誕生
「生きてる・・・?」
声を出してみたが自分の声がよく聞き取れない。
水の中に居るようなぼやけた声が聞こえてきた。
周りは薄暗く薄緑一色の世界が広がっていた。
しかも本当に液体の中のようだ。
それは自分の正面に同じように閉じ込められている人らしき物が見えた為であった。
よく目を凝らし辺りを見回すと、部屋一面に水槽が確認でき、中には割れて中身が無い物も見て取れた。
(さて、どうしたものか・・・いっそ同じように割ってみるか?)
腕力に自信は無いが何となくそう思って手を突き出してみると、少し抵抗が有ったものの
「ビキッ」
っという音と共に手が突き抜けた。
そして引っ張られる感覚と共に水槽の外に放り出された。
「ゲホッ・・・げぼぉえんkms」
息苦しさを覚えて咳き込むと同時に緑色の吐瀉物が床一面に広がった。
それにより息苦しさが無くなり深呼吸をしながら辺りを見回すとその部屋は近未来のSFに出てきそうな機械が所狭しと並べられオレと同じ緑の液体に満たされた水槽がいくつも並んでいるのが確認できた。
その中に浮いている人(?)が少しおかしい事に気づく。
人には無いはずの尻尾が見て取れたのだ。
裸体のそれはよく見ると見知った顔によく似ていた。
そして思い出される「一度"死んで"くれたまえ」の言葉
しかし、事実としてオレは生きている。
ただ、何となく理解は出来た。
(本当の意味での死ではなく、人として死ぬって事か。)
周りの水槽を観察しそこに浮かんでいる人だった者達を見る。
「てか、ここまで似てるって事はソックリさんて訳じゃなさそうだな。」
そしてオレは、その見知った顔の前に立ちよく観察をする。
鋭い爪が伸びた足にふくらはぎまでを覆うような毛。
下から1つ1つ確認するように視線を上げて行く。
そして顔まで見上げた時に目と目が合った。
その目線が俺の全身をみる。そして自分の全身を見る。
自分達の置かれた状況を悟り、笑顔で見つめ合ったと思った瞬間、水槽が爆発した。
ガラス片と共に緑の液体が噴出して来た為、思わず手で顔を覆うと中から出てきた奴の足が腹にめり込む。
蹴られた勢いに耐え切れず顔を覆ったまま後ろへ吹き飛び、俺が元々入っていた水槽へ強制帰還させられた。
「うぐぉおお・・・痛たた・・・くない?」
けして痛みが無い訳ではないが、痛みが少ない事に疑問を覚えつつも、つい人間の時の癖で腹を擦ってしまう。
そして腹を擦りながら水槽を出ると、そこには同級生のクラスメイトであるナツキが笑顔のまま立っていた。
その笑顔を見た瞬間、蛇に睨まれた蛙の様に体が固まって動かない。
そんな蛙なオレに対し、ゆっくりヒタヒタと近づいてくるナツキ。
固まって動けないオレを見据え凍りつくような笑顔でナツキが口を開く。
「言い訳を、聞きましょう。」
笑顔で毛という毛を逆立てたナツメがオレに死の宣告をする。
勿論、お互い裸のままで。
(ここの回答を間違えると非常に危ない)と俺の本能が告げている。
現状出来る最高の言い訳をする為に頭をフル回転させて考える。
だが、その時オレは何を思ったのか、言い訳より場を和ませる事を優先させてしまった。
「思ったより、胸小さいんだな。嫌いじゃないぜ?そういうの。」
サムズアップと共に自然な笑顔で言ってみたが、言った瞬間周囲の景色がものすごい勢いで左へ流れて行った。
どうやらハイキックを顔面にモロ食らったようだ。
場を和ませる為の軽い冗談のつもりだったのだが、和むどころか物理的に吹き飛んだ。
吹き飛ばされ壁へと激突する。さっきよりかなり痛くて、常人ならば確実に死んでいるだろう。
激突した顔を擦りつつ、焦点を合わせる為に頭を振って立とうとしてみたのだが・・・
「ふふっ・・・いつもいつも、貴方って本当に、人の神経を逆撫でするのが好きよね?」
ヒタヒタと近づく足音に危険を感じ俺は飛び起きた。
危険感知が鋭くなったのか、はたまた命の危機を感じる野性の本能か、自分でもびっくりする反応速度で飛び起きた。
そして、すぐさま辺りを見回しながらさっきとは別の言い訳を考える。
「ちょっと待て!お前も俺の裸を見てるだろ!ここは互いに・・・」
「食いちぎるぞ?」
俺が言い終わるのを待たずにドスの効いた声を発するナツキ。
やばい、同級生だから判る。コイツが本当に怒った時は口調が荒っぽくなる。
そして今がその本当に怒っている時だ。・・・というか食いちぎるって何を?
