選択肢がない、これは救出⁈
窓からの訪問者が、現れた日から、半月。
また、変わらない日々が、続いていた。
今日のレッスンは、初のダンスだった。
ダンスなんて、産まれて、このかた縁の無い話しで…
『ステップとか、姿勢とか…覚えらんな〜い。』
レイは、テキパキと、ステップを教えている。
ユーリも、教えられた事をきちんと、覚えている…。
「ユーリさんは、飲み込みがよろしいですね。
では、さっきのステップをもう一度、始めからおさらいして下さい。
さて、マリアさんは、なんと申しますか…。
とても独特で、素敵なステップですが…。
私としましては、まずは、基本をきちんと、覚えて頂きたいと、思っておりまして…」
『オブラートに包んで、ド下手クソって、言われた…
何で、見えて無いのに、ステップわかるんだよ〜。』
「はい…。基本のステップを踏んでいる、つもりなんですが…申し訳ありません。」
リズム感よ…どこへ…。
ゆみには昔から、無いが、マリアのリズム感まで、失くす必要は、ないじゃないか。
『恥ずかしい…』
頑張って、踊るが、まるで、産まれたての、子鹿のように、プルプル震え、ヨタヨタ揺れ、フラフラ転ぶ…。
二時間くらい、ビッチリ、しごかれたが、全然成長しなかった…
ユーリは、レイとペアになり、ステップを踏むまで、出来るように、なっていた。
ゆみは、もう限界だった…
『記憶力に、リズム感に、ダメダメ過ぎる…
ゆみよ、残念すぎるよ。自分…』
治癒の唄は、リズムが、狂うと、効果が出無い。
だから、マリアには、絶対音感や、絶対リズム感が、あるはずなのだ。
なのに、今できないのは、マリアが、覚えいる事の中に、無いから。
『私の能力範囲でしか、でき無いのか…
なんと不便な…』
レッスンも、一区切りして、自分とは、180度違う、パーフェクトな美少女と、比べるまでもない、情け無い自分に、落ち込んでると、
「甘い物はいかがですか?」
いつの間にか、レイが、チョコレートの様なお菓子をトレイに、載せて立っていた。
『なんで、落ち込んでるって、分かるのかな?』
レイの優しさに、心が、少し、救われた気がした。
レイは、マリアの美貌が、見えていない。
レイの優しさは、全て、平等という事だ。
だから、中身の私に、優しくして、もらった気になる。
こちらの、世界には、ゆみを知る人はいない。
皆んなら見た目のマリアに、対して接している。
それが、当たり前なのだが、レイの態度は、マリアにだが、勝手ながら、マリアに、ではなく、中身のゆみに、対しているもので、あると、錯覚できるから、嬉しかった。
「ありがとうございます。」
マリアは、赤くなりながら、そっとチョコレートの様な、お菓子を口に運んだ。
甘い香りが、口に広がって、すごく美味しい。
まだ1人レッスンをしていた、ユーリにも、声をかけるが、
「もう少し。」
とまだステップを踏んでいた。
どうやら、ユーリは、ダンスが、すごく気に入った様だ。
昼からの授業は、礼儀作法に、ついてだと、言われた。
普段も、日本とは、違う礼儀作法に、戸惑ってばかりだった。
しかも、国により、また、違うらしく、
『平民のマリアや私には、必要無い事なのに…』
と悲しくなってきた。
『気分は、受験前の中学生だ…
この歳で、色々覚える事になるなんて…
マリアのままの状態なら、覚えるのも、たいして苦労しなかったろうに…』
疲労回復に聖水が、飲みたくなるが、魔法を禁じられている為、聖水を作る事もできない…
『今は、ダンスレッスンの部屋に、居るから、魔法を使っても大丈夫だろうか?
