秘密の花園
トントンとまとめ上げた資料の束を机の上で揃えると、ルイスは熱くなった目頭を指で押さえた。
「だいぶお疲れのようですね」
傍らでその資料を待っていたマクリナが声をかけてきた。
ルイスは力のない笑顔を向けてから首を振った。
「いや、そんなことはないさ。これくらいで音をあげるようではね。それに、私などとは比べようもないほどお前は働いているだろう?ならば、私も負けじとやらねばなるまい」
そうやって逆にマクリナを戒めようとするルイスに、言われた本人は苦笑を浮かべる。
「私と陛下では力の使い方が異なりますので。私は一時的に極端に働き、そして力尽きればそれこそずっと伏せっていたとしても支障はない存在にございます。しかし、陛下はそのような破茶目茶な行動では困りますので、どうか継続的に働けるように時にはお休みを儲けて頂くようお願い致します」
「分かっているよマクリナ。大丈夫だ。それに」
ルイスは彼の後ろで話を見守っていたソウマの方を振り返った。
「今日はこれからソウマと休暇を楽しむことになっていてね。」
見上げられたソウマはなんと返事をしたらよいのか困ったようにルイスを見つめ返すと、戸惑いながらもゆっくりと頷いた。
「…あぁ、そうでしたね。」
マクリナは一瞬何か思い出したかのようにハッとした表情を見せてから、その言葉を飲み込み、全て理解しているかのように微笑みながら立ち上がった。
「では私はこれで失礼いたします。陛下、どうぞ楽しい時間を過ごされてください」
微笑みながらそう言うとマクリナは資料を脇に抱えて足早に部屋を出ていってしまった。
広い部屋にポツンと二人が残された。
「…………」
「…………」
ソウマはチラリと太陽の高さを確認した。
あまり早くにルイスを連れ出してしまっても、あまりにも遅くに連れ出してしまってもおそらくは失敗に終わってしまうのだろう。
マクリナがあぁやって急いで部屋を出ていってくれたということは、おそらくこのタイミングで彼を外に連れ出した方がいいという彼からの合図なのだろう。
「……陛下」
ソウマからの言葉を待っていたルイスは、彼の声にゆっくりと振り返る。
「ん?なんだい?」
その顔はこれから何が起こるのかワクワクしているようにも見える。
「………本日はとても良い日和にございます」
「うん、そうだね。暖かく風も穏やかだ」
「………少し、馬を走らせてみてはいかはがでしょうか?」
「……馬を?」
「…はい。」
あまりにも唐突すぎただろうか。
ソウマの言葉にルイスは首を傾げた。
ソウマはそんな彼の表情に、内心ドキドキしながらも至って真面目に彼を見つめ返す。
「そうだね。こんな気持ちいい天気だ。少し外の空気を吸いにいこうか」
ソウマの願いが通したのか、ルイスはあまり深くは詮索せずに座りっぱなしだった腰を上げてくれた。
たったこれだけのことなのに、ソウマは普段戦地で感じる緊迫感よりもドッと体に負荷がかかっているような気がした。
ルイスとソウマは馬を並べて龍の森の中へと入っていった。
時おり出会う結界士達はルイス達の姿を見つけると、地面にくっつくのではないかという程に頭を深く下げた。
だがやはり、サクラの時と同じく決して口を開くことなく二人の姿が見えなくなるまで顔を上げることはなかった。
二人はのんびりとした足取りで馬を歩かせた。
特に何か話すわけでもなく、ただその清々しい空気で身を清めていく。
宛もなく歩いているように思えるその方向は、ほんの少しだけ馬の鼻先が先を行くソウマの導きで決められていた。
ルイスに気付かれぬように慎重に、自分の馬を目的の場所まで誘導する。
「気持ちがいい所だな」
隣を歩くルイスが静かに口を開いた。
「静かでとても穏やかな気持ちになる。」
「……そうですね」