体の一部がこれ以上無いほど縮み上がってるんですが?
生命の危機を超える恐怖を感じた瞬間、俺の体は全ての防御を捨て飛び上がっていた。
「ごめんなさい!」
すかさず謝罪の言葉と共にナツキに対し平伏する。
いわゆるジャンピング土下座というやつだ。
無機質な鉄の床にジャンピング土下座とか、ただの人間なら膝が可笑しな形になるのだろうが、アレだけナツキに蹴られても大丈夫なのだから大丈夫だろう。
と言う確信があったがやっぱり少しは痛い。
「ふぅ・・・初めからそうして居ればいいのよ。
というか貴方、その体は何?」
そう言われて初めて自分の体の違和感に気付き身分を見る。
鱗の生えた表面と棘の生えた尻尾。
「なんだこれ?俺って何の獣人になったんだ?」
そう言って胸の前で腕を組むナツキを見る。
ナツキのはかなり判り易い。毛も尻尾も黄色と黒の縞模様+猫耳
猫科最強の一角に数えられるアレ。でもってこれって捕食者と捕食される者なダメパターンじゃね?
その恐怖がナツキと合わせていた視線を逸らさせる。そして見てはいけない物を見てしまった。
(あ、下は白いんですね。)
と思った瞬間には片手で首を捕まれ持ち上げられていた。
「貴方、今何処を見て何を考えたの?」
「綺麗な縞尻尾に見とれていました!決してやましい事は!」
本当はちょっと考えてました。
男のチラ見は女にモロバレという言葉を聴いた事があるが、どうやら本当らしい。
というか爪が首に食い込んで痛すぎるんですが。
(流石猫科だけあるって冷静に考えてる場合じゃないか。)
これはもう捕食一直線じゃないのだろうか?このままペロッといかれないよね?
そんな事を考えながらも、何とか脱出しなければと、もがいていたら俺の尻尾が意思を持っているかの様にナツキの腕に絡みついた。
「え?」
ナツキの顔に動揺が走ったと同時に首を掴んでいた手の握力が緩む。
すかさず手首を捻り、文字通り魔の手から逃れたオレはナツキから距離をとった。
首から軽く出血しているが今はそれ所ではなかった。
そして、辺りを見回した際に見つけた机に掛けてある布を手にナツキに飛びついた。
猫は驚くと一瞬固まる習性がある。猫じゃなく猫科のナツキにそれが効くかは判らなかったがオレはそれに賭けるしかなかった。
「ちょっと待って!キャッ」
布を手に襲い掛かってきたオレに対し、女の子の様に(実際女子なのだが)短い悲鳴を上げ身を縮こませたナツキはが押し倒される。
どうやら賭けは成功しナツキがオレを見ながら体を硬直させる。その隙を見逃さずそのまま押し倒しナツキを布で巻きつけていく。
ナツキがもがくが関係ない。俺の(息子の)命が懸かってる!
