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いまはこう言う状況です

ボーイズラブのタグは保険です

ボーイズのラブは出て来ませんが

主人公がハイテンションな腐女子です

この設定が苦手な方はお逃げ下さい


シリーズものですので

前作、前々作をお読みになられた方が理解しやすいかとは思いますが

単独でもお楽しみ頂けるように書いたつもりです

 

 

 

 血が紅いことなんて、とっくの昔に知っていた。


 深い森の中、びくびくと怯えながら、左の薬指を噛む。ぽたぽたと流れ落ちる血を、拾った石に落とした。


きずな、其はほだし、数多あまた揺らめく時を超え、我が身に伝えられしもの。契りしともの身を…」


 早口でぼそぼそと祝詞のりとを唱えながら、胸をざわざわと粟立たせる焦燥に、もどかしく自分の血を吸う石を見下ろす。


 元々持っていたものは、捕まったときに取り上げられてしまった。

 持ち主以外にはただの石だから、取り上げられたこと自体は構わないのだけど。


 声を殺すように詠唱を続けながら徐々に姿を変えていく石を、じりじりと見つめる。


 はやく。はやく。はやく。


 永遠にすら感じる時間ののち、ようやく完全に姿を変えた石を、縋り付くように握り締める。

 血濡れた手で掴んだそれは、溢れ出る血を彷彿とさせるクリムゾンレッドに染まっていた。透明度のない単なる石だったものが、いまは紅玉のように透明度の高い見た目になっている。


 崇めるごとく握った石をしろに魔法を発動させると、繋がったと同時、相手に一言発する間も与えず殺した声で懇願した。


「じいさま助けて!魔王に捕まった!!」

「くたばれ馬鹿者」


 無慈悲な罵倒と、通信が切れる音が響く。


 待ってじいさま。お願い待って!!

 蜘蛛の糸に縋る地獄の住人のように、諦めず魔法を繰り返す。


 危機一髪なんだって、本当に。頼れるのはじいさまだけなんだよ!!


「このままじゃ、魔王さまに手厚く保護されて、魔族さんに愛でられちゃうかもしれないんだってば!!」

「…重畳だな。達者で暮らせ」


 繋がって切られる前にと勢い込んで言えば、呆れたような一拍の間のあとでそれだけ伝えられて切られた。


 少しも良くない。良くないから。助けてってば!!


「愛なんて要らないんだよ!!」


 切羽詰まるあまり、声も殺さず怒鳴ってしまった。


「っ、そこに居るのか?」

「ひっ」


 ひぃいいぃぃぃいぃぃぃいっ!!


 声を聞き咎めて投げられた、聞き覚えのある声での誰何すいかに、身を縮めてステルスで瞬間移動を放つ。


「無理。死ぬ。助けて!!」


 もはや泣きながら石に助けを求めると、重く深いため息のあとで、答えが返った。


「………ひとり送る」

「ありがとうじいさま大好き!!帰ったら肩もみするから!!」


 答えのあとに聞こえた、どこで育て方を間違ったか、と言う呟きは、華麗にスルーするからね!


 その後じいさまに軽く事情を説明して、通信を切った。


 掴み取った希望に少しばかり余裕を取り戻して、わたしは助けを待つ間逃げおおせる方法を考え始めた。




 …どう言う状況なのか、って?

 聞いてくれる!?話せば長い事情があるんだよ!!


 いやぁっ、長い話とか面倒くさいとか言わないで聞いてぇー!!


 このままだとわたしは、魔王さまに手厚く保護されて、魔族さんから愛を囁かれるなんて地獄のような生活に陥るかもしれないんだよ!!


 手厚く保護されて愛を囁かれるのがなんで地獄なんだって?

 いやいや。どう考えても地獄でしょう!


 魔族の外見?そんなにおどろおどろしいのかって?

 いや、魔族は耳が尖ってたり爪が黒かったり犬歯が鋭かったりと、人間と違う特徴もあるけれど、そこまで人間と変わらない外見だよ?


 ん?なんでそんなにきょとんとしてるの?

 魔族さんが不細工?まさか!さらっさらの金髪の美青年だよ。


 魔王さま?

