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小娘つきにつきまして!(3)  作者: 甘味処
序幕(B) 秋人の噺
11/13

#4 試しにキスしよ



「それにしても、さっきの子たちあどけなくて可愛かったなあ」


 若い少女と接したあとは微酔と似た情感を催す。言い換えれば快感だ。この手の感情は、若かりし頃には味わえなかった感動のように思う。もしかすれば大人になるにつれて、虚しさと同時に抱いてしまう若さへの憧れというやつ……なのかもしれない。嫉妬は美しい感情にも化けるものだ。


「はあ……もう、これだからあんたって人間は……」


「白色の憑きもの」は小さくつぶやくと、こちらをちらりと見て、これ見よがしにもう一度ため息をついた。どうやら従者である彼女に呆れられているらしい。


「なんか文句でもあんのかよ? お前の言いつけ通りにきちんと落としもんは持ち主に返したんだぞ。そんでもって改めてもらったんだ。文句なんてねえはずだろ。これで今度こそ晴れてこいつは俺のものだ」


 人差し指と中指の隙間にはさんだ、桜下祭のチケットをひらひらと宙に泳がせた。


「はいはい。そうだねー」


「相変わらず、可愛くないやつだな……。おっと、あれは……」


 遠くに視線を投げると、川向こうに三人の女子高生が自転車を引きながら歩いている姿を発見した。川をまたいで黄色い声がこちら側まで届く。匂いまで立ち込めてきそうなほど清楚な子たちばかりだった。


 その三人ともが桜下女子の生徒だ。桜下女子の生徒がこんなにも多く見かけるのは、この河川敷が学校から駅までの道のりにあるためだ。女子高生を眺めながら帰れるということで、あえて、若干遠回りになるこの道を選んでいるというのは、小娘憑きには内緒のことである。


「ああ……やっぱりいいなあ……可愛いなあ……」


 きゃぴきゃぴとはしゃぐ女子高生を眺めながら思わず感嘆かんたんをもらしていた。


「わっかんなーい! 女子高生なんて眺めて、なにが楽しいの?」


「へ、お前みたいな小娘の相手をしているより百倍は楽しいぞ」


「はあ!? なにそれ! 超ムカつくんだけど!」


 私としては軽口を叩いただけのつもりだったが、この小娘憑きはむきになって迫ってきた。口をへの字に曲げて、顔をぎゅっとしかめている。理由は知らないが、この手の話題になるとやたら食いついてくる。


 あまりにもぐいぐい詰めよってくるので、私は彼女の頭を両手で抑えて距離をとった。人形のようにキラキラと輝いた銀色の髪からは、作りものにはない温かみが感じられる。運良く、人通りがなかったので携帯電話を取り出さずにそのまま声を発した。


「なにキレてんだよ、お前が感情を表に出すなんて珍しいな」


「うるさい! ねえ! なんであたしじゃダメなのっ!! あたしだってさっきの人間たちに負けてないよっ!! いいじゃんあたしでもっ!!」


「は? あたしでもいいじゃん? あほかよ、お前。んなん全然オッケィじゃねえっつの。俺は小娘には興味がわかねえんだよ」


「なによ! 女子高生だって小娘じゃん! あたしと変わんないじゃん!」


「なあ、いいか、よく聞け」


 ぐっと彼女の肩をつかんで、路肩によせしゃがませる。そして憑きものの瞳をじとりと見据みすえた。「白色はくしょくの憑きもの」はふてくされた不良学生のように、こしょばゆそうに首を伸ばしたり縮めたりとしている。


「なによ、らしくもなく真剣な顔しちゃって……」


「真剣な話なんだよ」


「……なに?」


「俺がこの業界でなんて呼ばれているのか知ってるか?」


「この業界」とは、憑きものの世界のことだ。


「えっと……知らない。うーん、ペド男とか?」


 小娘憑きが無礼極まりないことをいった。無礼極まりないうえに、残念ながら惜しいから困った。


「……ロリコンだよ、ロリコン。信じられっか?」


「信じるもなにも、正解じゃん」


 納得がいったといわんばかりの顔をする憑きものを睨みつける。


 たしかに女子高生が好きだ。しかしながら、いくら可愛かろうと恋愛対象として見ているわけではない。彼女たちから感じとれるのは、よたよたとこちらに歩いている幼子をながめて愛愛しさを覚えるようなもので、ある種、卑俗ひぞくから隔絶かくぜつした感情だとも言えた。


