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獣と獣??  作者: 暁 とと
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波乱の誕生会~支度~

「…………ねぇ、ちょっとこれ派手すぎないかな?」

私は鏡の前に立ち、自分の格好を困り顔で見つめた。

「なに言ってんのよ。すっごく素敵じゃない!それにあんたの体のラインにピッタリに作られてるんだから、それくらい出てても平気よ」

「だから困ってるんだってば!」

こちらを見ずに、鏡に向かって自分の唇に紅をさすオルタナに私は八つ当たりするように唇を尖らせた。

「体のラインがハッキリするから困るの。こんな…パックリ背中も開いてるし……」

オズオズと背中を鏡に写すと、ドレスの隙間から見える自分の背中に顔が赤くなる。


なんで、こんなドレス選んだりしたのよ………。


私はその真っ赤なイブニングドレスを贈ってくれた彼のことを不本意ながら呪ってしまった。




ルイスが誕生会の開催をマクリナに告げた夜から、城の中はまるでおもちゃ箱をひっくり返したように騒がしくなった。

ルイスが言っていたようにマクリナはある程度の準備はしていたようだったが、それは本当に『ある程度』で、いざ本腰を入れて準備するとなると人手も時間もあまりにも足りなかった。

あっちでバタバタこっちでバタバタと皆が忙しく走り回るものだから、そんな中で私だけ部屋に閉じ籠っているのも居心地が悪くなってどうにかマクリナを捕まえて私も何か手伝うと名乗り出たくらいだ。

そんな私の申し出を珍しく受け入れてくれたマクリナを見ると、本当に時間が足りないのだなぁと分かった。




そんなこんなで、どうにか本日ルイスの誕生会が執り行われる。

朝早くから花火が打ち上げられ、城にはたくさんの誕生日を祝う献上品がひっきりなしに届けられていた。

そのワイワイした雰囲気に、私もなんだか朝から興奮していた。

本当に微力ながら私もこの晴れやかな日のために、皆と一緒に頑張れたのだ。

ただ遠くから見ているだけでなく、私も参加出来たことが何よりも嬉しくて、そして無事に今日を迎えられたことがなんだかとっても誇らしかった。



綺麗に飾り付けられた城内を散歩して部屋に戻ると、机の上に綺麗に包装された大きな包みが置いてあった。

「これは?」

何やら書き物をしていたテトにそれを指差すと、彼は笑顔で答えてくれた。

「はい。先程ソウマ様がいらっしゃいまして、そちらをサクラ様にと。ルイス陛下からだそうです。」

「ルイスから?」

誕生日の主役からの贈り物に私は首をかしげて、その包みをソッとといてみた。

「ドレスだ」

中から出てきたのは、真っ赤な美しいドレス。

スベスベとしたその生地が手にしっとりと吸い付いてきて、それだけでとても上等な物だと分かる。

「美しいですね」

特に目立った飾りなどはついておらず、シンプルなのにとても上品なデザインのドレスに、テトが思わずうっとりとした声をあげた。

「今夜のパーティー用ですね」

「そうだね………あっ」

彼の言葉に頷きかけたとき、あの時のルイスの言葉がぶわっと甦ってきた。



『ドレスの礼なら、それを身にまとったサクラを私におくれ』




「サクラ様?どうかされましたか?」

ドレスを手に真っ赤な顔で硬直した私に、テトは不思議そうに首をかしげた。

「へっ!?う、ううん!なんでもない」

顔の熱を誤魔化すようにブンブンと首を横に振りながら、まさか本当にルイスはそんなことを望んでいるのかとドキドキが止まらなかった。






朝からパニックだった私が更に焦ったのは、オルタナが部屋に着付けに来てくれてからだった。

いざそのドレスを身に付けてみて分かったのが、今までに着たこともないようなセクシーなデザインだということ。

どこで調べたのか私の体のラインにピッタリと張り付くように造られたそれは、背中と太股あたりに深いスリットが入っていて少しでも気を抜けば霰もない姿になってしまいそうな程だ。

