宵
「あぁもう幸せすぎる!!やっぱり料理は目だけじゃなくて舌で味わうものよね!」
目の前に並べられた料理の数々に私は絶叫に近い声歓喜の声をあげると、手近にあったサラダから豪快に口に放り込み始めた。
ずっと欲していた食感と味におもわずのけぞりそうになる。
4日ぶりの食事がこんなにも感動するものだとは思ってもみなかった。
それをテーブルを挟んで向かいに座っているクラウドが呆れた顔で眺めている。
だが、私はそんな彼の視線などまるっと見えないフリをした。
「おなかが減るとなんで人っておかしな行動をとるのかわかった気がするわ!本当に食事って大切だね。水分だけじゃただおなかが膨れるだけで他には何も満たされないもの」
並べられた料理にフォークを突き刺しながら、忙しなく口に運んでいく。
そして顔全体でその美味しさを伝えるように微笑みを浮かべる。
「サクラ様、どうかゆっくり食べてくださいね?急ではに空っぽだった胃がビックリしてしまいますよ」
給仕をしているテトが心配そうにそんな私をたしなめる。
手に持っているスープがチャプチャプと揺れていることに気づかないほど、テトは私の勢いを気にしていた。
「大丈夫だよ。それよりクラウドにも注意してよ。さっきっからご飯も食べずにお酒ばっかり飲んでるよ?そっちの方が私としては体に良くないと思うんだけど」
握りしめていたフォークをお行儀悪くクラウドに突き付けるように指す。
丁度自分のグラスに赤い液体を注ぎ入れていた彼はチラッとそのフォークの先端に目を向けてから、シッシッと追い払うかのように手で払いのけた。
その行動にムッとしたが、何も彼が言い返してこないので私もあえて突っかかるのを止めておいた。
そしてまた料理に手をつけ始める。
「でも、安心しました。サクラ様がまたこうしてしっかりとお食事をとってくださるようになって」
スープをテーブルに置くとテトが心から安心したように微笑んだ。
「ごめんね、テト。それとこんな時間にお料理を作ってくれたシェフ達にも謝っておいて」
「どうかお気になさらずに。皆サクラ様のためならいつでも腕をふるうと言っておりましたので」
微笑むテトに私も申し訳なさそうに笑い返した。
私の無謀な挑戦はマクリナの手によって期限前に打ち止めされた。
理由は分からないが4日目の今日クラウドが独房から強制的に解放されたのだ。
倦怠感満載の体をお風呂に浸からせて部屋に戻った私に、マクリナがその事を伝え今夜からはしっかりと食事をとるように何度も何度も念をおしてきた。
私はその彼の言葉を確かめようと急いでクラウドの部屋に向かうと、そこには確かに彼の姿があった。
少しだけやつれて見えたが、それでも自室に戻された彼がいつものように怪訝そうに私を迎え入れてくれた。
ホッとしてどうせなら一緒に食事をと思い、もう真夜中をとっくにすぎている時間から私とクラウドは彼の部屋で食事を始めたというわけだ。
私はチラッとクラウドを盗み見てから皿にのっているステーキを口に入れた。
こうして一緒に食事をすることを彼は承諾してくれたものの、私がこの部屋に来てから彼は一言も会話らしい会話をしてくれていない。
私からいくつか言葉を投げ掛けたが、それにも無言で頷くだけで声を発すすることが今だにないのだ。
その表情も呆れているのか怒っているのか、はたまた落胆しているのか。ただ楽しそうではないということだけが痛いほど伝わってくるのみだ。
