秘密の弱点
「悪かったな、手伝わせて」
体中に包帯を巻き終えるとクラウドは立ち上がった。
「ううん、それにしても痛々しいね」
私は残った包帯を片付けながら彼を見上げた。体中グルグル巻きになった彼を見ていると、微かに顔が歪んでしまう。
そんな私の視線からそれを隠すように彼は真っ白いシャツを羽織った。
それから背中を向けてプチプチとボタンを閉め始めた。
「痛くねぇって言ってんだろ」
「ならいいんだけど……」
強がっているようにも聞こえる彼の声に苦笑しながら、私は薬箱の中に散らかっていた物を並べ直した。
「これどこに置いとけばいい?」
「ん?あぁ、その辺においといてくれ」
彼は背を向けたまま机の方を指差した。
ベットから降りて薬箱を机に置くと、彼の背中に目がいった。
「ん?」
私はそのたくましい背中になにか違和感を覚えた。
普段は分厚いマントやらなにやらで隠れている彼の腰辺りが、何やらモコモコと盛り上がっている。
なんだろう?さっきまであんな風になってたっけ?
私は首を傾げながら静かに彼に近づいた。
シャツとズボンの境目から、何やらフワフワとしたものが顔を覗かせている。
ごみ?
私はそっと腰元からそのごみを摘まんで放ってあげようとした。
「うぎゅッ!!」
私がそれに触れた瞬間、クラウドは聞いたこともないような悲鳴をあげたかと思うと、体に電気が走ったかのようにビクつかせてその場にへたりこんでしまった。
その一瞬の出来事に、私は出した手を引っ込めるのも忘れてただ呆然と眺めていることしかできなかった。
「…………えっ?」
ようやく私が声を出すと、クラウドは私が摘まんでしまったそれを小さくヘナヘナ左右に振った。
「…………お前なぁ」
怒りともとれるような涙目で私を睨み付けながら、クラウドはこちらを向いてきた。
「急に触んなよ!ビックリするんだろうが!」
「えっ…ご、ごめん。ていうか、それ」
パタパタと動くそれを指差しマジマジとそれを見つめた。
「尻尾?」
クラウドの腰から出てきたのは、彼の髪と同じ色をしたフサフサの尻尾だった。
クラウドは立ち上がると、服の中にそれをしまった。
「あっ!もっと見せてよ」
「いやだ!くすぐってぇんだよ!」
これほど必死に隠すということは、どうやらそこは彼の弱点のようだ。
私は心の中でニヤリと嫌な笑いを浮かべた。
クラウドはとっとと着替えを済ませてしまおうと、残りのシャツのボタンに手をかけた。が、指にも包帯ご巻かれているために上手くボタンがかかってくれない。
私は日頃の鬱憤をはらすように、彼の背後に忍び寄るとガバッと彼の尻尾を握った。
「うぎゃッ!」
先程と同じようにクラウドがへたりこむ。
その姿に私は可笑しくてたまらなくなってしまった。笑いを堪えられずに、声を漏らして笑う。
「ほ、本当に、だめなんだね」
彼の思わぬ反応に、私はいつもされていた意地悪のお返しと言わんばかりに笑った。
「…………ったく。やめろっつうんだよ」
床をスリスリと尻尾が這う。
まるでそれだけ別の生き物のようだ。
犬の尻尾と言うべきなのか、マクリナが見せたそれよりもクラウドのものは毛並みがよく太かった。
「ごめんごめん。ねぇ、優しくするから触ってもいい?」
私は屈みこむと彼の尻尾を指差した。
「ダメだ」
と言いながらも、彼の尻尾は私の好奇心を刺激するようにパタンパタンと上下に動く。
「お願い!ちょっとだけ」
顔の前で手を合わせた。
こんな機会でもなければ彼の尻尾なんて絶対に触れることができないだろう。
クラウドは黙って私を見ていたが、やがて重いため息をはぁーと吐き出すと私の顔の前に尻尾を持ち上げた。