唯一の救いが、豊満とは言えない私の胸元はそれほど深くまで切り込みを入れられておらず、むしろそこを誤魔化すかのように緩い弛みを持たせてくれていた。


私はもう一度全身を鏡に写した。

ドレス自体はすごく素敵なのに、それを身に付けている私に華がないばかりにそれを殺しているように見える。

「だったら違うのにする?」

あまりにも私の顔が優れないからか、化粧をしていたオルタナが鏡の中に写り混んできた。

「何がそんなに気に入らないって言うのよ?せっかく陛下から頂いたものなのに」

「分かってるよ。だから余計なんだってば……せっかくルイスがくれたのに、私なんかが着たせいでこのドレスが引き立たないっていうか……」

今日ばかりは貧相な自分の体を恨んだ。

もう少し私に女らしさがあれば………。

チラッとオルタナを横目で見上げる。

そう、もしオルタナくらい華やかだったら、このドレスをバシッと着こなせただろう。

こういう魅せるようなドレスは、やはりそれ相応の人が着なければただの背伸びにしか見えない。

「………やっぱり私」

違うのにしたい。

そう言いかけた時、オルタナがスルッと私の髪を掬い上げた。

「こうやってアップにして、縦のラインを出せばお子ちゃまみたいなあんたの顔も引き締まるって知ってた?」

「えっ?」

オルタナの言葉に顔をあげると、チャッチャッと私の髪を仮止めするように固定して、今度はヒールの高い靴を足元へ持ってきてそれをサッと履かせる。

「足が気になるなら、こうして高い靴を履きなさい。足首がキュッと引き締まって見えるわ。それにお尻も上がるから姿勢も綺麗に見える」

言いながら、今度は私の体を自分の方に向けた。

「前にも言ったけど、あんたは化粧栄えする顔なのよ。肌も綺麗だし、少しいつもと化粧を変えてあげればどんな風にでも変身出来るの」

スルスルとオルタナが私の顔の上に筆を滑らせていく。

瞼から頬、唇、睫毛の先に重みが生まれる。


「いい?あんたがドレスを引き立てるんじゃないの。ドレスがあんたを引き立てるの。人はね、着るものによって内面も外見も変えることが出来るのよ。華やかなドレスを身に纏うってのに、あんたがヘタレた顔してどうすんのよ。」

私の唇に色をつけながら、すぐ目の前でオルタナはそう言った。

「このドレスはね、陛下があんたに着て欲しくて、あんたに似合うと思って贈ってくださったのよ。あんたにも華やかな気持ちになって欲しいってそう思ってね。だからあんたは、余計な心配なんてしてないでこのドレスを着て素敵な気分になればいいのよ」