 もともと私は経験豊富そうな年上の女性を好む。高校時代に交際関係にあった女性も二つ上の先輩だった。なので、断じて宣言できる。私はロリコンではない、と――。


「そもそもシンプルすぎると思わねえか、ロリコンだなんて。せめてロリコン公爵とかさ、ロリコン大使とかさ、かっこいい言葉を付属させるべきだと思うんだよ」


「そのセンスもどうかと思うけどー? 秋人、相変わらずひっどいセンスだね」


「いやセンスの話はどうだっていいんだ。ともかく、いくらなんでもロリコンはないと思わないか? ショックすぎて夜も眠れないくらいだ」


「結局さ、秋人ってば、なにが言いたいの?」


「すべてはお前のせいだってことだよ!」


 そんな汚名がつくのにもきちんとした理由がある。私は人前では好青年を気取っている。人の視線がある前では、謹厳実直きんげんじっちょくなふりをするわけだ。なので、油断したところを見られでもしない限り、「ロリコン」などと言った不名誉なレッテルを張られることはない。責任のほとんどはまわしき小娘憑こむすめつきにあった。


「お前が人前でもお構いなしに、べたべたぺたぺたくっついてくるせいなんだ!」


 小娘憑きの鼻っ面めがけて指を突きつけた。すると「白色はくしょくの憑きもの」はきょとんと首をかしげて、目をしばたたいた。


「え? なんであたしのせいなの? 悪いのは秋人の性癖せいへきでしょ?」


「お前、やっぱりなーんも分かってないんだな。あんなぁ、男が小娘憑きなんて憑きものを従えていると、趣味を疑われるんだ」


 この世の中にはたくさんの憑きものがあふれている。だが、人型の憑きものの数は相対的に見て少なく、なおかつ女型の憑きものとなれば、さらに希少となる。小娘憑こむすめつきは世の中にそうそういない。だから成年を超えている私が小娘憑きを従えているとなれば、仲間うちでからかわれることが多い。他の憑きもの筋と交友するのを避けたがる理由は、肌が合わない以外にそういった理由もあった。


不埒ふらちだとまであらぬ疑いをかけられる俺の気持ちがお前にわかるか?」


 小娘憑きはぷいとそっぽを向いた。彼女の視線は川辺に向けられていた。憂いを帯びた横顔にも見える。


「べ、べつにいいじゃん……。誰になんて思われたって……さ。だって、ほら、あたしたちは、かぞ……」


 もごもごと小娘憑きは言いづらそうにしている。なので私は、彼女の気持ちをいちはやに察知し、言葉を継いでやることにした。


「そうだな。そもそも、人間と憑きものの間に恋愛感情なんて生まれるわけがないのに。変な勘違いされて困ったもんだよな。お前も俺と同じ境遇なのかもしれないな」


 と私が口にすると、小娘憑きはこれまでに見たことのないぐらいおぞましい、しかめ面になった。


「な、なんだよ、お前、怖い顔して」


「恋愛に憑きものも人間も関係ないじゃん……くたばれ……」


 恨めしそうにそう呟いた。


「……どういうことだ? なにかのジョークか?」


「なんでもないよ! いーっだ! くたばれっ! こんの、スケベおやじっ!!」


「おやじだと? ばかいえ、俺はまだ二十二だぜ?」


「見た目が親父くさいっていってんの! そのむさっくるしいあごひげ剃った方がいけてると思うけどー!」


 小娘憑きが私のたくわえたあごひげを指先で触ってくる。くすぐったかったので、その手をすぐに振り払った。


「ち、小娘にアドバイスを施されるほど、俺は落ちぶれちゃいねえよ」


 目と鼻の先に小娘憑きの顔があった。不意をつかれた私は思いがけずどきりとしてしまう。吐息が甘い。昔実家に植えられていた「小夜侘助さやわびすけ」という品種の椿が放つ香りほどに甘ったるい。


