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獣と獣??  作者: 暁 とと
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未知の力

カツンカツンと闇夜に静まる石の廊下に足音が響く。

目的の部屋の前までくると乾いた革靴が足音を止める。



コンコンという音がやけに辺りに響く。



キィーと錆びたネジが擦り付けられるよう音と共に、部屋の主であるマクリナが顔を覗かせる。



「お早いお着きで。もう少しゆっくりなさってからでも良かったのですよ」

闇夜の訪問者を確認することもなく、彼はそう言うと部屋の扉を少し余分に開けた。

その隙間に体を滑らせるようにクラウドはマクリナの部屋へと足を踏み入れる。




「何かお出ししましょうか?」

「………いや、いい。」

紅茶のポットに手をかけるマクリナにクラウドは首をふると、ドカッとソファに腰を下ろした。

「……何やら深刻そうな顔をしてますね」

コポコポと自分の分の紅茶を注ぎながら、マクリナはからかうように目を細めた。

「似つかわしくない顔です」

カチャンとカップを資料でごった返す机に置くと、ソファにではなく根が生えるほど座っている仕事用の椅子に腰を下ろした。


「だろうな。自分でもそう思う。」

固い表情のクラウドはマクリナの挑発など全く気にしていないように天井を見上げると、はぁーと重いため息を吐き出した。

そんな彼を見て、マクリナはクスクスと笑った。

「どうしたんですか?あなたからこっそり話があるからと告げられた時は驚きましたが、今のあなたの表情の方が私の好奇心をくすぐってしまっていますよ」



崖からサクラとクラウドが助け出された時、その場にマクリナもいた。

一言くらいお説教をと思って出てきたのだが、マクリナが出るよりも先にオルタナが何やらサクラに攻撃をしかけていた為、仕方なくマクリナはその刀を鞘に納めた。

自分の仕事はなくなったと確認すると、頭をすっと切り替え城に残してきた仕事のことでいっぱいにした。

が、その矢先意外な人物にその歩みを止められる。



『マクリナ』

『クラウド。どうかしましたか?陛下への謝罪は済んだのですか?』

『いや、これからだ』

『まったく、あなたは優先順位を』

『今夜』

『はい?』

『今夜少し時間を貰えないか?お前に、少し話しておきたいことがある』

『…………何ですか?』

『…ここでは言えない。』

『そのような内容、私には話せると?』

『……あぁ。これはもう俺だけに留めておくべきことじゃねぇ気がしてきた。』

『………分かりました。では今夜、今日のあなたの仕事が全て済んでから私の部屋へお越しください。』

『……悪いな』







マクリナは紅茶を一口すすると、カップを皿へと戻した。

「それで、どうしたのですか?生憎私は今あまり時間がありませんので、出来れば手短にしていただける幸いなのですが」

チラッと机の上の物達を一瞥してみせる。

こんなにも仕事が山積みだと言わんばかりに。

マクリナの予想通りというか、願い通り、先程ルイスから誕生会を執り行うという報せが入った。

そうなるだろうと準備をしていたのだからある程度までのは事足りていたが、念には念を押さなければならない事情が彼にはあった。

執り行うと決まれば、不足の事態に備えて今度は動かなくてはならない。

「あぁ、分かってる。」

そう言いながらもクラウドは片手で自分の顔を擦ると、またふぅーと息を吐き出すのだった。

それから、意を決したように懐に手を入れるとカチャリッと短剣を取り出した。

「これは?」

その装飾も何もされていない短剣をマクリナは訝しげに見詰める。

何処にでもある護身用の物だ。

「これに何か意味がある訳じゃねぇ」

スゥーと鞘から剣を抜くと、部屋の明かりで剣先がキラッと光る。よく手入れがされているようだ。

「では、何でしょう?」

どこかまどろっこしいクラウドの行動を、マクリナはその真意を問うように見詰める。

「言葉で説明するより、実際に見てもらいたいと思っただけ、だっ」

言葉の終わり、クラウドは手にしていた短剣をグッと握り直すとそのまま自らの足に突き立てた。