ルイスは目を閉じて胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
それから、まるで自分の中に溜め込んでいた悪いものを吐き出すかのように、長く息を吐いた。
モヤモヤとしていた胸が清んだ空気で満たされていく。
頭が冴え渡るようなそんな気分にさせてくれる。
自然とルイスの表情が和らいでいった。
「ソウマ」
「はい」
「誘ってくれてありがとう。おかげでこんなに穏やかな気持ちになれた」
小鳥のさえずりが聞こえ、ソウマに向けた言葉を口にしながらルイスは頭上を見上げた。
「私はどうも最近一人で殻に閉じ籠りがちになってしまっていたようだ。狭い場所で闇雲に動き回っては、同じ道を何度も何度も廻ってはそれすら気づくことができないほど視野が狭くなっていたようだ。そんな狭い世界で答えなど出るはずがないのにね」
見上げた空をゆっくりと雲が流れていく。
「外の世界は、こんなにも輝いていて暖かで、そして心地よいものだということを忘れてしまっていたよ。私の悩みなどこの風にのって何処までも飛んでいってしまうのではないかと思えてくるのは不思議だね」
ルイスはそう言うとソウマに視線を向けた。
「礼を言うよ、ソウマ。お前は私の大切な友だ」
「…………勿体無いお言葉にございます」
ルイスからの言葉に、ソウマは面食らったように瞳を大きく開いたが、彼のその柔らかな微笑みに答えるようソウマも口元を綻ばせると馬上から深く頭を下げた。
「ですが、陛下」
ゆっくりと頭を上げながら、ソウマが口を開いた。
言葉よりも先に顔を上げたソウマの表情に、ルイスは目を疑った。
「本日は、ここからが本番にございます」
顔を上げたソウマの表情は、普段の落ち着き払った彼ではなく、まるでまんまとイタズラを成功させたような少年のような笑顔だった。
「えっ?」
ソウマの表情に驚いているルイスを取り残すように、ソウマが急に馬を走らせ茂みの中へと消えていった。
「ソ、ソウマ?」
慌ててルイスもその背を追い茂みへと走り出した。
直後、急に辺りを取り囲んでいた木々が消え、開けた場所に出た。
「っ!」
あまりにも眩い太陽の光が辺りをつつんだので、ルイスは咄嗟に片手を目の前にかざしその光を遮った。
視界が一瞬にして真っ白な世界へと変わる。
「ルイス!!」
その光の中から声が聞こえた。
歌うように軽やかに自分の名を呼ぶ声が。
その声に導かれるよう、ルイスはそっとかざしていた手を下ろしていく。
「……………これは」
白くぼやけた世界から解き放たれたルイスの瞳に映ったのは
「お誕生日おめでとう!!」
サクラの笑顔だった。
辺り一面に咲き乱れる花畑に、突如として現れたティーパーティ。
可愛らしいテーブルの上にはお茶のセットが揃えられ、草むらの上には広げられたシートの上には小さなクッションがいくつも転がっている。
そして、それを取り囲むように立ちこちらを向かって微笑む者達。
「……これは、一体」
あまりにも予想だにしていなかった光景にルイスは以前として固まっている。
「驚いた?」
そのルイスの反応に、私はとても満足しながら彼に近付いていく。
「…あ、あぁとても」
「ふふっ、じゃあ大成功だね。」
状況把握に必死になっているルイスがなんだかとても可愛らしく見えてつい笑みがこぼれる。
私はテーブルの周りでこちらの様子を伺っていたるクラウドとオルタナに笑顔で振り返ると、二人ともとても満足そうに頷きを返してくれた。
昨日私が思い付いたルイスへのプレゼント。
それはサプライズでの彼のお誕生日会だった。
ソウマの言葉から連想した私の楽しかった誕生日の思い出。
それは何てことない家族と過ごした思い出だった。
特別なことはできなくても、こうして大切な人達と過ごすことが何よりも素敵な贈り物にならないかと私は急きょルイスを外へと連れ出してしまおう作戦を決行したのだった。
