人気少女漫画家と転生の予言
――魔法が、使えたらなぁ……。
きっと誰もが、一度はそう望む。
疲労か羨望か、ため息と共に口にする。
物語の中の魔法使いや魔女達のように、鮮やかに、驚きに満ちた世界を作りたい。
大きな力を持って偉大な事を成し遂げたい。
ささやかな魔法を使って、日常の雑務を一掃したい。
そんな事を考えるくせに、地球の人々は言う。
魔法なんてない、と。そんなものは、非科学的だ、と否定する。
……実を言えば、地球でも魔法は珍しい存在ではない。
誰一人、気づいていないが、魔法を使って仕事で大成功している者もいる。
そう、魔法使い本人ですら、気づかないまま……。
◇◇◇
空が白み始める。暗闇に包まれていた室内も、薄ぼんやりとした光に照らし出されてゆく。外では、鳥たちが姦しく朝を告げている。
「……んーぅ」
窓の前のデスクに突っ伏していた影がもぞもぞと動いた。
もそりと顔を上げた拍子に毛布がずり落ちて、ボサボサの黒い長髪が現れる。その顔は蒼白で、クマがくっきりと浮かび上がっている。
彼女は目をこすりながら、右手を椅子の下へとふらふらと彷徨わせた。そして、なんとか落ちた毛布をつかむと、改めて身体に巻きつけた。そして寝起きの霞む目で、億劫そうに時計に目をやる。
――まだ、大丈夫
小さく頷くと、彼女は二度寝という至福の闇に身を任せようと瞳を閉じ……、跳ね起きた。
「来たっ!」
その瞳はさっきまでとはうって変わり、爛々と輝きを放ち、獲物を狙う肉食獣のようだ。
デスクの上のペンをひっつかみ、紙を引き寄せて、すごい速さで紙を文字とイラストで埋め尽くしていく。
見目の良い男性たちが、どんどん描かれていく。そして、最後に一人の美少女。更に、彼らの人間関係を図で表していく。
彼女が描いているのは漫画の設定資料。名前は九護 薫。今、人気の少女漫画家だ。
薫は夢中になって描いていたが、ふと顔を上げれば、二時間近く経っていた。両手を組んで上へ伸ばし、ぐいっと後ろへ体をそらす。
長時間かがみ込んでいたため、肩もガチガチだった。左右の肩を交互にグリグリと回しながら、考え込むように呟いた。
「んー、ロングで白かぁ……」
薫は一枚の紙を見つめて、悩み始めた。
視線の先には一人の少女のイラスト。黒と白のイラストだが、彼女の脳裏には、瞳と同色の艶やかなエメラルドグリーンのドレスを纏い、赤みがかったブロンドの髪を日差しにきらめかせた少女の姿が鮮やかに浮かぶ。そのアーモンド型の切れ長の瞳は、ドレスよりもより澄んだ色合いで、知性と静かな決意で輝いている。
名前はアメリア。
男性優位の世界で、彼らに負けない強気な才女。
彼女なら魅力的なヒロインになれるだろう。
だが、ここで問題が一つ。
それは前作の主人公との類似点だ。腰まで伸ばされた波打つ白い髪、似たような形のドレス。たった二つの共通点。
それが締め切り間近の徹夜明けにおよぼす影響を思って、薫の背筋に冷たいものが走った。
半覚醒状態から目覚めれば、目に入るのは慣れ親しんだ前作の主人公のイラストの数々……。
薫は気を取り直し、アメリアの絵に目をやった。だが、どうしても彼女のイラストに手を加える気がしない。髪型も服装も、手を出そうものなら、アメリアにキツく睨まれるような気がしてしまうのだ。どうやら彼女のことを、かなり気に入ってしまったようだ。
次回作に回して、今回はまったく違う作品を描くことも考えた。
だが、久しぶりに降ってきたアイデアだ。なかなか、と言うより、全く次回作についていいアイデアが思いつかないでいただけに、また今度、と先送りにする気にもなれない。
先ほどの勢いから反転。薫は頭を抱えて鬱々と悩み始めた。
そしてふと、先程見えた映像の片隅に、幾度か現れた影の薄い少女を思い出した。影が薄いといっても、”重要じゃないから”目立たなかっただけで、静謐な雰囲気を漂わせた美少女だ。
背中を覆うように伸びた紫の髪と、髪色より淡い色合いの瞳。シンプルで清楚なドレスがよく似合う、儚げな少女。
しばし悩んだ末に、この少女を主人公にしようと思いつく。一瞬、デザインだけ変えればいいとも思うが、彼女には全く手を加えないと、もう決めていた。そのままで、ヒロインの親友にでもしようと、頭の隅にメモをしておく。もしかしたら、スピンオフで主役にできるかもしれない。