モグモグと大きく切りすぎた肉を噛み締めながら再びクラウドに視線を向ける。すると、クラウドの視線が私にぶつかった。
射るような鋭い目付きに、私の心臓はドクンッと凍り付き、口の中の肉の塊がまだその形を保ったまま喉の奥に落ちていってしまった。
彼はそんな私から視線をテトに移し、ずっと閉ざされていた唇を動かした。
「テト、お前はもう休んでいいぞ」
「えっ、しかし」
テトが固まったままの私に視線を移す。
「食事の給仕ならもう大丈夫だ。こいつのことも気にするな。食べ終わったら部屋まで俺が送ってやる。こんな時間だ、お前はもう休め」
有無を言わせぬようなクラウドの口調にテトは一瞬迷ったように瞳を揺らしたが、クラウドの真剣な瞳から何かを察したらしく丁寧に頭を下げ「かしこまりました」と返事をしてから静かに部屋を出てしまった。
シンッと急に部屋が静かになってしまう。
私はさっき丸のみにした肉の塊のせいで閉ざされた喉に急いで水を流し込んでいく。
スゥーと冷水が流れ落ち、胸の辺りがスッとした。
それと同時に部屋の温度も少し下がったのではないかと思うほど、急にそわそわと居心地の悪い空気が部屋を満たしていった。
カチャと私がグラスを置く音がやけに大きく聞こえる。
クラウドの方を向くことができない。
彼からの視線を痛いほど感じているからだ。
私の頭の中には二通りのイメージが出来上がっていた。
一つはこれから淡々と説教をされるイメージ。
もう一つがガミガミと怒鳴られながら説教をされるイメージ。
おそらくこれからどちらかが執行されるのであろう。
彼の突き刺してくる視線とテトを退室させたのがいい証拠だ。
もちろん覚悟はしていた。クラウドならきっと私のしたことにたいして出てきたときにお説教の一つや二つ、付け加えて嫌みの一つくらい顔を会わせたときに言ってくるだろうと。
けど、やはりいざその場面になってみると覚悟が揺らぐというか、はっきり言って恐怖を感じてしまう。
怒られる分にはまだいい。これで彼から愛想つかされてしまうのではないかと思うと、胸が押し潰されそうになる。
私の心臓が今か今かと彼からの第一声に震えているのに、クラウドは一向に口を開こうとしない。またしても先程と同じようにスッと黙ったまま酒の入ったグラスを傾けるだけだ。
生殺し作戦か………。
彼の視線だけの無言攻撃に、私の体は休まることを知らない。
緊張のせいでカラカラになった喉だけは潤そうと、艶かしいまでに紅いワインの入ったグラスに口をつける。薔薇のようなアルコールの香りが鼻をくすぐっていく。
「お前に」
ワインを口に含んだ瞬間、突如部屋に響いたクラウドの声に私はさっき肉を滑り落とした喉に今度は酒の塊をずるんと放り出してしまった。
危なく驚きで全てを吐き出してしまうかと思った。
なんていうタイミング……。
半分涙目になりながら、心の中で彼を睨み付けた。
私の様子を見ていたはずなのに、そこで声をかけるなど確信犯でしかない。
そんな私の恨めしい気持ちなど伝わっていないのか、クラウドはどこか怒ったようにトゲを生やした話し方で続けた。
「謝らねぇといけないって、ずっと思ってた。」
「えっ?」
言い方とは反対に意外な言葉が飛んできたことに、目をまるくした。
謝る?彼は今そう言ったか?
