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小娘つきにつきまして!(3)  作者: 甘味処
2幕(A) 前日の噺
13/13

#7 学級崩壊・大惨事

 先週、この学校でも体育祭と文化祭がもよおされた。桜下祭とは違って注目を集めない僕たちの学校は、それなりに盛り上がり、それなりにしみじみと執りおこなわれた。


 それぞれの出し物の来場者数を計測しランキングをつける文化祭は、色のある文系クラスに首位を独占されたが、体育祭のほうは、スポーツ面では成績の取れないと言われていた理系クラスにとっての念願の一位を獲得した。優勝したのは僕らのクラスだった。理系クラスは勉強だけだという悪評を覆したということもあって、一番盛り上がっていたも我がクラスだったと思う。


 どうしてそのようなことができたのか。その秘訣はスローガンにあった。我がクラスのスローガンは、「担任の教員であるマリア・フランクリンに勝利のお神酒みきを捧げる」とのことだった。そして、たくましい力を見せつけて、クラスメイトたちは若々しい能力を発揮し、前言通り勝利をつかみとった。普遍的な学生はこういった行事を前にして目立たぬように気だるそうなものだけれど、僕らのクラスにだけは猛々しい……いや、痛々しいほどの迫力があった。


 今日は九月二十七日の金曜日、いよいよ明日は桜下祭だ。八時四十分、教室内。


「おおおおおおおおッ! 許せねえッ!」


 一人の生徒が投げつけ黒板にぶち当たった教科書が、ぱらりと落ちる。


「ありえねえだろおがあああああぁ! ぼけがああああ!」


 割れた花瓶のはへんが、床一面に飛散している。


「ざっけんじゃねえぞこらぁああああああ!」


 ぽろぽろとこぼれた大量の涙。


「ご、ご主人様! 早くやめさせてください! こんなの……こんなの間違ってますっ!」


 沙夜さよが悲鳴をあげた。


 まるで……地獄絵図を体現したかのごとくだ……。


 文化祭から一週間が経ったこの日、ホームルームが始まった。



 僕らのクラスは――



「終わらせてやるよぉぉおおおお! こんなくだらねえ学校生活なんて!」



 ――荒れに荒れていた。



 クラスのそこらじゅうで罵詈雑言が飛び交い、鳴らされた地団太に窓ガラスがびりびり振動している。そんななか、僕は飛んでくる教材を避けるのにいっぱいいっぱいで息をつく暇もなかった。僕に向けて投げつけられているのではない。それらの雑言や暴力のすべては、教壇にいるあわれな教員に向けられていた。


「みな、みなさん、静かにしてください!」


「おいこら、てめえに用はねえんだよ! ミスターアブラギッシュッ!」


「帰れっ! 早く! 俺たちの前に女神様をさっさと出してくれッ!」


「頼むよ! 俺たちの救いなんだ! 生きがいなんだよッ!」


 朝、ホームルームを始めるために僕らのクラスに入ってきたのは、いつもの教員マリア・フランクリンではなく、数学教師である竹内教諭たけうちきょうゆだったためだ。


 週末だというのによくぞここまで元気でいられるものだと、上を下への大騒ぎとなった教室内の情景をのんきに観察している場合ではない。教科書、スリッパや筆箱、あらゆるものがこちらまで飛び及んでくる。くじ引きで運悪く最前列にあたってしまった僕の席は、彼らの投げたものが飛んでくる危険地帯にあった。


 慌てて、僕は沙夜に陰から出てきてもらう。そして、“思い”を飛ばした。


『おい、沙夜さよ、飛んでくる教科書を守護のタオで防……あたっ!』


『無理に決まってるじゃないですか! 私が防げるのはタオのみに限られ……あたっ!』


 もしも、朝の時間を数学教師が指揮をとったくらいでは、ここまでの騒動には至らなかっただろう。これほどまでにクラスメイトの心が荒んでしまった原因は、開口一番に数学教師の放った一言にあった。


