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山崎毅一は、人を殺すことが大好きだ。それ以外はまともだと自分で思っている。
日本人にしては高身長であるが、その分だけ鍛えた肉体は、がっしりとしてスポーツマンという雰囲気の爽やかさのある風貌。 確かに小学生から高校生まではずっとスポーツとして空手をしていた。今でも自分のことを鍛えることが大好きだ。それと同じく、殺す事も大好きだ。ただし人間限定で。動物を殺すなんて可哀想だ。
山崎は、フリーの殺し屋だ。高校生の頃に人を殺して、それが病みつきになって、もっともっと殺したいという欲望からこの道にはいった。邪の道は邪――というが、山崎の空手の師は早くから山崎の本質を見抜いていたらしく、人を殺したというと、この仕事を教えてくれた。おかげで金も稼げて人も殺せて最高だ。
今は、中堅麻薬組織に雇われている身。しかし、ここの仕事は、地味なものが多くて、暇を持て余すことが多いのでうんざりする。
今日は、ヤクザとの取引の護衛。会談の間は隣の部屋にひっこんでいる。呼ばれればすぐにかけつけることはできる距離で、なにかあったときもすぐに対応できる。その何かがあれば最高なんだけど…… と思うと、 人が殺せたらいいなと子供が好物のお菓子をねだる要領で考える。山崎にとってはお菓子も、人を殺すのも同じレベルでしかない。
なぜそうなったのか。山崎自身の家庭はごく一般で、さらには真面目。愛情に飢えたことはないし、不自由したこともない。たぶん恵まれていた。だからこのように一人だけ山崎は異端なのだ。それを自覚したら、もうここにはいられないと家庭などはさっさと捨てた。両親は自分のことを探しているかもしれないが、出来れば二度と会いたくない。それが互いのためだ。
人を殺せたらいい。それも強いやつがいい。こちらが殺されるようなスリリングな経験がしたい。
山崎は、そんなことを考えながら、ソファにねっころがって大好きなスポーツ雑誌に目を落とした。
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片桐とクシナダ、それにサキはバンに乗っていた。
バンの運転席にいるのは、ソカベという運び屋だ。
フウマの組織には、殺し屋だけがいるというわけではない。むしろ、こうした運び屋、情報屋、武器調達といった専門的な殺しとは無縁の者のほうが多い。戦闘面では使えないにしても、彼らはプロで、どんな状況になっても判断を誤ったりはしない。
バンの見た目は、白いだけの変哲もないものだが、ソカベによって改造され、かなりのスピードが出るようになっている上武器がぎっしりと詰っている。その中から小ぶりのナイフと銃を片桐は選び取る。
片桐は黒一色の服に身を包ませていた。
仕事のときは、黒が一番いい。
クシナダもまた黒のジャケットだ。サキは黒のパンストップというかなりラフな格好だ。
一度<ロベ>に行って、今日の打ち合わせをしたあと、再び六時に集合した。アジトにはクシナダとサキが待っていた。片桐は二人に指示をするように言われた。年齢は一番若いがこのなかで一番人を殺しているのは片桐だったからだ。
片桐は、情報屋からもらったアジトの地図を見た。それを頭に叩きこみながら、作戦を練る。殺すにしても出来る限り短時間で、かつすみやかに。
「クシナダは、射的で援護。サキは俺と一緒にはいって、二階を担当」
「わかったわ。援護する場所は、たぶん、この向かいのビルがいいと思うから、いまからいくわね」
クシナダは広げている周囲の地図を指差して言うと、さっさと出ていった。それを見送って片桐はサキへと一瞥を向けた。
「お前は、俺といくぞ」
「わかった」
人形のような女。片桐はいつもサキを見ていると嫌悪を抱く。アマテラスが嫌っているというのもそうだが、その表情のなさ、すべてにおいて無関心な態度。なにもかも見ていて苛々するのだ。
偲が最後まで気にしていた女。
ふと思い出してため息をつく。たぶん、この女に対するどうしようもない気持ちは、偲のせいだ。
「死ぬなよ。回収するのが面倒だから」
「……了解」
夜の街は、金色の快楽がにじみ出て、世界を艶やかに照らしていた。人々は早足に歩いて行くのは、自分の快楽にいそしむために一秒だって惜しいのだ。だから、他人のことなんていちいち憶えていたりしない。
片桐は、その中を颯爽とサキを従えて歩く。 快楽しか頭にない者たちには、自分たちのことはまったく眼中にないだろう。
そのままアジトの裏手にまわる。そろそろ、クシナダが位置についているころだろう時刻だ。