思わず伏せていた顔をあげると、クラウドの睨み付けるような視線とまたぶつかった。
一瞬ビクッと怯んでしまったが、今度はそれでも彼から視線を反らさなかった。
クラウドの言葉の真意を読み解くために。
「…謝るって」
「悪かったな!」
私の言葉を遮ってクラウドは投げやり気味にたった一言言い放つと、フンッと顔を反らしてしまう。
それからまたグラスを傾け中の酒を一気に流し込んだ。
その態度があまりにも子供じみていて、私はしばし呆然としてしまう。
「………はぁ?」
次に私から出たのは、そんな声だった。
「今の、何?」
体から力が抜けていくように、私は彼に尋ねた。
クラウドは相変わらず明後日の方を向いたままフンッと鼻を鳴らす。
「謝ってやったんだろうが。聞こえなかったのかよ」
「今のが?」
「なんだよ、文句あんのか」
「あるわよっ!」
ビターンっとテーブルを叩き付けるようにして立ち上がると、彼の方にズンズンと歩いていった。
そしてそのまま明後日を向いているクラウドの前に立つと、その顔を思いっきり両手で挟み込んだ。
「なっ!」
頬を挟まれたままクラウドは目を見開き、ギョッとした顔で私を見上げた。
「何よその態度は!謝るならちゃんと謝りなさいよ!」
ギューと彼を挟む手のひらに力がかかる。
「いでっ」
クラウドがそれに苦しんでいたが、私はかまわずに続けた。
「あんな風に気まずい雰囲気作っておきながら、言いたいことあるならハッキリ言ってよ!そんな風に拗ねたように言われたってなんも伝わってこないよ!謝るなら謝って、怒るなら怒ってよ!そんな風にうやむやにされる方が気持ち悪い」
言いながら私は何故か目頭が熱くなってきた。
「助けてくれた時もそうだよ!なんも言わせてくれないし、言ってくれなかったじゃない。私は言いたいこといっぱいあったのに。謝りたいのは私の方だし、お礼だっていっぱい言いたかったのに!」
自然と更に手に力がこもる。
「お前、いい加減に…」
さすがにクラウドも抵抗してきた。私の手をグイッと掴まえると、自分の頬からひっぺがす。
だが、私は掴まれた腕を振りほどこうともがく。
城に戻ってきてから彼にだけ何もまだ伝えられていなかったことが、ここにきて溢れてできてしまった。
「離してよ!言いたいこといっぱいあるんだから!」
「だったら挟んでくんな!そのまま言え」
「やだ!クラウドの態度ムカつくんだもん!」
「何がだ!お前こそ能天気すぎんだよ!俺がどんな思いで」
「能天気なんかじゃないわよ!場の空気を明るくしようとしてたんじゃない!クラウドなんてムスッとして空気悪くしてただけじゃない!」
「お前の態度に呆れてたんだよ!意地張って食うの我慢してるからそんなにがっつけんだよ!だいたいお前はいつもいつも無茶ばっかしすぎだ!」
「クラウドに言われたくないわよ!無茶した罰として牢屋にぶちこまれたくせに!」
「ッ…お前には関係ねぇだろうが!」
「私に関係なくて誰に関係あるって言うのよ!」
「罰を受けるのは当然だって言ってんだよ!お前のことを守れなかった俺が」
「守ってくれたよ!」
「守れてねぇだろう!そんな適当なこと言ってんじゃねぇよ!」
互いの腕をグイグイと押し合いながら私達は睨みあった。
言いたいことが山ほどあったのに、部屋に籠って考えていた彼への感謝の言葉とは逆の言葉がどんどん口から飛び出して止まらない。
本当はこんなことを言いに来たはずではなかった。
それなのに、何故かクラウドといるといつもこうなってしまう。
「………おいっ、」
俯いた私の顔を覗きこんだクラウドの腕の力が途端に抜けた。代わりに私の八つ当たりするように彼を押す力をグッと支えてくれる。
「適当なことなんかじゃないもん。本当に思ってるよ。あの時、クラウドが来てくれなかったら、私」
素直になれない自分が歯痒くて、私の頬には涙が一筋流れていた。
それを必死に隠そうと俯いたまま彼を押す腕に力を込める。
「それなのに、一人で全部背負いこまないでよ。お礼くらい言わせてよ。駆け付けてくれて、本当に私…感謝してるのに。すぐに離れていっちゃうなんて、そんなのってあんまりだよ。」
尻窄みに声が小さくなっていく。
今度は自分がまるで子供のような言いぐさだ。
また涙が溢れそうになる。
「キャッ!」
ガクッと突然体が崩れた。
私が目一杯力を込めていた腕が急に支えをなくし、力のかかるままに倒れていく。
そのまま前のめりに倒れると、スポンとクラウドの腕の中に収まってしまった。
グッと引き寄せられ、触れる頬にシャツの上からでもわかるクラウドの体温が伝わってくる。
突然の感触に軽くパニックに陥った。
そうされたかと思うと、今度はクラウドがゆっくりと私の顎に指をそえるとそのままクッと顔をあげさせた。
なんの抵抗もできないままされるがままに上を向かせられると、ゾクッとするほどに彼の真剣な瞳が触れそうな距離で見下ろしてくる。
途端に心拍数が尋常じゃないほど上がっていく。
涙に濡れた頬が紅潮していくのが嫌でも分かる。なのに、その瞳から目が反らせない。
「サクラ…」
触れそうな彼の唇が甘く私の名前を呼ぶ。
その声にパチッと電気が走るような痺れを感じてしまう。
顎に添えられていた彼の手が、滑るように頬を撫で上げていく。
全神経がそこに集中してしまったように、私はくすぐったさと恥ずかしさから自然と目をつぶっていた。
鼓動が速まっていく。
ベチッン!