 魔王さまに至っては、この世のものとは思えないくらいの美形だね。漆黒の髪と紅玉の瞳が、いかにも魔王らしい。


 なんだ自慢かよ美形に愛でられて幸せに暮らせって、いやいやいやいや、待って待って待って!!

 なんでわたしが美形に愛でられなくちゃいけないの!そんな拷問ごめんなんだってばあ!!


 うぅー。なんか誤解してない?

 ちょっと長くなるかもしれないけど、話を聞いてよ。

 ね?ね?相互理解のためにさ。




 ことの発端は、わたしが魔族さんを助けたことから始まるんだ。


 わたしの居た国は、魔族たちと戦争をしていてね、国民は徴兵制により二年間の従軍を義務付けられていた。わたしは戦争反対なんだけども、従軍しなくて国家反逆罪に問われるのが嫌で、衛生兵をしてたんだ。


 治癒魔法しか使えないって、申告してね。


 さっき、瞬間移動してただろうって?うん。本当は治癒魔法以外もいろいろな魔法を、無詠唱で使える。無詠唱って、魔法式を理解していれば出来るんだけどね、当たり前に出来ることじゃないんだよ。

 つまり、わたしは国を欺いていたんだ。そうじゃないと、魔法を使える兵として、国に捕まってしまうから。二年間なんてことを言わず、ずうっとね。


 でも、訓練を終えた新卒衛生兵として戦線デビューした戦いで、魔族さんに出会ったんだ。


 魔族さんは攻撃を受けてぼろぼろでね、従者らしい年若い黒髪の、こちらも美形な魔族くんに支えられる姿はそれはもう美しく…ほんと主従愛乙!!


 こんな美しいカプが喪われるのは世界の損失と、思わず使える魔法を総動員して、その魔族ふたりを助けちゃったんだよ。


 国を欺いていた上に敵兵を逃がすなんてことをしたから、わたしはがっつり犯罪者扱いで国に捕まってね、牢獄でドSオネェ攻めごちそうさまです!な、おっさ…こほん、オネェさんに洗脳されかけて死を覚悟したりしたんだけれど、そこにやって来たのが魔王さま。


 魔王さま、と言っても、魔族全部を統べる王者とかじゃなく、魔族の土地の中の小さな国を治める王さまらしいのだけど、その魔王さまはわたしが助けた魔族さんたちの主でね、魔族さんたちにわたしを助けて欲しいと懇願されて、わたしを誘拐しに来たんだ。


 浚われた先、魔王さまのお城で魔王さまから、わたしが魔族から見ても重宝されるような術者だと言われ、兵器として狙われて危ないから保護すると告げられた。


 拒否権?無かったよ。

 見て、この腕輪。溶接されてるの、わかる?魔王さまに強制的にはめられて、抜けないの。魔法を弾くから、力業で外すのも無理。

 これのせいで、いまのわたしは魔王さまのお城の敷地内と、魔王さまのそば以外に行けなくなっている。


 魔王さまのお城には美人揃いのメイドさんたちとか、銀髪美形の冷徹宰相さんとか、主が美しければ配下も美しくなるのかと疑問を呈したい豪華面子がいっぱい居た。


 そこで魔王さまからいろいろ説明を受けている途中で、乱入して来たのがわたしが助けた金髪魔族さん。


 彼はあろうことかわたしを愛しているとか言い出して。


 そんな馬鹿な話受け入れられるかと逃げ出して、今に至る。


 ほんともう、やめて欲しいよね!

 美形は美形同士でちちくり合っていれば良いのに、なんでわたしを巻き込むの。

 あなたのお相手は黒髪魔族くんでしょう!わたしを巻き込むのはやめて、って、なに?


 金髪魔族さん?男だよ?

 黒髪魔族くんはって、彼も男だよ?


 え?なんで男の相手が男なんだって、そこに萌があるからだよ!!


 っと、話が通じないと思ったら、そこの認知がまだだったんだね。

 何を隠そう。実はわたしは、腐女子なのだ!じゃじゃーん!!


 腐女子と言っても男同士しか許さん!と言う生粋(?)の腐女子じゃなく、そこに萌があるなら、老若男女種族は愚か生物か無生物かにも拘らない、雑食系腐女子です。


 なら、自分も萌の対象にしたらこの状況を楽しめるんじゃないかって?

