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寒さが身に沁みて、ぶるりと体が震えた。

片桐は忌々しげに洟をすすってフウマ本部の食堂でビーフシチューをスプーンですくうと口に運んだ。この季節は毎年、毎年、体験する度に腹が立ってくる。それほどに片桐は寒さが嫌いで苦手だ。こういうときはもうどこにも行かず、ただただ寒さが過ぎていくのをじっと洞穴に閉じこもって待つ獣のように冬眠したくなる。そもそも人間だって動物なのだから他と同じように冬眠してもいいではないかと子供じみた苛立ちすら覚えるのだ。 

 今年の冬休みは三月までは片桐はほとんど外に出るようなことはなくのんびりと過ごせた。

 憎たらしい義務教育を修了し、高校は一発で合格したおかげだ。冬休みになると片桐はすることもなくフウマの本部にある自分の部屋に籠城した。好きなゲームが出来て、さらにはアニメが観れる環境ならもうなにもする必要性はなかった。地下にいけば好きなだけ特訓も出来るのだから。仕事のない日は、片桐は怠惰の猫のように、いや冬眠した熊のように過ごした。

鈍らない程度に体を動かして、あとはアニメにゲームを三昧。そして朝と昼に晩は食事のために部屋から出る。

 その生活のリサイクルにはクシナダは呆れた顔をした。

「あんた、それだと、本当に人間としてだめよ」

「だって、冬、嫌いなんだもん」

「だからって極端過ぎよ」

 クシナダの文句に片桐は肩を竦める。

 彼女も高校が冬休みになって、フウマのビルに籠っている一人だ。

 フウマにいる人間たちにはさまざまな事情があり、大抵がたった一人で生活している。むしろ、家庭があるというほうが珍しいケースだ。

 クシナダにしても、家族は一人もいないという。

 唯一、頼りになるのはフウマで彼女のことを世話した殺し屋の津久田という男だが、彼は大阪部を担当していて東京の本部にはいない。

 クシナダの一人暮らし用のマンションはフウマが用意しているが、片桐とチームを組むことになってから、今年の冬はここで過ごすと言ってちゃっかり片桐の使用している隣の部屋に冬休み開始とともに越して来たのだ。

 学校がはじまるまで、という期限付きで越してきた隣人。クシナダに関して、片桐はうっとおしいという顔をするが寛大だ。ときどきゲームやアニメ鑑賞に誘うし、訓練も二人で行っている。

 出会いは決していいものではなかったが、気が付くとずいぶんと打ち解けてきた。

クシナダは片桐のなかにある人格のひふみと大変仲がよく、その人格が出ているときだけは片桐が男の体をしていても男女という差をまったく感じず、一緒のベッドで寝たりもする。さすがに風呂にはいろうとするときはクシナダも全力で止めたが。

同じ環境下だが、クシナダは片桐のような不規則な生活は送っていない。むしろ、学校が休みだというと、朝の六時に起きて運動し、食事をして、自分から進んで勉学に励み、訓練をし、仕事をする。片桐から見ると何がそれほどに楽しくて生きているのかわからないほど真面目だ。

 一度真剣に「クシナダはなにがたのしいわけ?」と聞いたところ「あんたみたいになりたくないだけよ」と返された。そこまでひどい生活は送ってないつもりだったのだが、そこまでいわれるとむっとすると同時に反省もした。

 それから訓練の時間を一時間増したのだが、クシナダの目は冷ややかだ。

「たまには外に出なさいよ」

 今日も地下での訓練を二人で終えて、昼食にきたのだが、大抵ここでの話題は片桐の怠惰生活をいかにして解消するかということに的が絞られる。

 クシナダは嫌いではないが、こうしてときどき母親のような顔をされると本当にうんざりとする。歳が三つも上のせいか、姉ぶりたいのかもしれない。ひふみの懐きすぎたせいかもしれない。