「入り口は頼むぞ」
片桐の命令にサキは頷く。
裏口のあるところを覗き込むと、監視カメラがあったのに片桐は気がついた。これは、早急に仕事を終えてしまう必要がある。
サキはゆっくりと入口に立つ男たちに近づいていった。二人の見張りは突然と現れた女に胡乱とした視線を向ける。
サキは笑う。マニュアルに記された完璧な笑いだ。
「なんだ、こいつ、ヤクでもやってるのか」
男の一人が手を伸ばしたとき、サキは地面を蹴って男の顔面に蹴りをくわえ、さらに踵落としを食らわせる。もう一人の男には足で首を蹴り、さらには身を捻る。とたんにごきりと首の骨が折れる、いやな音がした。
サキはそのあと、監視カメラを懐からナイフを取り出すと、投げて破壊。十分もかかっていない見事な仕事だ。
サキは、そのまま中にはいるのに片桐も続く。
サキは二階。
片桐は一階。
一階のドアを開けると同時に銃を撃つ。油断していた五人のうち二人を殺し、ナイフによって残り二人の額に刺して殺した。一人が悲鳴をあげて窓際に近づいたとき、その頭は吹っ飛んだ。クシナダの援護射撃だ。
片桐はすぐに無線を使う。携帯電話もいいが、下手に電波をひろわれないためにも仕事では無線を使うことがよくある。
無線は耳につける小型タイプのマイク式になっていて連絡がとりやすい。
「クシナダ、ここの組長は?」
このアジトの持ち主であり目的の人物だ。
「二階にいるのは、ほとんど殺したけど、まだ何人か生きてる」
「よくやった。とりあえず、このままそこで待機。俺は、一人ぐらい生け捕りにする」
「りょーかい」
そこで通信を切り、片桐は死んだ男の額からナイフを抜き取ると、それを手に持って一階の奥へと走る。生き残りはいないか確認し、監視カメラのテープの回収。そのあと二階へと赴く。
サキであれば、なにがあっても平気だろうと思っていたが、そうでもなかったようだ。
サキが床に倒れている。
その前に男が立っていた。 片桐は唖然とその光景を見つめていた。サキがかなりの腕利きなのは片桐がよく知っている。それを倒した――男は素手でなにももっていない。
「あん、なんだ。まだいたのかよ」
男――山崎毅一が犬歯を出して笑う。片桐は理解した。こいつは、出来る。
普通の者であれば、即座に間合いを盗み、そのまま殺せる。だが、こいつは出来ない。
「クシナダ、すまんが、援護にきてほしい」
片桐はマイクに叫ぶ。
「どうしたの? どこにいるの? 二階? あんたたちが見えないんだけど」
片桐は舌打ちした。廊下には窓がない。これでは応援は期待できない。そして、この男はスナイパーがいることを感じて、ここに身を置いて自分のことを守ったと察すれば頭もいいかもしれない。
クシナダの声の答え様としたが、できなかった。
山崎の蹴りが片桐に振り下ろされていた。両手で受け止めるが、衝動で壁に背がたたきつけられる。片桐は心の中でひふみを呼んだ。ひふみはすぐに出てきた。山崎の腕に手を置いて、器用にも飛ぶ。山崎の腕を軸に、くるりと宙を回転して背後にまわると、そのまま蹴りを放つ。山崎は腕を振り払い、その蹴りを叩き押した。
「うらぁ」
山崎が気合の入った声をあげると同時にひふみの――片桐の片足をつかみ、床に叩きつけ、さらには顔と胸に向けて、パンチがはいる。
「ああっ!」
防御する暇もなく与えられるパンチにひふみが悲鳴をあげたが、自由になる片足で山崎の顔に狙いを定めて、放つ。山崎は、それもなんなく片腕で弾き飛ばした。
「軽いな」
「うっ…いやぁ、九朗ちゃん!」
ひふみが悲鳴をあげている。それに九朗が反応した。普段は、自分から表に出ない九朗がひふみを押し出して、表に出てきた。九朗は懐にある銃を抜き取ると、山崎の額を狙って、そのまま発砲した。山崎が間一髪で避ける間に腹を蹴り、下から逃げ出す。
「おりゃあ」
山崎が蹴りを向けてくるのに、九朗は片腕で防御して、もう片方の銃を持つ手を山崎に向ける。
「っ!」
山崎の足が手から銃を弾き飛ばす。それに片桐は懐にあるナイフをとりだして距離をとる。息が荒くなり、心臓が音をたてる
二人は一定の間合いをとってにらみ合う。
片桐はナイフ。
山崎は素手。
山崎の構えは、古い暗殺用の空手のものだ。それも、戦ってわかったが、ボクシング、キックボクシングなどの技もミックスされているようだが問題は、その技が通常のスポーツにおいての見せるための技とは違って、殺すことを前提としている。
この男は、今まで素手で人を殺してきたのだと確信した。銃では威嚇にしかならないし、距離を縮められては歯がたたない。かといってもひふみのような軽業ではダメージは与えられない。
「……真由子、出てこい」