「でも、この紫の子の事、”知らない”んだよなぁ……」
薫は口元に手をやり、ボソリと呟いた。こういう物言いはもう、癖になっていて、治りそうにない。
担当の編集者にも、よく指摘されるのだが。まるで、作品を創作しているのではなく、知った事実を記録しているようだ、と。
薫は紫の少女に”視線をやり”、じっと見つめ続ける。そうすれば、いつも詳細が”よく見えてくる”のだ。
薫は見えてきた少女の名前や性格をメモしつつ、主人公にするために少しづつ訂正を加えていく。考えては消し、消しては考え込む。先程の男性キャラたちと、世界観をメモしたのと同じだけの時間をかけて、どうにか少女のキャラクターを作り上げていった。
◇◇◇
――それから、時を経て。ところ変わって、ある異世界でのこと。
赤みがかったブロンドの少女が、幼馴染の美しい少年をぼんやりと見つめながら呆然と呟いた。
「嘘……、あの『漫画』の……?」
唐突に前世の記憶を思い出し、アメリアは大いに混乱した。
自分はもちろん、周囲の人々が漫画の登場人物たちと、性格も立場も同じだったからだ。だが、それ以上に困惑したのは、漫画とことなる性格の違いや人間関係だ。
紫の髪の少女――漫画のヒロインなど、その最たるものだった。
いや、清楚で可愛らしく、少し内気で妖精のような性格は、そのままではあったのだ。
だが、その根本に感じられた、確固たる信念や、価値観はどこにもなく……。
大好きだった芯の強いヒロインが、ただの世間知らずの箱入り令嬢だった衝撃は、死ぬまで忘れないだろう。
だが、漫画にあったとおりに事件が次々と起こり、事件解決に立ち向かうイケメンたちが次々と現れるめまぐるしい日々に、漫画の信憑性への疑いは忘れてしまった。
だから、彼女は紫の少女と幼馴染が結ばれることを疑わず、決して叶わないであろう恋に胸を引き裂かれるような思いをしながら、数年を過ごすことになる。
事件の渦中で、なぜ自分がここにいるのかと、首を傾げながら。
彼女は幼馴染との結婚式当日まで、内心、首を傾げ続けていた。
◇◇◇
その日、人気漫画家の薫はのんびりと近所を散歩していた。今日はそこそこ身だしなみを整えている。
染めていない黒い長髪を髪留めで簡単に一つにまとめ、一目惚れして買ったワンピースにパーカーを羽織っている。漫画の連載も無事に終わり、春の日差しに目を細め、そこかしこで咲いている名も知らない花たちを眺めながらゆったりと歩を進める。
そんな彼女――というか地球上の生き物すべて――には見えていないが、辺りには魔素が満ちていた。他の世界に比べれば濃度は低く、人間が魔法を使えるほどではない。
だが、魔素は生物・無生物に関係なく、彼らの”世界に存在しようとする意思”に反応し、魔力を発生させる。その魔力が、彼らの存在を保つ一助となる。花が花の形を保てるように、小石が小石の形を保ち、崩れないように。
それは呼吸で酸素を得て、命を保つのと同じように、無意識で行われていた。
その魔素は、魔法さえ使えれば、人間に様々な情報を教えてくれる。
過去・現在・未来に関係なく、様々な情報を、だ。
とある異世界では、論文にこうある。魔素の一つひとつに、何かしらの情報が記録されている。それらは異世界間の境も、時間も関係なく、海の潮流のように循環しており、その情報を読み取るのが”占見魔法”だと。
また別の異世界で主流の説はこうだ。異界間の境に関係なく、全世界の全ての知識が集まった神々の図書館のような存在があり、魔素はそこの知識とリンクすることができるという。
そんな世界の仕組みなど知りもしないで、今日も薫はそれと知らずに占見魔法を行う。そして、ある異世界の過去と未来の情報を得た。
「来たっ!」
薫は目を爛々と輝かせて、すぐそこの小さな公園へと急ぐ。ベンチに座り、ポケットの中のメモ帳とペンを取り出すと、猛スピードで筆を走らせ始めた。
◇◇◇
――またまた、ところ変わって、聖女や騎士のいる異世界にて。
栗毛の少女は怒り、困惑していた。
何故、こんなにも上手くいかないのだろう? ここは、前世で読んだあの漫画とは違う世界なのだろうか?