「けど」

「おだまりっ」

俯きそうな私の顎を持ち上げて、無理矢理に上を向かせる。

「いいこと?このあたしを誰だと思ってんの?何のためにわざわざあたしがあんたの支度を手伝ってると思ってんの?」

テキパキと動いていたオルタナの手が止まると、カツカツと私のジュエリーケースに向かって歩き出した。

そして一つの箱を取り出すと、クルッと私の体を鏡の方に向ける。


鏡に写った私は、まるで別人になっていた。

「……すごい」

さっきまでドレスに着られていた私が、今はしっかりとドレスを自分の一部にしている。

これまで何度もオルタナの魔法にかかってきた私だが、こんなにも華やかでそれでいて大人っぽく仕上げてもらったのは初めてだ。

「オルタナって本当に」

「ちょい待ち」

感激の言葉を口にしようとした私を、オルタナは手を付き出して制止した。

「最後の仕上げは、やっぱりこれでしょ」

そう言うと、オルタナは後ろから私を抱き締めるように腕を回した。

一瞬、ヒャッと声をあげそうになったが、彼のその行動には続きがあった。

回された腕はすぐに首の両側からスルッと離れていき、変わりに私の胸元にヒヤッとした重みが触れた。

鏡の中に、大きな輝きが生まれた。

「これっ」

私は自分の首に飾られたそれに指を添えた。


そこには小さな空があった。


「陛下から頂いたものでしょ?そのドレスととってもよく似合ってる」

満足そうにオルタナが笑った。

私も飾られた自分の姿をマジマジと見つめる。

ルイスから貰った空色をした首飾り。

派手さや自己主張するようなギラついた輝きではなく、上品で暖かみを感じさせてくれる輝き。

まるで贈り主を彷彿とさせるようなその首飾りを、いつの日か私はソッとジュエリーケースに閉まったまま身に付けることを止めていた。


ポンッと後ろからオルタナが私の肩に手を置いた。

「これで分かったでしょ?あたしにかかればあんたの気分なんてすぐに変えてあげられるのよ。だから、あんたはそんなに自分を過小評価しないことね。悪い癖よ」

その言葉に私は困ったような笑いを返すしかなかった。

毎度のことながら、男であるオルタナに女としての楽しみかたを教えられてしまっている。

「うん、そうだね。オルタナ、ありがとう」

紅をひいてもらった唇で笑顔を造ると、オルタナも満足そうに頷いた。

「さて、じゃあそのまとめただけの髪をしっかりと結い直すわよ」







私の支度が整うと、今度はオルタナが猛スピードで自分の支度に取り掛かった。

それはもう見事なまでに流れるような手さばきで、ソファでそれを眺めていた私は出された紅茶に手を伸ばすことも忘れ呆然としていた。


「ふぅー。なんとかこれで一通りは終りね」

ものの数十分で自分の支度を整えると、普段の倍気合いの入った姿のオルタナが私の向かいに腰を下ろした。

「お疲れ様」

なんと声をかけたらいいのか迷った挙げ句、私はそう彼に声をかけるともうとっくに冷えてしまった紅茶のカップにようやく手を伸ばす。

「あれ?」

口元にそれを運ぶと、私はふと手を止めてテトの方に振り返った。

「テト、今日はいつものカップじゃないんだね」

私は手にしたカップを軽く持ち上げてみせる。

ここ最近部屋でゆっくりとお茶を飲む時間がなかったので気が付かなかったが、今日用意されていたカップは今まで使っていた物とは違っていた。

別段、普段使っていた物に思い入れがあるとかではなかったが、なんとなく気になって私は口に出してみた。

オルタナ用にお茶を淹れていたテトは私の言葉に少し困ったような表情を浮かべた。

「申し訳ありまさん、サクラ様。その、以前使われていた物なんですが、先日僕の不注意で割れてしまいまして」

シュンッと眉毛を下げるテトに私は慌てて両手を振った。

「そんな顔しないで?全然私なら平気だから。それよりテトに怪我とかなかった?」

「はい。僕なら平気です。お心遣いありがとうございます」

「いいんだよ。それに私の物ってわけでもなかったし。このカップも可愛いし」

そう言って私は持っていたカップに口をつけた。

ぬるくなってしまったが、いつもと変わらないテトの淹れてくれた優しい味の紅茶だ。

「でも全然気が付かなかった。いつ壊れちゃったの?」

カップを戻しながら私は最後に使ったのはいつだったか思い出そうと記憶を辿ってみた。

けれど、言ってしまえばたかが食器だ。

思い出そうとしてもあまりに日常生活に溶け込みすぎていて、まるで思い出すことができない。

「ルイス陛下を招いての野外でのお茶会を開いた日の夜でございます。」

キッパリとテトがそう答える。

「あの日の夜………」

私はもう一度記憶を辿った。




だが、やはりあの日の夜にカップを使ったかどうかなんて思い出すことはできなかった。

というか、むしろ部屋でお茶を飲んだかすら覚えていない。

あの夜はかなり疲れていたようで、お風呂からあがった途端に睡魔に襲われたような気がする。

「そうだったんだ。」

なんとなく、本当に微かに違和感を覚えたが、所詮は日常のヒトコマ。一日一日を事細かに覚えている方が珍しいと私はすぐにその話題に興味をなくした。

テトもそれ以上なにも言ってこなかったので、その話はすぅと部屋を流れていく風のように消えていった。



「では、僕は控えの間の支度をして参ります。」

オルタナと私に二杯目のお茶を出してから、テトは身支度を整えると私達に頭を下げた。

今日の彼の仕事は来場したお客様のお世話係りのようで、控え室として宛がわれている一室に籠って働かなくてはならないようだ。

「テトもパーティーに出れたら良かったのにね。」

心底残念そうに私がそう告げると、テトは私に微笑みを向けた。

「ありがとうございます。ですが、僕は一介の使用人にございます。そんな僕が本日の華やかな場において、裏方であれ参加を許されたこと自体とても光栄に思っているのですよ。」

