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獣と獣??  作者: 暁 とと
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言葉にできない想い

「それにしても、よく二人とも無事だったね」

ソウマの助けを待つ間、私は近くに落ちていた木の枝で地面に絵を描きながら頭上を見上げた。

「普通、あの高さから落ちたら死ぬよね」

今しがたそれを体験した者の発言とは思えないほど現実味のない話し方だった。

「普通はな」

同じように見上げることもなく、クラウドは胡座の上に肘を付きめんどくさそうに答える。

「ねぇ、どうやって助けてくれたの?」

そんな態度の彼に私は好奇心をぶつける。

「だって、私どこにも怪我してないし。それにクラウドもあんな衝撃受けたのに全然へっちゃらそうだし」

目の前にいるクラウドをじっくりと眺めながらそう言う。

抱き抱えられていた私ですら、体にのし掛かるような衝撃を受けたのだ。

それを支えていたクラウドの体、というか足には考えられないほどの負荷が掛かったに違いない。

私の視線を迷惑そうにしながらも、意外にも彼は律儀に答えてくれた。

「別に大したことはしてねぇよ。ただ、落ちてる途中で何ヵ所か足場にできそうな場所で足を弾きながら速度を少し落としただけだ。何もしないよりはマシなくらいに衝撃が抑えられた程度だ」


すごい。

あの状況でそんなことまで考えて行動できるなんて。

その程度だなんてクラウドは言うけど、私は心底彼のことをすごいと思った。

経験の差なのかまたは潜って来た修羅場の数の違いなのか、むしろその両方かもしれないが、私と彼とではやはり全てにおいて違っているのだろう。


「……なんだよ」

私のキラキラとした尊敬の眼差しがくすぐったかったのか、クラウドは居心地の悪そうな表情でこちらをチラッと見てきた。

「あっ、ごめん。なんか素直にすごいなぁって思って」

「なにがだ?」

「なんていうか、そういう身体能力の高さとか一瞬の判断力とか。私こっちにくるまで自分はそこまでぬけてないって思ってたんだけど、こっちにきてから自分の不甲斐ない部分信じられないくらい見付けちゃってさ。だから、私ももう少しそういうの身に付けられたらいいなぁって思って」

