プリテンダー
プリテンダー
有栖川家は日本有数の名家である。
有栖川由起子は有栖川家の長女であり、兄弟のいない由起子はやがては有栖川家の財産の全てを相続する身であった。
母は由起子が幼い頃亡くなり父有栖川行夫と豪奢な屋敷に使用人達と二人暮らしである。
だが、その父行夫も昨年原因不明の病で急死をし今は由起子一人で広大な屋敷に住んでいる。
由起子には古くからの幼馴染みであり許嫁である綾小路俊明がいたが未だ父の喪中の為に結婚式は延期をされていた。
「由起子さん、そろそろ喪もあける事だし結婚式の事を考えないか?」
久しぶりに訪れた有栖川での晩餐の時俊明は由起子に切り出した。
「ええ、俊明さん。そうは思うのだけれどまだ決心がつかなくて……」
「そうか……。そうだよな、無理もない。あれだけ由起子さんを愛していた父上が亡くなられたのだものね」
「ごめんなさいね。気を遣わせて……」
「いいんだよ、仕方ないよ」
俊明は聡明で優しく良き青年である。
由起子はそんな俊明に甘えている自分を許せなかったが、もうそろそろ俊明の言うように結婚式の事を考える時期なのかもしれないと思った。
「デザートでございます」
食後のデザートを持って現れたのは執事頭の秋月四郎である。
背は高く容姿端麗でその美貌はときおり由起子の心をさえドキリとさせるものであった。
そして、デザートを食べ終えコーヒーを飲んでいる時に異変は起きた。
「うっ!」
俊明が喉を押さえ急に苦しみだした。
「俊明さん!どうしたの!あっ!く、苦しい!」
由起子と俊明はくず折れるように床に倒れた。
それからどれくらい経ったのか……。
由起子は自分が寝室のベッドに寝かされている事がわかった。
「お目覚めになりましたか?お嬢様」
「うっ!うぐっ!ぐぐっ!うぁ」
由起子は喋る事が出来なかった。
喋る事もそうだが指一本も動かす事が出来ない。
「訳がわからないお顔をしていらっしゃいますね」
秋月四郎は静かに微笑んだ。
「私はあなたと出逢って以来あなたをこよなく愛するようになりました。昨年、それを亡き旦那様に申し上げましたところ酷く怒られて私をクビにすると申されました。ですから私はある特殊な毒薬を使い旦那様を殺して差し上げました」
「うぁ!うっ!ぐぐっ!ぐぐっ!」
由起子はベッドで身悶え目を見張りながら秋月を睨み付けた。
「俊明様も先程旦那様と同じ毒薬で天国へ旅立たれましたので、ご安心くださいね。使用人達には今日皆暇を出しましたのでもうこの屋敷には私とお嬢様の二人しかおりません。そうそう俊明様は庭の桜の木の下へ深く深く埋めましたので誰にも見つかりませんよ。これで俊明様は永遠に行方不明となり綾小路家との婚約は破棄となりお嬢様は晴れて今夜から私の妻となられた訳です。今宵は私達の初夜。特殊な媚薬も用意してありますので今打ってさしあげますからね。お嬢様はこれからは身の回りの事全てを私に託さねば生きてはいけないのですから逆らわない方がよろしいかと思いますよ。さあ、薬を取りに行ってくるまでにお嬢様が大好きなプリテンダーをかけて差し上げましょうね」
ニコリと笑うと秋月は由起子が好きなプリテンダーの曲をかけて部屋から出ていった。
「完」