たった一人の
『私達は『生粋の』人間ではないのです。』
私の頭はマクリナの話を聞く前でも後でも、同じように混乱状態だった。
いや、違う。
本質的な混乱の原因となっているものは、全く違う。
ここがどこなのかも、今この部屋にいる人達の名前も、そして何故皆が自分を巫女と呼ぶのかも全て教えてもらった。
多分、私がわかるように噛み砕いて。
それはわかったが、今私の前にいる
……いや
『私達』とマクリナは言った。
つまり、この部屋にいる人達は
人間ではないということなのか?
私は無言でゆっくりと部屋中を見渡した。
ルイス、ソウマ、クラウド、マクリナ。
どこからどう見ても人間だ。
しかも、揃いも揃ってとても端正な顔立ちをしている。
………それはいいとして。。
「……人間じゃないとしたら、あなた達は何なんですか。」
尻尾をしまいこむマクリナに、恐る恐る尋ねてみた。
「…私達は『獣人』といいます。この呼び方もきっと私達を生み出した者がつけたのでしょうけど。字の如く、私達は人間に似せて作られた獣です」
「ケモノ。」
「はい。この世界では様々な種類の人型の獣が生活をしております。一見するとあなたとなんら変わりはなく見えるかもしれませんが、核になっている部分はまるで違います。まぁそれはきっとあなたも徐々に感じてくるでしょう。」
マクリナは予言の書とやらを脇に抱え、一度自分の席も戻っていった。
私に頭を整理する時間をくれたのかもしれない。
私はカップの中に映る自分を見ていた。
正確にはただぼんやりとカップの中を覗いていたのだが、そこに映る混乱している自分と目があってしまった。
つまり、私はなんらかの原因で異世界に迷い混んでしまって、それが予言の書とやらに書いてあるのと合致したからこの人達は私を巫女だと思い込んでるわけね。しかも、この世界は人間みたいに見える獣……動物が生活してる世界ってこと?
私と同じようにお茶を飲んだり、話したりしてるこの人達が?
顔を上げるとルイスが遠くから見詰めていた。
その顔はとても心配そうに曇っていた。
「全てが突然すぎて混乱するのもわかる。サクラ、とりあえず今はこれくらいにしてもう少し落ち着いたら少しずつ話していくのはどうだろうか?」
ルイスの言葉に、私は自分がひどく疲れていることにその時気づいた。
普段使わない部分まで使った頭は急に痺れるように痛み、走り回った足はなんだかダルくなっていた。
コクンと頷いたとき、私は自分の衣服が切り落とされていることを思い出した。
たしかあの時クラウドは何かを確認するって言って私のことを切ったよね。。。
「……最後に一つだけいいですか。」
片手でルイスの上着が落ちないようにギュッと両裾を握りながら、もう片手をおずおずと上げた。
「どうした?」
ルイスの返事に皆が私を見た。
思い出したくないあの光景に、一瞬口を開くのを躊躇したが、キッとクラウドを睨み付けながら早口に問いただした。
「どうして私をあんな目にあわせたんですか?何を確認したくてあんなことしたんですか?」
私と視線が合っているのにクラウドはなんの反応も見せたかった。ただ、さっきまでと同じように私のことを鋭く見ていた。
「……その説明をしていなかったね。サクラ様本当に無礼なことをしてしまって申し訳ございませんでした。でも、あれはちゃんと理由があったんです。」
またマクリナが話始めた。
私とクラウドの間の睨み合いは続いていたが、マクリナはその様子を気にしないで続けた。
「実はあれは巫女であるかの確認だったんですよ。予言の書に出てくる『オンナ』なのかどうかっていう。それを簡単に確認するのはあぁするのが一番早いと思っていてね。」
「………どういうことですか?女かどうかなんて服を着ていても分かるんじゃないんですか?」
クラウドに視線を向けたままマクリナに問う。
「いや、それが私達には分からないんですよ。衣服を身に付けていては。」
「………。」
何を言ってるんだ。この人は?
クラウドからようやく視線を外すと、今度はマクリナに怪訝そうに見た。
その視線に彼は軽く怯んで両手を上げながら、首を横にゆっくりと振った。
「本当なんですよ、サクラ様。私達は文献でしか『オンナ』というものを知らないのです。私達の世界には、オンナはいないんです。」
女が、いない?