元の世界では思ったこともないことだった。

運動も勉強も苦手な方ではなかったが、秀でていい成績をおさめるなんてことはなかった。

ただ目の前にあるからこなす、私の中で全てはそんな乾いた存在だったような気さえする。

唯一夢中になれるもの。それが絵だった。

一生その技術だけを伸ばしていけばいいと思っていた。

でも、こっちの世界に来て、自分に欠けているものをまざまざと見せ付けられ、他人に迷惑をかけ、それを補わなくてはいけないのだと気づくことができた。

「せめて自分の身は自分で守れるくらいにはね」

シャカシャカと木の枝を地面に這わせて何を描くわけでもない模様を作っていく。

今度オルタナにでも護身術を習おうかな。なんて思いながら。


「んなもん、必要ないだろ」

呆れたようにクラウドが返してきた。

「えっ、でも」

自分の意見を即座に否定され、私はちょっと反抗ぎみに顔を上げた。

だがクラウドは私の方なんて振り向こうともせず、頭の後ろに手を組むと岩肌に体を逸らせた。

「お前のいた世界じゃ俺らみたいな身体能力は必要なかったんだろ?いいじゃねぇかよ、平和だってことだ。」

「………」


そうか。

そういうことか。

私の発想は少しずれていたみたいだ。

何も私が劣っているわけでない。この世界の彼らが優れているのだ。

生まれ持った能力だけではなく、訓練によって習得したもの。


つまりは、戦いのために必要なもの。

死なないために、生き延びるために不可欠なもの。

趣味や自己満足の為ではない。


平和とは言えない、戦いが今でも生活の一部にある者達の力なのだ。


「…だけど」

その事実を突き付けられて多少困惑しながらも、私は自分の意見を押し通そうとした。

ハッキリと『お前と俺とでは生きていく場所が違う』と言われたくなかった。


「それに」

私の言葉を遮るように、クラウドは少し固い口調で言葉を続けた。

「俺がそばにいる。お前の事は俺が守ると前にもそう言ったはずだろ。」

彼の言葉にドクッンと私の鼓動が貫かれたように大きく鳴る。

「お前が強くなる必要なんてねぇんだよ。俺がもっともっと強くなる。もうお前に辛い思いや悲しい思いさせないように、な。」

言いながらクラウドは自分の掌をグッと握り締めた。

彼の大きな手は古い傷痕だらけだった。


「この俺が側にいてやるって言ってんだ。お前は呑気に守られてろ」

横目でこちらを見ながら彼はそう言った。

それは小バカにするような言い方だった。

今までそうであったように、これからも間抜けで能天気なままであれと。

鼻にかかるような意地悪な彼の声、見下すようなニヤけた顔。

こんなのもいつものことだ。


なのに


「っ!」

そんな彼の視線を私は全力で遮断した。

彼に向けていた視線と目が合う寸前のところでガバッと剃らし、困ったように俯く。



バクバクと心臓の音が煩い。

鼻につくような言い方をしながらも、そんな表情と言葉を向けられた私は、どうしていいのか分からないほど顔が熱くなってしまっていた。

彼の言葉はきっと今言った言葉以上の意味なんてないはずだ。

そんなこと分かってる。

前にも何度も同じようなことを言われてきた。

私を守ってくれると。それが彼の仕事だからと。

分かってる。

分かっているのに!


今、改めて言われたその言葉に私の胸はときめいてしまっている。

意識してはいけない、そう思えば思うほど反対に私の熱は上がっていってしまう。


「でもまぁ、もう少し周りを見る目くらいはあってもいいんだろうけどな。」

私の変化に気付かないのか、向けられていた視線はあまりにも呆気なく前方に戻された。

「………分かってるわよ」

私はまだ熱の残る頬を両手で挟んだまま、唇を尖らせる。

「そうかよっ」

そんな子供じみた私の態度にクラウドはククッと意地悪な笑いを口の端から漏らした。


なんだか私ばかりが彼に翻弄されているようで、胸がムズムズしてきた。


私はどうにか胸のドキドキを抑えると、今度はこちらから攻撃を仕掛けてやろうと彼の方に向き直る。



「そ、それにしても今日はクラウド随分存在感なかったんじゃない?」

「………はぁ?」

出来るだけ嫌みったらしく言ったつもりが、最初からどもってしまった。

だが、その私の言い方がむしろ効果を表したのか、クラウドは眉を寄せて首をこちらに向けた。


「だって今日一日クラウドずっ~と寝てただけじゃない?ご飯の時しか起きてなかったから、なんか存在感なかったなぁって」

「別に。俺が何か行動を起こすまでもなかっただけだろ。それにそれを言えばソウマだって同じだろうが」

「ソウマはそんなことなかったわよ。テトの手伝いしてくれたり、ルイスのことここまで連れてきてくれたり。今回は大活躍と言ってもいいくらいだよ」

「俺は今日はお前らの護衛だったんだ。何かあった時のな。その何かがなかったんだからむしろ良かったじゃねぇか」

「その何かがなかったんだから、一緒に楽しめば良かったじゃない」

「子供じゃねぇんだからあの状況ではしゃげるかって」

「ルイスは楽しそうだったよ」

「なら良かったじゃねぇか。陛下が楽しんでくださったなら」

「あぁ、もう!そういうことじゃなくって!」

押し問答のような会話に私は眉を寄せた。

私が言いたいのはそんなことじゃないのに!