肉を断つ鈍い音が背筋をゾッと駆け巡る。


「なっ!」

突然の彼の行動に、マクリナは手にしていたカップを危うく床に落としてしまうところだった。

何滴かの紅茶の滴が床を揺らす。

「……くっ……」

歯を食い縛りながら、クラウドの口元から荒い息が漏れる。

もう一度腕に力を込め、その突き立てた短剣を引き抜く。

途端に傷付いた部分が真っ赤な血で染まっていく。


「………あなたは、一体何を」

苦痛に顔を歪ませるクラウドにマクリナはどこか顔をしかめながら問いかける。

「………見て、みろよ」

肩で荒い息を吐きながら、クラウドはその問いの答えを指で示した。




「…………っ!これは一体!」

驚きでズレそうになる眼鏡をグッと押し上げると、マクリナは椅子から立ち上がった。

ついに手にしていたカップは床に叩き付けられるように割れてしまう。

だが、その破片を踏みつけても全く気にならないほど、マクリナは目の前のその奇妙な光景に釘付けになってしまった。


先程クラウドが短剣を突き立て、沸き上がるほどに真っ赤な血を吹き上がらせていた箇所。

その今つけたばかりの傷が、ほんの一瞬、マクリナがクラウドの顔色を伺っている間に、止血されているではないか。

それだけではない。

あれほど深く刺したはずの傷が、今ではまるでどこかで擦ってついてしまった擦り傷のように浅いものになっている。


「………どうなっているのですか?」

傷口を見詰めながら、マクリナはクラウドに近付く。

「………俺にも、さっぱりだ」

傷が癒えているにも関わらず、クラウドはまだ苦痛を味わっているように息を吐いた。

驚愕しながらもマクリナは頭を即座に回転させる。

「こんな回復力見たことがありません。そもそも回復力などという言葉を当てはめていいものなのでしょうか。回復力?治癒力?いやこの際どちらでも同じですね。それとも実は深く突き刺さっていたようで、本当は初めから浅い傷だった?いやいや、それこそ自分の目で見ていたのだからその現実は受け止めることから始めなくてはいけませんね。では、この現象は一体…………」

パニックになっているのか、心の中の声が表に出てきてしまっている。顎に手を置きながらもはや至近距離でその箇所を見詰める。

「クラウド、この現象はいつから起きているのですか?」

バッと顔をあげたマクリナは、深刻そうな声とは裏腹に嬉々として輝きを放つ顔をしていた。

「気付いたのはいつ頃です?突然こんなにも速いスピードで怪我が治っていったのですか?他に体に異常はありませんか?」

その表情にビクッと肩を揺らしながら、クラウドは片手でマクリナを制止した。

「おっおいおい!そんな一気に答えられねぇよ。」

テンションの切り替わってしまったマクリナをクラウドが慌てて制止する。

「とりあえず座れよ。話はそれからだ」

「はぁ」

どこで話そうがそんなことどうでもいいだろうに、という目付きを一瞬向けながら、興奮をどうにか押さえるとマクリナは仕方なく先程座っていた場所に戻ることにした。


それを確認してから、クラウドはまた息を吐く。


「これに気が付いたのは、極最近だ。というか、確信したのは今日だった。」

もうみみず腫程度になった傷跡を見下ろしながら、クラウドは口を開いた。

「元々傷の治りがはぇ方だったし、治りかけた頃にはまた違う傷がつくような生活だったからあまり気にも止めてなかったが、違和感を覚えたのはあの日………」

あの感覚が今でも体に纏わりついてくるような気がする。

痛みすらもどこか遠くに置き忘れてきてしまったような、冷えきった自分の固い指先の感覚。

「俺が一度死にかけた日」

「……………正確には『死んだ日』ですね」

眼鏡を押し上げながら、マクリナは冷ややかな口調でそう付け足す。

クラウドも静かにその言葉に頷いた。

「そうだな。俺が一度死んだあの日からだ」

ギュッと拳を握りしめる。

爪の食い込む感覚『痛み』がそこには確かに感じられた。

「あの日以降、俺の体はどうやら神憑った回復力をもっちまったみたいでな。始めはなんかやたらと傷の治りがはぇなぁくらいだったのが、日を増すごとにその速度が速まってるような気がしてきたんだ。」

