行方不明
薄れ行く意識の中、サクラは大きな影に包まれたことだけを体で感じていた。
それは目の前に現れたかと思うと、長い長い落下の間サクラの体を力強く抱き締めていてくれた。
その感触にどこか懐かしさを感じながら、彼女は意識を失った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルミエールの城は全ての者が動揺を隠しきれずにいた。
祭りから2日がたつ。
本来ならばその余韻もようやく落ち着き、皆元の仕事に戻るはずが今年は違っていた。
祭りの日、アシャの獣人が王達に奇襲を仕掛けてきた。死者こそ出なかったものの負傷者が数多く出てしまい、その中には体の深くまで獣の血に毒されてしまった者もいる。
そしてなにより、龍の巫女であるサクラがアシャの獣人の手により滝壺へと沈められた。
直ぐ様捜索部隊が結成され城を出ていったが、あの滝の高さから突き落とされて無事だとは誰一人として思ってはいなかった。
ようやくアシャの脅威から逃れる術を手に入れたと思っていた矢先、それを奪われた彼等は以前にも増してアシャの恐怖に怯えていた。
「………クソッ!!なんで俺は捜索部隊に入れないんだ!」
ガンッと壁に拳を殴り付けながらクラウドが苛立ったように吐き捨てる。
「ちょっとやめなさいよ!陛下の前で」
オルタナがクラウドを押さえようとするのをルイスが首を振って止めた。
「良いのだ、オルタナ。クラウド、私もお前には直ぐにでもサクラを探しに行って欲しいと思っているんだ」
「では!」
「なりません」
飛び出して行きたい思いで顔をあげたクラウドにマクリナがピシャリと言葉を放つ。
「何故だ」
クラウドが殺意さえ籠った目でマクリナを睨み付ける。
そんな視線を真っ向から受け止めてマクリナが淡々と状況を説明した。
「アシャの動きが分からない今、下手に戦力を城外に出すわけにはいきません。あの日の奇襲にしてもその場にいた誰一人として森に身を潜めていたアシャの者に気が付くことが出来なかったのは何故ですか?サクラ様に忍び寄る者の臭いを感じられなかったのは?私達にとって彼等の気配を感じ取れないということは、何よりも脅威なこと。それなのに、城の護衛を減らし騎士長自ら城を空けるというのは正しい選択なのでしょうか?」
「じゃあサクラはどうでもいいってのかよ!?」
「捜索部隊は送り出しました。しかし、滝壺への道のりは大変険しくまたその距離は早くてもあと2日はかかるほどです。彼等からの連絡を待つしか今はないのですよ」
「俺の足なら明日には着く」
クラウドがマクリナに詰め寄る。
間近で睨み合いながら、マクリナはそれでも尚淡々と口を開く。
「あなたが抜けてしまえば城の警護に穴が開きます」
「そんなものどうにか補え。それを考えるのがお前の仕事だろうが」
食って掛かるクラウドにマクリナは眼鏡の位置を直しながら冷ややかに言う。
「……ならば、あなたの仕事は何だったのですか?」
その言葉にクラウドは何も言い返せなくなった。
「あなたはサクラ様の護衛を任されたはず。それが目の前でサクラ様を拐われ、挙げ句奴等の手によってサクラ様の行方まで把握できない状況に追い込んだ。油断していたのですか?それとも任務の重要さを理解していなかったのですか。どちらにしてもクラウド、あなたの尻拭いに懸命に動いている者達を見ようともせずに自分勝手に行動するのはやめなさい。これ以上私達を失望させないでください。」
「マクリナ、言い過ぎよ」
オルタナが静かに彼を制止する。
苛立っているのはクラウドだけではなかった。
そこにいる全ての者がもどかしさに襲われていた。
「………クソッ」
クラウドがまた小さく吐き捨てると、噛み締めていた唇から血が滲んで行く。
マクリナの言うことは正しい。それは自分でもよくわかっていた。
分かっているからこそ自分の不甲斐なさに腹が立ち、何も出来ずにいる今の状況が歯痒かった。
「サクラを奪われたのはクラウドだけの責任じゃないわ。あたしだってあの場にいたんですもの。」
オルタナが苦々しく爪を噛んだ。
手を伸ばせば掴めそうな距離にいたサクラを見す見す敵に奪われてしまったのだ。責めるべきはクラウド一人ではない。
「何れにしても当面はサクラ様の血液より生み出した薬で事は凌げるでしょう。最も元となるサクラ様がここにおられない以上、これ以上被害が増えれば作り出すことは不可能ですが」
マクリナのその一言にクラウドがピクリと反応した。押さえている行き場をなくした感情が彼を敏感にしている。
「…お前、なんの話をしている」
「……なんの、とは?」
マクリナが質問の意図が分からないといった様子で首を傾げる。
その襟首に突如クラウドが掴みかかる。
「何の心配をしてるんだって聞いてんだよ!今重要なのはあいつの無事じゃねぇのかよ?それともお前はあいつのことを薬を作るための材料か何かだと思ってるってのか?」
加減をせずに締め上げられるそれにマクリナが苦しそうに顔を歪める。
「私は、現状を述べた、までです。不幸中の幸いに、サクラ様が残してくれ、た血液から薬が作れたのですから、良いことでは、ない、ですか」
「その言い方が気に入らねぇって言ってんだよ。あいつを物みたいに言いやがって」
クラウドの腕に更に力が籠る。
非力な学者であるマクリナはそれになす術もない。
ビタンッとオルタナがクラウドの頬を力一杯叩きつける。
その勢いでクラウドの手からマクリナはボトンッと床に勢いよく転がり、激しく咳き込んだ。
「子供じゃあるまいし、みっともない。」
オルタナの掌がジンジンと熱を帯びていく。
「…サクラがいない今、獣の血の脅威から兵士を守れるのはその薬だけよ。あの日の怪我人にしたってマクリナが兵士、使用人問わずにその薬を投与したおかげで今のところ体に変化を起こしている者はいないわ。これはマクリナの功績よ。あんただってそれぐらい分かってるはずでしょ。」
クラウドは頬を赤く張らしたまま黙って俯いていた。
思い空気が部屋を飲み込んでいく。
そんな3人を見つめながら、ルイスは事の重大さを誰よりも感じていた。
この状況は、言ってしまえばサクラがここに現れる以前の状況に戻っただけのこと。アシャの獣の血に怯え、それでも戦わざるを得ないという不利で勝ち目がないに等しい状況。
だが、この国はサクラという強い力を得てしまった。アシャの獣の血を浄化してくれる彼女を。これで対等に、いや、龍さえ呼び出すことができればアシャの者達を一掃することすら夢ではなくなった。
誰もがそう思った矢先にその希望を奪われてしまった。それは振り出しに戻ったのではなく、人々に更なる失望を与えてしまう事となってしまったのだ。
そして何よりも重大なのは、サクラとより親密に関わった者にとってサクラが今やただの龍の巫女という称号を持つ娘ではなくなっているということだ。
クラウドの荒れようや冷静を装っているがオルタナの表情を見ればそれは一目瞭然だ。
そして………。
ルイスは3人からスッと視線を自分の背後に移した。
いつもそこに当たり前のように立っている『彼』がいる辺りを。
(ソウマ……お前は一体。)
ルイスは人知れず胸の痛みをギュッと押さえ込んでいた。




