お迎え
ここにいれば、いいんだよね?
手を置かれた辺りを擦りながら木にもたれかかった。
さっきまでの恐怖は不思議となくなっていた。
今はただ、何かが私を迎えに来てくれるという彼の言葉だけを信じるしかなかった。
本当は彼に一緒に連れて行って欲しかった。
誰なのか名前さえも聞けなかったが、一人でいるよりずっとずっと良かった。
それに、きっと彼は助けてくれたんだと思うし。
その感触を思い出して、力強く抱き締められた両腕を擦ると頬が熱くなるのを感じた。
しかし、次の瞬間に頭を過るのは、恐怖で走り回った時の風のきれる音と激しく乱れる自分の息の音だった。
なんでこうなっちゃったのかな。
体育座りした膝に頭を乗せた。
たしか、私学校が休みで予備校に行こうとしてたんだよね。
………ん?違う?
誰かに会おうとしてたんだっけ?
………あれ?
記憶を辿ろうとするが、何故か全てどこかぎこちなく思えて仕方なかった。
「……はぁ。」
一段と大きなため息を自分の足に向かって吐き出した。
とにかく、早く誰か来て。そしてこの状況を説明してよ。
もう一度ため息を吐き出そうとした時、
ブンッ!!
耳元で高速に何かが羽ばたく音が聞こえた。
虫っ!
ガバッと顔を上げて同時に右手でそれを払おうとした。
「あぁ----いたぞ---!!!」
咄嗟に耳を押さえる。
大きな声が右耳から左耳に抜けた。
何っ!?
驚いて声を上げると立ち上がろうとした際に背中を木に打ち付けた。
「!あっ!いたぁい」
今度は前のめりに倒れこんで地面に手を着いた。
「……もうなんなのよ。」
「あれあれ?大丈夫?」
打ち付けた背中を擦っていると、俯いた頭の上でパタパタという羽音と共に声がした。
顔だけガバッと上げると私の鼻先でまたパタパタと羽音をたてた。
「……なにこれ?」
私の目の前にいたのは掌ほどの人間だった。
いや、人間なのか?
蝶のような透き通る碧い羽をパタつかせ、頭には触角のような物がピョコンと伸びている。
妖精?
その小さな人間は私の呟きに不思議そうに首を傾げていた。
「??イーヴァはイーヴァだぞ?」
「……イーヴァ?」
「うん。イーヴァだぞ」
両手を腰に当て、エッヘンとポーズをとって見せた。
その姿は小さい頃に読んだ童話の妖精そのものだった。
それから彼女は何かを思い出したように分かりやすく、ハッと表情を変えたかと思うと、今度は人差し指を私の鼻に突き立てて凄んできた。
「ていうか、ちゃんと、予言の場所にいないとダメなんだぞ!お陰でイーヴァ達あっちこっち探し回ったんだぞ!」
「……予言の場所?」
「そうだぞ。イーヴァいっぱいいっぱい飛んで疲れたんだぞ。クラウドも………あっ!クラウドがいないぞ!!」
彼女の百面相はまだ続いていた。
私はその表情をポカンと眺めるしかなかった。
やがて、イーヴァはバタバタと落ち着きなく羽ばたかせていた羽をゆっくりと落ち着かせ、地面に足を着くとふぅーと息をついた。
「まぁ、クラウドは鼻が効くからすぐにイーヴァの匂いでくると思うぞ」
その小さな姿をマジマジと見詰めた。
………可愛い
足をパタパタと上下に動かす姿が愛らしかった。
私の視線に気付くとイーヴァはちょっと恥ずかしそうに視線を泳がせた。
「……何かついてるのかだぞ。」
「あっ!ううん、違うの。可愛いなって思って」
「!!可愛くなんかないぞ!」
顔を赤くしてイーヴァはまたパタパタと目線の高さまで飛び上がった。
その姿に笑ってしまいそうになった。
その時
ガサッガサッ
「おいっ」
茂みの中から低い声がした。
私はまた身を強張らせた。
「もう、クラウド遅いんだぞ!」
私の横をイーヴァが高速で駆け抜けていった。
それを目で追うように私も振り向いた。
「お前があっという間に馬を置いて飛んでいっちまったからだろうが。しかも狭い場所ばかり飛びやがって」
「イーヴァは最短距離がわかるんだぞ!それよりイーヴァが巫女見つけたんだぞ!父様にいっぱい誉めてもらえるのはイーヴァなんだぞ」
振り返るとイーヴァが誇らしげに私を指差しているのが見えた。
イーヴァの後を追ってきた彼の視線もしっかりと私を捉えていて、その突き刺すような視線に肩がビクリと震えた。
銀髪に青い瞳の美しい青年で、どこかの騎士のような身なり。腰には剣をさしている。
彼は黙って一歩私に近付いた。
「……あ、あの」
「…………」
ジロッと私を見た後に彼は私の目の高さまで屈んだ。間近で目が合ってサクラは頬が赤くなるのを感じてた。すると今度はサクラの首元に顔を寄せスンスンと匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせた。
「なっ!なにするんですか!」
その体を押し退けようと手を伸ばしたが、サクラの手が届くより早く彼は身を引き立ち上がった。
なんなの……この人。
顔を真っ赤にして匂いを嗅がれた首元を押さえた。
サクラの睨むような視線を気にすることもなく、彼は指笛を何度かピーと吹いた。
すると何処からともなく馬の走る蹄の音が近づいてくる。
「さっ、帰るんだぞ」
イーヴァは嬉しそうに彼の肩にポンっと腰掛けた。
「帰るって?」
サクラはまだ地面に尻餅をついた格好のままだった。
そんな彼女に小さくため息をつき、彼は手を差し出した。
「王宮に行く。一人でここに残りたくなかったら俺達と一緒に来い。」
彼の手を遠慮がちに取ったサクラを強引に引き上げ、馬に乗せた。
この人達があの人の言ってた迎えに来てくれる人……なんだよね?
まだ不安しかないサクラを乗せて、馬は王宮に向かって走り出した。