僕の困惑、彼女の思惑。
掌編小説を不定期で投稿させて頂いています。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。
急行も通過してしまうような小さな駅から真っ直ぐ坂を下った先にある、これまた小さな喫茶店。
高校の入学を機にこの店で僕がアルバイトを初めてから、半年が過ぎようとしていた。
店長が休みの日は、そんな僕とこの店で一番バイト歴が長い彼女が閉店までを担当するのがお決まりだった。
この街の大学に通う彼女は、家が近いこともあり、僕と同じように高校生の頃からバイトを始めたという。
困った事はなんでも相談できるような、その面倒見の良さというか。
それとも、私生活を感じさせない、そのミステリアスな雰囲気というか。
一言で表すなら『大人の魅力を身に纏った彼女』に僕は、心を惹かれていた。
「お疲れ様。ちょっと休もうよ?」
入口からは見えない奥の席にコーヒーを2つ用意した彼女は、僕に向かって手招きをしている。
「いつもありがとうございます。」
最後のお客が帰った店内で、彼女の淹れたコーヒーを飲む。
僕は、誰にも邪魔されず彼女と話すことが出来るこの時間が楽しみだった。
「そういえばさ、彼女とかいないの?」
足を組み腰掛け、僕に向かって首を傾げる彼女はとても綺麗だった。
「いきなりなんですか?いないですよ。」
清楚、それとも、可憐。
ピンと背筋を伸ばし座る彼女には、一体どんな言葉がぴったりなんだろう。
「そうなんだー。ちょっと聞いてみただけ。」
そう言って彼女はわざとらしく舌を出す。
卑怯だ。そんな顔を見せられて冷静でいられる訳がない。
僕は、気持ちを落ち着かせようと、視線をコーヒーカップに落とした。
すっかり動転した思考のせいか、それともその場の雰囲気に流されたのだろうか。
僕は、普段なら絶対に聞けない事を口にした。
「そっちは、どうなんです?」
えっ?と目を丸くする彼女と、思わず視線を逸らす僕。
なんとも言えない緊張感が漂う中、先に口を開いたのは彼女だった。
「んー。彼氏はいないかな。でも、好きな人はいるよ。」
”好きな人“その重たい言葉に押しつぶされそうになりながらも、最後の抵抗とばかりに僕は尋ねた。
「どんな人なんですか?」
彼女は『うーん』と俯くと、顔を赤らめつつ答えた。
「私の近くにいる人。かな?でも、私の気持ちには気付いてないみたい。」
それ以上の話に耐え切れる自信がない。
堪らず僕は、席を立った。
「そんな奴がいるんですか。失礼な奴ですね……。」
今の僕は、どんな顔をしているのだろうか。
何かをしていなければ、叫び声でもあげてしまいそうだった。
気を紛らわせようと飲み終わったカップ持ち、厨房へと向かう。
不意に、背後から彼女の笑い声が聞こえた気がした。
「ホント失礼しちゃうよね。でも……。その調子だと、キミに彼女が出来るのはまだまだ先みたいだね。」
言葉の意味が分からず素っ頓狂な顔で振り返る僕を、彼女は何か企んだような目で見ていた。
すっかり静まり返った店内に、水出しコーヒーのタンクがゴボッと気泡音を響かせる。
その音が切っ掛けになった様に彼女は少し息を吐くと、いつもように僕に手招きをした。
「こっち来て?話があるの。」
そう言って笑いかける彼女の顔は、今まで見た中で一番綺麗で、一番優しい笑顔だった。
最後までお読み頂きありがとうございました。
現在連載中の『sweet-sorrow』もよろしくお願いします。