「さっ、ルイス突っ立ってないでこっちこっち」
私はルイスの腕を掴むと足取り軽くテーブルへと引っ張っていった。
「お昼まだでしょ?」
「えっ、あぁそういえば。」
会議中に軽く何かを摘まんだ記憶はあるが、きちんとした食事をとっていないことをルイスはその時思い出した。
忙しいといつもお昼はその程度だとソウマからのリサーチ済みの私は、自信満々にテーブルの上を指した。
「だと思った!そこで、ジャーンッ!」
お茶のセットの隣に、デーンッと構える大きな箱。
「………なんだい?これは?」
「開けてみて♪」
首をかしげるルイスをワクワクした気持ちで眺める。
彼はキョトンとしたままそれに手を伸ばすと、ゆっくりと蓋を持ち上げた。
「わっ………」
中身を見たルイスはとても驚いたように声を上げた。
ルイスが開けた箱。
私のいた世界ならばそんなもの開ける前から中身など見なくても分かるもの。
そう、お弁当だ。
だが、こちらの世界ではそういった習慣はないようだった。
「全部私とオルタナで作ったの」
朝早くにオルタナと二人で調理場を借り、この大きなお弁当を作った。
初めて扱う食材ばかりだったが、元々料理が好きだった私はイチイチ素材の味を確かめながら元いた世界の味に近いおかずを作っていった。
定番の唐揚げに卵焼き、小さなグラタンにサラダ、ハンバーグに煮物のようなもの。色々な具材を混ぜ混んでカラフルなおにぎり。デザートに花びらを浮かばせたゼリーも用意した。
味はもちろんだが、お弁当で肝心なのはそのつめかただと思う。
そこは美的センスの塊のオルタナにお任せした。
アクビをしながらも料理もそつなくこなす彼だが、用意してもらったお弁当箱に見事なまでに隙間なく詰めているときの真剣さは、私が口を挟む隙もないほどだった。そして開けたときにハッとするほど見映えのいい配置で詰めていってくれた。
全てに驚愕しきっているルイスに、私は笑顔で口を開く。
「来週お誕生日だって聞いて、私も何か出来ないかなぁって思ったの。高価なプレゼントとかは出来ないから、せめてルイスに楽しい時間を過ごしてもらえたらって、皆に協力してもらったんだ。」
オルタナには私と料理をソウマにはルイスの案内を、クラウドには場所のセッティングを。
そしてテトにはお茶の用意を。
「マクリナとイーヴァは忙しくて来れなかったけど、今日のことを伝えたらすごく賛成してくれたの。参加は出来ないけど、ルイスが喜んでくれることを一緒に考えてくれて」
本当は二人にも来てほしかったが、カインズとの話し合いが続くマクリナにはそのようなことに費やしている時間はないようだった。
そんな彼を気遣ってか、イーヴァもまたマクリナについて仕事の手伝いをしていた。
けれど昨晩この計画を話したところ、マクリナとイーヴァも作戦を一緒に考えてくれてサプライズのやり方も事細かに話し合ってくれた。
彼らもまたルイスを祝いたい気持ちは変わらないようだ。
「だからね、ルイス。今日はいっぱい外で遊ぼう!こんないいお天気だもん、外に出なくちゃ勿体無いよ」
私がそう言うと、蓋を持ったままだったルイスがようやく事態が飲み込めたというように瞳を瞬かせると、顔をクシャッとどうしようもないほど照れくさそうに笑った。
「君は………本当に、突拍子もないことをするんだね」
それからゆっくりと辺りを見渡して、そこにいる一人一人に向け頭を下げた。
「私のためにありがとう。こんな、素敵な贈り物をしてくれて」
私以外の皆はそんなルイスに少し慌てていた。
「そんな、陛下!頭をおあげください!」
「そうですわ!これしきのことで礼などもったいない!」
クラウドとオルタナが手をブンブン振りながらそう諭していると、テトがその様子をクスクスと笑いながらカップにお茶を注ぎ始めた。