「それに」

私がモヤモヤしていると、勢いでかクラウドが言葉を続けた。

「………いや、いい。」

「?なに?」

だが、口を開いた時ハッとしたようにクラウドは次の言葉を飲み込んだ。

「何でもねぇよ。お前の望み通りに動いてやれなかったなら悪かったな」

そうポツリと呟くと、クラウドはまた元の態勢に戻ってしまった。

「………えっ?なに?」

急に話に区切りを付けられた私は、怪訝そうに彼を見つめた。

「今、何か言いかけたよね?」

「……何でもねぇよ」

「は?そういうのなんか気持ち悪い!」

「何でもねぇっての。忘れろ」

その突き放すような言い方に、私はムッとした。

言いたくないのなら最初から口にしなきゃいいのに。

あんな風にチラッとちらつかされてしまったら、逆に意地でも聞き出してしまいたくなるではないか。

ジリッと私はクラウドに近付いた。

「そういうの良くないと思う」

「…………」

ジーっと視線を送りながら少しずつ彼に近付く。

が、クラウドはそんな私の行動に一切口を開こうとはしない。

「言いかけたなら最後まで言って」

「…………」

「そういうのずるいよ」

「…………」

「聞いてる?」

「…………」

あくまでだんまりを決め込むクラウドに、私はむきになって詰め寄る。

ジリジリと彼のすぐ横まで迫ると、至近距離から睨むような視線を送った。

「ちょっと、クラウド聞いてるの?」

「…………………はぁ~」

下から覗きこむように視線を向けると、クラウドの口から大きなため息が吐き出された。

「ったく、しつけぇなぁ」

舌打ちまじりにそう言いながら、彼は睨むように私の方に振り返った。

と、同時にガシッと地面に着いていた私の右手首を掴んだ。

「ちょっ!」

「じゃあ言うが」

突然の手首にかかった強い力に思わず後退るも、それを拒むようにすぐ目の前で苛立ったような口調のクラウドが口を開く。


「お前、俺のこと避けてただろ?」

ドクッンと収まったはずの鼓動が激しい衝撃に襲われた。

その反動でなのか、現実に肩がビクンッと跳ねてしまう。

「な、なに言って」

「とぼけんなっ」

視線を思わず泳がせる私を有無を言わせないほどの低く力強い声が制止する。

「この間の陛下との食事のあたりから、俺のこと避けてたろ?今日だってそうだ。極力俺に近付こうとしてなかった。」

ギクッとまたしても反応してほしくないのに、肩が独りでに揺れる。

動揺しているのがまるわかりだ。

「なんなんだよその態度は?まさか今更んなってこの前のこと怒ってるなんて言わねぇだろうな?」

怒鳴るでもなく、クラウドは普段とは違う問いただし方をしてくる。

それはやけに真剣でそれでいて、どこか怯えているようにも見える。

「………この前……?」

それが何を指すのか、一瞬思い出せなかった。

最近、私は彼に何かされただろうか?