「ちょっと待てって言ってるでしょ!」
一瞬怯んだが、すぐに自分を取り戻したナツキは思い切り腹部を蹴り上げ、オレは天井に叩きつけられた。
背中を強かに打ちつけたが、それほど痛みは無かった。
のそのそと起き上がる俺を尻目にナツキは布の意味を悟り肌を隠すように羽織った。
これで俺の(息子の)命が当面の間保障されただろう。
「やっと夫婦漫才は終わった?」
まるで見ていたかの(実際見ていたのだろう)如くそう言いながら隣の部屋へ繋がる扉から入って来たのは、これまた同じクラスだったケイだ。
衣服をきっちり着ている所を見ると俺達より出るのがだいぶ早かったようだ。
しかし、服装はあからさまなショタ服だった。半ズボンて・・・。
そしてケイはナツキと違いここに来る前と殆ど変わらない姿で立っていた。
「ぉ?ケイ!お前は何に・・・」
「そんな事よりケイ君、その服はどうしたの?」
俺の言葉を遮りナツキがケイに問いかける。
夫婦漫才の件はスルーらしい。
頬が少し赤い気がするがこれは・・・デレ!?
いやいや、普通に裸を見られて恥ずかしいのだろう。
「ん?ああ、部屋を出た所に皆のロッカーがあったよ?」
「そう。」
ナツキはそれを聞くとそのまま隣の部屋へ消えて行った。
ケイは俺の方を向きながら首を竦める。
俺も服を着る為ケイに現状を聞きながら隣へ向かった。
「ボクの獣人はコレだよ」
ケイが一枚のカードを見せてくる。
カードには写真と名前、その持ち主が何の獣人かが書かれてあり
その下にバーコードの様な物が端から端までという簡素な物だった。
その獣人の部分を俺は見る。
「カッコウ?鳥の?」
「そうみたい」
「鳥って羽無いじゃん。」
「それは、ちょっと待ってね」
そう言ってケイは手を広げ、力んだ表情をすると腕全体が翼へと変化した。
普段は人型を維持出来るのか。それはそれで便利そうだな。
「つか、カッコウとかお前らしすぎて言葉が見つからない」
「え~?ボクらしいかな?もっと鷹とか隼とかの方が似合ってると思う・・・」
「それは無いわね」
ケイの言葉を被せ気味に否定しながらナツキが入ってきた。
ナツキに用意された服は白いシャツに黒いベストと黒のスラックスにトラの模様を思わせるチェックのネクタイか。
(ツンツン加減が増し増しですね。似合い過ぎですナツキさん。)
ナツキはオレを見ると蔑む様な表情になりツカツカと早足で近づいて、そのまま思いっきり腹を殴られた。なぜに・・・
と思ったらオレはまだ裸だった。
ナツキに「早く服着なさい。」と目で急かされて慌てて自分の名前が書いてあるロッカーを開けた。
中に入っていたのは作業着の様なツナギだ。
というかオレの実家に有るはずのオレの服だった。
ナツキの目が怖いので急いで服に袖を通す。
てか、自分の私服がロッカーに入れられていると言う事はナツキのカッコウもそうなのだろうか?
男装趣味でもあるのだろうか?言ったら地獄を見るだけだから言わないけど。
「あ、何処かポケットにカードが入ってると思うよ」
ケイがそう言って自分のカードをヒラヒラさせる。
オレとナツメはポケットをまさぐると、オレのそれは胸ポケットに入っていた。
ただ、オレの方にはカードともう1枚紙が入っており、その紙にはこう書かれていた。
『その服は光学迷彩仕様にして有ります。
首の襟裏に切り替えのスイッチが有りますので誤使用無き様お願いします。』
と書かれていた。
(光学迷彩?てか、そんな未来素材が発明されたなんて話聞いた事無いぞ?やはり獣人世界は科学水準がかなり高度に発達しているようだ。)
それよりも、今はオレの種族だ。
俺が紙を読みながら思案している間にナツキも見つけたらしく「やっぱりトラね。」と言っている。捕食者らしい。
オレも、自分の種族を確かめる為にカードを見た。
「お、あったあった・・・って・・・」
流石のオレもこれは予想外だった。
固まるオレの後ろからナツキとケイがカードを覗き込むとケイはかなり微妙な表情をし、ナツキは笑いを堪えるかのような表情を作った。
そして二人は固まるオレに言い放った。
「カメレオンって・・・ガイっぽいよね」
「ガイ、貴方そのままね」
2人が発する肯定の言葉はオレの悲鳴にかき消された。