プロローグ
私は、覚醒と同時に、もの凄い眩暈と頭痛に襲われた…。
目の前…いや、脳裏に他人の記憶が、走馬灯のように流れている。
その記憶を整理する為か、頭痛がして目が開けられない…。
その情報量に、眩暈がする…。
私は、私としての記憶以外に、何やら、他人の記憶を持ってしまったようである。
他人の記憶なのだが、不思議なことに、自分の記憶の様な感覚でも、あるように感じるのである。
私は、現代の日本人で、沖田ゆみ。
三十代後半の専業主婦。
結婚前は、看護師をしており、職場に来た、研修医時代の旦那に出会い、結婚。三人の子供がいる。
容姿は普通で、良くもなく、悪くもない…
はずだ……たぶん……。
スタイルは、背は小さめでガリガリ、胸なんて洗濯板並みだ…。
憧れは、自分の足元が見えないくらいの巨乳…まあ、無理なんだが…
そんな私の中に、入り込んできている記憶は、どうやら18歳の少女のようだ…。
心優しい彼女は、マリアと言い、どうやら修道院で暮らしているようだが、修道女では、ないらしい…。
特別で、特殊な歌を歌いわけ、人を癒す力があるらしい…。
彼女の記憶の中の彼女は、私から見たら、見たことないような美人で、ナイスバディだ…羨ましい…。
彼女、マリアの生い立ちの記憶が、一通り脳内を駆け巡り、落ちついてくると、眩暈や頭痛も治まり目が、開けられるようになった。
目を開けて、今いる場所が、
日本に居るはずのゆみが、知り得ない場所であることを認識する。
そして、そこはマリアの居る、小さな村にある、修道院の中。
マリアの部屋のベッドの上であると、マリアの記憶から理解した。
ゆみが、マリアの部屋にいる感覚だ。
だが、何か違和感がある。
体の感覚が、ゆみより若干重く、手足が長い気がする…。
マリアの記憶には、ベッドの左サイドに、ドレッサーがある。
左を振り返ってドレッサーの鏡をみる。
鏡には、サラサラと流れる、琥珀色の長い髪。
大きな瞳は、金色に縁取られサファイアの様なブルーの珍しい色をしている。それを飾る長い睫毛。
通った鼻筋はキツすぎず、ふっくらバラ色の唇は、バランスの良い項を描いて、胸は膨よかな存在感を示している。
寝起きとは思えない、綺麗に整った天使のような姿をした、マリアが独りいた。
それは、マリアの記憶の中のマリアよりも、数倍美しい姿をしていた。
鏡に映った姿は、1人だ。
周りを見渡し、再度鏡を覗いて、腕や顔を動かしてみる。鏡は、それを正確に反射させ、ゆみに伝えていた。
ゆみは、ゆみの体ではなく、マリアの体の中に、ゆみの意識としているのだと、この時に理解した。
先程の、眩暈と頭痛の原因は、脳に、マリアの記憶が、駆け巡ったと言うより、脳にゆみの記憶が、駆け巡ったと、言った方が正しかったようだ…。
理解はしたが、動揺してないわけでは無い…
脳は、眩暈と頭痛をせっかく回復したにも関わらず、戸惑いにまた眩暈を覚え、思考を停止した。
どれくらい固まっていたのだろう…
ゆみの意識は、外から聞こえる、子供の声に反応して、鏡に映る美女と目が合う事により、覚醒した。
母親とは、いつ何時でも、子供の声には敏感に、反応するものだ…。
彼女マリアは、まだ母では無いが、ゆみとしては、バリバリ現役のお母さんなのである。
そして、思考を取り戻した脳で考える。
『まず、どうするべきなのか…』
マリアの記憶にある、世界にいるのならば、この世界は、中世ヨーロッパのような感じだ。
さらに、マリアの歌のような、特殊な力。
魔法があり、生活にも、色々な種類の魔法が、つかわれているようだ。
なんてファンタジーな、世界に来てしまったんだろう…。
しかも、電気、ガス、水道などのライフラインが、無い…。
魔法は、あるものの、便利な現代から、いきなり江戸時代に、タイムスリップしたかのようだ…。
いや、異世界みたいだから、タイムスリップよりすごいのか⁈
どちらにしても『勘弁して欲しい…。』
「ファンタジー♡」なんて、喜ぶ年齢は、とうに過ぎている。
『私の体…どうなったのだろう…。
死んだのか?
生きているのか…。生きていて欲しいものだが…。
なぜ、こうなった?