「…………ちがっ!」

思い当たる出来事が頭を駆け巡り、私は途端に顔が赤くなった。


クラウドが指している『この前』の『朝』の出来事を。

からかわれていたのだと分かってからも、あの日の彼のあの熱い視線を思い出すと、体の奥が熱くなる感覚を。


「違う!それはもう分かったから!」

思い出したその感覚に、私は今彼に掴まれている部分さえもジワジワと熱を放っているような感覚に陥る。

「じゃあ、なんだよ?」

焦る私なんかとは逆に、冷静なまで真剣なクラウドが見詰めてくる。

その真剣な瞳に、私はいたたまれなくなっていく。

「な、何でもないってば!クラウドの勘違いだから!」

紅潮する頬を隠すように俯きながら、手首を掴んでいる彼の手を左手で剥がそうと試みる。

「おい、誤魔化すな!言いたいことがあんなら言え」

「だからないってば!」

その私の手を彼が振りほどく。

「嘘つけ!」

「嘘じゃない!」

「じゃあなんなんだよ!」

「だから、クラウドの勘違いだってば!」

「ッ!」

動揺した私は叫ぶようにそう強く言ってしまった。

その勢いで掴んでいたクラウドの手がザッと離れ、私は庇うように左手で掴まれた部分を押さえた。

手首に刻まれた痕が、彼がいかに真剣だったのかを物語っているようだ。



「…………じゃあ、なにか?」

身を引いた私をクラウドが見つめる。




初めて見る

彼の弱々しい瞳で。




「なんでもねぇのに、俺のこと避けてんのかよ?」




ズキッと胸の奥に今度は違う痛みがのし掛かる。


自嘲気味な彼の声とすがるようなその弱い瞳。

全てが彼らしくない。



やめてよ……。


彼との視線の間で、私の心が揺れる。


そんな顔、しないでよ……。


なんでそんな、泣きそうな顔、私に見せるの……。



胸が苦しい。

彼の声とその表情が、私の胸を締め上げていく。


心が壊れてしまうのではないかと思うほど、苦しくなっていく。



私は逃げるように視線を逸らせながら、彼に掴まれていた腕をギュッと握った。



避けていた、わけではなかった。

ただ少し考える時間が欲しかっただけだ。

あの日、ルイスから投げ掛けられた質問の答えの意味を。

私自身がしっかりと理解するための時間が。



『クラウドと、離れたくない』


そう思ってしまった私の心。

無意識に込み上げてきたこの気持ち。




これを『恋』だと認識してもいいのかどうか。



もし、それを認めてしまったら

彼にその想いを伝えてしまったら

彼は私の想いに応えてくれるのだろうか。



私の想いに応えるということ。

それは即ち、この世界の『王』となること。

その重荷を、彼は背負ってくれるだろうか。



『ルイス王しか、俺はこの世界の王だとは認めない』



出会った頃の彼の言葉が胸に突き刺さる。



じゃあ、私が貴方を選ぶことは出来ないの?



それなら、何故そんな悲しそうな顔をするの?



なんで、抱き締めたりするの?




なんで、私の側にいるなんて言うの?




子供じみた考えが次々に頭に浮かぶ。

それなのに、今目の前にいる彼にかけてあげる言葉は全然浮かんできてはくれない。



黙り混んでしまった私を見詰めて、クラウドは力なく笑った。




「…………わりぃ。今のは忘れてくれ。」



柔らかな口調でそう言った。

それから、まるで自らを嘲笑うように冷たい笑みを口元に浮かべて私から目を逸らし頭をコツンと岩肌にぶつける。


「お前がそう言うならそうなんだろうな。俺が変に勘繰りすぎただけだ。」


何か、言わなきゃ。


「こんなこと、気にするようじゃ俺もまだまだなんだな。」



何か



「ビビらせちまったみたいで、悪かったな。腕、平気か?」



なにか………



「もうすぐソウマも来る頃だろ。今のうちに休んで」

「避けてたわけじゃないの!」


彼の言葉を遮り、私は拳を握って俯いたまま口を開く。

「考えてたの。自分の……気持ち」


彼の顔を見てしまえば、怖くて言葉を繋げない気がしたから。


私の声に、クラウドは顔をこちらに向けたようだった。

彼からの視線が感じられ、私の頭は沸騰しそうなほどに困惑していく。


上手く話すことのできない自分がもどかしい。


スゥと息を吸い込む。

たった一言。

この後に続けるだけ。

たった、それだけ







「…クラウドは」




ドッドッと心臓が破裂してしまうような音がする。



この質問の意味を、彼は理解してしまうだろうか。





「この、世界、の」




だけど、このまま彼に勘違いをさせたまま、辛い想いをさせ続けることなんて。



言葉にしてしまえば、私は今自分の中にある芽生え始めた気持ちを認めることになる。


今、そんな不確かな気持ちを伝えてしまって本当にいいのか。



クラウドからの視線が突き刺さる。


頬が熱い。



けど、頭よりも先に言葉が喉を通り抜けてくる。



「…お、うに」












ドクッンと、心臓を直接鷲掴みされたような感覚が胸を襲う。

口の中の言葉も息すらも全てかき消された。

握り潰されてしまいそうな衝撃に、体も思考も停止する。




一瞬、視界が真っ白な世界に包まれた。






あの、夢と同じように、果てない白い霧の中に。







…………………えっ?






全てが止まった世界。


そんな私の脳裏に、ハッキリと人影が浮かび上がった。


それはまるで、今目の前で私に向かって微笑んでいるように、鮮明に。










ユタ?







