秘宝の眠る洞窟
「やめといたほうがいいと思うよ」
ラミィは背後から投げかけられた声にぎくりとして、今まさに踏み出そうとしていた足を止めた。
さっき確認したとき、周囲に人の姿はなかったはずだ。
それなのに、どうして――。
もしかしたら城からずっとあとをつけられていたのでは、といやな想像をしてしまう。
おそるおそる振り返ると、そこには見覚えのない青年が立っていた。
無造作に伸びた黒髪の下から、朝日を浴びてきらりと光る黄金色の瞳がまっすぐにラミィを見ている。
「やっ、やめとけって、ななななんのことっ!?」
動揺のあまり声が裏返ってしまい、ラミィは目を泳がせる。
「なにって……今、その中に入ろうとしてただろ? 慣れてない人がひとりで入るのは危険だと思うな」
青年がぽっかりと口を開けている真っ暗な洞窟を指さして言う。
「……まっ、まさか。そんなことこれっぽっちも考えていないよ! この洞窟の奥にあるファニア王家の秘宝を盗み出そうだなんて、少しも思ってないんだからっ!」
「――秘宝……ねえ?」
青年の言葉に、ラミィは今、自分で墓穴を掘ってしまったことに気づき青くなる。
「ほしいの?」
青年はにっこりと笑うと、長身を折り曲げ、黄金色の瞳でラミィの顔をのぞきこんだ。
その様子から、この青年はどうやらラミィを追ってきたのではないらしいとわかる。
追っ手ならもっと血相を変えて追ってくるはずだし、ラミィを見つけたら問答無用で捕獲するだろう。
けれど相手がラミィを追ってきたのではないからといって安心できるわけじゃない。交代のため見張りが離れるこの時間を見計らったように現れた人物が怪しくないわけがないのだ。
――見張りのいない時間を狙ってやって来た自分を含め。
ラミィは一生懸命頭を回転させる。
見張りでも追っ手でもないということは、ラミィと同じく悪いことを企んでいる人物かもしれない。それなら、いっそこの青年と手を組むというのはどうだろう。
実はひとりで洞窟に入るのは少し……いやかなり不安だったのだ。
「……もし、わたしが王家の秘宝を盗み出すのを手伝って、って言ったらどうする?」
ラミィは深い緑色の眼を青年に向け、試すように問いかけた。
もし、青年がラミィのことを犯罪者だのなんだのと言って騒ぐようなら、その際には仕方がない。
護身用に持ち歩いている強烈な眠り薬を吹きかけて青年を静かにさせてから、当初の予定通りひとりで洞窟内に入るつもりだった。
ところが青年は何故か愉快そうに声を上げて笑い出した。
「え? なに? なにか変なこと言った?」
「いや。いいよ、手伝う。俺はファニア国王と隣国サージェ公国の公女の婚礼を中止にしたくてここまで来たんだ」
ラミィの問いに、青年はあまりにもあっさりと、驚きの告白をしたのだった。