「遠い昔、私達にも男女という種別がありました。あなたからしたら雄雌と言った方がいいかもしれませんが。しかし、近年私達の世界には『雄』しか存在しなくなってしまったのです。」
また突拍子もないことを言われてしまった。
「…………じゃ、じゃあどうやって子供が生まれるのよ?」
そう、女がいなくては子孫反映なんてできないじゃない。
まさか、男が子供を産むの!?
「私達は『産まれる』のではないのです。ある日突然『現れるのです』」
現れる?
「男女という種別がなくなった頃から、この世界では子供は言葉の意味そのままに授かるものとなったのです。龍の森が光時、いくつかの光が様々な場所に放たれます。その光の正体こそが幼い子供なのです。光は頻繁に現れ、各家々に灯りその家の子供となります。」
「……じゃあ、誰かがお腹を痛めて産んだとかではなく、突然にってことですか?」
「そうです。おそらくオンナという存在がなくなってしまってもこの世界が存在し続けられるように、何かが起こったのでしょうね。」
まるで、ファンタジーのような誕生の仕方だ。
キリストだって、さすがにマリアのお腹から出てきたのに。あれ、でもお釈迦様は蓮の花から生まれたきたんだっけ。
いや、それともまた違うでしょう!!
訳のわからない自問自答をしていると、視線の端に小さな姿が入り込んできた。
マクリナの前のテーブルにお人形さんのように足を投げ出して座っている、小さな妖精のような少女。
「ちょっと待ってください。女はいないって、じゃあイーヴァはどうなんですか?」
確かに他の人達よりも大分人間場馴れしているが、イーヴァの姿形は女の子そのものだった。
長い髪にスラッと伸びたら手足、おまけに着ているのはワンピースだ。
突然指を指されたイーヴァはとてもビックリしたようにビクッと体を揺らし、私の方を見た。
どこからどう見ても可愛らしい女の子だ。
マクリナはイーヴァをチラリと見てから、首を横に振った。
「イーヴァに性別はありません。」
「えっ?」
「イーヴァは自然に生まれたものではないのです。この子は私が造った人工の獣人です。」
「そうなのだぞ。父様がイーヴァを作ってくれたんだぞ!」
イーヴァが立ち上がり、また腰に手をあててエッヘンと誇らしげに威張って見せた。
もう、なんでもありなのね。
その答えを聞いてもう驚くとかそういう気力がなくなってきた。
ヘナヘナと机に頭をへたりこませると、もう一度ルイスの声がした。
「では、今日はここまでとしよう。サクラ、部屋を用意してあるそこでゆっくりと休むといい。明日にでもまた話をしよう。クラウド案内しておやり。」
「はい。」
そう言うとルイスは立ち上がり、ソウマを引き連れて部屋を去っていった。
クラウドも一度小さく溜め息をつくと立ち上がり、私の方に近付いてきた。
「行くぞ。」
「………。」
私は机から顔を上げないままクラウドを睨んだ。
なんであんたなのよ。
動かない私を見て、今度は盛大に溜め息をついた。
「ここで寝るなら置いていくが?」
「…………。」
「聞いてるのか?」
「……………何か言うことはないんですか」
「……なんだって?」
ボソボソと放った私の言葉は彼には届かなかったようだ。眉を寄せて、こちらを見ている。
その表情が余計私の勘に触り、ガバッと立ち上がると彼の耳元で目一杯息を吸い込んで
「……何か言うことはないんですか!!!」
「!!!」
クラウドは私の大声に後ずさりながら耳を両手で覆った。
「お前!さっきので聞こえてた!俺の聴覚をなめんなよ。」
「そんなの知らないわよ!聞こえてたなら答えればいいじゃない!女の子をあんな風に辱しめて!」
「俺は言われたことをしただけだ!責めるならマクリナを責めるんだな!」
その光景をヒヤヒヤしながら見ていたマクリナがビクッと目を見開いた。
だが、私の視線はクラウドを逃さなかった。
「マクリナさんはさっき何度も謝ってくれたわよ!あんた聞いてなかったの?それとも自分は全く悪くないって言いたいわけ!」
「任務を遂行するのが俺の役割だ!それに何をそんなに騒ぐことがあるってんだ!あれぐらいのことで」
「あれぐらいのことですって!」
言ってるうちにますます腹が立ってきた。
唇を噛み締めて次の言葉を探す。
だが、只でさえキャパオーバーな事が起こりすぎ、おまけに煮えきった頭では次の言葉がなかなか口から出ていかない。
悔しくて、噛み締めた唇が白くなる。
「………お前。」
その時、クラウドがハッと何かに気付いたように表情を変えた。
