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第一話 異世界で見知らぬ少女とファーストキス

 起き上がり初めて目に入ってきた場所は見通しの良い草原だった。

 見上げれば青い空。

 空には雲一つない、快晴だ。

 さわさわと草が風に揺れる音が耳に入ってくる。

 寝起きのようにぼんやりとしていたが、一気に覚醒する。

 見慣れたコンクリートジャングルはどこへ行ったのか。

 クマやイノシシがいてもおかしくないようなリアルジャングルが視界の奥に見えている。

 更に草原の向こうには湖が見えており、犬にしては大きな集団がごちゃりと固まっている。



「ここは……夢か?」



 思いっきり自分の頬を叩くが痛みに少し涙が出た。



「夢じゃない、夢じゃないけど、こんな事って」



 視線を下にずらす。



「半袖にベージュのチノパン。携帯は……電源が付かないな。

 財布の中には千円札一枚と小銭数枚。 ポケットティッシュ。

 お出かけルックだけど……いや待て」



 ふと自分の記憶を呼び起こす。



 高山光紀たかやまみつき高校一年生、

 入学早々落とし物を届けようと女を追いかけてそのまま女子更衣室に侵入してしまい、

 更に焦って下着姿の女子を押し倒してしまったことから痴漢として捕まる。

 誤解だと主張したが、両親は泣くばかりで一切庇ってくれず、

 先生やクラスメイト達からは白い目で見られ、

 もろもろの精神的ダメージから現実逃避を始め登校拒否一か月目に自殺を決意したはず



 淀みなく頭の中に出た自分自身の情報に頷きながら、パン……と手を叩く。



「うん、どうせなら消してしまいたい記憶だったが残念ながら記憶に間違いはないようだ。

 だけど……ここにいる理由が分からない。

 自殺のためにトラックにでも突っ込んだっけ?」



 いやいや、それで死ぬことはあってもこんな場所で起き上がる事はないか。



「てかここはどこだ?」



 首を傾げながらもう少し考えてみようと思ったが、

 湖からこちらに近づいて来る獣達に気づいた。

 大型の犬に似たそれはよく見ると頭に角のようなものがある。



「立派な角だこと、ユニコーンの亜種かな? もしくはあれが伝説の一角獣?」



 軽口をたたきながらも額からは冷や汗が流れ落ちる。



「……逃げるか」



 人間に備わった防衛本能、危険察知能力が言っている。

 あれは絶対的にやばい。





「はぁ……はぁ……! くそ、何だよ。舐めプレイかよ!」



 後ろを振り向くと角の生えた大型犬共は、

 一定の距離を取ったまま追いかけてくる。

 追いつけるのにあえて追いつかないように走っているのだ。

 見通しの良い草原を抜け、いつの間にか森の中へと追い立てられていく。



「俺を舐めるな! この、俺は、……ぜえぜえ……逃げ足だけは早いんだ!