 いやいや、関係ない部外者として眺めるからこそ、存分に楽しめるんだよ!

 渦中に入るなんて、モブレベルでなきゃごめんだね!


 と言うことで、わたしは只今全力で金髪魔族さんから逃げてるんだ。




「…どれくらい、掛かるかなぁ」


 木立の隙間から覗く晴れた空を見上げて、呟く。

 ちなみにそんなわたしの服装は、パステルピンクのコットンワンピースだ。ミモレ丈のエンパイアラインで、白いフリルと濃いピンクのリボンにより飾られた、少女趣味全開の。

 …わたしの趣味じゃないよ。メイドさんに着せ変えられたんだよ。


 拉致られた次の日、抱き締めて愛を囁いて来た魔族さんに、詠唱禁止と電撃掛けて瞬間移動で逃げてから、もう二日過ぎた。


 あの場に居た全員、魔王さまと宰相さんと金髪魔族さんと黒髪魔族くんに、護衛と小間使いっぽいひと全員にも、詠唱禁止は掛かった。電撃は、魔王さまと宰相さんには弾かれたみたい。で、その半日後には詠唱禁止が解かれた気配がした。


 金髪魔族さんがわたしを捜しているのに遭遇したのが、その次の日の昼前。


 どうにか金髪魔族さんから逃げおおせて、命からがらじいさまに連絡を入れたのが、その日の夜。


 それからも逃げ続けて、一夜明けて今は昼間。つまり、拉致られてからは三日が過ぎたことになる。じいさまに助けを求めてからは、一晩が経った。


 さすがに、一晩で駆け付けて貰えるなんて思ってないけれど、わたしはいつまで逃げ続ければ良いんだろう。


「なにか、待っているんですか?」

「そうだよ、って、あれ?」


 目立たないよう灌木かんぼくに囲まれた高木の根元に座り、なおかつ気配遮断と目眩ましまで掛けていたわたしの横から聞こえた声に、おかしいぞと視線を向け、


「待って。あなたの嫌がることはしないから、逃げないで下さい」


 黒髪魔族くんが目に入った瞬間逃げようとしたわたしの腕を視線の先の彼が掴んで、逃げるなと懇願した。


 上目遣いの懇願に、うっと詰まる。可愛い子には、弱いんだよ。


「アシュトンさまの味方はしません。しませんから」

「でも、」

「お腹が空いているんじゃないかって、食べ物を持って来ただけなんです。せめて、受け取ってから逃げて下さい」


 そう言って、彼が差し出したのはバスケット。ワインの瓶が覗き、芳ばしいパンの匂いを漂わせている。


「…なんで、わたしがここに居るって」

「その腕輪」


 受け取らないまま訊ねれば、黒髪魔族くんは片手を空けて魔王さまにはめられた腕輪を指差した。


「その腕輪で、居場所がわかるんです」


 詰 ん で る ! !


 唖然とした顔をしたわたしに気付いたのだろう。黒髪魔族くんがぱたぱたと片手を振る。


「ぼ、僕にしかわかりません!作り手の特権で、嫌なら、もう見付けたりしませんから!!」

「誰か居るのか?」

「!」


 思わずと叫んだ黒髪魔族くんの言葉に投げられた誰何。

 びくっとしたわたしは、咄嗟に黒髪魔族くんの腕を掴んで瞬間移動していた。


「あだっ」


 無意識に、安全な場所を目指していたのだろう。

 腕輪の効果で瞬間移動がキャンセルされ、魔王さまのお城の森に落ちる。

 それでも誰何の主−恐らく金髪魔族さんだと思われる−からは逃げられたのでひとまずは十分だ。


「…強力だなぁ」


 わたしを阻む忌々(いまいま)しい腕輪を、ジト目で睨む。


「…ごめんなさい」


 一緒にとばされて落ちた黒髪魔族くんが、しゅんとうつむいた。


「でも、狂暴な魔族は本当に危なくて…陛下から離れられないようにすることが、あなたの安全のためなんです」

「あ、いや、きみへの文句とかじゃなくてね」


 作り手と言うことで、責任を感じているのだろう。

 ん?作り手?


