波乱の誕生会〜幕開け〜
「ッ………ってぇなぁ。」
今日何度目かの舌打ちをして、クラウドは廊下を足早に進む。
正確にはそれは今日に始まったことではない。
あの日以降、夜な夜な行われているマクリナからの拷も………
もとい、体の異常なまでの回復力の解明行為を受けるようになってからだ。
始めこそ手加減をして行われていたその行為も、マクリナの興味関心が日に日に強くなっていくのに比例して次第にエスカレートしてきていた。
つい二日前なんて、『全身に火を放ってみたい』と言われた。
さすがにそれは全力で拒否したが、結局「それに近いこと」はされた。
だが、だからこそ分かってきたこともある。
マクリナ曰く、この体は『致命的』と思われるものから順に治していっているらしい。
『恐らく、何らかの力で貴方の体は死に直結するような外傷から優先し治癒していくのだと考えられます。なので、例えば胸と脚、腕を同時に貫かれたとして、まず始めに全体に血液を循環させる胸の傷から治していきます。そして、次にその場から立ち去る事の出きるように脚が治り最後に腕が治るというわけです。その速さもまたそれに比例しますね。出血が多い程速く、かすり傷程度ならゆっくりと。痕になって残ってしまうものもありますね。』
もちろん、それも検証してみたから分かったことだ。
『ですが、何故貴方にだけこのような変化が生まれたのかは未だに断固として提示できるような答えが見つかりません。もしやと思い、あの日の兵士にも協力してもらいましたが、貴方のような回復力を持っている者は残念ながら一人も発見できませんでした。』
自分のせいで何人の兵士に巻き添えを食らわせてしまったのかと思うと、クラウドは頭が痛かった。
『よもや、私の推測が正しければ…………貴方は…………』
カツンっと、足音を鳴らして立ち止まる。
夕焼けが沈み、晴れ渡った紺色の空が窓の外に広がっている。
窓に写る自分が、冴えない顔をしてこちらを見ていた。
「…………選ばれた、か。」
マクリナから言われた言葉を、ポツリと呟いてみる。
実感も何もないその言葉は、まるで夜風に流されていくように消えてしまった。
フッと自嘲気味に口元を歪めると、彼はまた歩き出した。
マクリナからの言葉を否定しながらも、心のどこかで期待してしまっている自分がいたからだ。
実感も決定的な証拠もどこにもないというのに、たった一言、他人から投げ掛けられた言葉に心を乱されている自分が、滑稽でならなかった。
胸の奥がモヤモヤと渦巻いて、気持ちが悪くなる。
自分の弱い部分をチクチクと攻撃されているような気分だ。
頭の中と心の中の矛盾した気持ちが、ズキズキと治癒を続ける傷跡よりもずっと気味が悪かった。
重たい瞬きを一つすると、クラウドはキッと表情を変えた。
こんな腑抜けた顔のまま彼女に会えば、何かを察されてしまうかもしれない。
つい先日口走ってしまった己の気持ちも、また今マクリナとの間に行われている事も彼女に知られるわけにはいかない。
これ以上、彼女を遠ざけたくなどなかった。
「……ん?」
長い廊下を進んでいくと、目的の部屋の前にいくつかの人影が見えてきた。
護衛の為に置いている自分の部下の他に2人。
「そんなところで何してんだ?」
「……支度を待っている」
クラウドの姿に早々と気付いた護衛兵が丁寧な敬礼をしているすぐ横で、ソウマがこれまたきちんとした姿勢で立っていた。
「支度?まだ終わってねぇのかよ」
呆れたように眉をしかめるクラウドに、セリンが慌てた様子で口を開く。
「ご、ごめんなさい!リリア、じゃなくって、妹がその、手間をかけさせてるみたいで」
「ん?」
クラウドはすぐそこの声がした方へと視線を下げる。
眉尻をこれでもかというくらい下げて、顔中に焦りを見せながらセリンが慌ただしく口を開く。
「オルタナ様が、その、リリアもせっかくだから着飾ってみろって言ってくださって。その、あいつソウマ様にいいとこ見せたくなっちゃったみたいで…だから、こんなに時間かかってるみたいで。すみません……」
自分を見下ろすクラウドの表情が、まるで睨み付けているかのように感じたセリンは、顔色を青くして勢いよく頭を下げた。
その不機嫌な気分の原因が自分の妹のせいだと思い込んでいたのだ。
ポンッとセリンの頭に大きな手が乗せられた。
「謝る必要なんてねぇよ。」
「えっ」
顔をあげると、フンッと口元を緩ませるクラウドと目があった。
「どぉせ、オルタナが強引にあれやこれやと世話焼いてたんだろ。あいつのことだ、サクラ同様に着せ替え人形にでもしようとしてこんな事態になってるんだろう。お前が謝ることじゃねぇよ」
扉の中にいる派手好きな兄に向けてクラウドは呆れたようにため息をついて見せた。
「逆に俺の方が謝らなきゃならねぇかもな」
「な、何故ですか?」
「今頃、お前の妹はあれこれ塗ったくられてすっかり別人にされちまってるかもしれねぇからな。前に俺にそうしたようにな」
げんなりしたような表情を見せるクラウドに、セリンは一瞬目を丸くした後、ププッと小さく吹き出してしまった。
「ごめんなさい。でも、何か以前にやられたんですか?」
「あぁ?まぁな、あいつのイタズラはもはや病の一種だからな」
相当なことをされたのだろうと容易に分かるほどのひきつったクラウドの顔が、なんだかたまらなく面白く見えてしまい、悪いと思いながらもセリンはまた小さく笑った。
「………ん、にしてもそろそろ時間的に余裕がなくなってきてんな」
未だに開く気配のない扉に向かってクラウドは言葉を投げた。
チラリと窓の外を見ると、「仕方ねぇか」と呟いて扉を少しだけ乱暴に叩いた。
「おい、オルタナ!いつまでやってんだ!もうすぐ陛下かが来場されちまうぞ!」
と、彼が声を張り上げたと同時に
ガチャッ!