 ……くそ、必死こいて勉強して受かった進学校を友達が出来る間に行かなくなる位だからな!」



 叫びながらもグネグネと木々を迂回しながら追っ手を撒こうとするが、

 何度振り返ってもその距離は遠くもならないし縮まりもしない。



「どういう事だよ、本当にどういう事なんだよこれは」



 息を切らしながら走り続け、ついに木の根っこに足を持っていかれ転んだ。



「だっふぁ!」



 奇声と共にゴロゴロと転がりながらも急いで起き上がる。

 しかしーー



「痛え……んぐぅ、ここまでか」



 角の生えた大型犬はもうすぐそこまで来ていた。

 更に右を見ても左を見ても同じ奴らがいる。

 角が生えているだけでなく目が真っ赤でまるでゲームに出て来る魔物のようだった。

 逃げ場はないかと周囲を見るが、すっかり囲まれてしまっている。

 恐らくこちらの速度に合わせながら別動隊が先回りしていたのだろう。



「おいおい、待てよ。ほら、犬ならお手とかできないか? ほら、お手」



 手を前に出した瞬間。

 大型犬の一匹が飛んできた。

 そう、言葉通り滑空してきたのだ。

 角が腕をかする。

 鋭い痛みに顔をしかめてしまう。

 悲鳴を上げることもなく、俺はぺたんと地面にへたり込んでしまった。



「痛い、やばい、痛い、やばいぞ、どうする? どうするどうする、どうすれば……」



 ぶつぶつと小さな声で呟き自問自答しても答えは出ない。

 犬達は今ので相手に脅威は無いと感じたのか近づいて来る。



「もう、駄目だ!」



 頭を抱え小さくなった瞬間。



「ギャピィイッ!」



 悲鳴が聞こえた。



「は……ええ?」



 それは唐突に起こった。



「グアッ!」

「キュウゥン……」



 周囲の大型犬達の悲鳴が聞こえるたびに赤い血が宙を舞っている。

 そうこうしている間に大型犬達はどこかへ逃げて行った。



「なん……なん……」



 状況が分からず何度も瞬きしながら様子を見ていると、

 ぬっと黒い影が背後から迫ってきたのに気づく。



「…………」

「わぁっ!」



 突然現れたそれに驚いたが、よくよく見ると綺麗な少女だ。

 黒い髪を後ろに大きく一本縛っていた。

 ささやかながら顔の両サイドにはそれぞれ一房ずつ髪が垂れている。

 正統派のポニーテールである。

 小さな顔、全体的に整った顔立ちだが目が凛々しいを通り越して睨んでいるようで怖い。

 長い手足、細身ながらも大きい胸。

 服装はインナーに白銀の胸当て、肘あてと膝あてに靴。

 腰には白鞘に入った剣。

 ただ……。



「それ、大丈夫なんだよな?」



 その少女は全身血だらけだった。

 至る所に血が飛んでおり、顔から足元まで真っ赤に染まっていた。

 指さすと少女は何も言わずに腕で顔を拭う。



「あ……」



 血が更に広がってしまった。

 少女は俺の表情を見て取れなかったのかと思ったのかごしごしと拭うが、

 そのたびに血は伸びていく。

 そんな行動を見て思わず笑ってしまった。



「待ってろ、そんなんじゃ伸びるだけだ」



 ポケットティッシュを取り出し顔を拭く。

 少女は顔を拭いている間、されるがままにおとなしく俺が顔を拭くのを見つめていた。

 丁寧に拭いてようやく取れた。

 改めて近くで見るとやはり少女はまるで作り物のように綺麗で……。



「…………」

「…………」

「悪い!」



 知らず知らずのうちに顔を近づけすぎてしまっており、焦りながら後ずさる。

 少女は何の反応もなく、じっと俺の顔を見つめている。

 それが怒っているのかと思い、もう一度謝った。



「悪かったって、ていうかここって」



 どこなんだ? そう聞こうとした直後、急に力が抜けて地面にへたり込んだ。



「あ、あれ?」



 足がしびれたように力が入らない。

 厳密には力を入れているのに伝わっていないような感覚だ。



「ふん……! このっ!」



 勢いを込め、気合を入れて起き上がろうとするが、足は動かない。

 座り込んだまま起き上がれない。



「あれ? ええ……」



 そのうち地面についた手も動かなくなり、完全に横たわってしまう。

 頭を地面に打ち付けてしまい、めちゃくちゃ痛い。

 途端、少女は俺が倒れたにもかかわらず踵を返す。



「ちょっ、待っ……」



 何ががおかしい、そう思ったがそれを口にする事すらできなくなっていた。

 声が出ないのだ。

 呼吸は辛うじて出来る。

 しかしそれ以上が出来ない。

 全身が痺れているように動かない。

 少女はそのままどこかへ行ってしまった。

 それからはぼんやりと空を見ていた。

 視界に入ってくる木々の葉の数を数えてすぐに飽きた。



 あれから何十分経ったのだろうか。

 以前身体に力は入らず、声も出せない。

 首から上にはかすかに感覚があり動くけど、起き上がる事は無理。

 結構この状況は絶望的なんじゃないだろうか。

 周囲からは生臭い匂いがする。

 思い出せばさっきの大型犬達の死骸が近くにあるのだ。

 夜になったらゾンビになって襲い掛かってくるとかないだろうな。



 ていうか襲われても次は逃げる事も出来ず死にそうだな、

 でもこれ身体の感覚もないから痛みとかもないのか?

 全身麻酔を受けている感じで。

 それはそれで恐怖だな。

 自分の体を食われている姿を痛みのない俺が見る。

 うえ、怖すぎだろ。



 そんな事を考えてから、ずっと避けていたことを思い出す。

 ここ……やっぱり日本じゃないよなあ。

 見覚えのない土地、剣を持っている少女、

 犬に似てたけど角が生えていて襲い掛かってくる危険な生物。

 人工物が皆無な場所。

 ワープにしても時間転移にしても過去にも現代にも、

 どの土地にも流石に角の生えた犬はいないだろう。

 目とか真っ赤で完全に俺の事殺しに来てたし。

 完全に別世界だ。

 どういう事なんだろうなぁ……。

 ここに来る直前の記憶はすっぱりとなくなっている。

 このまま帰れないのかなあ……。



 ーーと、もし帰れたらと考えるが、

 帰ったところでどうせ学校も行ってないから、

 結局家でだらだらと引きこもり生活を……ってこれ戻る意味ねえな。

 ふむ、それならこの世界でちょっと楽しんでみても良いかも……と結論付ける。

 まあ、楽しむどころか現在進行形で全身拘束プレイ中なんだけどね。

 問題はこれが大して楽しくない所だな。ただただ暇だ。



 そういえばあの子はどこに行ったんだろう。

 可愛かったなあ、と思うけど急に倒れた俺をほっぽってどこかに行くのは酷いなあ。

 ちょっとお腹すいた。

 なんて動けないくせにのんきな事を考えていると、

 どこかから草をかきわける音が聞こえた。

 ドクン……という心臓の音が脳にまで響いてくる。

 さっきの大型犬もどき達の仲間だろうか、仲間を殺された恨みを晴らしに?