「そうね。本来テトみたいな年頃の使用人は、こういった華やかなパーティーの時は本番では部屋での待機って名目で参加なんてさせてもらえないものね」

テトの言葉にオルタナが頷いた。

「サクラの世話役をしっかりこなしてるっていう実績を買われての参加なんだから、恥ずかしくないように働いていらっしゃい」

「はい。勿論でございます。サクラ様の世話役という名に恥じぬよう精一杯やらせていただきます。」

力強く頷くテトに、私は苦笑をもらした。

「そういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ」

「まぁいいじゃないの。本人はやる気なんだから」

投げやりげにオルタナはそう言うと、紅茶を一口すすってから窓の外を見た。

「っと、そんなこと話してるうちに門が開くわよ」

その言葉に私もつられて外を見る。

普段は半分も開け放たれていない城に続く大きな門が、今まさにその大きな口を開こうとしていた。

「大変です!では僕はこれで失礼させていただきます!」

言うが速いか、焦ったようにそう言い残すとテトは慌ただしく部屋を飛び出していってしまった。


「………行っちゃった」

「まぁある程度の支度はもう済んでるんだし、お客が城に着いてからもなんやかんやあるから、あんなに急ぐことないんだけどね」

のんびりとオルタナはそう言うと、テーブルの上のお茶菓子に手を伸ばした。

「オルタナはここにいていいの?」

チラリと外の様子を横目で見てから、私も彼の正面に腰を下ろす。

「は?」

焼き菓子を口に運びながらオルタナは首をかしげた。

「だって、今日はなんだか朝から皆バタバタしてたでしょ?オルタナも何か役割があるんじゃないのかなって思って」

朝早くから城の中を散歩したが、私はそこで見知った顔とは一切出会さなかった。

気になって部屋に戻ってからテトに聞けば、誕生会当日ともなると役職のついている者は皆特別な仕事を言い渡され、普段とは違う業務に追われているという。

けれど目の前のオルタナときたら、普段からそうであるように私の支度を整えると、今度は呑気に私とお茶を楽しんでくれている。


オルタナは焼き菓子をパクンッと一口で頬張ると、それを紅茶で胃に流し込んだ。

「あたしの仕事ならパーティーが始まってからよ」

「なにそれ?」

「こういうのは適材適所ってことよ。」

ゴクッと残りの紅茶を飲み干すと、オルタナは指を一本突き立てた。

「いいこと?クラウドやソウマ様のようないかにもって感じの騎士は言わばその辺に腐るほどいるの。いえ、ソウマ様のような素敵な方はそうそういないけど……。まぁ言うならば一般的な連中は、今頃来客の持ち物検査やら、城廻の警護の確認やらで汗をかきながら働かされているわ。けど、あたしは違う」