タイミングのいい彼のそれに、私は両手をパンッと叩いてパーティの開始を告げた。
「さっ、今日は子供に戻ってたくさん遊ぼう!」
それから私達は皆でお弁当を食べ、辺りの景色を堪能した。
始めは真面目なソウマと変なところ強情なクラウドが、ルイスと一緒に食事をとるなんてそんな無礼なことできないと頑なに拒否していたが、そこは柔軟なルイスだ
「ならば、共に食事をとれと命令すればいいのかな?」
と意地悪な笑顔で彼らに言うものだから、これには二人も困ったように顔をしかめていた。
一方のオルタナは今日は無礼講だと告げられるとルイスそっちのけでソウマに料理を取り分け始め、これには今度はルイスが苦笑していた。
私とオルタナが作ったお弁当は予想以上に好評だった。
美味しそうに頬張ってくれている姿を見て、私とオルタナはホッとしていた。
食事が終わり、テトが食後の紅茶を用意してくれると私達はシートの上に転がった。
と、いっても本当に寝転んだのはルイスとクラウドだけでさすがにスカート姿の私とオルタナはその場に腰を下ろしただけだった。
ソウマに至ってはシートにすら座らずに、甲斐甲斐しくテトの手伝いをしていた。
「サクラは料理が上手なんだね」
仰向けに寝転んだままルイスが私を見上げてきた。
「そんなことないよ。オルタナが手伝ってくれなかったらあんなに上手には出来なかったもん」
「まっ当然よね。あたしがいなければあそこまで素敵な作品生み出すことなんて不可能だったでしょね。」
自信満々にそう言いながら紅茶をすする彼に私は苦笑した。
「そうだったね。さすがはオルタナだ、食にあまり興味を持っていないソウマがあれだけ食べていたんだ。大したものだよ」
「いやですわ、陛下。そんな嬉しすぎること言わないでください!」
言葉とは裏腹にオルタナのはしゃいだ声と緩んだ表情に、私は吹き出しそうになってしまった。
「………世辞だろうが」
「なんか言った?」
ボソッと呟いたクラウドの声にオルタナがキッと睨みをきかす。
「なんもぉ」
悪びれる様子もなく、クラウドはその視線を避けるようにゴロンと体を反転させてしまう。
それを見て、今度はルイスが吹き出しそうになっていた。
「お前達は、本当に仲の良い兄弟だな」
「「違います!!」」
ルイスの言葉に、オルタナとクラウドが同時に声をあげ、そのハモりっぷりに私とルイスは驚いた。
「…ぷっ…はははっ」
「息、ぴったり!!」
私とルイスは堪えることが出来ずに、おもわず大笑いしてしまった。
だが、一番驚いたのはどうやら当の本人達らしく、互いの顔を見つめてから鼻にシワを寄せて不機嫌そうに顔を逸らした。
容姿こそ全く似ていない二人だが、こうして並べてみると共通点がありすぎるから不思議だ。
やはり血縁などにこだわらず、一緒に過ごしてきた環境で人は形成されていくものなのだぁ、なんてこの二人を見ていると改めて思い知らされる。
「に、しても今日は天気が良すぎるくらいねぇ」
フンッと顔を逸らせた勢いのまま空を見上げたオルタナは、長い爪のはえた手で降り注ぐ太陽の光を遮った。
「ねぇ、本当いい天気」
私も同じように空を見上げたが、そんな私の清々しい気持ちを覆い隠すような鋭い視線が空へと突き刺さる。
「けど天気がいいにしても、良すぎるわ。少し木陰に移動しない?」
眉間にシワを寄せながら、オルタナは両手で顔を守るように影をつくる。
「ん?なぜだい?暖かくて気持ちがいいではないか」
そのオルタナの行動にルイスは首をかしげた。
「気持ちは本当にいいのですが、太陽の光は浴びすぎるとお肌に悪いんですわ。あたし只でさえこのほくろがとても気になっているのに、これ以上顔に何か出てきてしまったら正気ではいられませんもの」
そう言うオルタナは本当に鬼気迫るような表情を浮かべた。