「あんだよ? 顔がちけーぞ、おい。離れろ、ぼけ」


「ねえ、秋人さー……あれ、知ってる?」


「なにをだよ?」


「口づけすることで効果が発揮されるタオがあるってこと」


 意味ありげにそう言うと、小娘憑きはにひっと笑った。


「だからなんだ? お前にそんなくだらないガセネタを吹き込んだのはどこのどいつだ?」


「絵本で読んだの」


「はあ……あれか。白雪姫がなんちゃらかんちゃらってやつだろう。小娘はそういうメルヘンチックな迷信を信じたがるよな」


 憑きもの筋が憑きものに口づけすることにより、憑きものが負った傷を回復させられるタオがあることは時々冗談話として語られる。童話にある「白雪姫」の話はそれをもとにして作られたなどという俗説があるためだ。憑きものという生物に関しては未知なことが多く残されている。そのせいか、迷信俗説がたびたび流行する。


「迷信かどうかなんて、分からないじゃん」


「ないんだよ。大抵、迷信なんてものは聞き手側を盛り上げるために、面白おかしく脚色されて広まってゆくんだ。キスだなんてあからさまにそれじゃないか」


 私がそう説くと、彼女は神妙しんみょうな顔をして黙り込んだ。かと思いきや、私の腕をぐいと引いて、小娘憑きは体をぴたりと密着させてきた。


「じゃ、試しに――」


「な、なんのまねごとだ?」


 彼女が着用するサンドレスの生地は薄い。胸元に押し付けられた憑きもののバストに、思いのほか弾力があったので動揺してしまう。とくとく高鳴ってゆく彼女の鼓動がこちらまで伝わってきた。



「――キスしよ」



 上目遣いで私を見上げる小娘憑きに視線をあてながら、心の底から呆れ果てていた。この「白色の憑きもの」は口づけという行為がどのような意味を持つのか知らないらしい。ただ、気持ち良いからするのだとばかり思っているらしい。キスの仕方を知らない若者のように大胆な口をしている。具体的にいえば、唇を数字の「3」に形にしたまま、ぐいぐい迫らせてきた。


「やだよ。離れろ」


「え? なんで?」


「うっせ。なんでもだ」


 人間と憑きもの――私が彼女を冷たくあしらう理由は種族を別しているからではない。この小娘が醜い姿をしているから拒んでいるわけでもない。たびたび悪態をつくが、見た目は女子高生に劣らず可愛らしい。


 長く輝かしい銀色の髪に乗っけられた王冠の飾りや左腕につけられた金色のアームバングル。透明感のある小麦色の肌。そのように人間とかけ離れた見た目をしているものの、彼女は姿はこの世界によく馴染なじんでおり、違和感なく受け入れられる。ただし、恋人とかそういうものには至らない。


 この理性が体にストップをかける抵抗感を絆なり友情なりと呼ぶのだろうか、ふと想像してみた。


 そうだ、我々の関係は兄妹に近い――。


 私が憧れていた家庭環境――。子どもの時分から、ずっと――『兄弟』が欲しかった。それは妹でも弟でもかまわない。兄でも姉でもなんでもいい。とにかくこの世界に一つでも多くの繋がりが欲しい。鎖が欲しい。繋ぎ止めておくほだしが欲しかった。


 私が誕生したとき、すでに父はいなかった。「死んだ」とも「蒸発した」とも母の口から聞かされた。もしかすれば、今もどこかで生きていて、その血が現在まで流れているとしたら……。どこかに私には兄弟がいるとすれば――。


 いや、それはない。膨らませた想像をすぐにかき消した。実現しない夢は見ない主義だ。のちのち悲しくなるだけだからだ。


 とにかく、執拗しつように唇を迫らせてくる、この小娘憑きと私との間に特別な感情があるとしたら、それは兄妹間に築かれるきずなのような感情なのだ。創作物でもあるまいし、その気持ちが恋愛感情に発展することはない。小娘の体を引きはがしながら、そこまで思考の整理を終えた。


「白色の憑きもの」のおでこをハエを払う要領でぺちぺちと叩く。ぐっと鼻っ面をつまんでやると、小娘憑きは滑稽な顔をしてもがいた。


「はにふんのよー!」


 そんな憑きものを眺めているうちに、自然と笑みがこぼれた。


「ほら、ばかやってないで、さっさと帰るぞ」


 そう――我々はこのくらいの関係がちょうどいいのだ。私たちは帰路を歩いて帰る。変わらない日常を願いながら――。


 それにしたって、憑きもの相手に口づけを交わす憑きものすじなんてのは本当にいるのだろうかと、迷信だとわかっていながら考えてみる。もし実在するのなら、ぜひお目にかかって見たいものだという、好奇心もあった。



 序幕(B) 秋人の噺 終了

 2幕(A) 前日の噺


 次回「小早川奈緒という少女」


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