もし、戻れるなら、どうやって、元に戻るんだ⁈
それにマリアの意識は、どこに行ったんだろう⁈
私の体に、マリアが、居るのだろうか⁈』
もし、そうなら…
『この体から、私の体…………。
申し訳ない限りだ…』
そう思い、マリアの体を見下ろす。
手を動かしてみる。
思い通りに動く…。
自分の体には無かった、憧れの巨乳にも触れてみる。
『うん。素敵な感覚…』
おっとマリアさん失礼。
男性じゃないから、痴漢ではないわ。
許して…
女性だって綺麗な物や、憧れの物には、触れてみたいものよ。
そこに男性のような、いやらしい気持ちが無いだけで、柔らかければ、手触りは、気持ちいいし、肌がツルツルなら、ツルツルした感覚を『まだ触りたい』とも思う。
それが憧れなら、さらに嬉しい気持ちにまでなる…いや、なった。なんかごめんなさい。
でも、今は、私の体だから…。
『まあ、とりあえずは、自分の体を触っただけなんで、よしとするか…。』
などと、鏡に向かって、バカなことを考えながら、体がマリアなら、『とりあえずは、マリアの生活をしなければ、ならないだろう』と結論づけた。
この状況で、自分でも驚くほど意外と冷静だ。
自分の子供達や、旦那の事は心配だし、心配かけているだろことは、心の中で燻っているが、今思い悩んで、なんとかなるわけでは無いし、このままだと、マリアの周りにも心配をかけることになると、切り替えた。
まあ、40近く生きてたら、図太くもなるよねきっと…。うん。
元来の性格…とは、思いたくない…。
マリアのクローゼットから、普段、修道院できている、お仕着せの様な形の、灰色の古びたワンピースを着る。
流石、ピチピチの美少女だ。
古びた灰色のワンピースなのに、なんとも、モデルが古着をきて、最新のファッションをアピールするかのように、着こないしている。
元の私、ゆみが着たなら、きっと雨の中に、捨てられた仔猫より、可哀想な状態になっただろう…。
『美人って得だなぁ…』
孤児院となっている、この修道院は、そんなに裕福では無い。
マリアも孤児として、ここの院長に、育てられた。
院長が高齢なこともあり、そのままここに、とどまって、他の子供達の面倒をみていた。
だから、マリアの服は、このワンピースと、他に2〜3枚持っているくらいで、年頃のこの美少女には、寂しいクローゼットだ。
着替えを終えた、ゆみは、マリアのいつもの記憶のように、キッチンに向かい、水汲み場へ向かう。
朝の仕事は、水汲みからだ…。
だが、今日は、朝から固まっていたことや、考えを巡らしていた為、いつもより遅い時間だ。
既に水汲みは、子供達によって、終わる頃だった。
「みんな、おはよう。水汲み済んでしまったわね。遅くなってごめんなさい。」
そう、マリアの口調を真似して声をかけたゆみに、子供たちも、それぞれ挨拶を返してくれた。
言葉は、日本語では無いが、マリアの記憶がある為、生活習慣や言葉に困る事はなさそうだ…。
今、修道院で、育てている子供は、年齢、性別ともバラバラな5人だ。
修道院であるため、男の子は、修道士にならなければ、15歳になったら、出て行かなければならないが、子供のうちは孤児院も兼ねているため、一緒に住んでいられるらしい…。
裕福では無い修道院では、これが育てられるギリギリの人数だ。
本当なら、5人でも、苦しいくらいたまが、見捨てるわけにもいかず、慎ましく協力して7人で暮らしている。
子供達の年齢は、1番上が、13歳の男の子。
責任感と正義感の強いコウダ。後2年したら、自立し修道院から出なければならない…(日本で暮らしていたゆみからしたら、15歳なんて、まだまだ子供。20歳くらいまで居てもいいじゃないかと、思ってしまう…。)
次が10歳のユーリ、活発な優しい気の利く女の子。
その下は、8歳のジャスミン。控えめな大人しい女の子。
そして、5歳のカミルは、やんちゃん盛りの悪戯好きな男の子。
最後に、2歳になったばかりのリリスは、甘えたな可愛い女の子の5人だ。
目の前では、コウダが、リリスを片腕に抱き、片手に水桶を持っている。
ユーリやジャスミンも、小さな手桶に、水を汲み、溜めておく為の、大きな桶に移している。
コウダに抱かれながら、手を伸ばしてくるリリスをコウダの代わりに、腕に抱き上げる。
甘えたなリリスが胸に、擦り寄ってくる。
可愛いと思うと同時に、ゆみの子供で、同じ年頃の1番下の、息子を思い出し、胸が締め付けられた。
寂しさと愛おしさを混ぜ含んだ感情で、少し力強くリリスを抱きしめる。
なんとも言い表し難い喪失感に、泣きそうになりながら、涙をこらえる。