「えぇ、私はそれ羨ましいけどなぁ」
「なんですって?」
言ってる意味が分からないといった様子で眉を寄せながらオルタナが私を見てきた。
「オルタナのその涙ぼくろ、私としてはなんか羨ましいなぁって思ってたの」
「はぁ?これのどこが羨ましいのよ。欲しいならあげたいくらいよ」
「だって、そこにほくろがあるのってなんかセクシーじゃない?色気が出るっていうか、なんか美女の条件って感じするもん」
「…………これが?」
私の言葉にオルタナは自分の目の下を撫でた。
「うん。初めて会ったときもそれがすごい印象的に映ったんだ。私なんて色気とか無縁な童顔だから、オルタナのそういう色っぽいところ、実はすごく羨ましいんだよね」
男である彼に女性としての色気で負けていると悔しがるよりも、私は本当に純粋にオルタナのそういう部分に憧れていた。
背が低く華奢というよりは貧相な体に、年のわりにいつも幼く見られる顔立ちの私は、長身でハッキリとしたメリハリのある顔立ちの、所謂モデル体型のオルタナはないものねだりの永遠の憧れて的容姿だった。
「そんなもんなのかしら」
私の言葉に納得していないように目の下をもう一度撫でていると、ルイスも私の意見に賛同するように頷いてくれた。
「そうだね。私もとてもいい意味でそれはオルタナの個性だと思っているよ。君を引き立ててくれる素晴らしい一部だとね」
「陛下にそう言って頂けるなんて」
ルイスの言葉にようやく納得が言ったのか、オルタナはほんのり照れたように頬を緩めるとそっと顔を撫でていた手を下ろした。
私の言葉なんかよりもやはりここは素敵な男性に言われる方が効き目があるみたいだ。
まぁオルタナのそういうところはもはや今更私がどうこう言ったところで変わるわけもないので、私は特に気にすることもなくテトが淹れてくれたお茶をすすった。
「でも、サクラってば目立つところにほくろってないわよね」
ようやく終わったはずのその話題を、こともあろうかオルタナ自身がほっ繰り返してきた。
私はカップを置きながら首を捻った。
「そうかな?」
「そうよ。」
「でもほくろのない人なんて滅多にいないって何かで読んだことあるし…」
と言いながらも、言われてみれば私は自分の体にほくろがあるのを見たことがないような気がした。
気にも止めたことがなかったから知らなかっただけで、私は色素が薄いだけじゃなくほくろすらもない色白女だったというのか。
「あたしこれでもあんたの体は隅から隅まで見てあげてるつもりだけど、どっこにもこんな黒い点見たあらないわよ」
ほんのり語尾に怒りのような色を見せながらオルタナはなかなかの過激発言をサラッと言ってのけた。
「ちょっ、そんな言い方!」
たしかにオルタナには服の採寸やら着替えやらで下着姿は数えきれないほど見られてきたが、だからってそんなことを皆の前で発言させれるなんて。
私は慌ててオルタナに抗議しようとした。
「なによ?あたし間違ったこと言ってないじゃない。それともなぁに?あんたの体のサイズまでここで発表してほしいのかしらぁ?」
慌てる私をからかうように、オルタナはニヤニヤとした笑みを浮かべてくる。
その横ではオルタナの発言に動揺しているのか、ルイスが無言でどうしたものかと居心地の悪そうな顔をしていた。
「やめてよ!ほら、ルイスも困ってるじゃない?」
からかわれている私よりもその場に居合わせてしまったルイスの方がなんだか居たたまれなくなってしまう。
「あらやだぁ、陛下だってサクラの事ならなんでも知りたいんじゃありませんこと?あたしでよろしければなぁんでも教えて差し上げますわよ。サクラの服に隠された柔らかな部分のことを♪」
「えっ、あっ……いや、それは……」
完全に調子に乗ったオルタナがルイスを煽ると、珍しく彼が動揺の色を見せる。