一番、内気で、外に出たがらない女の名を片桐は呟く。
真由子は、いやがっている。だが、ここで戦うことができるのは真由子だけだ。
真由子は平凡な主婦だったが、彼女は人を殺した。自分の夫と、子供を。 夫の浮気と育児ノイローゼのせいだ。血塗られた包丁を持ちながら慈愛に満ちた愛を注ぐ。その傍ら、愛する人の裏切りを赦せない潔癖さと完璧を求めるが故のノイローゼによって彼女の精神は病んでいる。
最悪なのは、彼女が間合い取りの達人ということだろう。音もなく、間合いを盗むことができる。
真由子が出てきた。
真由子は、山崎を見つめる。
そして、間合いをとった。
「なっ」
真由子の片手に持つナイフがふりおろされる。慌てて山崎が片腕で防いだ。惜しいことに、片腕を刺しただけだ。真由子は、ナイフを抜き取り、そのまま再び切りつける。
「くそっ」
山崎が声をあげるのに真由子は怯まない。
何も怯えない女はナイフをただ振るう。
「はぁ」
山崎が気合をいれて、打掌によって壁に叩きつけられた。真由子が強いのは、その並外れた己に対する無関心からだ。防御をまったく考えない。そのため、攻撃をもろに受けることとなった。
片桐の口から血が出る。 内臓とアバラをやられた。ちくしょうめ。
「中々楽しかったが、これで終りだ」
「終りは、お前だ」
片桐は顔をあげて山崎を睨みつけて向かってきた拳に笑った。――このときをまっていた。
右頬をかすったが、無視してがら開きの腹を殴りつける。
山崎が声をあげて、そのまま崩れるのに片桐は立ち上がった。倒れていたはずサキはすでにいなかった。
二階の奥の部屋のドアが開くと、サキが血に染まって、片手に顔の歪んだ男の薄い髪の毛をひっぱって出てきた。
サキは、片桐が死闘を繰り広げている合間に、二階の制圧にあたっていたようだ。
片桐を助けることもなく。
片桐を信頼しているのか、はたまた言われたことしかできないやつなのか。たぶん、こいつは後者だ。
「目的達成した」
「ああ……こいつも確保したしな」
片桐はため息をついた。
「二人とも、大丈夫!」
駆けつけたクシナダの声が響いた。
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死闘から三日経って、ようやく片桐は怪我の痛みがひいてきてほっとした。思いのほかダメージを受けていて、一日はフウマの医者によって安静にしろといわれ、そのあと二日も部屋でごろごろとした。どうせ学校に行く用事もないので、インフルエンザにかかったと嘘をついた。書類についてもフウマの幹部たちが用意してくれるので困ることはない。
怪我をしたが、それでも収穫は大きかった。捕まえた二人の男達から情報を聞き出せば、麻薬組織は倒すことはできる。アマテラスから褒美の言葉をもらったから、よしとしよう。
今日は、クシナダとフウマの本部の食堂で食事をする約束だ。
食堂にきて片桐は眉を顰めた。
「よぉ」
場違いなほどに太く、爽やかな挨拶だ。
「あんた、どうして」
山崎がトレイをテーブルに置き、右にはクシナダ。左にはサキをはべらせている。
「いや、俺、ここの女主人さんに気に入られちゃってさ……殺すには惜しいから、こいって。元々、俺はフリーの殺し屋だし。だから、今後はよろしく。ああ、ここではヤマトって改名しとけっていわれてさ」
確かに、山崎の――ヤマトの実力を認めるが、だからといって、アマテラスはなにを考えているのか。
敵であったものを味方に引き入れるなんて。いくら実力主義だからといってこんな男を信頼していいのか。それも名前まで与えるなんて。
「ほら、俺が仲間にはいったお祝いしようぜ」
「あのなぁ……いいのかよ、クシナダ」
頭が痛くなってきた。 片桐は呆れたため息をつく。
「私だっていやよ」
クシナダが顔は不機嫌というのが伺える。
「そんなこといわないでさー、クシナダちゃんにサキちゃん」
ヤマトの手がクシナダの胸、そしてサキの太ももをなでる。
「んー、すべすべ、むにゅむにゅ」
だらしない笑みを浮かべるヤマトの頬をクシナダの強烈なパンチがヒットする。
「最低!」
そういって立ち去るクシナダ。
サキは無表情で、ヤマトの手を自分から離させると立ち上がった。
あれぇとヤマトが声をあげたとき、サキの右足がヤマトの胸を直撃した。
「ぐはぁ」
「……死ね、えろがき」
サキは低い一言を残して立ち去った。あれは、相当に怒っている。
「あーあー、いいなぁー。女のいる組織って、やっぱ、ここにきてよかったわ。あんな胸と尻の女がいるなんてなぁ、なぁ、片桐」
殴られ蹴られてもにやにやと笑っているヤマトに片桐はため息をついた。
「バカがいる……」