だが、私の予想していたものとは違う感触が次の瞬間私を襲ってきた。
「…………ったぁ!」
私は頬を挟んでいるクラウドの両手に素早く自分の手をかぶせた。
声と同時につぶってしまっていた目を開くと、目の前に私を挟んだまま余裕の笑みを浮かべながら、顔を覗きこんできたクラウドがいた。
「ばぁかっ。お前こそ怒るか泣くかどっちかにしろってんだよ」
それから挟んだ両手に力を軽く込める。
「お返しだ」
むぎゅーと頬を挟まれて私の顔がどうしようもないほど潰される。
「ちょっ!やめてよ!」
ジタバタと抵抗するも虚しく、彼の力から逃れられそうにない。
「お前っ、ヤバイッてその顔!」
クラウドはヒィヒィと私の顔を見て笑う。
その顔はほとんど悪戯好きの悪ガキの顔だ。
私の顔がますます赤らいでいく。さっきとは違う意味で……。
押しても引いても一向に剥がれてくれそうにないクラウドの手と、私の顔を見て爆笑するクラウド。それにさっきの私の恥ずかしすぎる勘違いから、イライラのピークはあまりにも早く訪れたようだ。
「やめてってば!」
笑い転げるクラウドの足を力一杯ダンッと踏みつけてやった。
「っ!!」
声にならない悲鳴をあげてようやく私の頬が解放される。
「………笑いすぎ」
足をおさえて踞るクラウドを見下ろしながら睨む。
その頬の熱はまだ冷めてくれない。
「いてぇなぁ。この乱暴女」
恨めしそうに見上げてくるクラウドにフンッと鼻をならして背を向けると、私は自分の席にさっさと戻ろうと歩き出した。
「お前、何期待してたんだ?」
背中に投げ掛けられたクラウドの質問に、ビクンッと体を硬直させてしまった。
振り向かなくても彼のニヤけたからかうような表情が声から分かる。
「……なにが?」
自分でも驚くほど棒読みの台詞が溢れた。
あの状況でそんな勘違いをしていたなんてことをバラされるなんて、どれほど恥ずかしいことか分かっていて彼は言っているのだろうか。
ダラダラと嫌な汗をかいているような気分だ。
「……なにが、っか」
彼は何故か自嘲気味に呟くと、そのまま何事もなかったかのように自分の席にスルッと戻っていった。
「何やってんだよ。お前もさっさと座れ。冷めたら料理が不味くなるだろ」
誰が原因で固まっているのかをすっかり忘れているのか、今までの一連の流れを全て切り取って捨ててしまったようにクラウドは淡々とまたグラスにワインを注いだ。
もはや理解不能だ。
嫌な汗をかいてしまった私がなんだかアホらしく思えてしまう。
しばしポカンとしてしまったが、あまりにも彼がいつも通りに戻ったので私もようやく自分の席に腰を落ち着かせた。
それからほとんど無意識にワインのグラスに口をつけると、中の液体を一気に流し込む。
グラスを空にすると近くにあったボトルからドボドボとグラスに継ぎ足し、またそれを口に放り込みゴクンッと音をたてて飲み干してやった。
「お前、そんないきなり」
あまりの豪快っぷりにクラウドは驚いたように目を丸くしている。
それでも私はかまわずにグラスを空にしていく。
「いいでしょ、別に。酔い潰れたりしないから」
恥ずかしさと何故か少しだけ怒りを込めて酒を煽る。
クラウドの行動の意味が分からなすぎのがいけない。優しくしたかと思ったら突然からかってみたり。甘く囁いたかと思うと、急に怒ったり。
その度にドギマギとしてしまう自分にも腹が立つ。
別に何を期待していたわけではない。
ただその自然流れに身を任せてしまった自分が、無性に自意識過剰で滑稽なものに思えて恥ずかしくなった。
目の前のフルーツにフォークを突き刺し、乱暴に口に運ぶ。
泣きたいほど恥ずかしさが込み上げてくる。
