国王陛下
「これだけ奥まで来たら、もう外に明かりが漏れる心配はないから。少し休もうか」
クァルトは何事もなかったかのように振舞う。
けれど、さっきの追っ手の声は、クァルトにも聞こえたはずだ。
ラミィは昨日見たファニア国王の姿を思い浮かべる。
遠くからちらりと見ただけだったけれど、その雰囲気や佇まいは確かにクァルトと似ているように思える。
「あの人たち、陛下って言ってた。まさか、クァルトがファニア国王……?」
ラミィがおそるおそる問うと、クァルトは肩をすくめ「まあね」とあっさり認めた。
「まあね、って……」
「俺の名はニール・ファニア。正式な名はニール・クァルト・エーティミカ・ファニア。クァルトという名は、親しい者にしか呼ばせない名なんだ」
ラミィの疑問に答えるように、クァルトが説明する。
「本当に国王?」
「そうだよ」
「明日サージェ公国の公女と結婚することになってる?」
「そうだね」
「そうだねって……」
ラミィは呆れて言葉を失う。
国王本人が自分の婚礼を中止にしたいとは、いったいどういうわけだろう。
「まあ、いろいろと事情があってさ」
「なんで? なんでサージェの公女と結婚したくないの? サージェの公女は……」
「ああ。別に彼女に問題があるわけじゃない」
「じゃあ、なんで? 納得いかないわ!」
思わずかっとなったラミィを、振り返ったクァルトが可笑しそうに見やる。
「なんで君がそんなに怒るの? 秘宝を盗めば、どちらにしても婚礼は中止になるのに」
ぐっ、とラミィは返事に詰まった。
確かに、そのとおりだ。
けれど、結婚の話を申し入れてきたのはファニア王国側のはずだ。
「あなたが国王なら、話がここまで進む前にどうにでもできたはずじゃない。なんでこんな直前になってこそこそとこんなことやってるの?」
「……心から申し訳ないと思ってる」
目を伏せ佇むこの青年が国王だとは、どうしても実感が湧かなかった。
けれどクァルトが本当に国王なのだとしたら、これまでのような言葉遣いは許されない。
「数々の無礼、お許し下さい」
畏まって謝罪の言葉を口にすると、クァルトが寂しそうに薄い笑みを浮かべた。
「謝らなくていいよ。それに言葉遣いも、俺は気にしない」
「でも……」
「今更だよ。俺の知っている君は、昔からそんな話し方はしなかった」
「え……?」
(クァルトがわたしを知ってる? どういうこと……?)
困惑するラミィを前に、クァルトがなにかを諦めるかのように息を吐いた。
「やっぱり覚えていない、か……」
小さく呟く声が耳に届く。
「覚えていないって……、わたしが?」
「いや、いいんだ。そろそろ行こうか。この奥にある道を使えば、テュクティエのある場所に出られる。追ってきた彼らもたぶん知らない道だから、安心して」
クァルトが会話を切り上げて、角灯を奥に向けてかざした。
「クァルト、でも……」
「あいつらが先にテュクティエにたどり着いたら厄介だ。急ごう」
ラミィの言葉を遮ったクァルトが、踵を返して奥へと進んでゆく。
「クァルト」
呼びかけるが、クァルトが足を止める気配はない。
ラミィは仕方なく、足早にそのあとを追いかけるのだった。




