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覚醒

僕は地平線を走っている。

 手がかりはないがじっとしていられなかった。

 何だろう?感じる。

 三人の居場所が僕の頭の中に浮かんだ。

 そこの場所は見覚えがある。

 港の倉庫だ。

 ここからなら走っていける距離だ。

 僕は港の倉庫まで走って向かった。

 到着して、恐る恐る倉庫の中を裏口からかいま見ると、いかにもヤクザな連中が何人もいた。

 その中に縄で拘束されている麻美と真奈美さんの姿があった。それに傷だらけの孝さんまでいた。

 麻美と真奈美さんはともかくどうして孝さんがいるのか疑問に思った。

 それよりもどうすれば良いのだろう。

 僕が一人で立ち向かったって勝てないし、捕まりに行くようなものだ。

 でも何とかしなければならない。

 考えるように言い聞かせるが、何も思いつかない。

 無力な自分に嫌気がさしてくる。

「俺の事は良いから、この二人を見逃してくれないか?」

 孝さんがヤクザ達に訴える。

「何言っているんだよ」 

 と罵りながら倒れ込んでいる孝さんに思い切り蹴りを入れる一人のヤクザ。

「お前みたいな男に何の価値もないんだよ。この二人は海外で売れば良い金になるんだからよ」

 そこで真奈美さんが、

「私の事は良いからその人を見逃して」

 と真摯に訴えかける真奈美さん。

「じゃあ金返せよ。とっくに返済期限は過ぎているんだからよ」

 憎たらしい笑みを浮かべて真奈美さんに言うヤクザの一人。

 真奈美さんを見ていると辛そうな表情をしていた。

 きっと身ごもっている為、無理な拘束をされて辛いのだろう。

 そんな真奈美さんが心許ない。

 真奈美さんには幸せになって欲しい。

 真奈美さんは今まで辛い目に遭ってきたのだから、その分幸せになって欲しいと言うのが僕の心からの願いだ。

 だから・・・だから・・・。

「やめろー」

 何を血迷ったのか?僕は大声を上げながら真奈美さんと麻美と孝さんのところに駆け寄った。

「何だてめえは?」

 ヤクザは数えて五人くらいで僕に勝ち目などない。

 どうやら僕は真奈美さんが辛そうにしている姿を見ていたたまれなくなって駆けつけたみたいだ。

「レイジ、何をやっているんだ」

「孝さん」

 ヤクザに傷つけられたのか?体中傷だらけだ。

「お前が来たってどうにもならねんだよ」

 確かに孝さんの言うとおりだ。

 真奈美さんに目を向けると真奈美さんは顔中に汗をかいて目を閉じて辛そうにしている。

 そんな真奈美さんに麻美は心配そうに寄り添っている。

 僕はヤクザの連中の前で土下座した。

「お願いです。僕の事はどうでも良いですからこの三人を見逃してください」

 すると連中のボスらしきヤクザが、土下座している僕にしゃがみ込んで僕の目をのぞき込んで言った。

「小僧のお前に何の価値もないんだよ。価値があるのは女のこいつらなんだよ」

 そう言って麻美と真奈美さんの方に指を指した。続けて、

「この小さいのはガキの割には結構な上玉だし、妊婦の方もかなりの上玉だ。海外にでも売って借金を返済して貰わなきゃな」

 そんな時、真奈美さんが苦しそうに喘いだ。そこで麻美が、

「真奈美さんしっかりして」そう言って麻美はヤクザ達に訴える「私は風俗でも海外でも売り飛ばして良いから、真奈美さんだけでも助けてあげて。真奈美さんはお腹に子供を身ごもっているの。このままじゃ流産してしまうよ」

 と麻美は泣きながら訴える。

 するとヤクザのボスらしき人は高らかに笑いだした。

「良いよ良いよ。泣かせてくれるじゃないか。誰かの為に自分が犠牲になって助けたいって気持ち」そう言って立ち上がって「何かムカつくんだよ」そう罵りながら土下座している僕の頭に蹴りを入れた。

 すごく痛い。一瞬自分だけ助かりたいと言う気持ちに支配されそうだったが、僕の心の奥底にあるみんなに対する気持ちが打破してくれた。

 僕はそんな悲しい人間にはなりたくない。

 そして僕はヤクザのボスに視線を向けた。

「小僧、良い目をしているな。ついでに教えてやるけど俺もお前等みたいに家族から見捨てられて施設に送り込まれた人間だったよ。そこには最悪な人間しかいない地獄のようなところだったよ。それで気がついたら俺はこんな悪者になっちまったけどよ」