キラッとその場にスポットライトが宛がわれたかのように、オルタナは自分の胸に手を置いた。

「あたしのこの容姿をご覧なさい!完璧なまでの美しさを誇るこのあたしを!そう、あたしの仕事はね、他の華がない男共には到底出来ないような華やかな仕事なのよ!」

自分の言葉に酔いしれるようにオルタナは高らかとそう言った。

いや、もはや叫んだ。

「……………で、なんの仕事なの?」

そんな彼に呆れつつ、私は最初に訊いたことと同じ質問を口にした。

オルタナはまだ何か続けたかったようだが、白けた私の表情を見てフンッと唇を尖らせた。

「あたしの仕事は、パーティー会場での客人のもてなし係りよ。もちろん、あたしの部下達も一緒にね」

私の表情が余程お気に召さなかったのか、すっかりテンションの下がったオルタナは、再び焼き菓子をパクンッと口に放り込んだ。


一方の私は、「なるほど」と納得していた。そしてそんな振り分けを考えたであろうマクリナの采配に感心をした。

せっかくの華やかなパーティーだ。

こんな不安定な状況でも来客達には気負うことなく、その場を楽しんでもらいたい。

それなのに、四方を武装した兵士が固めていてはどうにもそちらが気になってしまうものだ。

そこで登場するのが、オルタナ率いる第三騎士団。

団長であるオルタナを尊敬するあまり、団員全てが女装を施しているという、なんとも異様な部隊だ。

唯一の救いなのが、その全ての団員が各々自分に合った化粧やら服装を熟知しているらしく、皆一様に美しいということだ。

これならば、会場にいても煙たがられる所か花が咲いたように色を添えてくれるだろう。

おまけに華やかなことが大好きなオルタナだ。

仕事とはいえ、それが会場にさえ近付けないとならばきっとマクリナの胸元を締め上げてでも抗議していただろう。


クスっとそんな風にならなくて良かったと笑いながら、私はハッと浮かび上がった疑問を口元まで押し上げてから、一旦飲み込んだ。

それから、慎重に言葉を選ぶようにオルタナに顔を向けた。

「ねぇ、オルタナ」

「んん?」

ポリポリと頬張った菓子を砕きながら、オルタナは私を見た。

私はあくまで自然にと意識しながらも、どこかぎこちなく口を開く。

「さっきの話だと、その……オルタナの部隊以外はパーティーには、参加しないの?」

彼の言い方だと、武装した他の部隊は門や城、外壁での警護が言い渡されていると聞こえる。つまり、パーティー会場を守っているオルタナ部隊以外は、皆外へ配置されているということなのだろうか。

ゴクンっと口の中の物を飲み込むと、オルタナは小さく首を横に振った。

「さすがにあたし達だけじゃないわよ。始まるまではなんやかんやあるからあれだけど、会が始まればソウマ様はいつものように陛下のお側に控えるし、マクリナとイーヴァは嫌味なじじい共の相手を毎年してるわ。それと、あんたにもいつも通りクラウドが付くから変に緊張しなくても大丈夫よ」



ドキッと心臓がオルタナの言葉に反応してしまった。

私はそれを彼に悟られないように、普段通りに頷いた。

「そうなんだ。良かったぁ。一人だったらどうしようかなぁって思ってたの」

「まさか。あんたを一人にするなんて過保護なクラウドちゃまが許すわけないじゃない」

この場にいない彼のことをおちょくるような言い方のオルタナの言葉に、不本意ながら私は心の奥でこっそりと喜んでしまった。

言い方はあれだが少なくとも、彼が常に私のことを気にかけてくれているのだと言われているような気がしたから。

顔に出していないつもりだったが、思わず口元が微かに緩んでしまう。



「……………」

ふと、視線を感じ私は表情をハッと戻して顔をあげた。

そんな私とオルタナの瞳がパチッとぶつかった。

私は咄嗟に

「なに?」

と白々しく彼に問う形になってしまった。


オルタナはまるで何かを探るように私をジーっと見つめてくる。

逸らしてしまいたいその視線を私は必死に耐えて見つめ返す。ここで逸らせてしまえば、なんとなく私の心の中を見透かされてしまうような気がしていた。

ここの人達はやけに勘が鋭い。

特にオルタナは、そういった恋愛事情になると更に野生の勘を発揮しそうで怖い。


手に変な汗をかきながら、私は永遠のようなその時間を必死に耐えた。





「……………サクラ、あんた」

やがて、口を開いたオルタナの声に私は一気に緊張を走らせた。

この先続く言葉次第では、私は胸の中にある気持ちを吐露しなくてはならないかもしれない。いや、しない限りオルタナは執拗に私に精神的攻撃をしかけてくるだろう。

ゾクッと寒気が走る。


私は目を見開いて、オルタナの口元に意識に集中させた。




コンコンッ


「ひっ!」



突然部屋に響いたその音に、緊張でカチコチになっていた私の肩は信じられないほど跳び跳ねてしまう。


「はぁい」

部屋の外からのノックに、私ではなくオルタナが答える。


なんだ、ノックか。

と私はその間にビビりすぎてバクバクと煩い心臓に酸素を送り込んだ。


「失礼いたします。」

扉を閉めたまま、部屋の外で警護についている第二騎士団の一人が声が部屋の中に響く。

「ソウマ様がお客様をお連れしたとのことにございます。入室の許可を頂けますでしょうか」

普段ならそこにはクラウドが陣取っているため、いちいちそんな風に堅苦しい確認なんてないのだが、生憎今日はクラウドは他の仕事についているらしく、自分の部下をかわりによこしてきた。