「ねぇ、この腕輪、きみが作ったの?」

「はい…ごめ、」

「凄いね!」

「えっ?」


 目を見開く黒髪魔族くんの肩を、がしっと掴む。


「あれから何度も外そうとしてみたけど、ちっとも外れないの!腕切り落とそうともしてみたけど、それも出来なかったし、どうにか抜け道無いかとか、移動方法色々試しても駄目だし、ほんとに出来の良い拘束具だよね!」

「そんなに、逃げたいんですか?」

「ん?まあ、ねぇ。囚われるのはあまり、性に合わないんだ」


 首を傾げたところで、きゅうとお腹が鳴った。

 下手に痕跡を残すまいと、狩猟採集をせず水だけで生きてたから、お腹空いてるんだよ!


「あ、これ、どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 手渡されたバスケットには、これと言って魔法や毒の汚染はなかった。


 体調が万全ならひと月くらい飲まず食わずでも平気なんだけどね。残念ながら牢獄で喰らったダメージが、まだ回復しきってない。

 食べられるものならば、遠慮せずに食べる。


「囚われるのが嫌いなのに、僕らを助けた所為で…」

「わたしが勝手にやったことだから」


 苦笑して、隠れられる場所を探す。


 食事中に見つかるなんて、不運過ぎる。


「この先に、物置小屋がありますよ」

「んー…、下手に建物に入ると見つかりそうだからなぁ」


 手頃な木を見つけて、登る。

 なぜか黒髪魔族くんがついて来た。


「食べ終えたら、バスケットを持って帰りますから」

「ああ、助かるよ」


 言われてみれば、バスケットの処理は困る。持って帰ってくれると言うなら、ありがたく甘えよう。


 バスケットの中身は、サンドウィッチに果物だった。

 付け合わせは、赤ワインだ。


 食器はないので瓶のまま口を付け、手掴みでサンドウィッチを頬張る。


「ん。美味しい」

「良かった…」


 ほっとしたように微笑む黒髪魔族くんを見つめる。

 彼は、金髪魔族さんの従者じゃあないのだろうか。


「んぐんぐ…でも、良いの?わたしの味方をしてしまって、もぐ」

「陛下は、敷地内に居るなら問題無い、と」

「んくんく、金髪魔族さんは?きみの主人じゃないの?」

「金髪魔族…アシュトンさまですか?」

「むぐぐ、んく、んー、多分そのひとかな?きみと一緒に助けた魔族さん」

「それなら、アシュトンさまですね」


 黒髪魔族くんが頷く。

 金髪魔族さん、アシュトンって言うのか。


「アシュトンさま主人ではありませんよ。僕が仕えるのは陛下、魔王さまで、アシュトンさまには陛下の命により従っているだけです」

「もぐもぐ…そうなんだ」

「はい。ですから、僕がアシュトンさまではなくあなたの肩を持っても問題はありません」


 黒髪魔族くんは、にこっと笑った。


 ふむ。

 魔王さまと金髪魔族さんで取り合い、とかもぷまいね!


 ちょ、ドン引かないでよ!いついかなるときも萌レーダーを発動させとくのが、腐女子の嗜みだから!


 それでこんな目に陥ってるんだろうって、ううっ、そう言われると反論の余地もないですけれどもっ!


「…お名前を、お訊きしても?」

「もぐ?」

「さっき、あなたを見つけたとき、名前を呼ぼうと思ったのに、呼べなくて。あなたが良ければ、名前を教えて欲しいんです」

「んぐ…ああ、うん、名前、ね」


『決して、名を名乗るな』


 じいさまの声が、頭に浮かんだ。


 苦笑して、口を開く。


「ロビン、って言うんだ。ロビン・コック。男の子みたいな名前でしょう?」

「ロビンさま、ですね」

「いやいや、さまとか要らないよ。ただのロビン。それで良いから」


 コックロビン。駒鳥、だ。

 弓矢で射られた、哀れな謡い鳥。


「僕は、レイン、と言います」

「レインくん?」

「はい、ロビン」


 わたしが名前を呼べば、レインくんは嬉しそうに答えた。可愛い子だ。とても、受け受けしい。


「ロビンは、なにを待っているんですか?」

「むぐ?」


 待っている?なんの話だ?