 僕は正直こんな奴の身の上を聞かされて気持ちは分かったが同情する気にもなれなかった。

 でも僕たちと同じ境遇にたたされた人間なら僕の用件を聞いてくれるんじゃないかと期待して僕は言った。

「じゃあ、頼むからこの人達を助けて下さいよ。僕の事は良いから・・・」

 そこで麻美が口を挟んだ。

「私も良い。だから真奈美さんだけでも見逃して」

 するとにやりと唇の端をつり上げて言う。

「どうしようかな?」

 ヤクザのボスがそう言うと、子分達がいっせいに笑い出す。続けて、

「何かお前等見ているとムカついてくるわ。愛だの友情だの」

「・・・」

 僕はこれ以上ヤクザに何を言って良いのか分からない。

「流産ねえ」

 そう言ってヤクザのボスは倒れ伏している真奈美さんの前に立った。続けてヤクザのボスは、

「流産するなら、そうしな」

 と罵りながら真奈美さんのお腹を思い切り蹴りあげた。

 真奈美さんは言葉も発せないまま気絶して、もはやそれを見ていた孝さんは我を忘れてヤクザのボスに立ち向かった。

「野郎」

 するとヤクザのボスは孝さんに銃口を向け放った。

 孝さんは両足を撃たれ、地面に伏した。

 追い打ちに両肩にも発砲した。

 僕は信じられなかった。

 これは現実なのだろうかと。

 麻美は「孝さん。真奈美さん」と泣きながら叫んでいた。

「ボス、男の方は金になりませんが、女の方を死なせてしまったら金にならなくなりますよ」

 子分のヤクザがそう言った。

「それもそうだな」

 そう言ってヤクザのボスが笑い、子分達も高らかに笑いだした。

 僕はもう許せないと言う範疇を越えて、体がガタガタと震えていた。

 こんな気持ちは生まれて初めてだ。

 こいつらを全員殺してやりたい。

 生きているのが辛くなるほどの地獄を味らわせたい。

 僕の憤りが膨れ上がる度に胸が燃えるような熱さにさらされた。

 熱い。許せない。こいつらを生かしておきたくない。

 僕はおもむろに立ち上がり、その瞳の視線をヤクザのボスに向けた。

「何だよその目は。お前達が悪いんだからな。俺にそんな嫉妬するほどの友情ごっごを見せつけたからよ。わりぃな、何かしゃくにさわっちまってよ」

 再び笑う。

「何がおかしいんだよ」

 僕は上擦った声でそう訴えた。

「ああん?」

「何がおかしいんだって聞いているんだよ」

 そう僕が叫んだ瞬間、僕は白い炎のようなものに包まれた。

「何だ?」「何が起こった?」「何なんだいったい?」などヤクザの連中はうろたえていた。

 自分でも分からなかった。どうして僕はこんな姿になっているのだろうと。いったい僕に何が起こったのか?

「構うか」

 ヤクザの連中が僕をめがけて発砲した。

 だがその玉は僕を包む白い炎が打ち消してくれた。

「クッ」「何だこいつは?」などとヤクザは相変わらずうろたえながら僕に向けて発砲する。

 だが先ほどと同じく玉は僕を包み込んでいる白い炎が打ち消してくれた。

 僕は無傷なままだ。

 僕はこの力を知っていた。


 この力は僕のビー玉みたいな水晶玉のホーリープロフェットだ。


 なぜ知っているかは分からない。

 でも言えることがある。

 僕は無力な人間じゃない事だ。

 僕は真奈美さんや孝さんや麻美にひどいことをしたことに許してはいけない。

 僕は運命を司るホーリープロフェットの使者。

 僕の大切な仲間を傷つけた者達に聖なる判決を。

 そう僕は思って無駄だと言うのに僕に発砲してくるヤクザの連中に片手を上げてこう言った。


「愚かなお前達にふさわしいジャッチを発動する」


 すると一瞬何が起こったのか?気がつけばヤクザ達は硬直していた。

「何だ?」「何が起こったんだ?」など。ヤクザ達はうろたえていた。

 そして僕はなぜかわずかながらの数秒先の未来が見えるようになっていた。

 ヤクザ達は僕に銃口を向ける。

「脅かせやがって」「お前は死ぬんだよ」など。

 僕が未来と言う単語を思い浮かべるともう心配はいらないと気絶している真奈美さんと孝さんのところへ駆け寄った。

「何シカトしてやがんだこの野郎」

 ヤクザのボスが僕にそう罵って銃口を向けた。

 すると。


「そこまでだ大内和義」


 そんな賢そうな声が聞こえてきて、倉庫に二十人ぐらいの警官達が中に入ってきた。

 そう僕は連中の未来を見て、こうなることを予想していたのだ。

 これは涙先生が呼んできてくれた警察達だ。

 僕が物心つく前から持っているビー玉サイズの水晶玉を握りしめながら、その人の数秒先の未来が見える。

 なぜ僕はその事を知っているのか?