それを今度は酒でどうにか沈めていく。
「………本当に潰れんなよ」
そんな私を呆れたような諭すような笑顔を向けながらクラウドが見つめてくる。
その瞳さえも今の私には毒だ。
「大丈夫だってば。クラウドも飲みなさいよ。なんなら私が注いであげようか?」
強がってあえて彼を挑発してみる。
こうでもして虚勢を張らなくては、クラウドに私が今隠そうとしているものが見透かされてしまう気がしていた。
「お断りだね。お前こそしっかり食べてしっかり飲めよ。ただでさえ貧相な体がこれ以上痩けないようにな」
「なっ!誰が貧相よ!」
隠していた羞恥心が違う言葉でチラリと顔を覗かせてしまった。
顔が赤くなっていく。
それでもクラウドは眉を意地悪く上げながら、フォークで私を指差してくる。
「お前がだ。女ってのはもっとこう柔らかい物だと思ってたんだよ。お前はもっと肉をつけるべきだな」
先端をクイクイと動かしながら、どや顔で言う彼がますます憎ったらしく思えてくる。
「何よ、私以外女なんて知らないくせに」
「知らないからこそ想像するもんだろ。それなのに、お前ときたら文献にあるような女とは違いすぎてガッカリだぜ」
「そんな紙切れだけの情報で決めつけるなんて横暴よ!」
「それでもお前は普通の女よりもガサツだってことは確かだろ?」
「どこがよ!」
ガンっと勢い余ってテーブルを蹴りつけてしまった。
「ほらな。」
してやったりの顔をするクラウド。
それに言い返せない私。
「まっ、お前みたいなガサツなお姫様の子守りができるのは俺ぐらいなもんだろ」
言いたい放題言いながら、クラウドがコポコポと私のグラスにワインを継ぎ足してくれる。
ムスッとした顔で私はその注がれる紅い液体をただ眺めていた。
「……本当、お前は訳わかんねぇ女だよ」
「えっ?」
微かにクラウドの声が聞こえた気がして顔をあげたが、彼は曖昧に微笑みを浮かべているだけで答えてはくれなかった。
「さっさと食えよ。満足したら部屋まで送ってやる」
「分かってるよ!さっさと食べてさっさと帰りますよ!」
最終的に売り言葉に買い言葉の会話を延々と続けながら、私達は久しぶりの食事を楽しんだ。
のだが。
「おい、こら」
「ん~…………。」
そんなこんなの一時間後。
クラウドは机の上に伏せているサクラを呆れ返った顔で見下ろしていた。
あれだけ豪語しておきながら、クラウドが気が付いたときにはサクラの目はトロンと微睡み、口元がふにゃふにゃとだらしなく潤んでいた。
そして案の定、それから数分後には机の上からサクラの頭が起き上がることはなくなってしまった。
「…………こいつは……」
サクラの肩に手をおいて揺すってみても、一向に起きる兆しはない。
それどころかムニャムニャと口を食み、気持ち良さそうにどんどん深い眠りに落ちていこうとしている。
クラウドは豪快にため息をついた。
(あんだけ言ってもこの様かよ)
困ったように襟足をかきながら、サクラをどうしたものか考える。
(部屋まで担いで行くか?いや、下手に動かしたら騒ぎだしちまうか?けどこのままの体勢で寝せといたらいつか落っこちて怪我するか。)
試しにもう一度サクラを揺すってみる。
「ん~………」
が、反応は先程と変わらない。
はぁーと再びため息が漏れる。
こんな夜中に廊下で派手に騒がれても迷惑だし、それこそそんなになるまでサクラに飲ませたことがマクリナの耳にでも入ったりしたら、今度は独房じゃ済まされない事態になるかもしれない。
クラウドはゾクッとするマクリナの不敵な笑みを思い浮かべた。
(とりあえず、今夜は寝かせとくか。)
朝になればサクラのことだ、自分の失態を大いに恥ながら静かに部屋に帰ってくれるだろう。