彼が私に微笑んでいる。







今まで見たことのないほど、優しい瞳で。








違う。彼じゃない。

私は、こんな彼の笑顔

見たことがない。








途端に、胸がスゥーと冷たくなっていく感覚に襲われる。

けたたましかった心臓の音は、一瞬にして規則正しい音に戻っていた。

頭が妙に冴え渡るような感覚と、指先がチリチリと痺れるような覚醒したような気配が私を支配している。











「……………サクラ?」


突然言葉を止め、ぼんやりと佇む私にクラウドが心配したように声をかけてくる。

その声に、私はハッと現実に意識を引き戻した。

まるで立ったまま夢を見ていたような不可思議な体験だ。



「大丈夫か?」

私の様子がおかしかったのか、今度は深刻な顔で彼は私に近付いてきた。


「…………うん。大丈夫」

現実に引き戻された感覚が、私の中で時間の感覚を麻痺させていた。

どちらが夢でどちらが現実か。

その狭間に私は今落ちていた。


ポツリと私が答えたので、クラウドは安心したようにほっと息を吐いた。

「ったく、焦らせんなよ。急に焦点合わないように遠く見つめて黙るなんて、頭おかしくなったのかと思ったぜ」

「なっ!頭おかしくなったとかひどくない?」

クラウドの言葉に思わず目尻をキッと上げて睨む。

さっきまで心配そうにしていたクラウドも私のその表情に、フッと鼻を鳴らした。

「見たまんまを言ったまでだっつうの。言われたくねぇなら俺の前でアホ面しねぇこったなぁ」

「言われなくともしないわよ!」

「そうかよ。」

唇を尖らせる私に彼はフッと目を細めると、ポンッと私の頭に手を置いた。

「なっ!」

「悪かったな。」

「えっ…」

「なんもねぇならそれでいいんだ。無理して何か言う必要ねぇよ」

グシャグシャっと私の髪を撫でながら、優しい声でクラウドはそう言った。

「でも、何か悩んでるなら言え。一人で考えて出した答えに納得がいかないなら俺に話してみろよな。」

さっきまで悲しそうだった彼の瞳が、今は私を安心させるように優しく笑っていた。

「俺はお前の側にいる。命令されたからじゃなく、これは俺の意志でだ。だから、俺の前では無理すんな。」

ふんわりと笑う彼に私は返す言葉が見付からなかった。

彼の優しさに甘えてしまっている自分が情けない。

誤解させて、傷付けてしまったのは私の方なのに。

彼の言葉に、私はまた胸に温かいものを感じてしまっている。

なんてずるいんだ。


気持ちに比例するように私の視線は落ちていく。

これ以上彼の優しい笑顔を見るのが辛い。

「おいっ」

そんな私の頬をクラウドがいつかのように摘まんでくる。

「いたひっ」

無理矢理に顔をあげさせられ、引っ張られた頬のせいで上手くしゃべれない。

強制的に合わせられた視線の先でクラウドはニッと犬歯を光らせながら笑った。

「分かったか?」

「……………はひっ」

そんな笑顔を向けられたら、この状況でなくとも私は頷くしか選択肢はなかっただろう。



最悪の出会いと最低の扱い。

意地悪で口が悪くて、乱暴ですぐに人をからかってくる。

なのに、気付くと私のことを常に心配してくれていて、側にいて、私のために動いてくれる。


彼を失うかと思った時もあった。

思えば、あの頃から私はどこかで彼を想っていたのかもしれない。

彼の冷たい手の感触を思い出すだけで、叫び出してしまいたくなるほどの恐怖に襲われる。

大切なものを失う。

目の前で尽きていく、見知った人の死。


けれど、彼はそんな状況からまた私の側にいてくれている。

温かで力強い彼が。



この想いをなんて表現すればいいのか、まだ分からない。

多分、恋の始まりなのだと私は感じていた。

大人のような情熱的なものとは違う。

本当に芽生えたばかりの淡い想い。

ただ側にいるだけで、それだけで幸せだと感じるような。



「………………はなひてよ」

心の中の私の現状確認と、現実での私の姿にあまりにもギャップを感じながら、私は弄ばれる頬を抑えながらクラウドに抗議の視線を送った。