こんな小さな、子供達の前で泣くわけにはいかない。
少し、リリスの肩口に、額と目元を押し付けて、抱きしめてから、笑顔を作り、顔をあげた。
「さあ、みんな朝ごはんの支度をしましょうか…」
そのかけ声で、それぞれが、やる手伝いに向かう。
コウダは、水を桶から、手洗い用や洗面用、飲水用にわける。
そして、朝、食事する時に、飲む水を水差しにも分ける。
ユーリは、パンを保存庫より、出して切り分ける。
マリアは、スープをつくる。
安くて固いパンは、スープなどにつけないと、なかなか食べるのに、大変なためだ。
ジュスミン、カミルは、リリスの面倒をみながら、自分達の席に、食器類をならべている。
てとてとと、ナフキンを持って歩いたリリスは、背伸びをしながら卓上に、ナフキンを置いている。
一丁前に、お手伝いをしているのである。
ジャスミンが、自分で、並べた方が早いナフキンをわざわざリリスが、届く椅子に置いてあげているのだ。
手伝いか、邪魔しているのかは、まあ、わからないところではあるが…
こうやって、「働かざるもの食うべからず」を幼いうちから、教えていくのは、院長様の教えだ。
出来ないなりに、出来ることにしてやらせる。
手間は倍かかるが、私は、すごく素敵な事だと思う。
ゆったりとした時間の生活、だからできるのかも知れないが、私も、自分の子供たちには、小さい頃からやれる事は、失敗しても、チャレンジさせていたので、共感がもてる。
ただ、日本では、やはり時間に追われ、毎日、子供ペースで、付き合い切れなかったのも、事実なのだが…
簡単なスープを作り、混ぜながら、ついつい自分の子供を思い出してしまい、ぼーと、リリスを見つめていた。
質素な野菜のスープが、出来上がる。
お肉はなかなか、食卓には、上がらない。
育ち盛りの子供達にとっては、辛い食事だが、彼らの栄養バランスが、崩れることは無い。
なぜなら、ここにマリアが、いるからだ。
マリアは、特殊な唄を歌い分け、病気を治癒したり、体を健康にできる。
コウダが、用意した水差しをマリアは、手にとり、食事の唄を歌う。
森で小鳥達が、楽しく優雅に舞っているかのような、綺麗な唄の歌詞は、意味が解らない、呪文のような、言葉の羅列である。
音程と、その呪文のような、言葉とリズム、そしてマリアのもつ特殊な魔力によって、はじめて、作り出すことのできる魔法は、とっても稀なものであった。
マリアの持つ、水差しの水が、淡くブルーに染まる。
これを飲めば、健康を維持できるのである。
マリアは、淡いブルーに染まった水をみんなのコップに注いでいく。
注ぎ終わるタイミングで、キッチンの扉が開いた。
「院長様、おはようございます。」
みんなが、声を揃えて挨拶する。
マリアと同じ形のワンピースを着た、人の良さそうな老婆が、ニコニコと優しい笑顔で、入ってきた。
この修道院の院長、ザーリルだ。
ザーリルが、席に着き、お祈りを行い、食事が始まった。
少ないパンと、質素なスープ、淡いブルーの水、子供達は、あっという間に、平らげていた。
食事が済むと、次は仕事だ。
仕事と言っても、その仕事が、そのままお金に、なるわけではない。
修道院は、村からの寄付金や、寄付してもらう物で、成り立っている。
その御礼として、代々亡くなった、村の人の魂を鎮め、村の安全や、村人の健康を神に願うのが、修道院の仕事である。
村の健康となれば、あの水を渡すに、こしたことはない。だが、村人には、マリアの力は、秘密にしている。
知っているのは、修道院の院長と、上の3人の子供達のみ。
子供達にも、固く口止めをしている。
だから、大っぴらに治癒したりは、できないので、毎日少しずつあの水を村人に、神にお供えした聖水として、配って歩いている。
ゆえに、あの淡いブルーの水は、この辺りでは、聖水と呼ばれていた。
あれは、飲んでたちまち、健康になる様な、ものではない。
栄養剤のようなものにしてあるため、「聖水を飲むと健康になる。」とは、すぐに結びつかず、神に供えた、神聖な水だから、ありがたい。
気のせいか、元気でいられる。
程度の物として扱っていた。重良いしは、しなくても、神からの、贈り物だと喜んでいるのも、事実であった。
だから、この村では、健康な人が多く、滅多に医者は、必要が無かった。
医師が、必要なのは怪我の時だが、これもまた、修道院へ行き、神に祈りを捧げれば、翌日には、半分くらいは、治ってしまうと言う、不思議な現象が、おこることもしばしばで…。
これは、夜中、村が寝静まってから、マリアが、怪我人のところまで行き、窓越しに、外から治癒の唄を歌っているからなのだが…。