だが、そう愚痴を零しても、結局付き合っていて居心地がいい相手なのだ。

 片桐にとってそれは稀なことだ。だからどうしてもクシナダに言われると無碍に出来ない。

「えー、めんどくさい」

「あんたねぇ」

「おー、クシナダちゃん」

 馬鹿がきた。

 片桐はうんざりした顔をして視線を逸らした。クシナダの顔もいつもよりも険しくなる。

「あ、ここの席あいてるよな。じゃ、俺もーらい」

 二人の無言の近づくな、という気配にたいしても馬鹿は無頓着だ。

「他に空いてる席、ごろごろしてるけど」

「同感。わざわざ私の横にこないでくれる? 狭くなるじゃない」

「えー、けちぃ」

 なにがケチだ。――片桐は鼻白んで、クシナダの横ににこにこと笑って座る無遠慮な闖入者――ヤマトを睨みつけた。

 クシナダとはじめて組んだ日から数日後に潰したヤクザの事務所にいたフリーの殺し屋。生け捕りにしたあと、どこをどう間違えたのかアマテラスに気に入られて、そのままフウマの名前持ちの幹部として当然の顔をして居座っている。

 ヤマトは、組織のなかでは珍しくもまっとうな日本国籍を持つ男だ。それだけで彼がいかに異常かということが目立つ。

 聞けば両親も健在で、それまでは普通の暮らしをしていたというのだ。日本でまともな教育の下にいたくせに人を殺すことに躊躇いがない。

 たまにこういうやつもいるのだ、と、アマテラスは笑った。

 私みたいなものさ、私も人が殺したくてずっとうずうずしていた。たまにな、白い羊のなかに黒い狼が紛れてしまう。それはそれは目もあてられないくらいに悲劇さ。

 白い羊のなかに黒い狼。

 片桐にはなんとなくわかる気がした。自分はまっとうではない。母、父からして殺し屋に殺される最低なやつらだし、そのあとの記憶の欠落、殺し屋に育てられ、十歳を超えると親ともいえる仇を殺してもなんら感慨がない。―― 一つ一つは決して大きなものではないが、それらすべてが片桐祐という自分を作り上げているパーツ。全てが揃ったときどす黒い色が自分を覆い尽くし、殺戮を好む獣に仕立ててしまった。

 そんな自分が表向きは中学生として学問に励み、問題はあるが熱血な父がいて、遊んだり、恋をしたりしている。

 どこかでなにかがおかしいが、それでも、人がいう青春を謳歌している。

 たまに、その青春のなかで片桐は窒息しそうになる。深い海のなかに沈むように、息が出来なくなるのだ。

 それが人を殺すことで少しだけほっとする。自分がどこにいるのか、どこが立ち位置なのか、ちゃんとわかる。そんな瞬間。

 もしかしたらヤマトもそんな瞬間が欲しいのかもしれない。だから自ら進んで血の道へと歩いていった。

 後悔なんてない顔をしているのは、いまの、この立ち位置が――人を殺し、決して表へとは一生、出ていくことのない、この場こそが彼の本来の生きるべき場所なのだろう。

 だからヤマトの気持ちをすべてわかるわけではないが、多少ならば理解してやってもいい。

「ここの飯、うまいし、女はいるし、最高だよなぁ」

 へらへらと笑うヤマトに片桐もクシナダも白けた顔をした。

 冬休みはいってからの本部の片桐のクシナダとともにいる無遠慮な同居人が、ヤマトだ。

 本部から与えられた最新セキリティのあるマンションを捨てて、彼はなんと片桐とその横にはクシナダが住む部屋のさらに隣――武器庫になっていたのだが、そこに越して来たのだ。

 フウマも犯罪組織として各フロアにそれぞれ武器庫が存在する。もし敵にアジトが判明し、襲われたときの自衛対策のためだ。

普段は暗証番号入力型の鍵がかかっていて、幹部でないとわからない。まだ新参者であるヤマトは当然のように知らないはずだ。

それをどういうわけか――あとあと片桐が見ると、乱暴にこじ開けたあとがあった。恐ろしいことにこのヤマトは素手でドアを叩き壊したのだ。これでは鍵もなにもあってものではない。片桐はすぐさまにアマテラスに報告し、文句を口にした。

