ。
おごってはやらないけどな」
ラムドラは笑いながら歩いて行った。
ちょっとした縁で命を助けてもらうなんて思っていなかった。
嬉しくなるな。
だがこうしてはいられない。
エリュシカが連れていかれてしまった。
追いかける……にしても取り返せないか。
俺一人じゃ多分負けるよなあ。
「西条さん、あんたの客じゃないか! 知ってたんじゃないか?」
「私たちまで殺されかけましたよ、勘弁してくださいよ」
「さてね、それにしても何とかなったなら良いじゃないですか。
もし知ってたとしても騎士様相手に私じゃどうも出来ませんでしたよ。
もっとも、誰かを助ける事の手助けなら出来るかもしれませんけどね」
西条はちらっとこちらを見てから自分のテントに入っていく。
商人達がぶちぶち文句を言いながら各々の店に帰っていく中、
俺は西条のテントに入っていった。




