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獣と獣??  作者: 暁 とと
35/56

懺悔

「ごめんなさい!すっかり寝過ごしちゃった!」

朝の身支度を急いで整えてから部屋を出ると、テーブルについているカインズとソウマに勢いよく謝った。

「おはようございます」

「いいんですよ。昨夜はよく眠れたみたいですね」

「そうなの。ぐっすり寝ちゃってこんな時間になっちゃった」

昨日はゆっくりとお湯に浸かったせいか、夜は本当に驚くほどぐっすりと眠れた。

ぐっすり過ぎて目が覚めたのはいつもより二時間も後になってしまった。


昨日はどことなく警戒していたソウマとカインズが二人でお茶を飲んでいることに、内心驚いていたが私はなに食わぬ顔で二人の元へ近づいた。

「リリアとセリンは?」

「朝の薪割りにいっております。サクラ様、まずは朝食をとられますか?」

「ううん、後で大丈夫。ありがとうカインズ」

「そうですか。ではお茶で宜しいかな?」

カインズが重たそうに立ち上がろうとしたので、私はそれを手で制止した。

「あっ、いいよ自分でできるから。それより何か話してたところだったんじゃない?」

昨日リリアが私達にそう伝えに来てくれた。

おそらくソウマはそのことが気になって、私が起きてくる前にカインズにそれを聞いていたのだろう。


「はい、今ソウマ様にことの成り行きを伝えていたところなんじゃ。サクラ様もどうか一緒に聞いてはくれませんか」

「あっ、はい。」

私は急いで自分用にお茶をカップに注ぐと、ソウマの隣に腰を下ろした。カインズももう一度イスに重たそうに腰を下ろす。



「え~、ソウマ様にはどこまでお伝えしたかのぉ?」

「……ここには4日前に匿って頂いたこと。この場所がルミエールの端のカフスという村ということ。そして、今は私に治療を施してくれたあの少女の話を」

「あぁそうじゃったそうじゃった。いやいや、年を取るとこうも物忘れがひどくなってしまってな。まぁ気長に聞いてくださいや」

カインズが自分の頭をポコポコと叩きながら豪快に笑った。

「リリアの話をしていたところでしたね。」

「……はい。何故生まれるはずのない女児がここにいるのですか」

感情の読めないソウマの視線を受けながら、カインズがカップに口をつける。

中身をゆっくりと味わった後、深く息を吸い込んで口を開いた。

「昨日もお伝えしましたが、リリアは至って普通の子供にございます」

「………」

「ただし、生まれがあなた方とは違っております。リリアもそしてその双子の兄のセリンも生まれはアシャにございます。」

「アシャの生まれ……」

ソウマの顔が微かに険しくなった。

「はい。この世界は長らく女児は産まれないと言われ続けておりますが、それは間違いなのですよ。正確には数は非常に少なくなっておりますが毎年数人の女児が産まれております。」

「……そのような事実を耳にしたことはないが」

「そうでしょう。何故ならば、女児は産まれてすぐにアシャの者達に連れ拐われていたのですから」

「なに?」

明らかにソウマの眉間に皺がよった。

カインズはまた一口喉を潤してから口を開く。

「リリアの力はソウマ様も身をもって分かったかと思いますが、元来この世界の女は不思議な力を体に宿し産まれてくるようです。それはリリアのような治癒の能力の者が大半でしたが、本当に稀に特異な能力を持って生まれてくる子供がいるのです。その能力を求めたアシャの王は、龍の森より放たれる光の中から女児だけを家々に落とされる前にアシャの者に回収させ王宮にて育てております。」