「本日はマリア・フランクリン先生はおやすみします」


「「「なんだってええええええええッ!!」」」


 それはマリア・フランクリンのことを気にかけていた若者たちにとっては、なによりも効果覿面な呪文だった。


「代わりに、この学級はぼくが担当することになりました」


 女神の降臨を待ち焦がれていたクラスメイトたちはざわざわと騒ぎ出した。この時点ですでに暴動の火種ひだねは灯っていたと言えるだろう。


 ちいさな火種を猛火に至らせたきっかけは竹内が続けてはっした言葉だった。ごほんと席をして、竹内教諭は満面の笑みでこう告げたのだ。


「まあ、そういうわけだから、みんな来週“一週間”、よ・ろ・し・く」


「「「一週間ッッッッ!?」」」


 その一言で、温厚で仲睦まじかったクラスの秩序が乱れた。ヒートアップしていくクラスメイトの怒気。あまりの悲しみに慟哭どうこくするもの。空疎感より絶望し表情を失うもの。各々が各々のやりかたで悲しみを体現した。いずれそれは暴動になった。


 よりにもよってマリア・フランクリンの代理教員として選ばれたのが数学の竹内とは、どう考えてもミスチョイスだ。生徒たちから一番人気のない教員を生贄サクリファイスとしたのかもしれない。大榎悠子に苦手意識を持っている僕ですらげんなりとしているのだから、クラスメイトが憤慨ふんがいして当たり前だった。


『ふう、この騒動は恐ろしいですけど、大榎さんがいないことを知ると、幾分か気持ちが落ち着きますね』


 どこか晴れやかな顔をしている沙夜さよが、頭にぶつけられた教科書を払いのけながらにやりと笑った。


『まあね。それにしても大榎さん、どうしたんだろう?』


『さてさて、あの人の考えることは平日からよく分かりません、はい』


 今年度から常任することとなった外国人英語教師、マリア・フランクリン――というのは“彼女”の仮の姿だ。


 正体は大榎悠子おおえのゆうこという日本人であり、沙夜を死ぎりぎりまで追いつめた憑きもの殺しだ。プラチナブロンドのつややかな髪に日本人離れした青眼、ばっちり着こなされたピンク色のスーツに、それが張り裂けんばかりの豊満なバスト、美を象徴するほど理想的な体つき。そんなありあまった美貌をもった彼女は、クラスメイトから恐ろしいほど神格化されている。


『ううん、あの人がいないならいないで、どうも張り合いがないな』


『ご主人様、それ本気で言ってます?』


 もちろん沙夜さよをあんな目に遭わせた彼女のことを許したわけではないけれど、間宵まよいを助けてくれたこともあり、大榎には感謝している気持ちもあった。


 殺されかけたり、救われたり――人格がはっきりとしない彼女とは複雑な縁があると常々思う。そんな僕らの裏の事情かおはクラスメイトたちはなにひとつ知らない。


「なぜ、女神がいないッ?! この学級せかいはもう終わりだ! 崩壊するんだぁ!」


「大げさなことを言うな。本日は、めがみ……こほん……マリア・フランクリン先生は、信頼していた恩師の墓参りにおもむくらしい。まあ、たったの一週間だ。我慢するんだな。ははは」


「ふっざっけんなああああ! なら、一週間水なしで生きてけるのかよ、竹内こら!」


「ひい! 学級崩壊だ!」


 本格的に一限が潰れてしまうのではないかと思えるほど、暴動は凄まじいものになった。


 そんなとき――教室のドアががらりと開けられた。そこから入ってきたのは精悍せいかんな顔をした坂土泰誠さかつちたいせいだった。遅刻してきたのにも関わらず平然な顔つきをしている。


「ちょっと待て! てめえら!」


 彼はずんずんと暴動の中に割って入り、机の上にどんと立ちあがった。そして泰誠たいせいは声を張り上げた。僕の一番親しくしている彼も、情けないことにマリア・フランクリンを信仰する信徒の一人だった。


