姉の登場
クァルトに手を引かれたラミィは、十年ぶりに池の前に立っていた。
国守竜テュクティエを祀る祭壇の上に置かれたガラスの箱の中で、秘宝テュクティエは十年前と変わらぬ輝きを放っている。
ラミィはその美しさに見惚れた。
神々しさすら感じられるこのティアラを、こうして再び目にすることができるなんて――。
「ごめんなさい、ルト。わたし、どうして忘れてしまっていたのか……」
忘れようとしても忘れられない、それくらい大事なことだったはずなのに。
「十年も昔のことだし、まだほんの子どもだったんだから、仕方ないさ」
クァルトが気遣うように優しく言う。
今なら、何故、クァルトが今回の婚礼を中止したかったのかがわかる。
クァルトの婚礼の相手は、ラミィであるべきだった。
そのとき。
「お―――ほほほほ! どうやら全て上手くいったようね!」
神秘的な空間にそぐわない高笑いが響き渡った。
「ラニーお姉さま!」
ラミィは突然現れた華やかなドレス姿の女性を見て、驚きの声を上げた。
彼女は何故か、その後ろに、クァルトを追ってきたと思われるファニア国王の親衛隊を従えている。
「ラニー姫……」
クァルトが、明日、自分と婚礼を挙げることになっている相手の姿を見て、目を瞠る。
「どうしてこんな場所に!?」
「どうして? どうしてもこうしてもないでしょう。今回の一件、私はいい面の皮なのだから、せめてその秘宝くらい見せてもらわないと割に合わないでしょう」
「いい面の皮……?」
ラミィはわけがわからず、姉を凝視する。
ラミィは昨夜、姉から
「どうしても嫁ぐのが嫌になったの。かくなる上は、この命を代償としてでも、婚礼を行わないつもりよ」
と告げられたのだ。
驚いたラミィは、早まってはいけない、となんとか姉を押し留めた。
「王家の秘宝さえなくなれば婚礼が中止になるのに」という姉の言葉を聞き、それなら自分がその秘宝を盗んでくるから、と言い残して城を出たのだ。
それが早朝のことだ。
「そうよ。可愛い妹と未来の義弟のために、素敵な計画を立ててあげたのだから、いくら感謝してもらっても足りないくらいよ!」
「計画? いったい、なにがどうなってるの……?」
ラミィにはちっともわからない。
「まあ、さすが私のラミィね。まぬけ面も可愛いわ。陛下、私のおばかさんで可愛らしい妹に説明していただけるかしら?」
ラニーが愉快そうに、クァルトに言った。