普段ならいくらオルタナでもルイスにここまでグイグイいくことはないのだが、この開放的な雰囲気とこの場に居合わせているのが気心の知れた人達だけだからだろう。
オルタナの攻撃にタジタジになるルイスが助けを求めるように私を見てくる。
そんな子犬のような目で見られたら、力付くでもオルタナを止めなくてはという使命感が沸いてきてしまうから不思議だ。
「オルタナ、いい加減にっ」
意を決して私が彼を止めようと口を開いたとき、私達の頭上にヌッと影が伸びてきた。
「っ!」
反射的に振り返った私のすぐ後ろには、無表情に私達を見下ろしているソウマが立っていた。
どうやら私なんかよりも暴走したオルタナを止めるうってつけの人物が登場してくれたらしい。
そんなソウマにオルタナも気が付いたようで、ルイスをからかっていたニヤニヤ顔を今度はほんのり青くしながら笑った。
「な、なぁんて、冗談ですわよ陛下!そんなに焦らないでくださいませ」
おほほほっ、とわざとらしい笑い方をしながらススッとルイスから離れようとしていた。
私もルイスもホッと息を吐いた。
これ以上恥ずかしい話をされたくなどない。
安心して紅茶の入ったカップを口へと運んだ時、それまでただ黙って立っていただけのソウマが口を開いた。
「オルタナ」
「はっ、はいっ!」
突然名前を呼ばれたオルタナは、今の行いを咎められるのかとビクンッと肩を揺らしてから跳ねるように返事をした。
つられて私とルイスもソウマの方に視線を向けたが、オルタナの反応など気にする様子もなく、声をかけたにも関わらずソウマはその先に話す前にルイスの空いたカップにお茶を継ぎ足した。
「……………」
その間もオルタナはどことなくビクビクとソウマの表情を伺っていた。
カチャンッとソウマが紅茶を注ぎ終えると、今後こそスッとオルタナの方に視線を向けた。
オルタナの顔がますます青ざめる。
その光景に、なんだか私までも緊張が体を支配していく。
オルタナの鼓動までもが聞こえてきそうな緊迫した中、ゆっくりとソウマが口を開いた。
「巫女殿にも、ほくろくらいはあるぞ」
「…………ふぇ?」
オルタナがあまりにも間の抜けた返事をするまでに、何秒かかったであろう?
いや、オルタナだけではない。
私もルイスも同じようにソウマの言葉に唖然としてしまった。
そんな私など全くお構いなしに、ソウマは今度は私のカップを手に取りながら淡々とただ言葉を並べるかのように話す。
「目立つところではないが、小さい頃より巫女殿にもほくろはある」
ソウマとの関係はどうやら仲間内であるオルタナやクラウドにも昨日話させれたらしく、そこは誰も何も突っ込まなかった。
「………えっ、あっ、でもあたしが見た限り」
ソウマの意外な言葉に気が抜けたのか、オルタナはわけのわからないままそんなどうでもいい反論をする。
カチャンとソウマは私のカップを置くと、本当に何でもないことを言うようにサラリとその先を口にした。
「巫女殿には腰骨の下に一つだけ小さなほくろがある」
「…………なっ!」
「ッッ!」
「…………えっ」
ソウマの発言に、私以外の3人は目をギョッと見開いた。
体をこちらに向けていなかったクラウドも耳だけはこちらを向いていたようで、瞑っていた瞳をガッと見開いたほどだ。
「へぇー知らなかったぁ」
だが当の本人である私は、そんな周りの様子など全く気付かずに言われた辺りを服の上から手でサワサワ擦ってみた。
たしかにこんなところにあったら、自分では見つけることなんて出来ないはずだ。
だって、腰骨の下ってもうそんなのおし…………。
と、私はようやくそこでソウマの言葉の意味を理解した。
擦っていた手がピクリと止まり、途端にダラダラと顔に冷や汗が湧き出してくるような気配を感じた。
「えっ…………ソウマさま?」
完全に私までもが凍り付いたその空気を破ろうと口を開いたのはオルタナだった。