と、勢いよく重たい扉が………本当に勢いよく開いた。
「おっまたせしてごめんなさぁい!さぁさぁ二人とも見てあげて!あたしの最高傑作♪」
中から現れたオルタナの弾むような声によって、扉におもいっきり押し倒されたクラウドの悲痛な叫びは丸ッと掻き消されてしまった。
ことの次第を目の前で見ていたソウマとセリンはほんの少し苦い顔をしたが、オルタナに押し出されるように部屋から出てきた小さな彼女の姿を見てその表情を変えた。
「…リリア、お前っ!」
「ねっ?ねっ?あたしの腕前すごくないですこと?」
着なれない重たいドレスにまごつきながらリリアは一歩踏み出すと、はにかんだような笑顔を二人に向けた。
「………どう、かな?」
タンポポのような柔らかな色のドレスが白く透き通るようなリリアの肌にとても栄える。ふんわりと優しく巻かれた髪はまるでその照れた頬の赤を隠すように、控え目に揺れていた。
軽めに化粧も施されているのであろう。セリンも見たことのないほど、リリアの伏せめがちな瞳はキラキラと輝きを放ち、はにかんだ形を造っている唇は触れれば弾けてしまいそうなほどぷっくりと色を付けていた。
「あたしの小さい頃のドレスを引っ張り出してきて、大急ぎで仕立て直したんですのよ!この子を見たとき『絶対この色!』ってピンときて、着せてみたらまぁもう、ピッタリ!!………まぁサイズは大分積めましたけど……でもっ!やっぱりあたしの直感は間違っていませんでしたわ!見てくださいよ、この可愛らしさ!!……まぁ色気は断然あたしの勝利ですけど………でもっ!このお人形のような姿!飾ればこんなにも光輝くものなんですのよ!」
所々で興奮と冷静が見え隠れするオルタナをよそに、すっかりと妹の変化に固まってしまったセリンの肩にソウマがポンッと手を置いた。
リリアがまず真っ直ぐに感想を求めるように瞳をあげた相手は、ソウマではなくセリンにだった。
すっかり別人のように美しくなったリリアに、セリンはほんの少し、本当に微かに頬を赤くすると、どこか拗ねたように瞳を反らした。
「…オルタナ様に、礼をしっかり言えよな」
そのぶっきらぼうな、けれど彼なりの誉め言葉にリリアははにかんだまま頷くと、ドレスの裾をチョンと摘まんでオルタナにお辞儀をした。
「オルタナ様、ありがとうございました」
フフっとオルタナも満足そうに微笑むと、リリアの胸に手を置いた。
「あんたはとってもいいもの持ってんだから、それを磨かなきゃダメよ。磨かない宝石はね、ただの石っころと同じなんだからね」
「…はいっ」
オルタナの言葉を胸にソッとしまいこむように頷くと、リリアはクルッとドレスの裾を翻してみせた。
そしてセリンのすぐ横にいた彼を首が痛くなるほど見上げると、満面の笑みを浮かべた。
「ソウマ様、どうでしょうか?」
「っちょっとぉ!!」
今しがた微笑みを向けていた少女に向けて、今度は怒りにも似た感情のオルタナが発する。
切り替えの速さはオルタナ級のようだ。
って
「皆、私のこと忘れてる………?」
ことの次第を扉の内側から見ていた私は、トホホ顔をチラチラさせてみた。
もう完全に今夜の主役はリリアに持っていかれてしまった。
別に、主役云々っていうのを主張したいわけではないけど、完璧に忘れ去られた人物となってしまったことがもの悲しい。
「………ってえなぁ。ったく」
幸薄く扉の内側に立っていると、いつからそこにいたのかすぐそこでクラウドが先程打ち付けた箇所を手で擦っていた。
ドキッと、私の肩が揺れた。
私はそれを悟られないよう、不自然にならぬようゆっくりと視線を前に向けた後慎重に口を開いた。
「痛そうな音したけど、大丈夫?」
「ん?あぁまぁ平気だ」
「そう」
ぎこちなく開いた口は、言葉を紡ぐのをすぐに止めてしまった。
あ、あれ?