「……特異な能力とはどのようなものだろうか」

「例えば、空を光の速さで飛べる者、毒を食ろうても効かぬ者その他にも何人かここ数年産まれているようですね」

「……アシャの王はその女児達を連れ去り、何を企んでいるのだ」

ソウマのその問いかけに、カインズは悲痛な表情を浮かべた。

「………アシャの王は……その女児らの力をアシャの兵士に移植しようとしております」

「移植だと?」

「………はい。常人ではあり得ない能力を自らの兵に埋め込み、その力を王の為に使わせているのです」

「………そのようなことが可能なのか」

「……幾度とない失敗を経てアシャはその技術を手にしました。多くの女児が力を抜かれたそばから息耐えていき、また移植を受けた兵も拒絶反応を起こし石のように固まってしまう者もおりました。」

ゾクッと背中に冷たい悪寒が走る。

「それを経て、何人かの成功者が今アシャの王宮ではその力をふるっております」

「…………」

ソウマはカインズの言葉を噛み締めるように聞いていた。

私はそんなソウマの隣で次第に冷めていくカップを握り締める。冷たい体は手のひらだけがぬくもりを感じられる。



「………ご老人」

ソウマが鋭い視線でカインズを見た。

「……あなたの正体とは。」

カインズはその小さな体に刺さるソウマの視線を受け止めながら、ふぅーと息を吐いた。


「お気付きの事とは思いますが、わしも元はアシャの王に仕えた者にございます」


「えっ」

私の漏らした驚きの声と共に、ピリッと確信を得たソウマの空気が変わった。

張りつめたその空気が私にも伝わってくる。

「ですが、今はアシャに追われる身。どうか気をおしずめください。」

「……」

慌てた様子も何かを隠している様子もカインズからは伝わっては来なかった。

彼からはなんの悪意も伝わってこない。


「……追われる身というのは、どういう意味か?」

ピリピリとした空気の中でソウマがカインズを見つめる。

「………結論から申しましょう。先程話した子供たちの力を兵士に移植するというもの。そのような恐ろしい事を行っていたのが、他でもないわしなのです」

「カインズが!?」

思わず大きな声が出てしまった。

目の前にいるカインズはそんな私の反応を予測していたかのように、静かに頷いた。


「はい。わしはアシャの王宮に仕える科学者でした。もうどれほどまでにそうしていたかも思い出せないほど長い年月をあの城で研究を続けておりました。それはもう長い長い時間。」

カインズは俯き気味に、どこか懺悔をするよう話始める。

彼の過去と犯してしまった罪を。



「この世界に生まれてくる女児に不思議な力があるというのを初めて聞かされたのは、わしよりも前にその実験をしていた学者からじゃった。彼はアシャの者達の研ぎ澄まされた嗅覚を利用して、生まれたばかりの子供らを連れ去ることに成功していた。その女児らの力を調べあげ、そのうち戦いに仕えるものの力の源を摘出し、兵士に移植を施しておりました。それはもう手術といえるものではなく、あれは人の体を利用した実験でしたね。しかし、始めこそ臆していたわしも時が心を麻痺させ、その実験こそが未来をより良いものにする希望だとすらあの頃は思っておりました。目の前で尽きる幼い命も、当たり前の日常の中に溶けていってしまうほど心がおかしかったのです。」



「年月が経ち、わしの体もそろそろガタが出始めた頃、わしの家に光が灯ったのです。そう、あろうことかわしの家にも龍の森から子供を授かってしまったのです。困惑しましたね。こんな年寄りの所に何故と。育てる自信もなく、ただただ愕然としておりました。ですが、そのままにしておくこともできず、わしはとりあえず顔だけでも見ておこうとその光に手を伸ばしました。」



「そこにおったのが、リリアとセリンです。わしは目を疑いました。全て回収されたはずの女児が目の前に、わしの子供として宛がわれていたからです。見落とされたというのか、いや、アシャの者の嗅覚に限ってそんなヘマをするはずがないとあれやこれやと考えました。しかしそれも、次の瞬間にはこの子もこのまま実験対象として王宮へ連れていけばいいだけのことだと、わしはとても冷静に判断を下しました。片割れの男の子の方は誰か城の者にでも面倒を見てもらおうと、自ら育てる気など毛頭ありませんでした。用意を済ませ、眠っている二人を連れて王宮へ行こうとしたとき、わしはあることに気がつきました。眠っているセリンがリリアの手をしっかりと握り締めておったのです。わしはその小さな手を離そうとセリンに触れた瞬間、そのセリンの心の声が流れ込んできたのです」