「それくらいしてもらったほうがいいさ」

 アマテラスは笑ってとりあわない。

 一応、ヤマトには一カ月の謹慎処分――本社ビルにおいての行動の制限という甘い懲罰が下された。それが片桐の悪夢のはじまりだ。

「そんな顔するなよ、俺のこと、見張ってないとだめなんだろう。片桐」

 アマテラスはヤマトの謹慎期間の間、見張りとして動けと片桐に命じたのだ。

 どうせ本社にいるのであれば、その本社を根城にしているやつが見張りにあったほうがいいと言うが、片桐としては不満いっぱいだ。

 よりにもよって、どうしてこいつの面倒をみなくちゃいけないんだ。

 ヒステリックに今スグに叫んで、暴れたかったが、そんなことをすればアマテラスに叩きのめされることは眼に見えていた。

 それでなくとも最近はまたなにかと多忙なアマテラスの手をこれ以上、煩わせたくなかった。

 予想していたよりもヤマトは順々だった。

 むしろ、ヤマトのほうがひっついてきていると言う方が正しい。彼は片桐たちが訓練するときについてきて、わざわざ片桐を挑発しては体術の相手をさせる

 いまのところ勝敗は六負四勝。

 素手でドアを壊したように、ヤマトは体術においてはかなりの熟練の技を持つ。かわりに銃や刀はからっきしで、己の身一つだけの戦いを好む男だ。時代遅れだと片桐は馬鹿にするが、ヤマトは取り合わない。むしろ、銃などの扱いを教えろと高飛車に命令してくる。

 訓練が終わってもヤマトはなにかとクシナダと片桐にちょっかいを出してくる。アニメや映画を観るのにも、当前の顔をして二人の間に入り込んでくるのだ。

 気がついたら、若組三人とフウマの組織では呼ばれ出していた。別にヤマトは仲間ではないし、友達でもないのだが――どれだけ邪険にしても離れない、凹まないのでそろそろ諦めた。

 そんなわけで、長い冬休み――高校生になる片桐は、怠惰と苛立ちのなかで生活していた。


「けど、あんた、毎日、毎日、遊んでていいのかよ」

「なんだよ、いきなり」

 片桐が珍しく声をかけると、嬉しげにヤマトは笑う。すでにトレイのなかは三人ともからっぽだ。午後からは三人ともフリー。

 一応、片桐はクシナダと部屋に戻って映画鑑賞の約束をしている。たぶん、ヤマトも割り込んでくるだろう。

「あんた、勉強してるのかよ」

「はぁ? なんで? そんなことするんだよ」

「今年から大学だろう、あんた」

 その言葉にヤマトの顔から笑みが消えさる。

「あー、あれなぁ。姐さん、本気なんだよなぁ、あれは」

「本気だろう。アマテラスは」

「うー、めんどくせぇ」

 ヤマトの口からため息をひとつ。

 テーブルに頬杖をついて陰気な顔をする。

「裏口入学とかすごいよなぁ。いや、けど大学なんてなぁ」

 頭をぼりぼりとかくヤマト。

 アマテラスからヤマトは大学に行くようにという命令をされていたのだ。いくら裏で仕事をしているといっても、表の顔がないままでは困るというのだ。

 ヤマトは高校を中退していたが、それは金で改ざんして卒業したことにして、さらには今年からは大学の入学の手続きもされていた。

 どんな三流大学でもいい、はいっておいて表の顔を最低限は作れ――というのがアマテラスからの命令。

 入学までの大変なことはすべて裏でなされていたとはいえ、大学は一般生徒とともに通うことになるのだ。最低限の高校生、またはそれ以下の学力はないと困る。

しかし、このヤマトという男、恐ろしく馬鹿だ。

 片桐が恐る恐る尋ねると

「学問、いやー、何年もしてねぇからなぁ」

 と頭をかいて笑ってごまかそうとする始末。

 片桐がわざわざ高校生の教科書を出して、どこまでの知識があるか問えば、わからないの一言。

 最低限の義務教育はしたが、それ以上のものは望めない。むしろ、足し算、引き算、割り算、掛け算、それでひらがなが書けて読める――くらいしか脳は動いていないらしい。あとは人を殺すことで占められている。