その彼の顔が歪んで見える。
私の頬に涙がつたった。
限界だった。
頭も体ももう疲れきっていた。
伝わらない言葉が涙となって出てしまっているようだった。
なんで自分がこんな目にあわなくてはならないのか。
堪えていたものが、一粒流れ出てしまったのが最後。私のそれは止めることなどできなかった。
堪えようとすればするほどに、嗚咽が漏れる。
「クラウドもうやめるんだぞ!」
パタパタとイーヴァが私を庇うように間に入ってきた。
「…そうですよ。サクラ様は私達とは違うのです。もう少し彼女のことも考えてあげなくては。」
「サクラ大丈夫だぞ。イーヴァがサクラのそばにいてやるんだぞ。」
小さな手が私の頭を撫でてくれる。
「………うっ、うっ………」
私は頷きながら嗚咽を漏らすことしかできなかった。
「………」
そんな様子をクラウドは黙って見下ろしていたが、その表情は困惑しているようだった。
マクリナがソッと彼の肩に手をおいて彼を見詰める。
「………」
涙で歪む床に、クラウドの足先が見える。
ゆっくりと顔を上げると、彼はとても罰の悪そうな顔をしながら手を差し出していた。
そして一言
「………悪かった。」
と、小さく言って乱暴に私の手を取り引き上げた。
「………着替えを用意させてくる。マクリナこいつを部屋まで連れていってやれ。」
「分かりました。」
それだけ言うと、彼は素早く手を離しクルッと私達に背を向けると足早に廊下の先に消えていった。
………謝ってくれた。
目の前に叱られた子供のような表現のクラウドがまだ写っている。
力一杯引かれた時の衝撃で涙は止まってしまった。
「クラウドが謝るなんて、父様きっと雨が降ってくるんだぞ」
イーヴァは唖然としたような顔のままマクリナの肩にとまった。
マクリナは優しく笑いながらイーヴァに頷いてみせた。
「そうですね。でもきっと彼もどこかで罪悪感と闘っていたのでしょう。その証拠にサクラ様の事をずっと見つめていましたから。」
あの刺すような視線の事を言っているのだろうか?
だとしたら、私が知っている感情表現もここでは異なるものなのかもしれない。
困惑した表情でマクリナを見上げると、彼は微笑みを返して私の肩に触れた。
「さて、私達も行きましょうか」
「…そうですね。」
いつまでもこの姿でいたくなんてなかった。
私は押さえているところを気にしながらマクリナの後に続いた。
「それにしても、綺麗なお城ですね」
来るときは急かされて歩いたせいで、目の隅で流れるように景色が変わってしまっていた。
「ありがとうございます。と、言っても私は普段はあまり昼間部屋から出ることはないので私も今日久しぶりにこの景色を堪能したんですがね。」
「えっ?マクリナさんは普段何をされてるんですか?」
「私は研究やら実験やら魔術やら、その辺り全般をやっております。」
………なんて怪しげな。
「この前はイーヴァが敵の視察から帰ってきたら、書物に埋もれて動けなくなっていたんだぞ。父様は放っておいたら城内で餓死すらしてしまうかもしれないんだぞ。」
イーヴァは肩の上から呆れたように言った。
「それを言わないでおくれよ。」
「でもでも、父様の考える作戦はいつも奴らとの戦いで効果覿面なんだぞ!父様は戦いの参謀にもなっちゃうんだぞ!」
今度は誇らしげに言い放った。
「戦いって?」
その部分に引っ掛かってしまった。
こんなにも穏やかそうな所に似合わないワードだ。
「…………。」
マクリナが口をつぐんでしまった。
イーヴァも不味いことを言ってしまったと羽をヘタンと萎めて手で口を塞いでいる。
聞いちゃ……いけなかったかな。
なんとなく重くなった空気のまま、私に宛がわれた部屋に着いてしまった。
コンコンと木の扉を叩いてからマクリナは扉を開けた。
「サクラ様どうぞ」
「あ、ありがとうございます。」
緊張しながら中に入ると
「……うわぁ。素敵」
部屋の中はとても美しいアンティークの調度品で揃えられていた。
「気に入っていただけましたか。急遽ご用意したので、もしなにか必要なものがあれば申し付けください。」
「ありがとうございます。すごく素敵なお部屋ですね。」
私の反応にマクリナは笑顔で頷いた。
窓辺まで歩いていくと、窓からは中庭が見渡せた。
空はどこまでも青く澄んでいて、見ていると吸い込まれていきそうだった。
窓に背を向け、そこから部屋の中を見渡した。
タンスに飾られているアンティークの小物はどれも女の子が好きそうなものだかりだった。
本当に女の子はいないのかしら?