『大丈夫、僕が守るから。怖いところになんか連れていかせないから。大丈夫。大丈夫。』




「……それは本当に力ない幼子の声でした。…セリンは無意識に自分の匂いで女児であるリリアの存在を隠し、わしの家まで来たのだと分かりました。産まれて間もない赤ん坊のくせに、セリンは妹であるリリアを懸命に守ろうとしていたのです。…………消えていく周りの声があの子には聞こえていたのかもしれません。………気が付くとわしは二人を連れてアシャから逃げ出しておりました。」


「王宮に仕える者はその命が尽きるまでその身体と知識を王に捧げるという誓いがアシャにはあります。中でもわしのようにアシャの内部を多く知っている者は、アシャを出た時点で罪人とされます。それでもわしはあの子らと共にいたかったのです。初めて、わしは自分のこの手が何かを壊すのではなく、生かしてあげられるということをあの子らから教わった気がして。アシャにいれば知ることすらなかった生きる喜びと他者を思いやる気持ちを持つことができた。過去になくしてしまった命はいくら償っても償いきれないことは分かっております。それでも、こんな老いぼれでも、たった二つの命くらいは守ってやれるのではないかと。これが、わしがアシャから逃げている理由にございます。」




「……カインズ……」

眉間がキュッと痛んだ。

幸せそうに過ごしている彼等の過去にそんなことがあっただなんて、私は想像もしていなかった。

言葉が出てこない。

私たちを助けてくれたカインズが、セリンとリリアを温かく見守っているカインズが過去にそんな非道なことをしていたなんて。




「………あなたの過去は分かりました。」

それまで黙っていたソウマが、小さく肩を落としているカインズを真っ直ぐと見詰めた。

「何故このような場所にアシャの者がひっそりと暮らしていたのかも理解した。では何故我々を助けようと思ったのだ。見ての通り私はルミエールの兵士だ。関わり合いになどならない方が平穏な暮らしのままでいれたはず。それが、わざわざ敵国の兵士を助け匿うなど」

ソウマの瞳にはカインズへの同情の色などなかった。あるのは相手の心理を詠み解こうとする強い眼差しだけだ。

「……まだ何かあるのではないか?」



「………お二人を助けたのは、勿論わしの良心からしたことです。ですが、願わくば……」


重ねていた両手にキュッと力を入れながら、カインズは勢いよく頭を下げた。


「っ!」

「どうか、どうかこの老いぼれめの願いを聞き入れては頂けませんか」

カインズの突然のその行動に私達は目を丸くした。

そのままの体勢でカインズはすがるように続ける。

「わしの体ではもうこれ以上あの子らを連れて他の地へ移ることなどできません。この場所は名前こそルミエール領土となっておりますが、アシャとの国境。アシャの者が容易に立ち入ることのできる場所にございます。こんな場所にあの子らをこれ以上おいてはおけません。ですから、どうか、どうかあの子らをルミエールの地に連れて行っては貰えないでしょうか。」