 馬鹿だと思ったが、本当に馬鹿だった。

 それをアマテラスに言うと

「だったらお前が教えてやれ」

 そんなわけで、この男の見張りと共に、気が付くと教育も片桐に任せられていた。ここで馬鹿のままで能天気にいてもらっては困る。

 片桐は憂鬱としながら、クシナダと共にヤマトの最低限の教育を施すことにした。このまま大学にいって恥じをかいてもらうわけにはいかない。留年なんてもってのほかだ。いくら裏口入学したところで、そのあとの生活はヤマト自身でするのだ。

「たまにはよ、遊ばねぇ? 外で」

「それは、俺の作ったテストに八十点代の点数叩き出せてからいえよな」

「えー」

 ヤマトは鼻白む。

 勉強のため、片桐はわざわざ自作で五科目の教科のテストを作り出してヤマトに毎日させているのだ。

ちゃんと一日一科目につき一時間の授業――これも片桐がしているのだが、そのあとの実力テスト。今のところの平均点数は三十点。――どうしてここまで馬鹿なんだといつもテストの答案をつけていて片桐はため息が出る。

「お前のむつっこいもん」

「どこがだよ、あんなの簡単だって。なぁクシナダ」

「……あれ、難しいとは思うわ。私も」

 クシナダが困った顔で言うのに片桐は眉を持ち上げた。クシナダも勉学のときわざわざ片桐の授業を聞いて、実力テストをやっているのだ。彼女の場合は自主的にしているので、事前に答えは渡している。

「私も、七十点しかとれないし」

「あの程度が?」

 片桐は眼を丸める。

「……あの程度って、片桐、あんた、あれ、本当に難しいわよ。確かにあんたが教えてくれたところしか出てないけど、ひっかけ問題もあるし」

「だよな。だよな。クシナダちゃん! お前、頭の構造おかしいぜ」

 クシナダという味方を作ってヤマトが息まくのに片桐は苦々しい顔をした。

「あー、わかった。もう少し難易度はさげるよ」

 ここで言い合いをするのもバカらしくて片桐はさっさと引き下がる。するとヤマトが破顔した。

「おお、クシナダちゃん効果だなぁ」

「てめぇは黙れ」

「よし、今日は遊びにいこうぜ。せっかくだし」

 にこにこと笑って提案するヤマトに片桐は目を剥いた。なんでそうなる!

「テストのことはわかったけど、なんで、それでわざわざ外に遊びに行く、まで話が飛ぶんだよ」

 この寒いなかを外に出るなんて冗談ではないとばかりに、片桐が叫ぶ。

 しかし、ヤマトのなかではすでに決まったことのように意気揚々としている。

「よし、やっぱりゲーセンはいいよな。片桐ってアニメとか好きたし、本屋とか? デパートで洋服買うとかもいいよね、クシナダちゃんは」

「おい」

 怒気をはらんだ低い声で片桐はヤマトに詰め寄る。

「俺は、いやだからな」

「なんで」

 きょとんとするヤマト。

「先の話は、テストのことだろう? その難易度をさげるのはいいけど、それでどうしてこの寒いなか、外に出るんだよ」

「そりゃ、俺らの親睦を深めるためだろう。それによ、片桐、勉強って、毎日、毎日そんなことしてたら頭がショートしちまうぜ。実はさ、特撮アニメの映画チケットがなぜかここに三枚あるんだよ。今日の午後からの、な」

 ヤマトが自分のこめかみを人差し指でとんとんと叩いて言い返す。その顔があまりにも真面目なのに片桐は一気に脱力した。

 いや、そもそも、そのアニメは確かに片桐が大好きなもので、映画になっていたのでぜひみたいと思っていたが、どうしてこの男がそのチケットをもっているんだ。しかも三枚!