 やめろよ、俺は何もやってないぞ。やるならあの子を……、

 いやでもあの子は俺を助けてくれたからな。

 うむ、ならば甘んじてあの子の代わりに俺が食われてやろう。



「…………」



 いや、前言撤回。

 やっぱ食われるのは嫌だわ。

 バイオハザードの映画じゃないが生きたまま食われる位なら、

 死んで意識がない時にして欲しい。

 自分が食われる姿をただ見ているなんて嫌だ。

 なんて考えていると更にがさがさと大きな音が鳴った。

 恐怖と共に心臓の音尾が更に大きくなる。

 ヘルプ! 助けて!

 俺の心の声が聞こえたのか、がさがさ鳴っていた音は消えた。



 ふう……どこかへ行ったか。

 いや、ビビってないけどね。

 ちょっと驚いただけで怖くないし。

 ちょっと周囲が暗くなってきたから不安になっただけだし、うん。



 直後、頭の上から足音が聞こえた。

 あああああああ! ごめんなさいごめんなさい、本当は超怖いんです。許してください!

 目を思いっきり閉じて心の中でお願いをしていると……ぺちぺちと頬を叩かれた。

 恐る恐る目を開けると目の前にはさっきの少女が顔を近づけて俺を見ていた。



 うわああああああああ!

 驚いた、すげえ驚いた!

 声が出せてたら悲鳴を上げてた。恐らくその威力は咆哮大に匹敵するレベル。

 目を見開き、汗が滴る。

 少女はうんうんと頷き、手に持っていた野草を見せてくる。

 何その草、お前のビビった顔マジ笑える、草ってか? やかましいわ。



 見ていると隣に座り、石でがっつんがっつん草を殴ってる。

 いきなりどうしたの?

 凶行にもほどがあるんだけど。草の匂い超してるよ。

 ていうか殴る威力強くない?

 ちょいちょい欠けた石が俺の顔に当たって地味に痛いんだけど。

 しばらくするとその元草だった物をこねだして丸い肉団子ならぬ草団子が出来上がる。

 草の何とも言えない匂いがした。



 少女はそれを持ったまま近づいて来る。

 何? 何をするつもりなの? まさかそれを食べさせるつもり?

 少女は俺の口の無理やり開けさせてそれを放り込んだ。



『ぺっ』



 当然のように俺は全力でそれを吐き出した。

 その草はめちゃくちゃ臭いし苦かった。

 もちろん全力とは言うものの威力はなく口端からポロリと落ちたのだが。

 本当に何をもってそれを食べさせたのか分からないんだけど、新手のいじめ?

 少女は眉をひそめて吐き出したそれをもう一度俺の口に放り込む。



『ぺっ』



 再び吐き出す。

 瞬間。

 少女はもうすんごい形相で睨みつけてきた。

 いやいやいや、無理無理無理。だってこれ不味いもん。

 お前食ってみろよ、絶対それ人の食べるもんじゃないよ。

 もしこれがこの世界の主食だとしたら餓死する自信あるわ!

 グルメな日本人舐めんな。

 かろうじて動いた顔を顰めてノーを突きつけると、

 少女は少し草と俺の顔を交互に見てから迷うように逡巡した後、

 何を思ったのかその草を口に含んだ。



 何度も咀嚼している。

 噛むたびに顔を顰めている。

 そんなに顔を歪める程不味いもんを人の口に入れるんじゃないよ、しかも二回も。

 自分がされて嫌なことを人にやってはいけないって習わなかったのか?

 いや、習わないんだろうなあ……学校とかなさそうだし。

 そんなことを考えながら見ていると唐突に少女が咀嚼を止める。



 ちょっ!

 少女は俺に顔を近づけてくる。

 え、何する気? 危ない、思わずキスしちゃう。

 とっさに顔を背けるが所詮ろくに動かない体、逃げる事は出来ず、少女は俺の顔をがっしと掴む。

 そしてーー



「「…………」」



 俺は異世界に来たその日に見知らぬ可愛い女の子にファーストキスを奪われた。

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