教育係り
王との謁見の日から、2週間ほど、経っていた。
城の中で塔のような場所に、部屋を与えられていた。部屋には、鍵がかけられ、食事とおやつは、時間になると、運ばれてくる。
お風呂やトイレも、部屋に付いている。
侍女達が、何から何まで、世話をして行ってくれるが、話す事を禁じられている、必要最低限しか言葉を発しない。
ゆみもわざわざ話しかけたりはしなかった。
この部屋に、入れられた当初、あの魂の霧をそっと持って来ていたマリアは、死者の魂の安寧の唄を院長様、ジャスミン、コウダの為に歌った。
そして、あの魂の霧が、黒と灰色の入り混じった色から、白と金と銀が入り混じったような、綺麗な色へと変わり、三人の魂が救われたことを安堵し、見つめ天へと送り出していた。
しかし、その魔力を何かが感知するように、なっていたらしく…
その時、侍女をしていた、マリアと同じ歳くらいの女性が、目の前で殺された。
侍女として、まだ新人で、気さくな彼女は、喋らないように、努めながらも、何かと気を使ってくれていたので、とてもショックだった。
そして、自分の、軽はずみな行動を後悔し、侍女さんたちに、これ以上深入りさせないようにしようと、心に誓い、こちらからも、話しかけたりは、しないようにしていた。
だが、ユーリとリリスが、マリアと同じ部屋にいるため、寂しくは感じない。
1人用として、用意されていた部屋だが、貧乏な孤児院育ちの彼女達には、贅沢で、広い充分な部屋であった。
いつものように、三人の着替えを手伝いにきた、侍女が、
「本日より、教育係りの方がおみえになります。」
そう伝えると、着替え終わったら、すぐに部屋を出て行った。
昼を過ぎたころ、教育係りと言う男が、宰相に、連れられて現れた。
男は、目に布を当て、頭の後ろで縛り、黒髪で、細身の長身だった。布を巻いているにもかかわらず、顎のラインや口鼻筋が、とても綺麗だ。
『一部隠れているとカッコイイとか、ああ言う種類だろうか…ゲレンデ美人みたいな…(古)』
そんな事を考えていると、男は、杖を使いながら、部屋に一歩入り、挨拶をした。
「私は、今日から、あなたの教育係りを賜りましたレイと言う者です。見ての通り盲目でございます。」
そう言うと、目を覆っていた布を外し、レイは頭を下げた。
顔を上げたレイの布を取った目は、灰色で、光を持っていなかった。
だが、レイの素顔は、男性には、見えないほど中性的綺麗だった。
「あなたを他の男性に、見せたくないと王がおっしゃって、盲目の教育係りを探すのに時間がかかりました。女性では、外に出た時に、護衛も監視も出来ないのでね。この者は多少なりと、武術が、使えますので、逃げようとしても無駄ですし、時にはあなたの護衛となるでしょう。
盲目であるので、あなたの美貌に惑わされることもないでしょう。部屋に2人になる時は、必ず扉辺りに、侍女が待機します。」と、宰相が付け加えた。
あとは、よろしく、と言わんばかりに、宰相は、レイの肩に手を置き、その場から去って行った。
それから毎日、決まった時間に教育係りの、レイの授業を受ける事になった。
世の女性達が、卒倒してしまいそうな、美しさと優ししい仕草に、柔らかな物言い…
盲目だが、盲目を感じさせない仕草もすごい。
『見えてるんじゃないの?』
と思うこともじばしば…
だが、目は、会った時のように、布で覆われている。
『それにしても、何この男、知れば、知るほど、パーフェクトじゃん。』
ゆみの好みは、頭の良い、優しい人だ。
しかも、美形なんて、文句のつけようがない…
『まあ、体がマリアだから、愛だの恋だのは、できないけど、ときめきを楽しむくらいは、いいよね。』
そんなこんなで、ゆみは、毎日の授業が、楽しみになっていた。
ユーリも、一緒に授業をうけていた。
ユーリは、私と違い優秀だった。
マリアなら、優秀だったんだろうが、中身が私だから、記憶とか苦手…しかも歴史とか…大嫌い…。
毎日教わるが、翌日には、ほぼ空っぽだった。情けない…
政治についても、さっぱりだ…
リリスは、授業の間は、侍女達と散歩に出かけるのが、日課になっていた。
そうした日々が、三ケ月ほど続いた。
教育係りのレイと、侍女以外は、部屋には、誰も訪れない。
自由はないが、何も困る事などは、なく過ごしていた。
リリスは、侍女付きなら、庭を散歩することができたが、マリアとユーリは、部屋から出るのを禁じられていた。
部屋の窓から、外の景色を見るのは、暇つぶしの一つだった。
昼間は、レイと勉強をしているため、暇な時間は無いが、夜になると暇な時間がでてきる。
リリスを寝かしつけ、ユーリと2人窓際に座って、話しをしていた。
「ユーリ今更だけど、巻き込んでしまって、ごめんなさい。
あなた達の事は、私が何としても、守るつもり。
でも、守れるのは、私に、利用価値がある間だけ…
もし、仮に私の利用価値が無くなったら、リリスと2人で、なんとしても、ここから逃げるのよ。
他国に逃げれば、簡単に追っては、来れないから…
あなたは賢いから、このチャンスに、毎日学んで、逃げる為の知識をつけるのよ。
それまでは、決して、逆らったり、口答えしたりは、しないでね。絶対よ。」
マリアは、ユーリにそう告げた。
「でも、マリアを置いては行けない。」
ユーリは、悲しそうに俯向きながら、呟いた。
寂しそうに、俯向くユーリをそっと抱きしめた。
「ありがとう。でもあなた達が、とても大事なの。覚えておいてね。」
優しくそう告げたその時、窓が、ガタガタと揺れた。
『風⁈』
と思い顔を上げ、窓を見て、思わず息を飲んだ。
悲鳴をあげなかったのを褒めて欲しい。
窓の外には、全身黒づくめの人影があり、目だけが出て、こちらを見ていた。
あまりの恐怖と驚きに、
ユーリを抱きしめていた腕に、力をいれた。
それを不思議に思った、ユーリが、顔を上げて、窓の外を見た。
ユーリの目にも、窓の外の、同じ人影がうつった。
「きゃ…」
ユーリが悲鳴を漏らしたと、同時に、ユーリの口を塞いだのは、窓の外に居たはずの、人影の手だった。