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秘宝泥棒の婚礼  作者: yuri.
4/10

国王陛下

「これだけ奥まで来たら、もう外に明かりが漏れる心配はないから。少し休もうか」


 クァルトは何事もなかったかのように振舞う。

 けれど、さっきの追っ手の声は、クァルトにも聞こえたはずだ。


 ラミィは昨日見たファニア国王の姿を思い浮かべる。

 遠くからちらりと見ただけだったけれど、その雰囲気や佇まいは確かにクァルトと似ているように思える。


「あの人たち、陛下って言ってた。まさか、クァルトがファニア国王……?」


 ラミィがおそるおそる問うと、クァルトは肩をすくめ「まあね」とあっさり認めた。


「まあね、って……」

「俺の名はニール・ファニア。正式な名はニール・クァルト・エーティミカ・ファニア。クァルトという名は、親しい者にしか呼ばせない名なんだ」


 ラミィの疑問に答えるように、クァルトが説明する。


「本当に国王?」

「そうだよ」

「明日サージェ公国の公女と結婚することになってる?」

「そうだね」   

「そうだねって……」


 ラミィは呆れて言葉を失う。

 国王本人が自分の婚礼を中止にしたいとは、いったいどういうわけだろう。


「まあ、いろいろと事情があってさ」     

「なんで? なんでサージェの公女と結婚したくないの? サージェの公女は……」

「ああ。別に彼女に問題があるわけじゃない」

「じゃあ、なんで? 納得いかないわ!」


 思わずかっとなったラミィを、振り返ったクァルトが可笑しそうに見やる。


「なんで君がそんなに怒るの? 秘宝を盗めば、どちらにしても婚礼は中止になるのに」


 ぐっ、とラミィは返事に詰まった。

 確かに、そのとおりだ。

 けれど、結婚の話を申し入れてきたのはファニア王国側のはずだ。


「あなたが国王なら、話がここまで進む前にどうにでもできたはずじゃない。なんでこんな直前になってこそこそとこんなことやってるの?」   

「……心から申し訳ないと思ってる」


 目を伏せ佇むこの青年が国王だとは、どうしても実感が湧かなかった。 

 けれどクァルトが本当に国王なのだとしたら、これまでのような言葉遣いは許されない。


「数々の無礼、お許し下さい」


 畏まって謝罪の言葉を口にすると、クァルトが寂しそうに薄い笑みを浮かべた。


「謝らなくていいよ。それに言葉遣いも、俺は気にしない」

「でも……」

「今更だよ。俺の知っている君は、昔からそんな話し方はしなかった」

「え……?」


(クァルトがわたしを知ってる? どういうこと……?)


 困惑するラミィを前に、クァルトがなにかを諦めるかのように息を吐いた。 


「やっぱり覚えていない、か……」   


 小さく呟く声が耳に届く。


「覚えていないって……、わたしが?」

「いや、いいんだ。そろそろ行こうか。この奥にある道を使えば、テュクティエのある場所に出られる。追ってきた彼らもたぶん知らない道だから、安心して」


 クァルトが会話を切り上げて、角灯を奥に向けてかざした。


「クァルト、でも……」

「あいつらが先にテュクティエにたどり着いたら厄介だ。急ごう」


 ラミィの言葉を遮ったクァルトが、踵を返して奥へと進んでゆく。


「クァルト」


 呼びかけるが、クァルトが足を止める気配はない。

 ラミィは仕方なく、足早にそのあとを追いかけるのだった。

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