「さっき、なにか待っているのかと訊いたら、そうだ、と」

「?」


 そんな会話…ああ、したね。


 待っているのはお迎えだけど、それを伝えても良いかと言えば、あまり良くはないわけで。


「もきゅ…んぐ、うーんと、ね」


 どう、説明すべきか。


「連絡を、待ってたんだ」


 嘘だと、ばれるだろうか。


 小さく首を傾げながら、答える。


「ほら、捕まって、魔王さまに浚われたでしょう?知り合いから安否確認のためになにか来ないかなと思って待ってたんだけど、ないみたい。まだ、わたしの話が流れてないのかな」

「安否確認、ですか?」

「うん。さすがに獄中へ連絡は危険過ぎて出来ないけど、牢獄を出ればその限りじゃないでしょう?ちょっと連絡くらい来るかなぁとか、期待したんだけどね」


 見捨てられたかなと笑う。


 実際は、求めない限り助けなんて望めないと、わかってるんだけどね。

 だから求めて、今回は受け入れて貰えた。


 親愛の情が、多少はあるってことかな。


「違います!」


 無意識に、寂しげな表情でもしていたのだろうか。


 必死な顔をしたレインくんが、わたしの言葉を勢い込んで否定した。


「人間の間では、まだ情報が流れてないんです。魔族には陛下が完全に流布しましたが、人間に関してはあなたの祖国が秘匿していて」

「ああ、そうなんだ」


 まあ、虜囚に逃げられたなんて、恥だろうしね。

 と言うか、獄卒だって居ただろうし、いろいろ結界やらなにやらあっただろうに、ものともせずに突破してわたしを連れ出した魔王さまって…。


 うん。あの魔王さまが人間と敵対しようとしてなくて、良かったね!

 なるほどわたし程度別に要らんってなるわけだよ!


「なら、連絡が来なくても仕方ないね」

「はい!」


 しかしレインくん。その声はちとでか、


 がさっ


「ここに居たのか」

「ぴゃあぁあああぁぁぁあぁぁぁぁぁあっ!」

「あ、ロビっ」


 レインくんの言葉も待たずにバスケットだけ押し付けて、わたしは瞬間移動で逃げ出した。

 だから、その後の不穏な会話なんて、ちっとも知らなかった。




 木立の間から顔を出したアシュトンを、レインが白けた目で見下ろす。


「あなたの所為で、逃げられたじゃないですか」

「お前こそ、抜け駆けか?」


 そんなレインを目を細めて見返したアシュトンが言い返す。

 レインは、馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに鼻で笑った。


「抜け駆け?顔を見るなり口説き出したあなたにだけは、言われたくありませんね。まあ、がっついた所為で随分と、嫌われたようですが」


 ぐっと詰まるアシュトンへ、さらにレインが追い打ちを駆ける。


「彼女、あなたの名前も知りませんでしたよ?あなたも、彼女の名前すら知らないのでしょう?顔を見るなり悲鳴を上げて逃げられるなんて、好い気味ですね。僕からは食べ物も受け取ってくれましたし、いろいろ話してもくれましたよ」

「っの、猫被り野郎…っ」


 ぎりっと、アシュトンが歯を食い縛る。


 彼女が居れば、『腹黒生意気受け乙!!』と心の中で叫んだに違いない会話だった。


 …会話の主題が、自分でなければの話かも知れないが。




「ふぁ!?」


 瞬間移動の途中で横槍を入れられて、ぎょっとする。


 ぐいっと引かれるように介入された軌道の先。


「ま、魔王、さま?」


 落とされたのは、魔王さまの膝の上だった。わたしが魔王さまの膝上にまたがった、まあ、身も蓋もない言い方をすれば、対面座位に近い体勢だ。


 今日も麗しの魔王さまは、妖艶に微笑んでわたしを見下ろす。

 猫にロックオンされたネズミって、こんな気持ちだろうな。


「二日振り、だな」

「ソーデスネ…」


 逃げたいのだが、体勢的にわたしの足は浮いていて逃げ出せない。しかも、魔王さまにより魔法がジャミングされている。


 結果的に捕らえられた仔ウサギのように、ぴるぴると震えているしかない。


「そう怯えずとも、取って喰いはせぬ」

「ソレハ、ドーモ」


 顔を背けようとするわたしの動きを止めるように、魔王さまが指先でわたしの顎を持ち上げる。あれだ、ほら、顎クイってやつ。

 お願いだからわたし以外にやってぇぇぇえぇえぇぇ!!いつの間にかわたしの背後に立ってる宰相さんとかにやってくれたら、禿萌えるから!悶えるから!