「………いいの?」
私は目の前の尻尾をキラキラした目で見つめながら彼に訊いた。もうダメだと言われても触ってしまいそうな距離だ。
「好きにしろ。そのかわり強く握ったりすんなよな」
うんうんと頷くと、そっと手を伸ばす。
まずは指先でその毛並みを優しく撫でてあげる。
想像よりも硬い。
毛の中に指をサクッと入れてみる。
それから指を握ってモシャモシャと戯れた。
手のひらに刺さる感触が気持ちいい。
「なんか、懐かしい」
「んぁ?」
背を向けて座っていたクラウドは首だけ曲げて振り返った。
「私ね、小さい頃に犬飼ってたの。大きくて黒っぽいハスキーなんだけど、私が産まれる前から飼われてて私のお兄ちゃんみたいな子だったんだ。おっきくて優しくて、言葉が通じてるんじゃないかってくらい仲良しだったの。その子の毛並みと似てるなぁって」
ザラザラとクラウドの尻尾を撫でる。
遠い昔の記憶の中の感触が今手のひらに伝わってくる。
クラウドは尻尾をパタつかせた。
「俺は犬じゃねぇ」
「あれ?犬じゃないの?」
「ちげぇよ!」
器用に尻尾で私の頬をペチッと撫で上げる。
「いたっ」
「痛くねぇだろ」
私はわざとらしく頬を擦るとベッと舌を出した。
「それで、クラウドは犬じゃなかったらなんなの?」
「狼だよ」
「狼!?こわっ」
「怖くねぇだろうが!」
そう言われて見てみると、ガッと開けたクラウドの犬歯がやけに目立っているような気がした。
「なんか、まんまだね」
「何がだよ。つうか、もういいだろ」
クラウドは立ち上がると上着の下に尻尾を隠してしまった。
「あ~ぁ」
名残惜しそうに手を伸ばしたが、クラウドはキュッと胸の前で最後の紐をとめた。
「終わりだ。それよりだいぶ日が落ちてきたぞ。そろそろ祭りが始まる」
クラウドが窓の外を顎でしゃくる。
外はうっすらと夕日に照らされていた。
「本当だ!もうこんなに時間たってたんだ。えっと…私はどうすればいいのかな?」
一人で勝手に町に出ていいわけないし。
クラウドは机の上の仮面をスルッと取ると、扉に向かった。
「とりあえず俺が付き添いだ。お前もそれ着けて出ろよ」
私の仮面を指差す。
「あっ、そうだった。」
壁にかけられている鏡を見ながら髪にからまないよう慎重に仮面をつける。
羽がフワフワと視界に入ってくる。
和装なのに頭から首にかけては随分とミスマッチな洋装だ。
「よしっ、準備完了」
襟元のよれを直してクラウドに振り返る。
その様子を彼はぼんやりと眺めている。私は上唇を尖らせた。
自分が着けろと言ったくせに。
「クラウド、着けないの?」
私の声にハッとしたかのような顔をしてから、乱暴に仮面をつける。
それから私をチラッと見てから
「それ」
「えっ?」
「今日の格好………似合ってるな」
とボソッと呟いてくれた。
「あっ…」
私は袖を上げて浴衣を広げると、クラウドからの言葉を受け止めた。
「ありがとう」
彼の誉め言葉にちょっと頬が熱くなったが、仮面によってそれは隠すことができた。
「じゃあ、行くぞ」
「あっ待ってよ」
浴衣姿の足元のヒールがカッカッと響く。
さすがに下駄までは用意できなかった。と、いうか下駄の説明は大変なのではぶいていた。
まっすぐ前を見て歩くクラウドの隣に並んで歩く。
頭一つ以上大きな彼を横目でチラリと見上げる。
仮面の下に隠れた目の下辺りがほんのり赤くなっているのを見つけて、私はドキリとした。
隠されていた秘密を盗み見てしまった背徳感が胸を跳ね上げる。
そして、それを見つけた私の頬の赤さもオルタナが用意してくれた羽たちがひっそりと隠す。
互いに秘密を隠しながら、二人で廊下を静かに進んだ。