いや、使ったのがバレたら、今一緒にいる、レイやユーリが危なくなる…』
聖水を作るのは、諦め、レイにずっと、疑問に思っていた事を聞いた。
「レイは、目が見えないのに、何故、周りの事が、わかるのですか?」
「音ですかね…あとは、心の目とも言いますか…」
『音かぁ…。産まれながらだから、まあ、普通の人には、ない感覚が、育つのかな?』
「もし、目が治るなら、治したいと思いますか?」
今は、魔法を禁じられ、力の事も、秘密に、させられているから、治せないが、チャンスがあれば、マリアなら、レイの目は、治すことができる。
「目をですか…
目は治したいとは、思いません。
これは母親の命を奪った、戒めでも、ありますか ら…」
レイは、そう答えた。
『戒め⁈』
ただならぬ言葉に、息を飲む…。
これ以上聞いていいのか、迷う…。
「母親の命…戒めですか?」
小さな声で、反芻すれば、
「母親は、私を産む替わりに、命を落としたのです。」
と返事があった…
「レイのお母様ではないので、気持は、分かり兼ねますが、私なら、子供が、助かるなら、産みますし、それで、死んだとしても、心配こそするかもしれませんが、恨むことはありませんよ。
それに、今、あなたが、いる事で、救われている人も居るはずです。自分を責め続ける必要は、ないのでは無いかと…」
自分の子供達を思い浮かべながら、そう呟いて、はっとする…
『今は、マリアだ、たかが、18歳の小娘が、何が分かると言うのだ。相手からしたら、上辺だけの言葉になってしまう…』
ついつい、ゆみとして、答えてしまった事に、後悔する。
「出過ぎたことを申しました。」
黙ってしまった、レイに対し、そう謝る。
すると、レイは、
「そうであって、欲しいな…」
と呟き、寂しげに、視線を落としたまま、笑った。
『この暗い雰囲気…どうしよう…』
なんて思っていたら、
なんだか、お城が騒がしい…
ドタバタと人が、行き交う音と、何か、金物をぶつけたような音。
色々な人の、叫び声が、沢山している。
「何?」
いつもとは、違うお城の雰囲気に、気がついたユーリも側に、駆け寄ってきた。
ユーリを抱きしめながら、彷徨わせていた視線をレイにむけた。
レイは、驚いた様子もなく、ゆっくりと、マリアとユーリの近くに寄り、扉の方を向き、背後に、マリアとユーリの2人を庇うように立った。
ガタガタと、大きな物音と共に、扉が激しく開かれ、宰相さんの肩に、腕を回し、顔面蒼白で、背中から血を流している王が、入って来た。
宰相さんも、至るところを怪我している。
満身創痍とは、このことか⁈
あまりの風景に、固まっていると、
「治癒の娘、直ぐに治せ!」
宰相さんが叫ぶ。
『命令にしたがわなければ…』
ユーリをみつめながら、そう思って唄を歌おうとすると、
「治す必要はないよ。このまま、この2人が死ねば、クーデターを起こした、リーダーが、この国のトップになる。そうすれば、君達は、自由だ。」
そんな事を言い、入って来たのは、いつかの黒づくめの来訪者だ。
あの時と、同じように、全身を黒い、布で覆い、目だけを出している。
王は、今にも、死にそうになっている。
宰相の、焦り混じりの命令も、聞こえてくる…
『このまま放置したら…
このまま見捨てたら…
でも、でも、救えるのに、救わないのは、殺人と同じだ。
この人たちは、私の大事な、人達を殺した。
そんな人でも、見捨てたら、殺人。
そんなの、無慈悲なこの人達と、一緒になる…』
『甘い考えなのは、わかっているけど、生かして、捕まえたら、いい。何も殺さなくても…』
苦しむ王をみて、そう思い、完全治癒の唄を歌う。
すると、黒づくめの男が、
「チッ、君は甘いね…」
と舌打ちをする…
『そんな、睨まれても、見捨てるなんてできない…」
「いいぞ、歌え。治癒の娘よ。ははは。」