様々な事件は無事に解決している。彼女の聖女としての地位も揺るぎない。
けれども、問題はそこではない。
漫画で自分と結ばれるはずだった王子は、隣国の姫君と恋に落ちた。
幼馴染は私に片思いしているはずなのに、仕事場の地味で本好きな少女と結婚した。私のことは妹くらいにしか思っていないらしい。
王子と喧嘩しながら、常に私を口説いてくるはずの騎士様は、何故か私のツンデレ侍女ばかり口説いている。
そして、私になついてくれるはずの年下伯爵は、隣国姫君になついている。
「『逆ハーレム』は! 何処にいったのよぉおおおおっ!!!」
だんっと、果実酒の入ったグラスを机にと叩きつけるその目尻には、光るものがある。
浮かれて漫画を盲信した、数年前の愚かな自分が恨めしくてたまらないのだ。
美形の王子が、自分の事を好きになるのだと思えば、恋に落ちるのは早かった。相手も思いを返してくれるという確信があれば、何処までも思いは募り、結果、失恋した自分がここにいる。
「……ふぇええっ」
グラスの中身は、まだ半分以上が残っているのにも関わらず、酔いが回ったようだ。彼女は机に突っ伏して、とうとう泣き始めてしまった。
ところが、そんな彼女の頭をそっと撫でる、優しい手が現れた。一人きりだったハズの聖女の私室に突然現れた存在に、彼女は慌てて顔を上げた。
そこにいたのは、全身をすっぽり包むフード付きのローブを羽織った一人の青年。その顔の上半分はシンプルな黒い仮面で覆われている。仮面舞踏会用にしては地味なデザインだ。
だが彼女の目を奪うのは、下半分だけでも十分に整った顔立ちを思わせる、優しく笑んだ口元だ。仮面から覗く瞳にも優しさが滲んでいるように思えた。
「聖女様から、孤児院に寄付を頂戴していこうと思ったのですが……」
泣いている女性を放っておく訳にもいかないですからね、と困ったように笑う声は何処までも優しくて……。彼女は酔いにまかせて彼に抱きつくと、気が済むまで泣き続けた。
そんな彼女に付き合って、いつまでも彼女の背中をあやすようにぽんぽんと叩く彼は、やはり優しいのだろう。
しばらくの間そうしていたが、泣きはらした聖女は彼に待つよう言うと急ぎ足で金庫に向かい、戻ってきた。
聖女に「足がつかないように」なんて気遣いを受け、宝石ではなく金貨を山ほど渡されてしまった青年は、苦笑しながら窓からするりと帰っていった。
彼女は知らない。
薫が漫画にする際に、冒険だけじゃ面白くないと、聖女と王子たちとの恋を捏造したことを。
また、キャラデザインを変え、聖女と義賊の恋物語ではなく、姫君と義賊の恋物語として自分の物語が紡がれていたことを。
けれども、数年後の彼女にとって、その事実は些細なことになる。
聖女をやめた町娘と、義賊をやめた商人の夫婦は、とても幸せだったのだから。
◇◇◇
そして、今日も漫画家の薫は次回作の構想を練ると言いながら、占見の魔法を使う。
「来たっ!」
ペンを勢い良く走らせる彼女は知らない。
占見魔法を使う者は、ほとんどの異世界で希少な存在だということを。
なぜなら、普通の魔法の使い方とはまったく異なる技術を使うからである。
多くの世界で一般的に普及している魔法は、人間が存在を保つために魔素を使う無意識の行動の発展形だ。つまり、魔素に意識的に働きかけ、イメージした事象を形作るのが魔法なのだ。
それに対して、占見魔法は魔素から情報を読み取るという、全く違った技術がいる。
しかも、生まれつき素質がなければ使えない魔法だ。デジャブや虫の知らせなど、そういった経験が多いものは素質があると言われている。
しかし実を言えば、この地球には占見魔法の使い手は多い。実力はピンキリだが、数だけはいる。
自分という存在を安定させるのにギリギリの魔素しかないこの世界では、魔素の量を必要としない占見魔法使いが多く生まれるのは必然なのかもしれない。
ちなみに薫はしょっちゅうデジャブを感じている。嫌な予感がする時は、常に対策を取って――懸念を抱いても、根拠もなく「大丈夫」と否定するモブは、次の瞬間死ぬのよ! とは彼女の持論だ――無事だ。
薫を含め誰も知らないが、彼女が描く漫画の殆どが占見魔法によるもので、ファンタジーでも学園モノでも、SFでも、幅広く描く。
筆が止まっても、じっと焦点を当て続ければ、細かい人間関係や心理、未来が詳しく見える。
これが異常な事だとは、この地球では誰一人指摘することができない。
占見魔法で、異世界の情報を得る?
曖昧な情報しか得られないハズの占見魔法で、集中すれば詳細を知ることができる?
意識しなくても占見魔法で危険を回避できる?
しかも、予言を書に表すという大魔法をほぼ一年中使い、仕事にしている?
こんなことを魔法が発達した世界で言えば、馬鹿にされ、嘲笑されるのは間違いない。占見魔法は、そこまでコントロールがきく魔法ではない、というのが一般的な認識だ。
ちなみに、地球にいる占見魔法の使い手たちだって、見えるのはほんの断片のみ、というのがほとんどだ。作家や漫画家となった彼らの作品は、見えた世界観やキャラクター、起きる事件などをもとに、あとは自分で創作しているにすぎない。
そして、需要に合わせて今日も予言に手を加え、異世界転生者予備軍たちに間違った予言の書を提供し続けている。
◇◇◇
とある異世界で、今日も転生者という名の、新たな被害者が癇癪を起こしている。
「なんでっ、こうなるのよーっ!!」
――完――
占見魔法は造語です。
児童文学で有名な某魔法学校では、予言は魔法のくくりだったから、魔法で良いかなと。
分かりづらかったら、すみません。