 そんなわたしの訴え(脳内)などものともせず、魔王さまはわたしの顔を覗き込んだ。


「私に魔法を掛けられる者など、久し振りに会った」

「ソーデスカ」

「ああ、怒ってはいないから、そう固くなるな」


 怒られるより、目を付けられることの方が怖いんですが。


 まあ、いつまでも固まってても仕方ないし、従おうか。


「すぐ捕まるかと思ったが、健闘したな」

「結局は、魔王さまの手の中でしたけどね」

「精霊の力は、借りなかったのだな」

「…ヴェーリアもほかの精霊たちも、単なる腐友達オトモダチですから」


 ヴェーリアは、マイ腐レンドな風の高位精霊だ。ほかの貴腐人せいれいたち共々、わたしを可愛がってくれている。

 利用するために仲良くなったわけじゃないし、只今注目カプ絶賛ウォッチング中らしい彼女たちを、呼び出して邪魔したくない。


「アシュトンは、嫌いか?」


 アシュトン…?ああ、金髪魔族さんね。


「嫌いとか好きとか、わかるほど交流してませんから」

「交流しようともしないのにか?」

「突然口説くようなひとには近付くなって、保護者から言われてるんです」


 いや、これを言ったのは保護者じゃなく幼馴染みたちだったか。

 言われなくても自分が口説かれるなんて御免なのに、耳にタコが出来るほど言い含められた。なんだったの、アレ。


「魔族だから、ではなく?」

「魔族だろうがなんだろうが、いきなり口説き出すひととはお友達になれそうにないですよ。と言うかそもそも、魔族だから交流しないなんてこと言う人間なら、この状況になってないでしょう」


 わたしが魔王さまに捕まる羽目になったのは、見ず知らずの魔族さんたちを、助けたからだぞ?


 魔王さまは目を見開いたあとで、ふっと微笑んだ。


 今まで見たどの笑顔とも違う、あどけなさすら感じる無垢な笑みだった。


「それもそうだな」


 頷いて、ぽんぽんと頭を撫でられる。


 子供扱い、ですね!


 しばらく撫でてから表情を改めて、魔王さまが言う。


「魔族に忌避感がないのなら、まだマシだろう。逃げる前に伝えてあった通り、お前は厄介な魔族から目を付けられている。私の権限で保護するから、しばらくは私の側に控えていろ」

「嫌です」


 そこは全力で、断らせて貰う。


「なぜ」

「あなたがわたしに、手錠を掛けたから」


 右手を挙げて、金色の腕輪を見せる。


「レインくんにも言ったんですけどね、縛られるのは、好きじゃない」

「…レインの名は聞いたのか」

「ん?ああはい、さっきね」


 反応するのは、そこなの?会話のキャッチボール、出来てる?