鈍ってしまった体を訓練で酷使しても、部屋に戻り傷の処置をしようとする頃には、傷口は塞がり、大きなみみず腫や大胆な痣へと姿を変えていた。

傷口は塞がったとしても、そうした痣や腫れは残ってしまうためそれらを隠すために包帯を巻いてはいたが、それでも自分の体の変化に戸惑う気持ちまでは隠すことが出来なかった。

「厄介なことに痛みだけは残っちまうようだが、それも以前感じてたものよりだいぶ小さなものになってる。」

傷口が塞がっても尚ズキズキと痛みを発し続ける自分の足を見下ろす。

「………先程、今日確信を得たと言いましたが、それは何故ですか?」

腕を組み顎に指を添えながら、マクリナは考えるように口を開く。

「俺が治すことが出来るのは傷だけじゃねぇって気が付いたんだ」

「と、言いますと?」

「今日、あいつが……サクラが崖から落ちた時、あいつを助けるのに必死になって自分の身の負担を全く考えてなかった。結果、俺はあいつを助けた時、足と腰の骨が数本イカれちまったようだった。」



普通に考えれば当たり前のことだ。

人一人を庇いながら数十メートルもの崖を落ちたのだ。どこにもかすり傷負わずに助かるはずもない。

だが、あの状況でクラウドが自分が負った怪我のことをサクラに気付かれたとしたら、それこそ事態は大事になっていただろう。

サクラは自分を責め、クラウドに対して大きな負い目を背負ってしまっていたかもしれない。

彼はそれを避けたかった。

サクラの為ではなく、自分の為に。


「さすがにあの状態であいつを抱えて崖は登れなかったからな。ソウマの助けがあって良かったと思ってる。けど、そんなソウマとの会話の数分で…………俺の体は何もなかったように治っちまってた。」


ものの数分。

本来ならばクラウドの治癒力があったとしても三ヶ月はゆうに必要なほどの怪我。

それが、ものの数分で治ってしまった。


「激痛、とまではいかなくても始めは痛みだけはやっぱり残ってたから、どちらにしても一人じゃなんも出来なかっただろうが………自分でも訳がわかんなくなったな。そのうち痛みすら消えちまって、俺の体は何事もなかったように動き出したって訳だ。」