そのうちの一つを手に取りながら、こんなにも可愛らしいものが男ばかりの世界で必要なのかどうか考えていた。
コンコン
と控えめなノックが聞こえてきた。
「どうぞ」
扉の前にいたマクリナが返事をすると、先程お茶を淹れてくれた少年が入ってきた。
「失礼いたします。クラウド様が巫女様にこちらをと。」
綺麗なお辞儀をした後、彼はマクリナにいくつかの布を渡した。
「ありがとうございます。あぁ丁度良かったです。サクラ様、紹介いたします。彼がこれからサクラ様の身の回りのお世話をいたします。テトパリュースでございます。」
マクリナに紹介され、彼は一段と深く頭を下げた。
「テトパリュースにございます。未熟者に御座いますが、何なりとお申し付け下さい。」
身の回りのお世話!?
そんな仰々しい挨拶をされておろおろしながら、二人を見た。
自分の住んでいた世界とはまるでかけ離れすぎている!この世界に来た途端に、私の元にこんなにも可愛らしいお世話役の男の子がついてしまった。
「サクラ様、テトパリュースはなかなか言いづらい名前かもしれませんので、私達は親しみを込めてテトと呼んでおります。何か不便があればテトに遠慮なく申し付け下さい」
「……は、はい。」
私はやっと頭をあげたテトの前に立ち、同じように頭を下げた。
「サクラといいます。これから…その、よろしくお願いします」
頭を下げる私にテトは慌てたように手をパタパタさせた。
「顔をおあげください!僕などに頭をさげるなんて!」
「えっ?どうして?テトにこれから多分たくさん迷惑かけちゃうと、思うから頭くらい下げさせてよ」
「いや、でも……」
「いいんじゃないですか。サクラ様のご厚意を無駄にしてはいけませんよ。」
焦るテトにマクリナが優しく諭してあげると、少し複雑な表情をしながらも
「こちらこそよろしくお願い致します」
と言い返してくれた。
「では、クラウドが選んできた服に着替えていただきましょうか。」
マクリナは手に持っていた3枚の服を壁にかけ始めた。
全てドレスワンピースで、見事なまでの刺繍が施されていた。
私はまた不思議に思ってしまった。
なんで、男しかいないのに女物のドレスなんてあるの?
その美しいドレスに見とれながらも、首を傾げてしまった。
「サクラ様はどちらがお好みでしょうか?」
マクリナが振り返ったとき、首を傾げている私と目があった。
「?どうかされましたか?」
しかし、マクリナはその女物の服があることになんの疑問も持っていないようだった。
「………いえ。」
その疑問はとりあえず着替えてからにしようと、一番近くにあった薄いピンクの緩いフリルのついたドレスを指差した。
「これがいいです。」
サッとテトがそれを外すと、パーティションの方へと持っていった。
「……えっ?ここで着替えるんですか?」
「何か問題でも?………あっ、そうですね。」
私の言っている意味が通じたらしく、マクリナは扉を開けた。
「では、私は一度部屋に戻りますので何かあればテトに申し付けて下さい。」
「あとで遊びに来てやるぞ」
イーヴァが元気よく手を振ってから扉がパタンと閉まった。
さすがにパーティションがあったとしても、そのすぐ近くにいられてはそわそわして着替えられない。
ふぅーと溜め息をついて、パーティションの向こうにいくと
「わっ!!」
そこには静かに着替えの準備をしていたテトがいた。
私の声に驚いたのか、大きな瞳を更に大きく見開いていた。
「どうかされましたか?」
「……ううん」
さすがに、テトの存在を忘れていたなんて言えなかった。
テトは気にする様子もなく、靴といくつかのアクセサリーをテーブルの上に並べてから、ドレスを持って近付いてきた。
そして、私の横に立ちとスッと何かを待つように動きを止めた。
「…………。」
「…………。」
えっと………これは何を待っているのかな?