「えっ」

「対価はわしが持っているアシャの内部の情報をいくらでもお渡しします。だからどうかあの子らだけでも」

頭を机に擦り付けるようにしながらカインズはその嗄れた声で懇願してきた。

胸が痛んだ。

私はたまらずにカインズに手を差し伸べようとしたが、それをソウマが片手でそっと制止した。



「ソウマ……」

「ご老人、あの子らをとあなたは言うが、ではあなた自身はどうするつもりか」


そうだ。

カインズの今の願いには彼自身が含まれてはいない。

私はハッとカインズの方を見た。

彼は静かに頭を上げ、悲しそうに微笑んでいた。

「わしはルミエールには行けないのです。」

「どうして!?」

私の悲痛な声が漏れる。

彼の過去の出来事を聞いて私は出来ることならこの家族を助けてあげたいと思っていた。そこにはカインズもちゃんと含まれている。

しかし、彼のその表情は優しくそれを拒否している。

「わしの中にはアシャの王によって放たれた気が入り込んでおります。故にわしの獣の血はルミエール…いや、普通の獣人にとって毒となる物。そんなわしがルミエールで暮らすことなど出来るわけがありません。」

「っ………。」

「あなたも獣の血に毒されて…しかし、それを理解しているのであればあの子供らも」

彼が自分を含めなかった理由を理解したように、ソウマが小さく呟いた。

「……ソウマ様。おそらくルミエールの者達はこのアシャの獣の血について間違った理解をしていると思われます。」

「なに?」

ソウマの目付きが変わった。


「ルミエールの者達はアシャの獣の血はそれ個人が元々有している濃い血液の事を指しているとお思いではありませんか?」

「……」

ソウマは無言でその言葉を肯定する。

「それは間違いにございます。わしらに流れている獣の血は元は貴女方と同じ物。姿形とて、元は貴女方と同じような人間から少しばかり獣の色が見えるものにございます。」

「………どういう意味だ」

カインズの言葉に私も無言で眉をひそめた。

だって、私が祭りの日に見たアシャの兵士は皆一様に人間よりも獣に近い姿をしていた。

そして、目の前にいるカインズも同じ。

禍々しさこそ全く感じないが、その姿は人間とは言えない姿をしている。

「ソウマ様が戦地で出会うアシャの兵士は、いえ、王に忠誠を捧げる者全てはアシャの王の放つ『気』によってその身体に消えることのない獣の血を植え付けられるのです」

「王の放つ気?」

「はい。アシャの王には不可思議な力があるのです。その力によりわしらは自分達の中に流れる血をより濃いものに変えられ、それに合わせるよう身体もより獣に近く変化していきます。そしてその血は王からの気を受けていない者にとっては入り込んでしまえば身体を汚染するだけの毒となってしまうのです。」


マクリナが話してくれたのとは少しだけ意味合いが違っている。


「なんで王様はそんなことをしているの?」

私は咄嗟に疑問を口にしてしまった。

その質問にカインズではなくソウマが口を開いた。

「より強力な兵団を作るためにございましょう。」

「………獣の兵団を?」

「はい。我々ルミエールの兵士に比べアシャの兵士は個々の身体能力が上にございました。それはおそらく彼等の獣としての本能による運動機能の違い。延いては死を恐れないその精神力にあると思われます。つまり、アシャの王は言葉通りの『国の為に命を捧げる』兵士を作り上げたのでございましょう。」

「そんな……」

体がゾクッとしてきた。

あの祭りの日に出会ったアシャの兵士の姿。虚ろに命じられた事を繰返し口にするその声は、思い出しただけでもあの恐怖に引きずり戻そうとする。


「ソウマ様が仰っていることは、大半はあっております。」

ソウマが私を気遣うようにソッと肩に手を置いてくれた時、カインズがまた静かに話始めた。

「獣の血を濃くされた者は元の獣としての身体能力を得ることができます。しかし、それとは別に王には目的があったのです。」

「それって」

「兵士のみならず、わしのような科学者にまで王がその身体を変えたのは何故だかお分かりですか?………それは、王を裏切ることが出来なくするためにございます。わしの中に流れている濃い獣の血は、それを変化させた王の気に触れていなければ普通の獣人と同じく身体を蝕むだけのただの毒に変わってしまいます」