「てめえら、沈まれよ! よくよく考えてみやがれ! たしかに女神を失ったことはつらい! だが、俺たちにあるのは、マリア様だけか! 女神はいなくとも、天使ならいるじゃないか! 手嶋美代子てじまみよこという名の、品行方正を司る天使が!」


 クラスメイトたちの視線がいっせいに手嶋てじまへ向けられた。教室のはしっこのほうで、姿勢正しく自習していた手嶋が顔をあげる。しんと静かになった教室に手嶋の声だけが響いた。


「ねえ、泰誠くん、なにを勝手なこと言ってるのかな~?」


 手嶋が穏やかな眼力で睨みつけるも、泰誠はお構いなしに続けた。


「さて、お前らに問おう! 健全な男子学生にとって大事なことはなんだッ! 学力か!? 体力か!? それとも奔放さか!? 馬鹿野郎! そうじゃないだろう! 俺たちに必要なのは性の欲求を前にして、お預けになったとしても失う事なかれ! 硬く、強く、くじけない心だッ! いっときの性欲に突き動かされ暴動を起こしてなにになる! どんな顔して女神と顔を合わせるんだ!」


 何人かの生徒が「はっ!」という音を至るところで鳴らした。擬音語ではない。たしかに僕の耳に届いた。


「うう……すまなかった」「そうだな、泰誠のいう通りだ……」「く、俺としたことが間違っていた」


 泰誠の言葉にほだされた何名かが地面に崩れ落ちる。


 同じセリフを他の生徒が言っても、「屁理屈だ」と収められてしまうのだろうが、学力のある泰誠が言うと、不思議と説得力がある。


「……そんなことは知ってるよ、泰誠くん。手嶋美代子さんの魅力だって、このクラスになった時から知っている。でもな泰誠くん、二人はともに大切な存在でありどちらも欠けてはならないんだ! なあ、坂土泰誠くん! きみは白米なくして焼肉が食えるのかッ!!」


「ばっかやろうッ! 贅沢言うんじゃねえッ! 俺たちは恵まれてるんだよ! 隣のクラス! 二年B組を見ているから知っているだろうッ! 与えられなかったものたちの悲痛な姿を!」


 ちなみに二年B組は真面目で有名なクラスであり、生徒の模範となる生徒ばかりがいる。たしかに地味なクラスではあるものの、ごく普通の生徒たちばかりで、その生徒たちからは泰誠が言うような「悲痛さ」は感じられない。


「いい加減気づきやがれ! 俺たちAクラスは恵まれた側の人間なんだってことによぅ!!」


 泰誠はじっくりと周りを見回したあと、さらに声を張り上げた。


「むろん、それぞれが辛いのは重々承知だ! けれど、一週間くらい、信愛なるマリアフランクリン様にお休みをあたえようじゃねえか!」


 クラスメイトたちがときの声をあげる。


「つまんねえことで、ふてくされてんじゃねえよ!」


「「「「うおおおおおおおおっ!」」」」


「そうだ! 仕方がねえな!」


「マリア様がいなくとも一週間は手嶋さんだけを目の保養にしよう!」


「俺は初めから手嶋美代子一筋だったけどな!」


 泰誠により暴動はおさめられたが、いぜん馬鹿騒ぎしている。そんな連中を見て、あほらしいと思いながら僕は席につく。いっぽうで沙夜は楽しそうに笑っていた。


 それにしても、墓参りを理由に一週間も学校を休めるとは、彼女はこの学校においてどれほどの権力を握っているのだろう。やはりいまだに底が知れない女性だ。


 墓参り――皆は竹内の言葉で納得していた。けれど、彼女の裏の人格を知っている僕らだけは当然信じてなどいなかった。



 ――絶対嘘だ。




次回 ▷ 「#8 たしかな成長、前日の夜」

 2幕(A)の最終話です。

 三日後かな?


追記。充電器壊れました。投稿が一週間くらい遅れます。


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