「するかよ、ぼけ。そもそも、今日はアニメを見るってクシナダと」

「片桐、私もたまに外に出ることはいいことだと思うが」

 クシナダが言うのに片桐は絶句した。

「ずっと部屋にこもりきりもどうかと思うんだ、なぁ」

「そーそー、それで俺が連れ出し計画をたてたわけ」

「……」

 片桐は黙ったまま、裏切り者のクシナダを見た。

 あからさまに視線を逸らしているクシナダにぴんときた。

 ヤマトがきたとき露骨にいやな顔をしたのに、遊びに行くというと何も言わなかったのはこの二人は影で何か取引をしていたのか?

 もしかして、ヤマトが片桐を外へと連れ出す取引として、先ほどのテストのときクシナダはヤマトに味方したのか。

 片桐は恨みがましい視線にたいして、クシナダは俯いてもじもじしている。

 これではヤマトと取引したと全身で言っているようなものだ。

「裏切り者」

 片桐はそれだけ吐き捨てた。

「片桐、私はお前のことを気遣ってだな。その」

「もう、いい。俺は一人でアニメを見る」

 拗ねた顔で片桐は椅子から立ち上がる。

アマテラスにはヤマトのことを見張れてと言われているが、クシナダがいればいいだろう。中途半端な仕事をすればあとで咎めを受けるだろうが、今はただ腹が立った。すぐさまにここから立ち去りたいと思ったが、その前にヤマトが立ちはだかる。

「女の子にそういういい方はねーぜ」

「なんだよ、ヤマト」

「せっかく三枚あるんだ。行こうぜ、お前も」

「殺されても断る」

 つんとそっぽう向いた瞬間、腹に掌打が放たれる。

 なんの準備もしていなかったため、反応が遅れ、防ぐこともできずに受けた。

「がっ!」

 痛みに頭が真っ白になり、身体をくの字に曲げたまま浅い呼吸を繰り返す。ヤマトはわざと肺を狙ったのだ。片方のアバラ骨を圧迫し、呼吸が出来なくなる。苦しさに眩暈が生じ、脂汗すら浮かぶ。

「……っ」

「片桐、おい、ヤマト!」

「よし、今のうちにいくぜ。クシナダちゃん。へーき、へーき、手加減はしたから、すぐに元気になるって」

 ヤマトは手をひらひらと振ると、動けない片桐の首根っこを掴むと、片手にはトレイをもって移動する。そのあとをクシナダは目を白黒させて追いかけた。


 フウマの本社から出て、駅の改札をくぐると、ようやく片桐は呼吸をとれるようになった。クシナダはずいぶんと心配し、電車を待つ間、ベンチに座る片桐の顔を見ておろおろとばかりしていた。

たいしてヤマトは忌々しいことにのんびりと体を伸ばして笑顔だ。

「くそ、むかつく」

「平気か?」

「だいぶな。あの一撃、飯のあとだから、けっこうきたぜ」

 下手したら吐いていたかもしれないが、それはぎりぎり耐えた。食堂で吐いたりしたら、しばらくの間、出入り禁止を食らう可能性だってある。それだけはなんとしても避けたかった。

とっさにとはいえなんとか受け身をとったのと、ヤマトの手加減のおかげだろう。

「ヤマトは手が早くて困るな」

「俺と二人で遊ぶのいやだったわけ?」

 苦しいながら片桐は尋ねる。

 もう改札口までくぐってじたばたと暴れたり駄々をこねたりするつもりはなかった。ただ、上着は着ていたが、マフラーと手袋がないためとても寒い。

 片桐としてはクシナダの裏切りは腹が立つが、理由が知りたかった。

「そんなことはない、楽しいさ」

「じゃあ、なんで?」

「部屋にこもりきりはお前の身体に悪い」

「そんなことねぇーよ」

「それに私だって女だ。たまには外に出たい」

 クシナダが困ったように笑うと片桐としては何も言えない。そもそも、女ということと、外出にどう繋がるのかわからないが、文句も吹っ飛んでしまった。

「お、来たぜ」

 ヤマトがやってくる電車を子供のよう指差して屈託なく笑う。

 クシナダのことは許したが、この男のことは別だ。あの顔はいつか血まみれにしてやる。

 片桐はかたくそう誓いをたてて、のろのろと起き上がった。

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