私が巫女!?
「どうぞ。」
羊のようにフワフワとした髪の毛の可愛らしい男の子が、紅茶のカップを私の前に置いてくれた。
軽く頭を下げるとその彼は口元だけ小さく微笑み頭を下げた。
そのカップに口をつけると温かく甘い湯気が包んでくれた。
ハーブティのような味で不思議と私の心を落ち着かれてくれる。
もう一口飲み込むと顔をあげ、席についている人達を控えめに見渡した。
一番上座にはさっき助けてくれた彼。
陛下ってクラウドに呼ばれていたから、あの人がここの王様なのかしら。
その後ろには部屋に入る時に扉を開けてくれた大きな男が立っていた。
見るからに強そうな彼は陛下の護衛かなにかなのかな。
今度は窓際の席に目を移した。
眼鏡をかけた彼とパチッと目が合ってしまった。
ハッと目を反らしてカップの中に視線を落としてから、もう一度カップの淵から彼を見た。
彼はまだ私の方を見ていた。微笑みながら手を上げた。
その手にイーヴァがジャレついたので、彼の視線は私から外れた。
一番扉に近い席にクラウドが座っていた。
チラッと視線を向けると真っ直ぐに目が合った。その目は常に私に向けらていたらしい監視対象を見るような鋭い視線で。
はぁーとため息が漏れた。
そして誰かが口を開くのを静かに待つしかなかった。
上座に座っていた陛下がようやくカップを置き口を開いてくれた。
「さて、何から説明しようか。」
それからイーヴァがまとわりつく眼鏡の彼を見た。
彼もカップを置き、私の方を向いた。
「では、私から説明させていただきます。その前に、巫女」
「は、はいっ」
咄嗟に勢いよく返事をしてしまった。
驚いたように眼鏡の彼は目を丸くしたが、クスクスと笑いだした。
「宜しければまず始めにお名前を伺えますか?巫女とお呼びするのもあれなので。」
「あっ、はい。サクラと言います。」
その場にいる全員が私の方を向いていた為、軽くうつ向きがちに答えた。
「サクラ様ですね。ありがとうございます。申し遅れましたが、私はマクリナと申します。」
マクリナは丁寧に片手を胸にあてお辞儀をした。
「イーヴァとクラウドはもう知っておられますよね?では割愛させて頂きます。あちらにおられるのが我がルミエール王国を束ねられているルイス王です。」
ルイスはまた優しく微笑んでくれた。
「そしてその後ろにいるのが、ソウマでございます。あと何人かご紹介しなくてならない者がおりますが、それは後程。」
「……はい。」
「ではサクラ様。ここから本題に移らせていただきます。」
マクリナは眼鏡の位置を直すと、顔をあげ真っ直ぐに私を見た。
ゴクリッと自分の唾液を飲み込む音が部屋に響いてしまう気がした。
「まずはこの場所がどこかということから説明いたします。率直に申します。ここはサクラ様のいた世界とは異なる場所にある世界の一つの国ルミエールでございます。」
……えっ?
今サラッとすごいことを言われたような気がする。
異なる世界?
私はまずその入り口の説明で目を丸くしてしまった。
マクリナはそんな私の様子に気づいているようだったが話すを進めた。
「驚かれるのも無理はありません。しかし、それが真実なのです。私達が住むこの世界には、古くから受け継がれている本があります。それがラーテルの書という予言の書です。それは不思議な本でして、この世界で起こる事柄を予言するかのように何年かに一度、真っ白なページから文字が浮かび上がってくるのです。」
マクリナはそう言って、一冊の古びた本を取り出した。
そしてページを捲るとサクラの近くに歩いてきて目の前に開いて見せた。
「この文字が読めますか?」
「…………」
確かに何か文字らしきものは書いてある。でも……
私は無言で首を横に振った。
「そうですか。ここには簡単に言えばこう書いてあるのです。
『明朝、龍の森が紅く輝く頃 龍の主である異様の巫女が降り立つ。』
とね。そして、予言された時刻、場所にあなたがいた。」
そこで言葉を切るとマクリナは私を見下ろした。
その目は優しかったが、どこか観察するような好奇の色をしていた。
「………その、巫女っていうのはいったい何なんですか」
疑問はたくさんあったが、マクリナを見上げながら彼が一番答えやすいだろう質問を投げ掛けた。
異世界だとか、予言だとかそういう次元の疑問をぶつけてもきっと正しい答えは返ってこない気がしていた。
「巫女とはですね。そうですねぇ。」
言葉を探すように自分の顎を擦りながら続けた。
「この世界には絶対的権力を持つものがいるのです。それがこの世界の守り神でもある一匹の『龍』なのです」
「……龍?」
そんな偶像的なものが本当に存在するのか。
いや、ここは異世界とやらなのだからそれもありなのか。
「その龍は私達だけでは決して姿を現してくれないのです。私達のようなものではなく、生粋の『人間』それも、その龍が選んだ『オンナ』でなければいけないのです。」
その言い回しに、どこか違和感を覚えた。
生粋の『人間』?
「何か引っ掛かりましたか?」
多分私の感情なんて彼には手に取るように分かるのだろう。
さっきから向けられている視線がそれを物語っている。
所々、私の反応を見ている。
「……さっき、生粋の人間って言いましたよね?」
「はい」
「………それって、どういう意味ですか?」
「それはですね、簡単に言いますと」
マクリナはゴソゴソと自分のズボンの後ろをまさぐった。
そして、そこから何かを引っ張り出すとパタパタと動かしてみせた。
それは私が知る限り
「………しっぽ?」
にしか見えなかった。
私の反応をが予想通りだったのか、彼はまたクスリと笑った。
「はい。私達は『生粋の』人間ではないのです」