「…ミズルだ」

「ん?」

「ミズルだ、私の、名前」

「フォグです」


 魔王さまに続いて、宰相さんまで名乗る。


「はぁ…」


 名乗られても。


「お前の名前は?」

「…ロビン、です」

「ではロビン」


 魔王さまがわたしの手を取る。


「不自由は申し訳なく思うが、お前を守るためだ。耐えてくれ」

「それは、ちぃとばかし聞けねぇお願いかな」


 ひょいっと。なんの前触れもなく、ひょいっと、わたしの身体が持ち上がった。


 聞き覚えのある声と、嗅ぎ慣れた匂い、馴染んだ体温。


 ぽけっと口を開けて、わたしを抱き上げた男を振り向く。


「オゥル…?なんで、ここに」

「お前が喚んだんだろうが」

「いや、オゥルは呼んでない。ドーヴとかが来てくれたらなって」

「お前ごときのために、貴重な女を寄越すわけないだろ」

「それもそうだね」


 納得して、降ろして貰う。

 日に焼けた肌に、稲藁色の髪、濃い翠の目。魔王さまたちみたく美形ではないけれど、若者らしい溌剌としたイケメン。


 オゥル・グレイヴ。わたしの、幼馴染みだ。


「わたし、連絡したの、昨日の夜だけど?」

「朝一で出て来た。ったっく、馬鹿やってんじゃねぇよ」


 くあ、と欠伸を漏らしつつ、オゥルがわたしの頭を叩く。

 彼がじいさまの送ってくれた助けらしい。正直期待と違ったが、贅沢は言ってられない。


「迎えが来たので、帰ります!」


 魔王さまを振り向いて、元気に宣言する。

 が、魔王さまたちの方はそれどころじゃなかった。


「侵入者!?近衛はなにをやって…!」

「私が、気付かなかった、だと?」

「…オゥルだから仕方ないですよ」


 こう見えて隠密は得意な男だ。本気を出せばこっそり侵入くらいわけない。


「おい、捕まる前に帰るぞ」

「いや、それがね」


 早くしろと急かすオゥルに、腕輪を見せる。


「もう、捕まってるんだ」

「馬鹿だろ」

「だから助けを求めたんじゃん!」


 だからオゥルは嫌だったのに!


 ぶすくれるとなだめるように頭を撫でられた。


「急がねぇと、ほかのやつらまで来ちまうぞ」

「え、ドーヴ来てくれんの?」

「ドーヴは来ねぇって。とりあえず、真っ先に来るのはアロウだろうな。ぶち切れてたし」

「いやだぁああぁあ」


 ロビンちゃん終了のお知らせに、頭を抱えて膝から崩れ落ちる。


「いやまあ、今日中に帰ればギリセウトじゃないか?」

「ほぼアウトじゃん!?つか、今日中ってもうお昼過ぎたよ!?ねぇ!」

「自業自得だろ」

「そうだけどー」


 うぅ…とうなだれるわたしを見下ろして、オゥルが頭を掻く。


「アロウとしてもさ、仮にも婚約者が投獄されたりさらわれたりしたら気が気じゃないんだって。大人しく叱られろよ」

「婚約者!?」

「ひっ」


 耳に飛び込んだ金髪魔族さんの声に、飛び上がってオゥルに抱き付く。いつの間に、いつの間に部屋に来てたんだ…!


 ぎょっとしつつも受け止めてくれたオゥルが、片目をすがめた。


「うお。んだよ、どうした?」

「あ、ごめ」

「いや、良いけど」


 謝って離れようとしたわたしを留めて、オゥルは着ていたローブを羽織らせてくれた。フードも被せて貰って、ほっとする。


「つーか、改めて見たらすごい格好してんなお前」

「囚人服よりマシでしょ」

「まあ、そうだけど。なぁ、お前に言い寄ってる魔族って、もしかしてあいつ?」


 オゥルの腕の中にありがたく隠して貰いながら頷く。


「…フツーにイケメンじゃん。なにが不満なの?」

「わかって訊いてるでしょ!?」

「悪ぃ悪ぃ。ほら、浮気したのかとか、ちょっとな?あの金髪と黒髪とか、垂涎だろ?お前。4Pより好きだとか、思ってないよなって」

「わたしの婚約者はオゥルたちだから!!」


 喰い気味に言えば、オゥルがにかっと笑って、なら良し、とわたしを撫でた。

 そのまま落ち付かせるようにわたしの背中へ腕を回し、ぽん、ぽんとリズムを刻む。


「そう言うわけなんで、こいつを魔族には渡せない。だからこいつの拘束解いて貰えねぇかな?」


 顔を上げたオゥルが、人懐こい笑みで言う。


「お前が、婚約者だと?」

「アシュトン、お前は黙っていろ。オゥル、と言ったか。ロビンはその能力を魔族に狙われている。拘束を解くのは危険だ」

「心配しなくても、婚約者くらい自分らで守るよ。鳥の飼い方も知らねぇやつらに、ロビンを預けらんねぇし、早く連れ帰んねぇと、アロウだけじゃなくリネットやルークまで来ちまうしな」


 なんですと!?


「ま、え、揃い踏みって、どう言う」

「せっかくの理解のある婚約者を、失えねぇだろうが」

「まだラブラブ!?」

「早く一緒に住みたいとさ」

「うわーうわー。帰ろう!一刻も早く帰ろう!!」


 オゥル・グレイヴ、アロウ・スプ、リネット・リンク、ルーク・パーソン。四人合わせてわたしの婚約者だ。


 ハーレムかよこのクソアマって、違う違う!誤解だから!ある意味合ってるけど、違うから!