どうやら事細かに指導をされているらしい彼らは、事あるごとに部屋の中の私に許可をとる。

とても真面目でそれを評価しているのだが、どうにも私はそれに慣れることがまだできていなかった。

「お客様?」

外で待つ兵士の言葉に私は首をかしげた。

ソウマだけならまだしも、誰か連れがいるらしい。

私のもとに訪れる客人などこの世界にはいないはずだが。

「誰だろう?」

そうオルタナに問おうと彼の方に振り向くも、ソファの上にオルタナの姿はもうなくなっていた。


もう少しだけ首を動かして見つけた彼は、何やら鏡の前で全身の最終チェックをし始めていた。

「………………」


私はそんな彼を無言で見つめてから

「………どうぞ」

と、どこか投げやりめに部屋の外へと返事を返した。



「失礼いたしますっ」


ハキハキとした声と共に、警護兵が扉のノブを回す。

ガチャと扉が開かれて、いつものようにゆっくりとした足取りでソウマが部屋へと入ってきた。



「失礼いたします。」

部屋に入った直後、ソウマは姿勢正しく私に向かって頭を下げた。

どんなに親しくなろうとも、こういったところは決して手を抜こうとしない。

「いらっしゃい」

私がそう返すと、ソウマも顔をあげた。

「おくつろぎのところ申し訳ございません。」

「全然気にしないで。ソウマこそパーティーの準備ご苦労様です」

「ありがとうございます。……………支度は既に済んでおられますか?」

ソファでくつろいている私の身支度をサッとソウマは確認するように見渡した。

「うん。オルタナに手伝ってもらってもう済んだよ」

「……そうですか」

それからもう一度、私をじっくりと眺めてからふわっと表情を和らげた。

「……とても、似合っております。」

目元を緩めてそう微笑むソウマに、私は途端に恥ずかしそうにこめかみ辺りをポリポリと掻いた。

「あ、ありがとう。オルタナのおかげだよ」

「ソウマ様っ!あたくしはいかがでしょうか?」

私が言い終わるのと同時くらいに、私とソウマの間にキラッキラと輝く笑顔を携えたオルタナが滑り込んできた。

その踊るような滑らかな身のこなしに私はこめかみに指を置いたまま、ははっと乾いた笑いが溢れてしまう。

「……………オルタナも綺麗だ」

オルタナの奇行にソウマは動じることもなく、目の前で期待に満ち溢れている彼に最高の賛辞の言葉を贈ってあげる。



その瞬間、私は見えないはずのものが見えてしまったような気がした。

目の前のオルタナの周りに、たしかに無数の花が咲き乱れたのだ。

そして中央にいる当のオルタナは、その花達には負けないほどに歓喜の表情を浮かべていた。


………なんとなく、なんでオルタナがそこまでソウマの事が好きなのか、分かったような気がした。

お世辞や余計なことなど一切言わないソウマ。

その彼が時折見せる甘く優しい言葉。

その言葉の持つ威力の大きさに、オルタナはすっかりハマってしまっているのだろう。

他の誰に褒め称えられるよりも、オルタナにとってソウマからのたった一言がそれほど価値のあるものになっているのだ。



私はソウマの言葉に耳を痺れさせているオルタナに苦笑を漏らしてから、ソウマに向き直った。

「それで、さっき護衛兵さんが言ってたお客様って?」

チラッと私は扉の方に目を向ける。

そこはまだ閉められておらず、先程ソウマが部屋へと入る際に扉を開けたまま以前として護衛兵が扉を抑えていた。

私は首を傾げながらソウマを見つめた。

「誰が来たの?」

皆目見当がつかないといった様子の私に、ソウマはどこかおかしそうに口元に弧を描いた。

「実際にお会いになれば分かります。…………さぁ、こちらに入っておいで」

そう優しく扉の向こうにソウマが声をかけたので、私も釣られてそちらへと頭を動かした。



コツンっという小さな足音と、キィーという何を引き摺る音がゆっくりと扉の向こうから私の耳に届いてくる。




そして、現れたその姿に私の瞳は大きく見開かれたのだった。

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