「………なんだ?」
ひきつった顔のオルタナとは対照的に、普段と一ミリも変わることないソウマがオルタナのカップを持ち上げながら返事をする。
「つかぬことをお伺いしますが、サクラのそれはいつご覧になったのでしょうか?も、もちろんサクラが幼少の頃ですわよね?」
ぎこちない笑顔を浮かべながら、どこか祈るような声でオルタナが問う。
私も何故ソウマがそれを知っているのか気になった。
だってそんなお尻にあるほくろを知られているなんて、小さい頃くらいしか考えられない。
第一、ソウマに裸なんて見せたことな…………
あっ………………。
私はある事を思い出して更に顔が青くなっていく。
何故こんなにも恥ずかしかったことを今の今まで忘れていたのか、自分が信じられなくなった。
青くなった顔が一瞬にしてボッと恥ずかしさで赤くなり、だが次の瞬間にまた青くなる。
何故なら……
「いや、先日風呂を共にしたとき…」
「わあぁぁぁぁ!!」
ソウマがいい終えないうちに、私は大きな奇声を放ちながら、半ば抱き付くようにソウマに飛び掛かった。
あまりの勢いにソウマはバランスを崩し、手に持っていたティーポットがカチャカチャと揺れた。
だがそんなのはお構いなしに、私は強引にソウマの口をおもいっきり塞いだ。
瞬時に頭をよぎった最悪の答えをソウマが口にしてしまった。
ソウマに悪気など全くないのは分かっている。
だからこそもっと早くにその口を塞ぐべきだったのだ。
言ってしまうと思っていた。
ソウマにとって私とお風呂に入ったことなんて、隣で手を洗ったくらいの感覚にすぎないのだ。
だからなんの躊躇もなくサラリと話せてしまうし、その後の周りの反応など予想も出来ないはずだ。
ソウマは私に口を塞がれたまま、何故私がこんなことをしているのかまるで観察するようにされるがままに呆然とこちらを見ている。
体勢を崩したものの、器用に手にしていたティーポットを傾けて中身をぶちまけるという大惨事は回避している辺り彼らしい。
だが、私はしっかりと感じ取っていた。
私の身に今から降り注ぐであろう『大惨事』を。
「ど、どおいう意味かしらぁ~?」
背中に言葉が突き刺さる。
ソウマの口を押さえていた掌にうっすら汗をかいてしまっているようだ。
「サクラちゃぁん♪こっちを向いていただけるかしらぁ?」
パキポキと彼が指をならしているような気配を感じる。
「一緒にお風呂って、なんの話でしょうかぁ~?お姉さんにわかりやすぅ~く説明していただけると助かるわねぇ~」
もはや『お姉さん』『お兄さん』の違いなど気にしている余裕はない。
背中に感じる黒いオーラに凍り付きそうになりながら、私はビクビクと体を捻っていく。
本当は振り返りたくない。
本当は振り返りたくない。
本当は振り返りたくない。
何度も何度も心の中でそう呟くも、背中に感じる殺気に本能が出す危険信号が反応したようで、意識とはまた別の部分が私の体を反転させる。
あぁ、終わったな。
振り返った私が感じた最初の感想。
背を向けていたかった現実。
ゴオゴオと笑顔で闘志抜き出しに微笑むオルタナと、放心状態なのかカップを持ち上げたまま固まるルイス。先程と同じく私達に背を向けて寝転んではいるが、その背中からなにか黒いものが沸き上がっているように見えるクラウド。
私達の話など聞こえていませんよとばかりに。せっせと仕事をこなすテト。
そのあまりにも不自然な光景に私はもはや足元が抜け落ちていきそうになる。
「サ~ク~ラ~~~~」
笑顔のオルタナがギシギシと軋むような足音を轟かせながら、一歩を踏み出した。
私の体は本能にしたがって動いてくれた。
「…………ごめんなさぁい!!」
そう叫ぶと同時に、私は大草原へと人生で一番素早いスタートダッシュを踏み出した。