チラッとテトの方を見ると、彼はただまっすぐ前に向きピッとドレスが床につかないように両手で持ってくれていた。
「………………………あの、テト?」
「はい。」
堪り兼ねて、私が口を開いた。
「私着替えたいんだけど。」
「………はい、どうぞお着替えください。」
キョトンとした顔で見られてしまった。
私の言いたいことが伝わらなかったようだ。
「………あのね、テト。言いづらいんだけど、テトがそこにいるとちょっと、その……着替えづらいんだよね。」
その言葉にハッとしたかのようにテトは頭を下げた。
「申し訳ございません!」
良かった。通じたみたいだった。
いくら可愛い顔してても、男の子だもんね。
見られてたらやっぱり恥ずかしい。
ホッとしてテトが離れていくのを待っていたが、テトはほんの3歩程離れると先程と同じ体勢をして止まった。
「………えっ?」
「これくらい離れれば邪魔にはなりませんか?」
私の言ったことを丸っきり勘違いしてる。
どう伝えるのが一番いいのか考えたが、もうハッキリと言ってあげた方がいいと決意した。
今言わないとこれからもこんな風に見られながらの着替えになっちゃう!
意を決してテトに向き合うと、そのキョトンとした顔と目があった。
「あのね、テト。私テトに見られてると恥ずかしくて着替えられないの。」
「恥ずかしい?ですか?」
「そう。恥ずかしいの。だから着替えは一人でできるから、ちょっとだけ向こうに行っててもらえないかな?」
「………できません。」
「えっ?」
テトは少しだけ考えたあとハッキリと否定した。
「僕の役目は巫女様の身の回りのお世話にございます。お着替えもその一つ。どうか、僕からその役目を取り上げないで下さい。」
ハッキリとした口調で懇願されてしまった。
私は悩んだ。
これが仕事だから取り上げるなと言われてしまっては、なんとなく強くは言い返せない。
真剣な顔のテトが私を見詰めている。
それに、こんなにも必死に役割を全うしようとする姿を否定するなんて…………。
えぇいっ!見られてビックリするような素敵な体じゃないんだ!
テトにだけは心を許そう。こんな弟みたいな子に見られたって平気じゃないか!
心の中で自分に言い聞かすと、私はゆっくりと肩からかけていた上着を脱いだ。
それでもやはりちょっとだけ気になるので、テトに背を向けたまま切られてボロボロになったシャツを脱ぎ、その後スカートも下ろした。
下着だけになった私は、居心地悪く体を擦った。
テトが後ろからドレスを着せてくれる。
彼の小さな手が器用に私の体に美しい布を巻き付けていく。
シュッと背中の紐を引きドレスを私の体の形にフィットさせる。
着せ終えると今度は前に回り込み、アクセサリーで私を飾った。
最後に低いヒールの靴を履かせてくれて、頭を下げた。
「ありがとう」
私はやはり最後の最後までテトの視線が気になり、気が気ではなかった。
しかし、テトは表情一つ変えずに坦々と仕事をこなしていて一人で照れている自分が余計に恥ずかしくなった。
彼はスタスタと鏡を持って私の前に立たせた。
「いかがでしょうか?」
………うわぁ。
鏡の中の私が歓喜の声をあげた。
淡いピンク生地に金と銀の刺繍の入ったドレスは、私の体のラインにそって綺麗な形をしていた。
足元の控えめなフリルも品があって美しい。
胸元にはテトが選んでくれた小さな紅い宝石のついたネックレスがチラチラ可愛らしく揺れていた。
「………すごく素敵」
思わずそう漏らしてから、ハッとしてテトに手を振った。
「ちがうの!私が素敵ってことじゃなくて、このドレスが素敵ってことね!」
慌てふためく私にビックリした顔を見せた後、彼はクスクスと笑いだした。
笑われちゃった。
恥ずかしくなりうつむくと、彼は笑いをこらえながら今日初めてみせる笑顔で笑ってくれた。
「失礼いたしました。ドレスも素敵ですが、やはりその色は巫女様にとてもお似合いです。巫女様の透き通るような肌に溶け込んでいるようです。」
ボッと顔が一段と赤くなったのが分かった。
そんな言葉を今まで生きてきた中でかけられたことなんてあっただろうか。それもこんな可愛らしい子に言われてしまうなんて。
違う意味での恥ずかしさにまだ顔をあげられずにいたが、なんとか呟くように
「……ありがとう。」
と、だけ答えることはできた。
「いえ」
穏やかにテトが言うと、私の脱いだ服を拾って畳んでくれた。
「こちらは僕が直しておきますね」
「えっ?いいの?」
「はい。おそらく真ん中から裁断されているだけなので。」
この子はきっとなんでもできるんだなぁ、と感心していると
何やら部屋の外が騒がしくなってきた。
「………なんだろう。」
扉の方を見ているとテトがまた少しだけ笑った。
「……多分、あれは」
バァァンッ
テトが何かを言いかけた時、部屋の扉が勢いよく開いた。