自嘲気味をフッと笑うとクラウドは背もたれに体を投げ出し、天を仰いだ。

「俺はどうしちまったんだと思う?化け物になったのか?それとも、あの日やはり俺の体ん中にアシャによる獣の血が入り込んじまったのか?どちらにしても……化け物だな」

もう痛みが和らぎ始めた傷口の感覚に、クラウドは嘆くように呟く。

「……他に何か変化はありますか?倦怠感や発熱。もしくは思考が鈍るなど」

「……いや、そういったのは………」

「些細な変化でもいいんです。本当に何でも」

「…そう、だな」

記憶を呼び起こすようにクラウドは視線を下げる。

「………いや、特に思い当たらねぇな」

「そうですか。」

ジッと観察するように見詰めているマクリナの視線から逃れるように、クラウドは俯き気味に笑った。

「傷口が塞がるのも気味が悪ぃが、まさか骨まで治っちまうなんてよ。俺の体はどんだけ生きてたいんだって自分でも呆れちまう。」

「…………生きていたい、ですか」



ポツリとそう漏らすと、マクリナはジッと一点を見つめたまま考え込んだ。


今クラウドから得た情報。

カインズとリリアのこと。

クラウド以外のあの日助かった者達。

そして、ずっと胸に引っ掛かっていた違和感。



床に視線を移すと、クラウドの足をつたったまだ生暖かい血が乾くことなくだらしないまでに広がっていく。


幾度となく目にして来たその真紅の染みが、徐々にマクリナの頭の中に一つの答えを構築していく。

それは閃くようなハッキリとした答えではなく、霧の中にぼんやりと浮かぶ蝋燭の明かりのような答えだ。



もしかしたら、クラウドの体は今………。




「クラウド」

数分の沈黙の後、マクリナは自分の考えを疑いながら口を開いた。

「何か思い当たることでもあったか?」

投げやりめにそう答えながら、クラウドも彼の方に視線を戻す。

マクリナはゆっくりと首を横に振った。

「いえ。断言できるほどの答えは残念ながら今の段階ではお出しすることは出来ません。ですが、ぼんやりとならその形を掴みかけているような気はします。」

「現状でいい。教えてくれ」

マクリナの答えに、クラウドは身を乗り出す。

だが、マクリナはもう一度首を振った。

「それはできかねます。」

「何故だ?」

「……もしかしたら、私は…いえ、私達はサクラ様のお力を勘違いしていたかもしれないからです」

「どういう意味だ?」

サクラの名前にクラウドが眉を寄せた。

「その答えを出すためにも、クラウド、貴方の体が今どんな状態にあるのか確かめさせて下さい」

クラウドの強い視線に負けることなく、マクリナは彼を見詰め返した。

心の底から真剣な有無を言わせぬ眼差し。

互いに睨み合うような視線が交差する。


自分の質問には一切答える気のないマクリナに、クラウドはもう一度眉間に皺を寄せたが、やがて観念したように首を縦に振った。

「分かったよ。お前が納得する答えが見付かったら俺に一番に教えろ」

「ご理解いただけて光栄です」

白々しい笑顔のマクリナからクラウドはフンッと顔を背けた。

「それで、俺の体のことを知るっていうのは、実際にはどんなことをやりゃあいいんだ?」

「そう、ですねぇ」

のんびりと考えるように口を開きながら、マクリナは立ち上がる。

そして、先程床に叩きつけられ割れてしまったカップの破片を指先でつまみ上げた。

鋭く尖った破片がマクリナの瞳に写る。

「具体的なことは明日から行うことにしましょう。今日は色々あってお疲れでしょう?」

残りの破片も手のひらに集めながら、柔らかい口調でそう告げる。

「俺なら平気だ。今夜からでも」

「いえ」

クラウドの言葉をマクリナが打ち消す。

柔らかい口調のはずなのに、底知れぬ強さを持った声で。

「私も色々と準備がありますので、明日の夜また同じ頃に来てください。昼間は陛下の誕生会の準備もありますし、クラウドもサクラ様の護衛をしっかりと行ってください。それと、貴方の体に起こった変化やその他今話したことも、今はまだ他言無用にお願いできますか?」

「あぁ、それはかまわねぇけど」

肩透かしな答えに戸惑いながらも、クラウドは了承するしか他なかった。

「ありがとうございます。では、また明日お出でください。」

やんわりと微笑むとマクリナは集めた破片を机の上にのせた。

それからそれらを丁寧に布で包むと、近くにあった消毒液の中にポチャンと浸す。

「あっ、一つ確認ですが」

消毒液の中に落とされた布からプツプツと小さな気泡が浮き上がってくるを確認すると、おもむろにマクリナが振り返る。

「なんだ?」

一連の動作をぼんやり眺めていたクラウドが顔をあげると、マクリナの微笑んだ瞳とぶつかった。



「少々手荒な行いをしてしまうかもしれませんが、国の為を思ってどうか耐えてくださいね」


背中がゾクッとするほど、生々しい色をした微笑みで彼は優しくそう告げた。



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