前は普通に話せてたのに、何これ?
この前まで簡単にできていたことが、今ではその手順をすっかり忘れてしまったように何もできなくなってしまっている。
すぐそこにいる彼の熱が、私の肩に触れているような錯覚を起こして頭がクラクラしてくる。
「陛下からか?」
「えっ?」
「それ」
見上げた私とクラウドの視線がぶつかる。
彼はニヤッと意地悪な表情を浮かべた。
「お前にはでかいんじゃないか?」
見下ろす先が私の顔ではなくなった。その視線の先に気が付き、私はバッとそこを両手で覆い隠す!
「なっ!ちょっと!どういう意味よ!?」
「別に~ただスカスカしちまってるなぁと思っただけだ」
「だから~、そういうのを失礼だって前から言ってんでしょ~」
「事実だろ。陛下ももう少し気遣ってくれてもいいのになぁ」
「クラウドっ!!」
ニヤつく彼を私は顔を真っ赤にして睨み付けた。
「ルイスは私に似合うと思ってこれをくれたの!そういう言い方しないでよね!」
私がそれを着こなすことができなかっただけだ。なのに、私を思ってこれを選んでくれたルイスのことまで悪く言われるなんて。
ムーっと睨み付ける私を見下ろしながら、クラウドはフンッと荒々しく鼻から息を吐いた。
「わかってるよ」
ぶっきらぼうにそう言うと、ボフッと私の頭に手を置いた。
それから腰を屈めて、私の目の高さに自分の目の高さを会わせるとすぐそこで反則なくらいニカッと笑って見せた。
「陛下の見立ては大成功だな。よく似合ってる。」
「………なっ!?」
途端に、私の顔は爆発しそうになった。
咄嗟に苦し紛れに、間近にあった彼の顔を両手でグーっと押し返した。
「いてっ!」
「なによ!今似合わないって言ったくせに!」
「似合わないとは言ってねぇだろ!」
「同じ意味でしょ!私にはでかいって!」
「お前の華奢な体が際立つって意味だっつうの!」
「そうは聞こえなかった!」
「そういう意味で言ったんだって!」
「違う!胸がないからって言いたかったんでしょ!」
「………まぁ確かにそこは」
「クラウドっ!!」
再度憤怒する私の反応に、彼はケラケラと笑った。
「本気で言ってるわけじゃねぇよ。お前もそんくらいわかってんだろ?」
私の腕を押し退けて彼は笑っていた。
けど、私はその言葉に少しだけ笑えなかった。
わかんないよ。
クラウドが考えてることなんて。
ポカッと最後に一発彼を殴ると、逃げるように私はオルタナ達の方へと向かった。
「それでは二人を別室に案内した後、私は陛下の所へ戻ります」
「うん。お願いねソウマ」
「はい」
私はセリンの目線まで身を屈めた。
「セリンもリリアも今夜は楽しんでね。たくさん美味しいもの食べるんだよ」
「うん!」
「ありがとうお姉ちゃん」
「またすぐに会いに行くから」
「うん!リリア達もお城のすぐ近くにお引っ越ししてくるからまたすぐにね」
「そうね。じゃあ今夜は素敵な夜を」
「お姉ちゃんも」
ソウマは私達に一礼すると、二人を連れて城の奥へと姿を消していった。
身寄りをなくした二人は、今後ソウマの目の届く場所に引っ越してくるらしい。
これでいつでも会うことはできるけど、リリアはまた隠されながら生活をしていかなくてはならない。
早くこんな歪んだ世界を終わらせてしまいたい。
私のすべきこと。
それは…………。
「俺達も行くぞ」
三人の姿を見送ると、クラウドはクルっと身を翻し大広間へと続く廊下へと歩みを進めた。
「さっ、サクラ行くわよ」
それに続いてオルタナが私をいざなってくれる。
私は小さく頷くと、ゆっくりと一歩を踏み出した。
私の胸元で、秘色の空石がひんやりと私の秘密を隠すように揺れた。