 この四人、それぞれ、お互いが好きなんだよ!でも、わたしたちのルールで後継者は作らなくちゃいけないから、同性愛に理解のあるわたしを隠れ蓑として妥協したってわけ!わたしはあくまで蓑です!蓑!


 本当は多夫一妻なんてごめんだけど、夫同士のいちゃらぶを間近でウォッチ出来るなら話は別ですとも!む腐腐腐腐。利害関係の一致した、理想的な伴侶だよ…!


「ほら、本人もこう言ってんだから、大人しく解放してやれよ。しつこい男はモテねぇぞ?」

「人間如きで、魔族に太刀打ち出来ると?」

「はっ、俺の侵入を防げなかったくせに、人間如きとはよく言うなぁ?」


 ちょおい、オゥル、なに喧嘩売ってるの!


 オゥルの服を引っ張ると、引っ張った手を掴まれた。腕輪のはまった、右手だ。


「…ま、ルークを待てばこんくらい外せるだろうけどな」

「いや、ルークが来る前にアロウが来るんでしょ?駄目。絶対怒らせちゃいけないやつ、怒らせてるよ!」

「つっても、すでにアロウはぶち切れてるからな?遅いぞ」

「嘘だと言ってよマイハニー」

「残念ながら嘘じゃねぇんだマイスウィート」


 ぽんっとわたしの背中を叩き、オゥルが頭を掻いた。


「んー、俺のロビンのお望みだし、真面目な話するかぁ」


 ふーっとため息を吐いて、オゥルは姿勢を正す。


「とりあえず、ロビンを助けてくれたことは、礼を言うよ。ありがとう。俺たちは、掟で手出し出来なかったからな。でも、そのお礼にロビンをやるってわけには行かねぇんだよ」


 口調こそ粗雑だが、態度は真摯だった。それが向こうにも伝わったのだろう。殺気立っていた魔族さんたちも、少し態度を緩めた。


「こう見えて、ロビンは俺らの長の一人娘。俺らにとっては、掌中の珠なんだ。掟さえなきゃ獄中にだって助けに行ったろうし、ロビンの迎えだって来たがったやつは山ほどいた。それくらい俺らにとってロビンは大事なんだ。だから、あんたらにも、ほかの魔族にも、ロビンはやれねぇし、やるつもりもねぇ。力尽くで奪うってんなら、こっちも本気で守りに掛かる。あんたら魔族は人間を舐めて掛かってるみてぇだが、ロビンの力を見たんだろ?人間だって本気出しゃ、魔族に対抗出来んだよ」


 少し言葉を切ったオゥルが、わたしをそっと抱き締める。まるで、愛しくて仕方ない恋人を抱き締めるみたいに。


「なにより俺が、ロビンを誰かに渡したくねぇんだ。だから、頼むよ」


 誰が見ても好青年そのものの笑みで、オゥルは言った。


「俺の可愛いロビンを、返してくれ」

「っ」

「アシュトンさま!?」


 なにを思ったのか、眉を寄せた金髪魔族さんが部屋を飛び出す。


 魔王さまを伺った黒髪魔族くん…レインくんに、魔王さまが行けと命じる。


 走り去るふたりを、わたしは黙って見送った。


 それで良い。背を向けて、わたしなんか振り返らずに生きれば良い。


「…帰りたい、それがロビンの望みか?」

「小鳥は自由に空を飛べてこそ、楽しい唄を歌えるんです」


 オゥルの腕を抜け出し、魔王さまをしっかりと見据えて、わたしははっきりと答えた。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


最初はこのお話単独でアップしようと思っていたのですが

さすがに内容が無いよう…こほん

内容が薄過ぎるかなと思いましたので

このあと二話ほど過去編を付けます

本編の続きではないです←


ロビンちゃんがなぜ腐女子になったのかや

どうして四人も婚約者を持つことになったのかについて気になる方は

続きも読んで頂けると嬉しいです


ロビンちゃんと魔族さんの出会いは前々作、『だから、お願い』を

ロビンちゃんと魔王さまの出会いは前作、『だから、願おう』を読んで頂けると

詳しく載っています(あかマ)

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