病気や怪我が、 完治してしまう、完全治癒の唄では、無いところが、みそである。
だから、今のところ、誰かにバレたりは、していない。
村では、いつからか、「眠らないと治らない。」と、言われているくらいだ。みんな怪我をしたら、本人も家族も寝てくれいる。
『なんて非現実的な…
そんな現象を疑いなく信じて寝るなんて…
お人好しが、過ぎる村人だ…』
何だか、心配になるのは、ゆみである。
さて、今日の、配るための、聖水を作ったマリアは、修道院に置いておく瓶と、持ち歩く用の瓶に詰めわける。
聖水も、水である為、持ち歩るける量は、マリア達だけでは、限度がある。
そのため、修道院近くの人は、自分で、自宅の水差しなり、瓶を持ち、取りに来てくれる。
持ち歩いて、運び配るのは、修道院から遠い、特に高齢者のいる家である。
力のあるコウダと、ジャスミンと3人で、行くのが日課になっている。
ユーリは、幼い2人の面倒をみながら、院長と修道院の掃除をして、洗濯をして、お祈りをする。
村を回って帰れば、昼くらいになる。
そのため、昼食用に、聖水を届けている途中、すれ違った村人が、くれた野菜や、近くにある小さな森の入口辺りに、立ちより、薬草やハーブ、山菜などを摘んで、持って帰りる。
昼食も、朝と同じ質素な食事だから、淡いブルーの聖水は、欠かさない。
昼を食べた後は、修道院の庭にある、野菜畑へ行く。
この畑は、貧乏な修道院には、貴重な食糧だから、念入りに、世話をする。
水やりは、力仕事な為、コウダとマリアの仕事だ。
修道院の子供達は、みんな素直で、優しく働き者のいい子ばかりだ…。
本当に可愛い。もちろん容姿もみんな可愛い。
畑仕事が済めば、昼までに、片付けきれなかった、家事をする。
その後、少しの休憩をとり、子供達と遊び、夕食の支度をする。この遊びも、数や文字を巧みに使った遊びだ。
だからここの子供達は、年齢以上に賢い。もちろんこれも院長が、やらせている。
『院長、尊敬するわ〜。』
あ。マリアは元から尊敬してるのだが、ゆみがね。
遊んだ後は、夕食の支度。朝、昼より、一品おかずが増える程度に、少し豪華になる。
夕食にも、もちろん聖水は、置かれている。
夕食が済むと、お風呂は贅沢品であり無いため、体の汚れを濡らしたタオルで拭き、寝巻きに、着替える。
ちなみに、このタオルを濡らす水を聖水にすると、体が、お風呂に入ったように、ピカピカになってしまう不思議。
修道院では、村人には秘密で、これで、体を拭いている。ある意味贅沢…。
寝巻きに、着替えたあとは、各自の部屋で、寝るだけである。甘えたなリリスは、院長と寝ている。後はみんな男女の部屋に分かれ、子供達だけで、寝ている。
そんな、変わりばえのない、毎日を何をどうすることも出来ず、過ごしていたある日。
村に、見慣れない、兵士達がやってきた。
数人の兵士達は、横柄な態度で、修道院の場所を村人に聞き、修道院へたどり着くと、大声で叫びだした。
「ここに、治癒力のある娘が居るはずだ!すぐに出てこい!」
その叫び声を聞いたユーリは、ただ事でない様子に、すぐに院長室に向った。
幼い2人には、部屋に隠くれているように、言いつける。
その間も、数人の兵士の怒鳴るような、声が聞こえてくる。
祈りの間にある椅子が、手荒に、倒された音も聞こえてくる。
マリアは、聖水を配りに村を回っているため、今は、修道院には、居ない。
「早く出てこい!」
苛立った口調で、叫ぶ兵士の前に、院長が、出て行く。
「大きな声を上げて、何事ですか?
ここは、神聖な場所ですよ…」
静かに、されど、良く通る声で、向き合う院長に、兵士の中でも、大柄な1人が、づかづかと歩み寄り、院長の胸ぐらを掴み上げた。
「お前が、治癒力を持つ娘か?
娘と言われたから、もっと若いのを思っていたが…」
兵士は、不躾な視線を院長に向けながら、そう聞いた。
「いえ、私に、その様な力は、ございません。
そして、その様な力のある娘と言う方も、ここには、おりません。」
院長は、震えもせず、凛とした態度をとる。
「おい、ババァ!
隠しだてするのは、為にならないぞ。こちらには、ちゃんとした、根拠があり、こうして来ているんだ!」
イラだった兵士は、そういいながら、胸ぐらから手を離し、かわりに腰に付けていた剣を抜いた。
その剣を院長の首に当てる…
「もう一度聞く。
また、偽りを言うなら、命は無い。
治癒力を持つ娘は、どこにいる?すぐに呼んでこい。」
「そのような娘は、存じ上げません。」
下手な文章を読んでいただきありがとうございます。