「……それじゃあ、カインズ、あなた……」

私は息をヒュッと飲み込んだ。


「……はい。わしの身体はもうすぐその毒により朽ち果ててしまうでしょう。」



「そ、そんな……」


私は力なく呟いた。

だから、こんなにも必死に彼はリリアとセリンの事を私達に託そうとしているというのか。

自分がもうすぐいなくなってしまうのが分かっているから。

自分の命のことではなく、残される二人の事だけを思って。



「あの子らは産まれてすぐにアシャの地を離れました。わしがいた頃は既に王の放つ気が町を飲み込んでしまっていたので、あそこで長く暮らしていれば自然とその血は変わっていってしまうほどに。あの子らが触れたのはたったの一日。リリアを庇っていたセリンには本当に微かに影響を及ぼしておりますが、感情をあらわにした時に顔を除かせる程度のもの。他者に影響を与えるものにはございません。生まれがアシャというだけの不幸な双子にございます。」

それからカインズは真っ直ぐに私を見つめた。



「サクラ様。あなた様が予言にある龍の巫女様にございますね」


温かな目だ。

それはアシャの科学者としてのものではなく、リリアとセリンの親として彼が手に入れた他者を思いやる優しい目だった。



「……はい。」

私の返事をソウマは止めなかった。

真実を語るカインズに、それまで向けられていた鋭い疑惑の色は消えていた。


「龍の巫女であるサクラ様がルミエールに現れたこと。そして、わしの命が尽きようとする時にサクラ様達がここに現れて下さったこと。これを運命とわしは思っております。」

「……私に、何ができるのか……」

私は顔を曇らせたままカインズを見ていた。

私の中の力が彼を助けてあげられればいいのに。

マクリナが言うように私の力がアシャの獣の血に影響を与えるものならば、今ここでその力をふるいたい。

だが、そう強く願っても私の体にはなんの変化も訪れてはくれない。

目の前にいるカインズ一人救うことのできない。

それでもカインズは私との出会いを喜んでくれるのが、とても心が痛む。


そんな私にカインズは首を横に降った。

「サクラ様が現れたことにより、少しずつこの地に変化を及ぼしているはずにございます。サクラ様ご自身が気づいていないだけで、周りにはおそらく以前とは違う流れが出来上がっているはずです。今日ここでわしが話したことも、サクラ様が現れなければルミエールに伝わることがなかったやもしれません。どうかご自身の力を信じて下され。」

「カインズ……」

彼の温かな言葉が私の胸の軋みを癒してくれる。



「………子供達は私が保護しよう。」

「本当ですか!」

私達を見ていたソウマが、カインズに向かって力強く頷いた。

「だが、それはご老人。あなたも共にルミエールへ来ることが条件だ」

「ソウマ様、それは…」

安心した表情からカインズはまた困惑の色を浮かべた。

だがソウマは首を横に降る。

「ルミエールには私が以前王から頂いた土地がある。周りには何もないがこことそう変わらぬ生活が出来るような場所だ。そこならば他者の存在を気にすることなく、ここと同じように暮らしていけるだろう」

ソウマの言葉にカインズの目がうっすらと潤んでいく。

「……そのような、こと」

「ただし、先程申された通りあなたにはアシャの情報を対価として支払って貰う。敵国である我等に故郷を売る覚悟は、ご老人、しっかりとあるのだろうな」

ソウマが真っ直ぐにカインズを見る。



「この地の王を決める巫女がルミエールに現れた。ならばアシャは滅んでいくのでしょう。……いや、滅びなくてはならないのです。わしは何があってもあの子らを守りたい。その為にどうかそのお力をお貸しください。」