「レイよ。この男を成敗せよ。」
宰相は、レイに命令する。
だが、レイは、動かない。
「どうした?レイよ。王を守るのだ!」
宰相が、焦って叫ぶが、レイは、ピクリともしない。
「宰相、無駄だよ。その男は、レイてはなく、オーキッド。僕の部下だ。」
黒づくめの男は、レイをオーキッドと呼んだ。
そして、
「オーキッド、ご苦労だったね。最後の仕上げだ。あの2人を始末しろ。」と命令した。
次の瞬間、レイが、いつも持っている杖が、剣となった。
宰相の首は宙を舞い、そのままの勢いて、王の胸に、直角に刺さった。
宰相と王は、即死だった。
完全治癒の唄は、まだ歌いはじめたばかり…
もちろん効果は、発動されていない…
宰相と王に魂の霧が、出るのをみて、マリアは歌うのをやめた…。
「さあ、これで君達は、自由に、一歩近いた事になるな。あとは、ある方を治して、本当に、自由になればいい。」
マリア達に、彼等と共に「ある方」の所に、行く以外の選択肢は、無いようであった…
レイ…いや、オーキッドと、ユーリ、黒づくめの男と共に、リリスを部屋へ迎えに行き、連れて来られた時に着ていた服を三人分鞄に詰め込んだ。
拉致され、村が焼かれた、三人には、このボロボロな服が、唯一の村での思い出だ。
それから、バックヤードの、暗い廊下を走り、黒づくめの男の仲間が、用意した馬車にのる。
馬車は、夜の道を走る。
クーデターの混乱に紛れて、隣の国メトレーシアまで行くらしい。
途中にある、町や村で休憩しながら、二週間近くかかると説明された。
黒づくめの男は、顔と頭に、巻いていた布を取り、素顔をみせ、名乗った。
「名は、アレクシオス、歳は、26だ。ちなみに、炎の魔法が使える。」
髪は、夕日の様に赤く、整った顔立ちをしている。
キリリとした、目鼻立ちは、まるで、おとぎの国の王子様のようだ…
その美しい顔の左頬から、首にかけて、何やら、黒い刺青のような模様がある。
民族的な何かか?その刺青が妖艶さを醸し出している。
「そして、部下のオーキッドは、知っているね。盲目だが、光魔法を使えるから、盲目と言いつつ、見えてる様なものだ。歳は30だったか?
今、馬車を操っているのは、ケン22歳だ。彼の特技は、雑用だ。」
アレクシオスは、笑いながら自己紹介をした。
「アレクシオス様、その紹介は、ひどいです。確かに雑用も、こなしますが、騎士です。」
馬車を止めたケンが、アレクシオスに抗議している。
ふわふわな長めの金髪を一つに結んでいる。
垂れ目の優しい感じのケンは、癒し系のイケメンだ…
馬車が、止まった。
馬車は、まだ森の中で、町や村ではない。馬に、水を飲ませるために、川に寄ったそうだ。
暗い為、足場が危なと、馬車からは、降りないように言われ、寝ている、リリスを撫でながら、馬の準備を待っていた。
ふと、オーキッドに、目線を向ける…
剣の杖を支えに、片膝を立てて座っている。
寝ている様にもみえるが…
あの優しいレイが、一瞬の迷いも無く、2人を殺したあの場面が脳裏に浮かぶ…
彼は、あれから一言も口を聞いていない。
アレクシオスの話では、もともと、私達を助けるために、教育係りとして、潜入していたと言う。
出会った時から、別人だったと言う事だ。
レイと言う、あの優しい人は、存在していなかったという事だ。
「目は、見えないが、光魔法で、見えている…」とのアレクシオスの言葉を思い出す。
『なんだ。結局、マリアが見えていたんだ…』
ゆみは、何か裏切られた、感覚を覚えた。
勝手に、ゆみに、対して接してくれている、感覚を感じていたくせに、勝手に落胆する、なんて、自分勝手で、わがままな感情だ…
だから、ゆみは、そんな自分勝手な、感情を拳を握りしめ、飲み込んだ。
やっと、オーキッドとアレクシオス出てきた〜。読んで下さってありがとうございます。