「ダメだ。これは仕置きだ。俺に迷惑ばかりかけるお前への細やかな仕置きだな」

ニヤニヤと見下ろすクラウドは、もうすっかり元の意地悪な彼に戻っている。

ビョーんと私の頬を引き上げては笑い、伸ばしては縮めてみる。

この切り替えの早さは見習いたいものだ。

こうしている分には、私の可愛らしいときめきも浮かび上がってこないから不思議だ。

さっきみたいな顔をされるよりは、全然マシなのだが。

「……………」

引っ張られた頬のせいで目が乾燥してきた。

生理的な涙がうっすら瞳を潤す。

「…ねぇ、いいかげん」

なんだか開けたままの口までも乾いてきて頃、そろそろ終わりにしてほしいという意味を込めて彼に向けて言葉を発した時

「なにやってるんだぞ!!!」

ベチィーンッという何かがはぜるような音が至近距離で鳴り響いた。

と、同時にクラウドの頭がガコンッと前に倒れてくる。

「ふぇ?」

彼の手がその勢いで離された瞬間私は間抜けな声が緩んだ口元から漏れた。


「……ってぇな」

「サクラになにしようとしてたんだぞ!」

後頭部を抑えながらクラウドが顔をあげると、彼の背後からその衝撃を与えた主がブンブンと羽を鳴らしながら怒ったような声をあげた。

「って、イーヴァ!?」

ブンブンと興奮気味に羽を鳴らすその小さな姿に、私は驚いて思わずクラウドを押し退けてしまった。

「へへっん!助けに来てやったぞ」

そこにいたのは、人差し指で鼻の下を得意気に擦りながら、さながら救世主のような顔をしたイーヴァだった。

「わぁ!ありがとう!ってことはソウマも?」

「そうだぞ。今上から縄を下ろす用意をしているんだぞ。陛下も一緒に付いてきちゃったんだぞ」

イーヴァの小さな手を握りながら私は安堵の息を吐いた。

「良かったぁ。ごめんね心配かけて」

「ビックリしたんだぞ。陛下が慌てすぎてたから、イーヴァ一瞬サクラが死んだのかと思ったんだぞ」

呆れたようなイーヴァの顔を見て、その時のルイスの様子が容易に分かって私は乾いた笑いを溢した。

「でも、無事で良かったんだぞ」

「ごめんね、本当。」

ニコッと笑うイーヴァに私はもう一度頭を下げた。

「いいんだぞ。っでもぉ~今しがた、ちょっぴり良くないものをイーヴァは見てしまったんだぞぉ~」

私に向けていた笑顔がスルンと消えて、変わりに黒いオーラがイーヴァを包んだ。

その矛先は、どうやらクラウドに向けられているようだった。


「な、なんだよ」

私に押し出されていたクラウドは、急に向けられた黒い視線に驚いたように後退る。

「イーヴァ見ちゃったんだぞ。」

ブンッとイーヴァの羽が一鳴りする。

その羽音に私までもビクッと肩をすくめてしまう。

「クラウドがサクラに」

ブンッブンッと興奮気味に荒々しい羽音が響く。




「キスしようとしていたんだぞぉ!!」










『だぞ~だぞ~だぞ~』


と、岩肌にイーヴァの声が反響していく。






それと同じものが、私の頭の中でも鳴り響く。












「「違うっ!!」」




シンクロ率100%で真っ赤な顔の私とクラウドが叫ぶ。

そんな私達を一瞬キョトンとした顔で見つめてから、イーヴァはあれれ?と首をかしげて見せた。

「違ったのかだぞ?」

「違う違う違ぁう!!」

ぶんぶんと首を振りながら否定すれば、イーヴァはにゃははぁと笑った。

「なぁんだ違ったのがだぞ。イーヴァてっきり………」

首の後ろを掻きながら、イーヴァは上を見上げて苦笑いを浮かべた。

「見間違い、だったぞ」

誰かへ向けたその言葉に、私はハッと顔色を変えた。

同じように、私の背後でクラウドも。



この会話も、今頃…………。




大きな無表情の影がぬっとクラウドの背後に現れたような錯覚を覚えながら、するすると降りてくる縄を私達は見上げていた。





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