カインズはもう一度深く深く頭を下げた。

ポタポタとカインズの涙が机に落とされていく。

私は事の終わりを見届けて、ようやく口元の緊張を解きながらソウマを見上げた。

彼はそんなカインズを無表情に見つめていた。

だが、私には分かっていた。

ソウマが何故カインズを救おうと思ったのかを。

彼もまた過去の罪の意識を背負って生きていた人物の一人だった。

きっと、ソウマは心のどこかで自分と重ねてしまっていたのだろう。

そして、そんなカインズに自分がしてあげられる最良のことをしてあげた。

カインズの罪の意識をほんの少しでも取り除いてあげるかのように。



私の視線に気が付いたソウマはその視線をスッと私に下ろしてきた。

「ご気分でも?」

「ううん、違うの。……ありがとうね、ソウマ」

私がお礼を言うのはおかしかったが、どうしても彼に言っておきたかった。

ソウマはそんな私に一瞬驚いたように目を開いたが、すぐに優しく口元を綻ばせた。




「よしっ、じゃあそうと決まれば早くソウマの体を治してルミエールに帰らないとね!」

場の空気を変えようと私は力強く拳を握りしめて立ち上がった。

カインズも滲んだ涙を拭い顔を上げると、同意するように優しく頷いた。

「そうでございますね。噂ではアシャの王子が動き出してしまったとのことですから、出来るだけ早くこの地を離れてしまいたいものです。」

「アシャの王子?」

新しい単語に私とソウマは首を傾げた。

「はい。アシャの王にはたった一人だけ龍の森より授かった王子がおります。その者が今は軍をおさめられているとか。」

「……実戦に出てきているのだろうか」

途端にソウマの顔が兵士の顔付きになる。

カインズもそれに答えるよう頷きを返す。

「ここ数年のアシャの軍隊の動きは王子の指揮の元に行われておるようです。」

「……指揮官が変わっていたのか」

「……ソウマ様、気を付けて下され。」

今までよりも一層カインズが顔色を変えながらソウマを見つめた。


「アシャの王子は………わしが移植を施した、特異な能力を身に付けた者にございます」

「王子自身がか?」

驚いたようにソウマが切り返す。

「……はい。その能力はとても珍しく、そして使えばとても危険なものです。そのせいか適応できる兵士はおらず、移植を試みた者は全て死んでいきました。…そして最も適応する体を持っていたのが王子にございました。故に、わしらは王に命じられるがままその能力を王子に植え付けることになり、それはあろうことか成功してしまったのです」

「……どのような能力なのだ」



カインズは慎重に口を開いた。

「………相手の時を奪うものにございます。」


「時を奪う?」

その意味を詠み解こうとソウマも同じ言葉を口にするも、それが指し示す意味を明確にはとらえることができないでいた。



「気を付けて下され。王子は兵に紛れ必ずや戦地に姿を現します!あの方はどんなに濃い獣の血を有している者よりも、相手を虐殺することを快く思っている方。力をふるい、圧倒的な力の差を見せ付けながら虐げる……そんな恐ろしい方なのです。」

怯えているかのようにカインズはソウマに詰め寄る。

「………何か、王子の特徴などはないのか」

一方的にすがられるソウマはそんな状況でも冷静によりカインズから情報を得ようと彼を見下ろした。



まだ何かを言いたげだったカインズは、少しだけ考え込んでから、口を開く。



「……わしの記憶の中にある王子は、アシャの兵士のように獣のような見た目をしておりません。」

「……王の息子なのにか?」

「はい。おそらくは彼が得た力の源が影響しているのかと思われます。」

「力の源?」

「はい、わしらが移植を施した王子のひだ―」





カインズの言葉に私達が耳を傾けようとした時。










「きゃああぁぁぁあ!!」






外からの悲鳴に私達3人はバッと振り返った。

女の子の悲鳴が離れた場所から聞こえてきた。




「っ、リリアッ!?」



その声にいち早く反応したカインズがその年老いた体を動かすよりも速く、ソウマは入り口に立て掛けてあった剣を抜き外に飛び出していった。



思わず私も扉の近くまで駆け寄ろうとするのを、外に出たソウマの後ろ姿が硬く閉ざしてくる。




その背中から滲み出す殺気が、急速に私の心臓を冷たく締め上げていく。

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