そう思いながら、クラウドは静かにサクラを抱き抱えた。
(……軽いな)
椅子から落ちないように慎重にサクラを抱き抱えると、彼女の体の軽さに改めて驚いた。
何度抱き締めてもその華奢な体に焦ってしまう。力を込めれば壊れてしまうのではないかと思うほどに儚い。
そのまま自分のベットに彼女を横たえると、ふいにサクラの手がクラウドの服の裾を握りしめていることに気が付いた。
「おいっ」
慌てて声をかけるも、無意識に掴んでいるのか間近にある彼女の唇は規則正しい寝息をたてるだけで何も返しては来ない。
すぐそこにあるサクラの寝顔。
色白のキメ細かい肌が窓から差し込む月明かりで一層白く浮かび上がる。
伏せられた長い睫毛に、火照りを帯びた頬が普段とは違うサクラの顔を作り上げる。
「……んっ……」
至近距離で彼女の寝顔に見とれていると、急にサクラの唇が吐息を漏らした。
一瞬目を覚ましたのかとドキリとしたが、サクラの長い睫毛はピクピクと震えただけで、また静かに寝息をたて始めた。
その唇からクラウドは目が離せなくなってしまった。
いつも突っ掛かってくる言葉ばかりを発すその唇は、今はただぷっくりと熟れた果実のように艶めいて見える。
潤んだその果実を一度でも啄んでしまえば、後には戻れなくなる。それを分かっていながら、それでも手を出してしまいたくなるほどの欲望が彼の中に現れ始める。
クラウドは吸い寄せられるようにサクラの唇に手を伸ばしていた。
そして、躊躇いがちに指先でスッと彼女の唇を撫でる。
「んっ……」
ピクッと眉を震わせ、声を漏らすサクラにクラウドはハッと我に返った。
すかさず手を引き戻すと、捕まれていた裾を静かに抜きサクラに背を向けて重く息を吐いた。
自分で自分の行動に驚いてしまった。
理性の糸が危うく切れてしまいそうになる。
ブンブンと頭を振り、ソファに腰を下ろした。
サクラといると自分でも知らなかった欲望が時おり体を乗っ取ろうと蠢いているのことがあることを知った。
どす黒く、陰湿で一度それに意識を手放してしまえば自分では止めることができなくなりそうな欲望。
なのに、その欲望に身を任せてしまいたくなる矛盾。
自分を落ち着かせるためにクラウドはまた重たい息を吐き、ソファの背にもたれ掛かりながら天井を見上げた。
見慣れた天井に壁から伸びる自分の影がユラユラとクラウドを嘲笑うかのように揺れている。
『お前は臆病者だな』
そう言ってるように見える。
「うるせぇよ」
影に向かって悪態を付いてみても、彼の気持ちはなかなか晴れてはくれなかった。
ムクッと突然サクラが起き上がり、その反応にクラウドはビクッと肩を揺らした。
「………起きたか?」
焦りながらどうにか声をかけるも、サクラから返事はない。
そんな彼女を怪訝そうに見ていると、今度はプチプチとサクラは服のボタンを外し始めた。
一瞬ポカンとしてしまった。
「……おっおいっ!」
ぎょっとして立ち上がったが、一足遅くサクラは着ていたブラウスをバサッと床に落とすと上半身下着姿になってしまった。
露になった彼女の白い肌にクラウドの鼓動はおかしいほど速くなった。
「…………暑い」
サクラはそれだけ呟くと、パタンとベットに体を転がし何事もなかったように再び寝息をたて心地良さそうに眠ってしまった。
一方のクラウドは、彼女のそんな行動に硬直したまま鼓動だけをやたらと煩く動かしていた。
それからドサッと倒れるようにソファに体を投げ出すと、火照りを通り越して熱を持った顔に腕を被せた。
「………ったく。本当、襲ってやるぞ」
そう呟いて、どうにか自分の中のどす黒いものと理性とを懸命に戦わせ続けた。