 こんな力を持っているなら僕はみんなのことを守る事が出来る。


「あなたには使命がある。だから旅立つのです」


 どこからかそんな懐かしい声が聞こえてくる。


「旅立つってどこへ?」


 僕は聞いてみる。


「行き先はあなた自身で決めるのです。ただそれだけで良いのです」


「使命って何?」


「あなたの守りたい人を守るための旅です」


 目覚めたところは僕の部屋だった。

 まどろんだ瞳にまぶしい光にくすぶられ僕は目覚めた。

「レイちゃん」

 そう言って僕を抱きしめてくれたのは麻美だった。 

 そこで僕は恐ろしく心配していたことを思い出した。

「麻美、真奈美さんと孝さんは?」

「孝さんは命に別状はないってお医者様は言っていたけど」

 麻美の言葉が止まって僕はとりあえず孝さんが無事だった事に安心した。でも僕は真奈美さんがどうなったか?麻美に聞いて見ようとしたが僕は恐ろしくて聞くことが出来なかった。

 麻美は真実を知っている。もしその真実が残酷なものだったらどうしようと懸念した。

 とにかく僕は最大限の勇気を振り絞って真奈美さんがどうなったか聞こうとしたが、やはり出来ず、僕は真実を自分で確かめようと、真奈美さんと孝さんが入院している病院へとチャリンコで向かった。

 涙先生に聞いたところ、二人がいる病院はここからチャリンコで十五分の所だ。

 地面は凍結されているためチャリンコで向かうのはちょっと無理があったので僕は途中でチャリンコを乗り捨てて走って向かった。

 そう言えば真奈美さんの事が気が気でなくて忘れていたが僕はどうして眠っていたのだろう?

 それに僕にあんな力があったなんて。

 麻美はそんな僕を見ていたがどう思っていたのだろう?

 でも僕はそれでみんなのことを守ることが出来たんだけど、真奈美さんと孝さんは。

 孝さんは無事だと聞いている。

 真奈美さんも無事であることを僕は祈るしかない。

 そう思いながら僕は二人がいると思われる病院へと向かった。


 病院に到着して僕は受付に、

「多田真奈美さんと田村孝さんは無事ですか?」

「はい。多田真奈美さんと田村孝さんですね」

 僕は部屋を案内され、まず真奈美さんの病室に向かった。

 真奈美さんの部屋に入って真奈美さんはベットから体を起こしていたことに僕は不安の糸がぶっつりと切れたように安堵の吐息がこぼれ落ちた。

「真奈美さん」

「レイジ」

「真奈美さん」

 もう一度僕はそう言って真奈美さんに抱きついた。

「麻美から聞いたけど、あんたが助けてくれたんだってね」

 そんな事はどうでも良く真奈美さんが無事であって僕は本当によかったと思っている。

「でもレイジ」

 真奈美さんが何やら深刻そうに話始める。

 僕はその話を聞いて非常にショックに思えた。

 それはお腹の中にいた新しい命は死んでしまっていたみたいなのだ。

 これからその手術をすると言っていた。

 僕は病室の廊下に立ち尽くして悔しさでいっぱいだった。

 あまりの悔しさに僕は怒りに翻弄され壁を思い切りその拳で叩きつけた。

 どうしてだよ。真奈美さんはただ幸せになりたいだけなのに。

 奴らはあざ笑いながら、孝さんや真奈美さんや麻美にひどいことをした。

 悔しさのあまり、僕はまたその拳を壁に叩きつけようとしたところ。

「レイジ」

 僕を呼ぶ車いすに座った孝さんだ。

「孝さん」


 立ち話も何だからと言って僕は孝さんの後をついて行って辿り着いた先は病院の屋上だった。

「話は麻美から聞いたよ。聞いたときは信じられなかったけど、お前不思議な力で俺たちを助けてくれたみたいだな」

「・・・」

 確かにそうだが僕は真奈美さんに宿っていた新しき命を守ることが出来なくて申し訳なく返す言葉もなかった。

「そんな顔するなよ。お前は聞いたんだな、真奈美の事」

「僕は守る事が出来なかった。ごめんなさい」

「お前のせいじゃない。むしろお前に助けられて俺達は感謝しているよ」

「どうして僕達がこんな目に遭わなくてはいけないの?僕達は今までにさんざんひどい目に遭ってきたのにどうして」

「残念な事にさわらぬ神にたたりなしって言うけど、現実は滑稽なことにさわらなくたって神はたたるんだよ。俺たちはその現実にどう切り抜けて行けば良いのか考えるしかないな」

「そんなの理不尽だよ」

「そうだよ。お前の言うとおり理不尽な世の中なんだよ」

「・・・」

 悔しいが孝さんの言っていることはモットーだと思って僕はそれ以上何も言えなかった。

 冬の季節の冷たい風が僕たちを包み込む。

 孝さんはどこか遠くを見つめ僕に言った。

「俺は真奈美とまたやり直すよ。俺は真奈美を絶対に幸せにする」

 孝さんの決意は心の底から信じられる。

 孝さんなら真奈美さんを幸せに出来ると僕は信じる。

 だから僕は念を押して孝さんに言う。

「孝さん。真奈美さんを幸せにしてあげて下さいよ。もしそれが出来なかったら僕は許しませんから」

「任せておけ」

 普段あまり笑わない孝さんが笑顔でそう答えた。


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